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 ロウが冒険者ギルド内にある個室を訪れると、“宵闇の剣”が出発の準備をしていた。

 皮製の長外套ロングコートに、巨大な背負袋リュック――その姿から、ロウが自分たちのシェルパであることに気付いたのだろう。メンバーのひとりである金髪の女性が、何故か喧嘩腰で近づいてきた。

 ふわりとした金髪は肩に届くかどうかといったところ。片目と眉を吊り上げて、威嚇するような表情を作っている。

 よくよく観察すれば美人なのだが、気が強そうだ。


「あんたがロウ? ちんたらやってたら、クビにするからね」


 開口一番に宣言されて、ロウは目を丸くした。

 いきなり喧嘩を売られる理由が分からないが、とりあえず笑顔を作ってこくりと頷く。

 今回は命と金を天秤にかけた仕事である。クビになったら、命を拾ったと思えばよい。


「遠慮なく、そうしてください」


 素直に口にした言葉だったが、金髪の冒険者はシェルパとしての自信の表れと捉えたようだ。不機嫌そうにそっぽを向く。


「ユイカ。この方のお名前は?」

「ベリィだ。職種は軽戦士で、支援魔法が使える」

「ちょ――姫!」

「よろしくお願いします、ベリィ」


 一礼して、ロウは次の仲間に挨拶する。

 髪と眉がない。肌は褐色で、独特の雰囲気がある。別に怒っているわけではなさそうだが、顔そのものが怖い。


「はじめまして。シェルパのロウです」

「ヌークだ。職種は遊撃手。主に中距離からの攻撃を得意とするが、ある程度接近戦もこなせる。“索敵”のギフトがあるので、探索中は先頭を務める」

「よろしくお願いします」


 次に、金糸の入った派手な羽織ローブを着た男。


「“浮遊”のギフトですか。これは珍しい」

「ほっ、驚かんのか、つまらんのう」


 男の足は床についておらず、ふわふわと浮いていた。


「マジカンじゃ。賢者である」


 失礼にあたらない程度に、ロウは相手を観察した。

 年齢は三十歳くらい。だが、“老化遅延”のパッシブギフトを持つといわれる彼は、見かけどおりの年齢ではないのだ。小柄で痩せていて血色がわるく、学者のような風貌である。

 当代最強の攻撃魔法と最強の防御魔法を兼ね備える賢者。

 冒険者の中でもトップクラスのレベルである彼は、引退と復活を繰り返す気まぐれな冒険者でもあった。

 最後にロウは、ユイカと再会の握手をした。


「よく来てくれた、ロウ。この仕事を引き受けてくれて、感謝する」

「帰ったらマリンと森へピクニックに行く予定です。あまり無茶はしないでください」

「ほう、それは楽しそうだ」


 それからユイカは、自分の職種を告げた。

 軽戦士。

 ここに、冒険者パーティとシェルパのチームが結成された。

 ロビーを出て受付に出発の報告をすると、周囲にいた冒険者たちがざわめき出す。


「“宵闇の剣”が出るぞ。東の勇者だ!」

「あれが――黒姫。“死霊使い”か」

「標準パーティでタイロス迷宮を攻略? 正気かよ」

「浮いてる……賢者だ。見ろよ、あの派手な羽織ローブ

「あの金髪、すっげぇ不機嫌そうな顔してるぞ――げ、こっちきた!」


 馬鹿騒ぎの中で、冷ややかな視線もそそがれる。


「おい、見ろよ。“階層喰い”だ」

「今や荷物持ちのシェルパか。落ちぶれたもんだ」

「いや、勇者についてるんだから、出世だろうよ」

「うっひっひ」


 どこから聞きつけてきたのか、冒険者ギルドから迷宮まで続く花道も、付近の住民が集まり大騒ぎとなった。


「さすがに人気がありますね」

「あんたのじゃないんだから。勘違いしないよーに」


 釘さすように注意してくるベリィ。

 初対面なのに嫌われているのは、おそらくユイカの朝帰りが原因だろうとロウは推測した。どうやら彼女は、ユイカに対して特別な感情を持ち合わせているようだ。だとしても、いちいち付き合ってはいられないが……。

 道すがら、ロウはタイロス迷宮の概要を説明した。

 タイロス迷宮が発見されたのは、およそ九十年前。ときを同じくしてタイロスの町が作られた。そこそこの歴史があるため、他の迷宮と同じく近道ショートカットの入口が作られており、それは地下十四階層に直結している。以前は地下二十階層までの入口もあったのだが、迷宮改変コラップスが起きたため、現在は使用不能となっていた。


