(6)
持久力のないひ弱なシェルパは、自分たちの攻略方法についていけず、脱落する。
自分のすぐ後ろにいる青年の気配を探りながら、ベリィはほくそ笑んだ。
浅階層及び中階層は駆け抜ける。
それが“宵闇の剣”の流儀だ。
“索敵”のギフトを持つヌークは、常に冷静沈着。
パーティの先頭で魔物の気配を察知し、それが足の遅いものであれば、無視して先に進む。逃げ切れそうになければベリィに合図を送り、ふたりで殲滅する。
冒険者たちよりも足の速い魔物は、実はそれほど多くないのである。
迷宮はおもに通路と広間で構成されている。ちょうど蟻の巣を平面にしたような構図だ。
魔素を養分とする光苔が、床、壁、天井と広がっているため、足元がおろそかになることはない。
「この先、広間です」
哀れなシェルパは、走りながら道順の指示を出したり、情報を伝えなくてはならない。
しかも、巨大な荷物持ち。
すぐに息が切れて休ませてくれと泣きついてくるだろう。
そのときに、言ってやるのだ。
――この、愚図シェルパ。あんたはクビよ。
せっかちなリーダーであるユイカが考え出したこの探索方法のおかげで、“宵闇の剣”の迷宮内の滞在期間は劇的に短縮された。
しかも、目的の階層で経験値を稼いだり、成果品を狙ったりする“実りの時間”が増え、パーティの戦力を効率よく上げることができたのである。
ユイカがいれば、私たちはどこまでもいける。
そして美しいユイカには、男なんて必要ない。
「十二体だ」
ヌークの警告。
「黒姫さま。林檎蜂のようです」
「数が多いな。倒そうか」
広間に入ると、赤と黒の縞模様をした魔物が集団で浮遊していた。
文字通り林檎ほどの大きさである。
腰につけた小袋から、ヌークが丸い小石を取り出した。
「“投擲”」
親指で弾かれた小石が、林檎蜂の羽を一瞬で粉砕した。
これがヌークの主力攻撃、指弾だ。“投擲”のギフトを使った中距離攻撃である。雑魚相手には小石を丸く削ったものを使い、強敵には特製の鉄球を使う。
“索敵”で魔物を発見するや否や、指弾で狙撃。
敵が少数の場合、進行速度を緩めることなく駆け抜けることも可能だが、さすがに十二体の魔物を殲滅することはできなかった。
三体の仲間が倒されたところで、ようやく魔物たちは広間の侵入者に気付いたようだ。
耳障りな羽音を鳴らしながら、赤と黒の縞々模様が弧を描くように向かってきた。
「うげ、気持ちわるっ!」
ヌークを追い越して、ベリィが突進した。
腰にさした二本の小曲刀を、それぞれ逆手に持つ。
「林檎蜂は後退しながら尻から酸を吐きます。気をつけて」
「っさい! 指図すんな!」
このシェルパは、ひとこと多い。
しかも、張り付けたような笑顔が気持ちわるい。
ベリィは大胆に身体を回転させながら敵を避け、同時に斬撃を放った。
一体の蜂を切り刻み、着地。双刀を地面に置き、左右の太もものあたりに、指先で同時に魔方陣を描く。
「“風凪”」
風属性の支援魔法――足にかければ移動力が上がり、腕にかければ手数が増える。
だが、デメリットもある。
この魔法は、身体に負担がかかるのだ。
「ベリィ。自重しろ」
案の定、ユイカから注意を受けてしまうが、ベリィは好戦的な気分になっていた。
林檎蜂にではない。
生意気なシェルパに対してだ。
――私の力を、見せつけてやる!
