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(5)

「おりゃ!」


 鈍い音とともに跳ね飛ばされた光精霊玉ウィルオウィスプを、赤毛の少女が追撃する。

 

「爆裂――」


 しかしその寸前に“雷衣らいい”のギフトが発現し、少女はぎゃっと叫び声を上げて地面を転がった。


「あーあ、少しは学習しろよ」

「……」

「何とかにつける薬はありませんからね」


 その無様な戦いを、遊撃手、重戦士、軽戦士の三人が、呆れたように眺めている。


「ただでさえ硬くてダメージを与えにくい魔物だってのに。これじゃ時間の無駄だぜ」


 いざという時に助けに入る体勢もとらず座り込んでいた遊撃手が、首を大きく後ろに傾けて、後方で待機しているタニスにぼやいた。

 彼の言う通りだった。

 しかも、たった一戦で満身創痍まんしんそういになっていては、次の戦いにも支障が出るし、ポーションを使えば経費がかさむ。

 だが、助けに入ることはできなかった。

 赤毛の少女が、自分ひとりで倒すと言って聞かないのだ。


「すまない。もう少し待ってくれ」


 パーティ全体の“実りの時間とき”を台無しになってしまう独善的な行為だったが、タニスは仲間たちをなだめていた。

 今回ばかりは少女の好きにさせようと、心に決めていたからである。


「よえーな……」


 厳しく見つめる視線の先で、少女は口元を拭いながら立ち上った。


「弱い弱い。こんなんじゃ、ぜんぜんだめだ」


 ぼろぼろにながらも、しかし少女は笑っていた。


「ぜんぜん――足りねぇ!」


 馬鹿正直な、何のひねりもない右ストレート。

 だが、今度の打撃音は違った。

 金属と金属がぶつかるような鈍い音の中に、一筋の澄んだ――鈴の音のような旋律が走る。

 跳ね飛ばされた光精霊玉ウィルオウィスプが、空中で痙攣けいれんするような動きを見せた。


「……抜いたな」


 無口な重戦士が呟いた。

 “斬”“突”“打”の物理三属性の中で、“打”の攻撃にだけ存在する特殊効果――“打ち抜き”だ。

 衝撃が魔核を貫き、ごく短い時間、魔物を行動不能にすることができる。

 “斬”や“突”の一撃与死(クリティカル)と比べると派手さには欠けるものの、大きなチャンスに繋がる。

 すかさず間合いを詰め、拳を振り上げた少女だったが、インパクトの直前に拳を急停止させ、光精霊玉ウィルオウィスプに優しく接触した。


「うぉおおおお!」


 その瞬間、少女は再び力を込めて、魔物を自分の望む方向へと()()()()()

