(5)
ロウが冒険者ギルド内にある個室を訪れると、“宵闇の剣”が出発の準備をしていた。
皮製の長外套に、巨大な背負袋――その姿から、ロウが自分たちのシェルパであることに気付いたのだろう。メンバーのひとりである金髪の女性が、何故か喧嘩腰で近づいてきた。
ふわりとした金髪は肩に届くかどうかといったところ。片目と眉を吊り上げて、威嚇するような表情を作っている。
よくよく観察すれば美人なのだが、気が強そうだ。
「あんたがロウ? ちんたらやってたら、クビにするからね」
開口一番に宣言されて、ロウは目を丸くした。
いきなり喧嘩を売られる理由が分からないが、とりあえず笑顔を作ってこくりと頷く。
今回は命と金を天秤にかけた仕事である。クビになったら、命を拾ったと思えばよい。
「遠慮なく、そうしてください」
素直に口にした言葉だったが、金髪の冒険者はシェルパとしての自信の表れと捉えたようだ。不機嫌そうにそっぽを向く。
「ユイカ。この方のお名前は?」
「ベリィだ。職種は軽戦士で、支援魔法が使える」
「ちょ――姫!」
「よろしくお願いします、ベリィ」
一礼して、ロウは次の仲間に挨拶する。
髪と眉がない。肌は褐色で、独特の雰囲気がある。別に怒っているわけではなさそうだが、顔そのものが怖い。
「はじめまして。シェルパのロウです」
「ヌークだ。職種は遊撃手。主に中距離からの攻撃を得意とするが、ある程度接近戦もこなせる。“索敵”のギフトがあるので、探索中は先頭を務める」
「よろしくお願いします」
次に、金糸の入った派手な羽織を着た男。
「“浮遊”のギフトですか。これは珍しい」
「ほっ、驚かんのか、つまらんのう」
男の足は床についておらず、ふわふわと浮いていた。
「マジカンじゃ。賢者である」
失礼にあたらない程度に、ロウは相手を観察した。
年齢は三十歳くらい。だが、“老化遅延”のパッシブギフトを持つといわれる彼は、見かけどおりの年齢ではないのだ。小柄で痩せていて血色がわるく、学者のような風貌である。
当代最強の攻撃魔法と最強の防御魔法を兼ね備える賢者。
冒険者の中でもトップクラスのレベルである彼は、引退と復活を繰り返す気まぐれな冒険者でもあった。
最後にロウは、ユイカと再会の握手をした。
「よく来てくれた、ロウ。この仕事を引き受けてくれて、感謝する」
「帰ったらマリンと森へピクニックに行く予定です。あまり無茶はしないでください」
「ほう、それは楽しそうだ」
それからユイカは、自分の職種を告げた。
軽戦士。
ここに、冒険者パーティとシェルパのチームが結成された。
ロビーを出て受付に出発の報告をすると、周囲にいた冒険者たちがざわめき出す。
「“宵闇の剣”が出るぞ。東の勇者だ!」
「あれが――黒姫。“死霊使い”か」
「標準パーティでタイロス迷宮を攻略? 正気かよ」
「浮いてる……賢者だ。見ろよ、あの派手な羽織」
「あの金髪、すっげぇ不機嫌そうな顔してるぞ――げ、こっちきた!」
馬鹿騒ぎの中で、冷ややかな視線もそそがれる。
「おい、見ろよ。“階層喰い”だ」
「今や荷物持ちのシェルパか。落ちぶれたもんだ」
「いや、勇者についてるんだから、出世だろうよ」
「うっひっひ」
どこから聞きつけてきたのか、冒険者ギルドから迷宮まで続く花道も、付近の住民が集まり大騒ぎとなった。
「さすがに人気がありますね」
「あんたのじゃないんだから。勘違いしないよーに」
釘さすように注意してくるベリィ。
初対面なのに嫌われているのは、おそらくユイカの朝帰りが原因だろうとロウは推測した。どうやら彼女は、ユイカに対して特別な感情を持ち合わせているようだ。だとしても、いちいち付き合ってはいられないが……。
道すがら、ロウはタイロス迷宮の概要を説明した。
タイロス迷宮が発見されたのは、およそ九十年前。ときを同じくしてタイロスの町が作られた。そこそこの歴史があるため、他の迷宮と同じく近道の入口が作られており、それは地下十四階層に直結している。以前は地下二十階層までの入口もあったのだが、迷宮改変が起きたため、現在は使用不能となっていた。
「中級以上の冒険者は、この近道を利用できます」
つまり、地下十三階層以上は、初級冒険者の経験値稼ぎの場所なのである。
近道は狭くて急な螺旋階段になっていた。
