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 ユイカ曰く、迷宮の最下層は、足を踏み入れただけでそれだとはっきり認識できるほどの、独特の空気感があるという。

 なるほどその通りだと、ロウは思った。

 特に意識せずとも、膨大な魔素を生み出す強大な存在を、ひしひしと肌で感じることができた。

 迷宮の最下層は、一本の通路アイルとひとつの広間ステージで構成されている。通路アイルは、まるで渦のように外側から内側へ向かって収束しており、その中心部に迷宮主がいる広場ステージがあるのだ。

 光苔ひかりごけの色が変わったことから、適正レベルが十七になったことが予想されたが、すでに意味のない数値となっていた。

 最下層には、迷宮主以外の魔物は存在しないからである。

 最後の戦いが目前に迫っていることもあり、パーティ内には張り詰めた空気が漂っている――と思いきや、そこは東の勇者にまで上り詰めた冒険者パーティである。未知に対する好奇心や強敵と対峙することへの興奮こそあれ、緊張や不安のあまり塞ぎこむようなメンバーはいなかった。

 長い一本道を歩きながら、ロウはユイカに問いかけた。


「タイロスドラゴンと軽く戦い、一度引いて、対策を練ることは可能なのでしょうか?」

「ふっ、ダーリンらしい考え方だな」


 しかし、実行するのは難しいだろうとユイカは言った。

 迷宮主は総じて知能が高く、冒険者を逃がすことで自分が敗れる危険性が高まることを、理解しているからだという。

 “宵闇の剣”が戦った二体の迷宮主――カラクヤドラゴンとウガルドラゴンは、まず通路アイルの出入り口を塞ぎにかかったらしい。


魔鍛冶士ダークスミスとの戦いのように、通路アイルに隠れて魔物を突撃させる手もあるが、迷宮主の攻撃は予測ができないからな。最悪、通路アイルごと潰される危険性もある」


 確かに、狭い空間にかたまっているところで強力な範囲攻撃魔法を受けたならば、逃げ場もなく一網打尽にされてしまうだろう。


「それに……」


 ユイカの瞳には、確信めいたきらめきがあった。


「迷宮主との戦いは、死力を尽くした総力戦になる。ほんの少しでも後ろ向きな気持ちを持って戦えば、最後の最後に押し切られて――負けるよ」

「然り」


 重々しい口調で同意したのは、ヌークである。


「迷宮主には、魔核が存在しない。つまり、黒姫さまの“幻操針”が効かないということだ。ありきたりの話になるが、前衛の動きと連動して、いかにタイミングよく攻撃魔法を行使できるかが、ポイントになるだろうな」

「ひょほっほ。腕がなるのう」

 