 その先に立ちはだかるのは、地面から突き出した結晶柱。

 逃げ場を失った光精霊玉ウィルオウィスプに、少女は獣のように襲いかかった。


「“爆裂拳ばくれつけん”!」


 攻撃系アクティブギフト。

 その効果は、無呼吸状態において繰り出した打撃がすべて集約されて、一気に爆発するというもの。

 数瞬の静寂の後、光精霊玉ウィルオウィスプは派手な音を立てて粉々に砕け散った。


「やりやがった」

「……見事」

「魔核、砕けてないですか?」


 タニスもまた、目を見張っていた。

 やはり性格には問題があるものの、戦闘のセンスだけは一流と言わざるを得ない。

 それに、彼女は――

 視線の先にいる赤毛の少女は、魔核のことなど気にするそぶりすら見せず、今の感触を忘れないようにと、宙に向かって拳を振り回していた。






 その後、赤毛の少女は五回に一回くらいの割合で“打ち抜き”を発動させ、光精霊玉ウィルオウィスプを倒し続けた。

 これは驚くべき高確率である。

 他のメンバーたちも負けじと奮闘し、結果的にはよい“実りの時間(とき)”を過ごすことができたようだ。

 半日ほど戦ってから、“光の墓場”の片隅にある迷宮泉オアシスで食事をとる。


「いちち……」


 少女の戦い方には無駄が多く、余計な攻撃も受けてしまう。仲間から少し離れた位置に座り込み、ぐったりとしていた。

 そこに、タニスがやってきた。


「ドラン。これを使うといい」


 体力を回復するヒールポーションと、持久力を回復するキュアポーションを渡す。

 日頃から何かとうるさいリーダーの計らいに、少女は訝しげな表情になった。


「今日の稼ぎ頭は君だからね。それに、帰りも頑張ってもらわないと」

「帰り?」


 少女が訝しげに眉をひそめる。


「まだ半日も経ってないじゃないか。オレは、まだまだやれるぜ」

「ここは、いい狩場だろう?」


 少女の意気込みを受け流すように、タニスは視線を逸らして周囲を見渡した。


光精霊玉ウィルオウィスプ以外に危険な魔物は少ない。それなのに、他の冒険者たちはいない。どうしてだと思う?」


 言われて初めて、少女は疑問に思ったようだが、答えは出てこなかった。


「それは、ここがどん詰まりの階層だからさ」


 地下第二十階層に来るのは、初級冒険者の中で、実力のあるパーティに限られる。

 しかも、片道で約三日はかかる行程となれば、気軽に潜行ダイブすることはできないし、帰りのことも考えると、余力を残したまま狩りを終えなくてはならない。


「でもさ。確か――二十二階層には近道ショートカットがあるんだろう? そこから帰ればいいじゃないか」


 少女の狙いは、この階層の螺旋蛇道スネークを守る階層主と戦うことにあるようだ。

 ここまで欲望をストレートに出せるのは羨ましいものだと、タニスは内心苦笑した。


「残念ながら、“関門”を倒せたとしても、地下第二十一階層は通り抜けられないよ」


 無原迷宮の地下第二十一階層は、“死の階層(デス・フロアー)”と呼ばれていた。

 この階層にいる魔物は、たった一種類。

 追跡蟻ストークアントという魔物である。

 大型犬ほどの大きさがあるこの昆虫系の魔物は、敵の存在を感知すると、巨大な顎で一斉に地面を叩く。

 その振動で、仲間を呼び寄せるのだ。

 そして彼らの群れは、階層フロア内であれば、どこまでも追いかけてくる。

 万が一取り囲まれでもすれば、どんな熟練の冒険者であっても逃れる術はない。

 

「だから俺たちのような初級冒険者は、地下第二十(この)階層の階層主ボスである“関門”を倒して、討伐の証となる成果品ドロップアイテムを持ち帰ることを第一の目標とするんだ。そうすれば、冒険者ギルドから“近道通行証ショートカットパス”が交付されるからね」


 次の迷宮探索は、“死の階層(デスフロアー)を超えた第二十二階層から始まる。そして“近道通行証ショートカットパス”を手にした冒険者たちは、二度と地下第二十階層には足を踏み入れない。

