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第六章 (1)

「はじめまして。タイロス迷宮からきました、新入りのロウと申します。なにぶん田舎者ですので、いたらぬところも多々あるかと存じますが、みなさん、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」

「うぇーい!」


 ロウが元気に挨拶をすると、むさ苦しい男たちの群れが野太い声を返した。


「おい、ばかに丁寧な挨拶だな」

「ごべんたつって、なんだ?」

「馬鹿やろう。田舎もんだからって、なめんなってことだ」

「おー、そういうことか」


 王都とはいえ、荷物持ち兼案内役であるシェルパたちの気質は似たようなもの。挨拶や自己紹介など、声が大きければよいのだ。


「あー、ロウ君はの。タイロス迷宮で、あの“宵闇の剣”のシェルパとして活躍したそうだ。みなも、話を聞いておくとよいぞ」


 案内人ギルドの長は、枯れ枝のように細い白髪の老人で、ゾフタという。かつては伝説級のシェルパと呼ばれていたらしいが、今や見る影もない。


「まあ、互いのことを知るには、酒をみ交わすのが一番じゃな。今日はとことん飲もうぞ」

「うぇーい!」


 宴の場所は、森区の端にある場末の飲み屋、灯籠蟷螂(ルマンティス)亭である。看板はなく、窓には食い逃げ防止用の鉄格子がはめ込まれており、ガラスはすべて割られている。おまけに店員たちは愛想がない。

 シェルパたちが大人数で押しかけては迷惑行為を繰り返した結果、こういう店にしか入れなくなったのではないかとロウは邪推した。

 大酒飲みのろくでなし、乱暴者、大ホラ吹き、冒険者崩れのならず者。シェルパに対する世間的な評価は、おおむね正しい。

 だが、彼らの献身と勇気は本物だ。

 魔物たちと戦う有効な武器やギフトも持たず、身動きが取れなくなるほどの荷物を背負い、迷宮へ乗り込もうというのだから。

 自分の立ち位置を確保するための労力を、ロウは惜しまなかった。勧められた酒はすべて飲み干し、食事がなくなれば追加注文をし、ジョッキの酒がなくなれば注いで回る。

 シェルパたちは自分が飲み食いをして、馬鹿騒ぎをしたいのだ。幹事的な役割を担う人材が不足していることを、ロウは経験から知っていたのである。

 気分を良くした先輩シェルパが、ロウの肩に逞しい腕を回して、下品な笑い声を上げた。


「おい、ロウよ。おめぇ、タイロスのギルドじゃ上級シェルパだったそうだな」

「ええ、はい」

「その歳にしちゃたいしたもんだが、無限迷宮をナメちゃいけねぇぜ。地方の迷宮とは深さが比べものにならねぇ。それに、こっちの魔物たちは、()()


 ある程度酔いが回ると、何故か迷宮自慢が始まる。


「おうよ。特に四十階層の天使猿(トリッキーモンキー)なんかは、植物系魔物を使って罠を貼りやがる」

「いやらしさでいうなら、二十三階層の追跡蟻(ストークアント)だろうが! あいつらに狙われたら、上級冒険者だって――」


 もちろんロウも負けてはいない。


「実は、タイロス迷宮の四十六階層に、目無蛇(オピオン)という魔物が出ましてね」


 地中を移動する巨大な蛇の魔物である。上級シェルパたちの幾人かはその存在を知っているようで、ごくりと喉を鳴らした。


「やつらは音を頼りに近寄ってきます。索敵を持つ冒険者がいましたので事前に気づけましたが、そうでなければ――」


 ロウはフォークに刺した肉団子にかぶりついた。


「いきなりがぶりで、終わりでした」


 ほほうと、感心したような吐息が漏れる。


「な、なかなかやるじゃねぇか」

「よしみんな、手強いタイロス迷宮に、乾杯だ!」

「うぇーい!」


 ロウは家庭の事情を打ち明けた。

 自分には両親はおらず、年の離れた妹がいること。幼い妹を養うために冒険者をやめてシェルパになったこと。

 迷宮に潜行(ダイブ)している間は、妹を親戚に預けていたのだが、よく虐められて泣いていたこと。

 妹を学校に通わせるために、危険を承知で“宵闇の剣”のシェルパを受けたこと。

 そして、最下層での戦い。


「……というわけで。タイロス(ドラゴン)に石にされたオレは、十一年間そのままの状態だったんです」


 目覚めると、幼かったはずの妹は十五歳になっていた。

 しかも駆け出しの冒険者だという。


「ちょっと危なっかしいですからね。シェルパとして、ついてやろうかと」


 気がつけば、周囲はしんと静まり返っていた。


「ああ、この前シチューを作ったら、泣いて喜んでましたよ。うちの味だって」

「う、うぉおおお!」


 むさ苦しい髭面の男たちは、鼻を真っ赤にして涙ぐんでいた。


「お、おめぇってやつは……」

「へらへらしてやがるくせに、苦労してんだな」

「妹さんを、大切にするんだぞ! なあ、おい」


 シェルパたちは仲間意識が強く、情に脆い。

 まだ陽も高いうちから始まった飲み会は、陽が落ちる前にいったん解散となった。

 本来であれば、場所を変えて夜半過ぎから翌日の朝まで――それこそ倒れて動けなくなるまで続くはずなのだが、妹さんを心配させるなと、先輩シェルパたちが解放してくれたのである。