シェルパたちによる緻密な地図作成により、慎重に位置を定められた場所に掘られた、人工的な入口だ。
「地下十四階層は掃除されていますので、魔物の数は多くありません」
迷宮側から見れば、地上へと続く入口にもなる。おもに中級冒険者に対して、定期的に魔物退治および階層探索の依頼がなされるのだ。
「無限迷宮には地下四十階層までの近道もあるのだが。面倒なものだな」
正直なユイカの感想に、ロウは苦笑した。
「タイロスの町には、王都ほど冒険者がいるわけではありませんからね。階層の掃除ができなければ、近道は町の危険に繋がります。現に三年ほど前、飛行型の魔物がこの近道を使って地上に飛び出し、大騒ぎになったこともありました」
「退治したのか?」
ヌークの問いに、ロウは首を振った。
「何しろ飛行型ですから。逃げられたようです。その後の目撃情報もありませんから、どこかで死んだのでしょう」
地上にはほとんど魔素がないため、魔物たちは長くは生きられないらしい。迷宮内で捕獲した魔物を地上で調べようという試みもされたが、無理やりつれてこられた魔物たちは、もがき苦しみ、ついには爆発したという。
近道の入口は、冒険者ギルドの職員が監視していた。
許可証を見せて、分厚い鉄の扉を開けてもらう。
「おいシェルパよ。ちょいとつかまらせてもらうぞ」
そう言ってマジカンは、先端にフックのついた杖を、ロウの背負袋に引っ掛けた。
彼は“浮遊”のギフトを持っている。
それはパッシブギフトのようで、魔力をほとんど消費しない。空中に浮いているだけで推進力がないため、ロウに自分を運ばせるつもりのようだ。
螺旋階段には手すりがなく、段差も急である。
「ゴンドラ、ないんだ。帰りがきつそう」
「シェルパたちの間では、“足砕きの階段”と呼ばれています。あ、滑りやすいですから、気をつけてくださいね」
「――っ、気安く話かけんじゃないの!」
ベリィの怒声を、ロウは涼しい顔で受け流した。
到達した場所は、地下十四階層の一角にある迷宮泉である。
誰が置いたのか、ここには椅子とテーブルがあり、ちょっとしたミーティングスペースになっていた。
「では、簡単に打ち合わせをしましょうか」
椅子を勧めると、ユイカ、ヌークが腰をかけた。
マジカンは空中でふわふわと胡坐をかく。
ベリィはふてくされたように通路の奥の空間を見つめていたが、話は聞いてくれるようだ。
まず、ユイカが目標を宣言する。
「事前に伝えた通り、今回の潜行で、我々は地下四十七階層を目指す。低階層でもたついている暇はない。ロウには迷宮泉を結ぶ最短ルートの案内を頼みたい」
「次の迷宮泉は、十九階層ですね」
「敵の種類は?」
刀鬼、蜥蜴犬、刺蛇、岩人形、林檎蜂、角斑猫、砲弾蔓、希少魔物としては、銀皿。
「固有種がいるな。特殊攻撃や魔法をつかうものは?」
「刺蛇が神経系毒、林檎蜂が酸を吐きます。刀鬼――これは両手が硬質の刀になっている子鬼ですが、仲間を呼びます。魔法を使う魔物はいませんね」
「それだけ聞けば、十分だ」
先頭から、ヌータ、ベリィ、ロウとマジカン。そして殿がユイカ。
マジカンが杖を使って空中に魔方陣を描く。
杖の先端から光の軌跡が生まれ、次第に複雑に絡み合っていく。
「“銀衣”――ほいっ」
さっと杖が振られると、魔方陣が分裂し、ロウを含めた全員の頭上に移動した。
直後、魔方陣が弾け、きらきらと光の粉が降り注ぐ。
「……これは?」
初めて見る魔法に戸惑っていると、マジカンが解説してくれた。
「油を身にまとったと考えればよい。あらゆる物理攻撃を逸らす効果がある。ただし、正面から受けたら効かんぞ」
次いで、ベリィが仲間たちの背後に立ち、指先で小さな魔方陣を描く。
「“運風”」
この魔法には見覚えがあった。
風属性の魔法の一種で、背後に追い風を発生させ、移動力を上げる効果がある。
ただし、一度かけてしまうと微調整が利かない。常に背中を押されるような感覚になるため、戦闘中は支障となる場合がある。
通常は迷宮探索を終え、迷宮泉や地上に帰還するときに使う魔法のはずだ。
「本当は嫌なんだけど、あんたにもかけないと、みんなが遅れるからね」
もやもやとした嫌な予感が、ロウの頭の中に浮かんだ。
「――一気に突破する!」
その予感は的中。
ユイカの号令により、パーティ全員が全力に近い速度で駆け出したのである。