 地下第一階層から第二十階層の“光の墓場”を訪れるよりも、地下第二十二階層からさらに下層を目指したほうが効率がよいからである。


「だから“美味しい”はずのこの狩場は、いつも空いているのさ」

「ふ〜ん」


 とてもよいアイディアを閃いたかのように、赤毛の少女はにやりと笑った。


「じゃ、オレはここに残る」

「――え?」

「丸いビリビリのやつとは相性がいいみたいだし、倒すコツもつかんだ。ここで修行すれば、オレはもっと強くなれるからな」


 迷宮の奥深くでパーティと別行動を取ろうとする神経に、タニスは――この少女の非常識さを嫌というほど分かっていたはずなのに――仰天した。


「か、帰りはどうすんだ。シェルパもいないんだぞ」

「別の冒険者やつらがきたら、同行させてもらう」


それでは、いつになるかも分からない。


「水は――迷宮泉オアシスがあるからともかくとして、食料は?」

「これ、食えねぇかな」


 赤毛の少女がむしりとったのは、地面に生えている光苔ひかりごけだった。


「それは食用じゃない。腹を壊すぞ」

「だめか」


 少女は残念そうに光苔を投げ捨てた。

 普段であればパーティ行動の大切さを懇々と説教するところだが、今日のタニスは違った。

 今さらながらに不思議に思ったからである。


「なあ、ドラン」

「ん?」


 これまで、この破天荒な少女とまともに話していなかったことに、タニスは気づいた。


「君は、どうして強さを求めるんだい?」

「……」


 タニス自身も冒険者として強さを求めている。しかしそれは、迷宮から無事に地上へ帰還するための――生き残るための強さだった。

 しかし少女の求める強さとは、何かが違うような気がしたのである。

 赤毛の少女は、急に表情が抜け落ちたような顔になった。


「……弱いやつは、生きてる意味がない」


 ぼそりと呟く。


「そんなことはないだろう。確かに強いことに越したことはないけれど、パーティ内ではそれぞれの役割がある。少しくらい戦闘能力が劣っていたって――」

「……意味がない」


 少女はタニスを見ていた。

 少し顔を傾けるようにして、瞬きもせず、じっとタニスを見据えていた。


「意味が、ないんだ」


 遅まきながら、タニスは少女の様子が尋常ではないことに気づいた。

 自分は少女のことを何も知らない。冒険者になったわけも、出身地も、名前や年齢すらも。

 このは、誰だ?

 わけの分からない理由で気圧され、一歩後ずさろうとしたその時、


「おふたりさーん。準備ができましたよー!」


 料理を作っていたシェルパが呼んだ。

 一瞬だけ目を離した瞬間、少女はいつものひと懐っこい表情に戻っていた。

 

「おっ、メシだメシだ。あー腹へった」


 そして、うきうきと迷宮泉めいきゅういずみほとりへと走っていく。

 呆気にとられたまま、タニスはしばらくその場に立ち尽くしていた。






 休憩の後、タニスが地上へ帰還することを宣言すると、赤毛の少女が我がままを言った。


「なあ、あと半日だけ戦おうぜ」

「だめだ」


 タニスはきっぱりと拒否した。

 余計な荷物を持ち込まないというのが、迷宮探索の鉄則である。食糧もポーションも残り少ない。


「それに、この近くに光精霊玉ウィルオウィスプはいないからね」

「分かるもんか」

「分かるんだよ」


 仕方なしに、タニスは“追跡の腕輪”のことを話した。

 パーティ相談役コンサルのことは内緒だったので、とある知り合いから借りたということにする。

 “聞き耳”のギフトを持つ遊撃手が、どこか安心したように文句を言った。


「なんだよそれ。やけに勘が鋭いと思ったぜ」


 今回の迷宮探索では、斥候せっこうである彼の役割を、タニスが奪う形になっていたのだ。


「すまない。今回の探索が終わったら返さないといけないから。あまり慣れてしまうのもまずいと思って」


 ギフトが封緘(ふうかん)された魔法品物(マジックアイテム)は、目が飛び出るほどの高値で取り引きされている。売り出し中とはいえ、初級冒険者パーティである“悠々迷宮”には、当分縁のない存在だろう。


「発動――“追跡”」


 光精霊玉ウィルオウィスプは長距離を移動する魔物ではない。

 近くにいないことは分かっていたが、あえて“追跡の腕輪”を使ったのは、少女を納得させるためだった。

 しかし。


「――っ」


 背中が凍りつくようなおぞましい感覚に、タニスは全身を硬直させた。

 とても大きな存在が、こちらに向かってくる。

 これまで戦った中でもっとも強かった魔物、地下第九階層の階層主――屍霊鬼グールよりも、強大な魔気。


「向こうから、魔物が来るぞ!」


 タニスが指し示す方向に、メンバー全員が武器を構えた。

 息を飲むような静寂。

 視界に映っているのは、光苔と灰色の水晶柱。

 幻想的な、まるで風景画のような世界。


「……あの、リーダー?」


 痺れを切らしたかのように、軽戦士が聞いた。

 

光精霊玉ウィルオウィスプなら、それほど警戒する必要は――」


 ――ギガンッ


 唐突に、何かがぶつかる重い音が響いた。


 ギギギギッ。


 一本の水晶柱が軋み、傾き、そして倒れる。

 数瞬の間をおいて、地鳴りのような振動が伝わってくきた。

 光苔とともに舞い上がった土煙の中に、巨大なシルエットが浮かんだ。


「ま、まさか――あいつは」


 一番最初に魔物の名を口にしたのは、シェルパだった。

 他の冒険者パーティに同行した時に、彼はその魔物を見たことがあったのである。


醜悪鬼トロル! ありえない!」


 動かざる魔物。

 それは“関門かんもん”と呼ばれている階層主だった。


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[気になる点] 探索の腕輪が追跡の腕輪になってる
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