「中級以上の冒険者は、この近道ショートカットを利用できます」


 つまり、地下十三階層以上は、初級冒険者の経験値稼ぎの場所なのである。

 近道ショートカットは狭くて急な螺旋階段になっていた。

 シェルパたちによる緻密な地図作成マッピングにより、慎重に位置を定められた場所に掘られた、人工的な入口だ。


「地下十四階層は掃除スイープされていますので、魔物の数は多くありません」


 迷宮側から見れば、地上へと続く入口にもなる。おもに中級冒険者に対して、定期的に魔物退治および階層探索の依頼がなされるのだ。


「無限迷宮には地下四十階層までの近道ショートカットもあるのだが。面倒なものだな」


 正直なユイカの感想に、ロウは苦笑した。


「タイロスの町には、王都ほど冒険者がいるわけではありませんからね。階層の掃除スイープができなければ、近道ショートカットは町の危険に繋がります。現に三年ほど前、飛行型の魔物がこの近道ショートカットを使って地上に飛び出し、大騒ぎになったこともありました」

「退治したのか?」


 ヌークの問いに、ロウは首を振った。


「何しろ飛行型ですから。逃げられたようです。その後の目撃情報もありませんから、どこかで死んだのでしょう」


 地上にはほとんど魔素がないため、魔物たちは長くは生きられないらしい。迷宮内で捕獲した魔物を地上で調べようという試みもされたが、無理やりつれてこられた魔物たちは、もがき苦しみ、ついには爆発したという。

 近道ショートカットの入口は、冒険者ギルドの職員が監視していた。

 許可証を見せて、分厚い鉄の扉を開けてもらう。


「おいシェルパよ。ちょいとつかまらせてもらうぞ」


 そう言ってマジカンは、先端にフックのついた杖を、ロウの背負袋リュックに引っ掛けた。

 彼は“浮遊”のギフトを持っている。

 それはパッシブギフトのようで、魔力をほとんど消費しない。空中に浮いているだけで推進力がないため、ロウに自分を運ばせるつもりのようだ。

 螺旋階段には手すりがなく、段差も急である。


「ゴンドラ、ないんだ。帰りがきつそう」

「シェルパたちの間では、“足砕きの階段”と呼ばれています。あ、滑りやすいですから、気をつけてくださいね」

「――っ、気安く話かけんじゃないの!」


 ベリィの怒声を、ロウは涼しい顔で受け流した。

 到達した場所は、地下十四階層の一角にある迷宮泉オアシスである。

 誰が置いたのか、ここには椅子とテーブルがあり、ちょっとしたミーティングスペースになっていた。


「では、簡単に打ち合わせをしましょうか」


 椅子を勧めると、ユイカ、ヌークが腰をかけた。

 マジカンは空中でふわふわと胡坐をかく。

 ベリィはふてくされたように通路アイルの奥の空間を見つめていたが、話は聞いてくれるようだ。

 まず、ユイカが目標を宣言する。


「事前に伝えた通り、今回の潜行ダイブで、我々は地下四十七階層を目指す。低階層でもたついている暇はない。ロウには迷宮泉オアシスを結ぶ最短ルートの案内を頼みたい」

「次の迷宮泉オアシスは、十九階層ですね」

「敵の種類は?」


 刀鬼エッジ蜥蜴犬リザードドッグ刺蛇プリコー岩人形ロックドール林檎蜂アップルビー角斑猫ホーンキャット砲弾蔓キャノンバイン希少魔物レアモンスターとしては、銀皿シルバープレート


「固有種がいるな。特殊攻撃や魔法をつかうものは?」

刺蛇プリコーが神経系毒、林檎蜂アップルビーが酸を吐きます。刀鬼エッジ――これは両手が硬質の刀になっている子鬼ですが、仲間を呼びます。魔法を使う魔物はいませんね」

「それだけ聞けば、十分だ」


 先頭から、ヌータ、ベリィ、ロウとマジカン。そして殿しんがりがユイカ。

 マジカンが杖を使って空中に魔方陣を描く。

 杖の先端から光の軌跡が生まれ、次第に複雑に絡み合っていく。


「“銀衣ぎんい”――ほいっ」


 さっと杖が振られると、魔方陣が分裂し、ロウを含めた全員の頭上に移動した。

 直後、魔方陣が弾け、きらきらと光の粉が降り注ぐ。


「……これは?」


 初めて見る魔法に戸惑っていると、マジカンが解説してくれた。


オイルを身にまとったと考えればよい。あらゆる物理攻撃を逸らす効果がある。ただし、正面から受けたら効かんぞ」


 次いで、ベリィが仲間たちの背後に立ち、指先で小さな魔方陣を描く。


「“運風うんぷう”」


 この魔法には見覚えがあった。

 風属性の魔法の一種で、背後に追い風を発生させ、移動力を上げる効果がある。

 ただし、一度かけてしまうと微調整が利かない。常に背中を押されるような感覚になるため、戦闘中は支障となる場合がある。

 通常は迷宮探索を終え、迷宮泉オアシスや地上に帰還するときに使う魔法のはずだ。


「本当は嫌なんだけど、あんたにもかけないと、みんなが遅れるからね」


 もやもやとした嫌な予感が、ロウの頭の中に浮かんだ。


「――一気に突破する!」


 その予感は的中。

 ユイカの号令により、パーティ全員が全力に近い速度で駆け出したのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 力さえあれば誰でもできる事なら勇者ではなく英雄止まりだぜ(笑)というか勇者の大安売り?
2021/05/16 07:22 退会済み
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