 浅階層や中階層ではまるでやる気を見せず、空中で欠伸をかいていることもあるマジカンだったが、大量のマナポーションを腰の帯に挿して、準備万端といった様子である。


「柔らかいといいんだけどなぁ」


 ベリィがぼやくように希望を漏らす。

 彼女の武器は軽く、切れ味優先。防御力の高い岩石系の魔物などを苦手としており、前回の探索でも石像鬼ガーゴイル相手に不覚をとった。

 相性についてはどうにもならない問題であり、天に祈るしかないだろう。


「魔核は、魔物の身体を形作るための核、もしくは魔物の意思を司るものだと思っていたのですが、迷宮主には当てはまらないようですね」


 職業柄、迷宮学についてある程度知識があるロウだが、それでも迷宮や魔物に関しては、分からないことばかりである。

 せっかくなので、迷宮核についても聞いてみることにした。


「う~ん。魔核とは似て非なるもの、かな」


 ユイカ曰く、まず、大きさと色が違うらしい。

 魔核は濃い紫色で、一般的に強い魔物ほど大きな魔核を持つ。深階層の魔物の場合、子供の握り拳くらいの大きさだ。

 そして、迷宮核の色は――黒色。

 光さえ反射しない漆黒で、どういう原理か空中でくるくると回りながら、大量の魔素を放出しているという。

 その大きさは……。


「だいたい、これくらいか?」


 ユイカは両手で大きな輪を作った。


「そうそう。“収受しゅうじゅ”するの大変だったよね。迷宮主を倒すより、よっぽど時間がかかったもん。しかも、四人がかりでさ」


 それでもベリィが嬉しそうな顔をしているのは、大きな試練を乗り越えたという達成感が、格別のものだったからだろう。

 迷宮内に魔物が発生する仕組みについては、定説がある。

 迷宮核が膨大な魔素を放出し、魔素の流れが淀んだところに魔核が生まれ、魔物が形作られるというものだ。

 この説が正しいのだとすると、迷宮核と魔核は親子のような関係なのかもしれない。

 謎解きの授業のように互いに意見を言い合いながら、どこか和気藹々とした感じで歩いていると、やがて通路アイルの出口に着いた。


「ベリィ、“護風ごふう”を、魔牛闘士ミノタウロス怪力鬼オーガに頼む」

「うん、まかせて!」


 吐息ブレス攻撃に対する警戒である。

 現在、ユイカが使役している魔物は二十体。

 魔牛闘士ミノタウロスが五体、怪力鬼オーガが四体、骸骨騎士ナイトスケルトンが三体、蛇鳥王バジリクスが三体、魔眼球イビルアイが一体、そして小悪魔インプが四体。

 やや物理攻撃に偏っているものの、魔法攻撃も使えるバランス型の構成だ。

 しかも、魔工房アトリエに残されていた強力な武器も装備している。

 ベリィが魔法をかけ終えると、ユイカは宵闇の剣のメンバー全員とロウに視線を送り、力強く頷いた。


「さあ、ドラゴン退治といこうか!」


 揺るぎない信念と、確かな自信。

 その言葉は、メンバーに静かな闘志を燃え上がらせる。

 最後の広間ステージは円形で、ロウが予想していたよりも狭かった。

 全周囲が視界に収まっている。

 通常は光苔ひかりごけで覆われているはずだが、この広間ステージの壁は緑色の植物のつたのようなものが生い茂っているようだ。そして地面にも、ところどころ根や茎のようなものが顔を出している。

 少々、動き辛そうだとロウは思った。

 深階層での上級冒険者の戦いは、瞬発力による回避行動と、コンボやクラッチによる連携攻撃が大きなウェイトを占めている。

 機動力を損なえば、思わぬ窮地に陥る可能性もあるだろう。

 天井は高く、うっすらとした明かりしか見えない。通路アイルは自分たちが入ってきた一本のみ。

 そして、広間ステージの中心部には、奇妙な物体が生えていた。

 正確な大きさは分からないが、大人の人間くらいだろうか。

 形状は節くれだった筒状で、色は緑。

 その表面をなぞるように、小さな光の粒のようなものが、上下に動いている。

 天頂部分にはぼんやりと光る葉っぱのようなものが無数に生えていて、まるで髪の毛のように見えた。


 ――植物系の、魔物?


 それはユイカにとっても予想外だったようで、咄嗟に攻撃命令を出さず、自ら使役した魔物たちの壁の隙間から、鋭い視線を投げかけている。


『我の……』


 筒状の物体の正面に、丸くくりぬいたような窪みがふたつ現れた。

 人間でいうならば、目のようなものか。


『至高の御方の使命を邪魔するものは、誰ぞ?』

 

 年端もいかない子供のような、か細く、甲高い声。

 どこから聞こえてくるのかすら不明瞭で、曖昧に響いている。


「私は、ユイカという。人間の冒険者だ」


 臆することなく、ユイカは名乗りを上げた。


『忌まわしき地上のくさび――大地母神ギャラティカの力を受けし、矮小なる虫けらか』


 ふたつの窪みに、怪しげな褐色の光が宿る。 


『我は、不滅の世界葉呪シャンブラー……』


 本体の周囲の地面が割れ、数十本もの青色のつるが飛び出し、うごめく。


『虫けらどもよ。逃さぬぞ』


 ロウの背後にも無数の蔓が出現し、通路アイルの出入り口を封鎖した。

 事前の想定がなければ軽い混乱パニックに陥っていたかもしれない。だが、もとよりユイカは撤退する選択肢を捨てていた。


「“オガちゃん一”から“オガちゃん四”、敵を取り囲み、集中攻撃!」


 さらに、広間ステージの壁際をベリィとヌークが走る。迷宮主の側面か背後に回り込む作戦のようだ。

 マジカンは一体の魔牛闘士ミノタウロスに肩車をさせ、片手で角を握りながら魔法を行使するタイミングを窺う。


 最終決戦の火蓋が、今――落とされた。 

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