野生の動物並の動きで次々と蜂を倒していくベリィ。“運風”の相乗効果もあり、敵を追いかけるスピードは、まさに突風のよう。
「ふんっ」
最後の一匹を切り刻んだところで振り返ると、肝心のシェルパは自分を見ておらず、魔物の身体からせっせと魔核を取り出していた。
「小物の魔核は、無視していいぞ。時間が惜しいからな」
地下十九階層の迷宮泉で、ユイカはロウに言った。
「わかりました」
そう言ってロウは、ヌークに小石を渡した。
「……回収したのか」
「割れていないものだけ。石を削るのは、手間がかかるでしょう」
ヌークは礼を言い、素直に小石を受け取った。
五階層を一気に駆け抜けたことで、マジカンを除く三人の冒険者たちは、さすがに息を乱していた。特にベリィの疲労は目に見えて大きい。
ユイカが小さなため息をついた。
「ロウ、キュアポーションをベリィに」
疲労を回復させるポーションである。
大きな背負袋の中から、ロウは陶器製の小瓶を取り出した。額に汗を浮かべているものの、こちらは息を乱した様子もない。
「ほっ、シェルパよ。おぬし、面白いギフトを持っておるな」
ロウはぴたりと手を止め、ぎこちなく振り返った。
「……マジカンさん、まさか“鑑定”ですか?」
賢者の表情から自分の推測が間違っていないことを知ると、ロウは渋面になった。
「差し支えなければ、ロウのギフトを、教えてもらえるかな?」
やや遠慮がちに、ユイカが聞いてくる。
冒険者にとって、基本能力やギフトは守るべき個人情報だ。その内容を聞くことは、礼を失することに他ならない。しかし、同じチーム内であれば別である。互いの能力を知ることは、生還率の向上と死傷率の低下に繋がるからだ。
しかもロウは冒険者を引退した身である。
“鑑定”のギフトを持つ冒険者がいるならば、隠しても意味がない。
グンジやギマといった一部の関係者にしか知らせていなかったギフトを、ロウはしぶしぶながら公開した。
「俺が持つギフトは、たったひとつです」
それは、“持久力回復”。
意識せずとも常に効果が発動し続けるパッシブギフトだった。
「地味ですが、シェルパとしては重宝していますよ」
「じ、持久力……回復」
キュアポーションを渡されたベリィが、愕然としたように呻いた。
ヌークが考える素振りをみせる。
「あまり聞かないギフトだな。ありそうではあるのだが……」
「“体力回復”や“魔力回復”の方が、有名かもしれませんね」
それは冒険者よりも、むしろ魔物が持つことが多いギフトだった。
「――素晴らしい!」
ユイカが手放しで絶賛した。
「これはうかうかしていると、我々が置いていかれてしまうぞ」
「シェルパが先行してどうするんですか」
ロウの突っ込みに、珍しくユイカが笑った。
「これまでは、シェルパの疲労度を考えて、迷宮進行のスピードを調整せざるを得なかったんだ。しかしロウならば、気にする必要はない。私たち“宵闇の剣”にとっても有益なギフトだ」
「ひょほっほ」
マジカンが奇妙な笑い声を上げて、意味あり気な視線をロウに向ける。
「“持久力回復”といっても、怪我が治るわけではありません。食事をしなければ力が出ませんし、水を飲まなければ動けなくなります。あまり期待しないでくださいよ」
ロウは予防線を張ったが、やや興奮気味のユイカは聞いていないようだ。
「よし、次の迷宮泉は何階層だ?」
「地下二十階層ですが……主要通路からやや外れた位置にあります。二十四階層の方がよいでしょう」
「魔物の種類は?」
刀鬼、砂蜥蜴、粘液玉、毒蝙蝠、黒曜狼、そして、蛇獅子。
「蛇獅子?」
「階層主です。二十三階層の一角を縄張りにしています」
ときおり迷宮には、遥か下層に生息しているはずの魔物が、ひょっこり現れることがある。それは階層主と呼ばれていた。
タイロス迷宮地下二十三階層の適正レベルは六。階層主の危険度は二レベルほど上と言われている。
パーティレベル十二の“宵闇の剣”であれば、余裕をもって戦えるだろう。
その証拠に、誰ひとりとして焦っている様子はなかった。
「蛇獅子か。縄張りの場所は分かるか?」
「ギフト持ちの可能性もあります。先を急ぐなら、避けて通るべきでは?」
「……ふむ」
ひとつ頷いたものの、ユイカは別のことを考えてるようだった。