 とはいえ、安酒を大量に飲み込み、何度も吐き出していたロウは、さすがにふらつきながら帰路に着いた。

 拠点(ホーム)に帰る前に診療所に寄って、浄化の魔法をかけてもらう。


「……はぁ。本来、酔っ払いにかける魔法ではないのだけれど」


 治療院の医士は四十代の上品な女性で、サフランという。ユイカのかかりつけだった医士であり、ロウはシズから紹介を受けていた。


「領収書をください。宛名は“暁の鞘”で」


 何事もなかったのように、しっかりとした足取りで、ロウは攻略組族(クラン)“暁の鞘”の本部兼自宅へと戻った。

 空区の外れにあり、立派な石壁に囲まれている。建物は三階建てで、個室は十以上。玄関先は吹き抜けのロビーになっている。もとは教団関係者の宿泊施設(ホテル)だったのだが、経費削減ために売りに出されたものの買い手がつかず、なかば放置状態となっていたらしい。


「お兄ちゃん、お帰り!」

「父さま、お帰りなさい」


 ロビーの隣にある食堂から、マリエーテとミユリが飛び出してきた。


「二人とも、屋内で走ってはいけません! つね日頃から、節度を保った行動を――」


 続いて、攻略組族(クラン)の代表であるシズ。


「おやまあ、お早いお帰りでしたね」

「飲み会はどうされたんですか?」


 さらに、支援要員のタエとプリエがやってくる。


「先輩方が気を遣ってくれたみたいで。途中で解放してくれました」


 そう言ってロウは、ちょうどよい高さにあるミユリの頭を撫でた。対抗意識を燃やしたのか、無言のままマリエーテが頭を差し出してきたので、こちらも撫でる。


「食事はもう済んだのかい?」

「いいえ、まだです」

「お兄ちゃんを待ってたの!」

「そうか。さすがにお腹がいっぱいだけど、お茶くらいはもらおうかな」


 食堂は広く、テーブルも大きい。隅の方に固まって食事をとる。

 拠点を移してから約ひと月。改修や引越し、そして攻略組族(クラン)の立ち上げの準備作業などに追われていたが、ようやく落ち着いてきたところだ。

 ちなみに、これまで住んでいた屋敷は引き払うことにした。マリエーテやミユリにとっては住み慣れた家だが、二人ともロウの提案に賛成した。

 それは、この攻略組族(クラン)で必ずユイカを助けるのだという決意の表れでもあった。

 妹と息子の食事風景を見守りつつ、ロウは今後の予定を話した。


「今度、初級シェルパの実地研修があります」


 指導員の先輩シェルパを冒険者に見立てて、ロウが地下一階層を案内するのだという。

 シズが問いかけてくる。


「あなたはタイロスの案内人ギルドで上級シェルパをなされていたのでしょう。特例措置として、そういった研修は免除されるのでは?」


 何事においても妥協を許さない彼女は、案内人ギルドの人事規定まで調べ上げていたようだ。

 密かに感心しつつ、ロウはお茶を口に運んだ。


「こちらが意思表示をすれば、中級シェルパから始めることもできましたが、断りました」

「なぜ?」


 ユイカを救うためには、無限迷宮の地下八十階層にたどり着かなくてはならない。浅階層で時間を無駄にする必要はないはずだと、シズは考えたようだ。


「まあ、大人の事情ってやつです」


 苦笑しつつ、ロウは説明した。

 住民登録上、三十歳を超えているロウだが、肉体年齢は二十代の前半である。

 いくら経験者とはいえ、よそ者の()()がいきなり中級シェルパになったのでは、同僚のシェルパたちもよくは思わないはず。やっかまれたり、からまれたりする状況は避けたい。


「それに、中級シェルパへの昇進条件はご存知でしょう?」

「確か、シェルパとして十回以上の迷宮探索、および地下二十五階層への到達。そして、冒険者からの指名回数が五回以上――」

「つまり、マリエーテが潜行ダイブするたびにオレを指名し続ければ、比較的容易に達成できる条件です。指名料金は回収できますから、効率がいい」

「しかし身内に指名させたのでは、あなたの言う案内人ギルドでの立場が悪くなるのでは?」


 シズの疑問はもっともであった。


「心配はいりません。案内人ギルドのみんなには、オレとマリンの不幸話を()いておきましたから。同情されることはあっても、妬まれることはないはずです」


 熱心に頷いているマリエーテとミユリを見て、シズは渋面になった。子供たちの情操教育上、あまりよろしくない話だと考えたのだ。


「事情は、分かりました」


 こほんと咳払いをして、話題を変える。


「それで、ロウ」


 今のシズはマリエーテとミユリの後見人ではない。攻略組族クラン“暁の鞘”の代表という立場である。今後、他の冒険者たちを招き入れることも考え、呼び方や話し方やついても改めることになった。


「今後の“暁の鞘”の方針は、どうしますか?」


 目標は定めた。拠点も作った。

 もはや、行動すべき時である。

 どのようにして他のメンバーを集めるのか、マリエーテの育成をどうするのか、短期的な行動計画について、シズは実質的な責任者であるロウに尋ねたのだ。

 ロウはひとつ頷くと、笑顔を浮かべた。


「まずは、マリンに働いてもらおうと考えています」


 話を聞いて、マリエーテは目を輝かせた。

 冒険者育成学校(アカデミー)を卒業し、冒険者ギルドに登録したマリエーテだったが、まだ一度も無限迷宮に潜行(ダイブ)していない。

 兄の準備が整うのを、彼女はずっと心待ちにしていたのである。


「私、がんばる! お兄ちゃんと潜行ダイブして、たくさん魔物を倒して、すぐにレベルアップを――」


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