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 “宵闇の剣”を加えた遠征チームは、地下四十六階層にて火蜥蜴サラマンダーを確保してから、地下五十階層へと向かった。

 地中を移動する巨大な蛇――目無蛇オピオン対策のためだが、幸か不幸か、凶悪な魔物は出現しなかった。前回の探索でも一度しか遭遇していないことから、希少魔物レアモンスターだった可能性もある。

 しかしそれでも、深階層に潜む強力な魔物たちが、群れをなして襲い掛かってくる。

 初出現はつものとして現れたのは、五体の蛇鳥王バジリクスである。

 硬い鱗に覆われた巨大な飛べない鶏で、黄金色に輝く鶏冠とさかと尾羽の代わりに生えている無数の蛇が特徴である。硬いくちばしと両の羽についている鉤爪かぎづめで攻撃してくるのだが、この魔物に直接触れた者は石化すると言われている。

 そして石化したものを、蛇鳥王バジリクスは嘴で噛み砕き、丸飲みするのだ。

 迷宮内の魔物に食糧は必要ないはずなので、いわゆる嗜好品なのかもしれない。


「ようするに、攻撃をくらわなきゃいいんだろう?」


 ユイカに向かって強がってみせたのは“到達する者”のリーダーである軽戦士だった。


「攻撃したあとにも気をつけろ。飛び散った鱗や羽毛に触れても、影響は出るぞ」

「な、なるほどな」


 最前線で直接戦う者は、常に状態異常を受ける危険性を伴う。熟練ベテラン冒険者の彼らであっても、石化に対する恐怖心を完全に克服することは難しいようだ。

 魔物に対して必要以上に萎縮すれば、戦力の低下や、不必要な魔法の行使による効率の低下に繋がりかねない。

 だからユイカは、自身の魔法ギフトの情報を公開した。


「私には状態異常回復の魔法がある。完全に石化したとしても治せるはずだ」

「ま、まじかよ」

「特殊攻撃さえ封じれば、蛇鳥王バジリクスはただの凶暴な鳥に過ぎないからな。攻撃のリーチも短いし、存分に戦うといい」


 複数の冒険者パーティによる戦いの成否は、最初に敵を分断できるかどうかにかかっている。

 動きの素早い軽戦士や遊撃手が、軽い攻撃を加えたり挑発したりして、それぞれの魔物を引き離していく。

 また、魔法使いは後方に集まり、補助魔法で援護したり、攻撃魔法を放つ隙を窺う。

 狂ったように暴れながら攻撃をしかけてくる蛇鳥王バジリクスたちに、冒険者たちは混乱したものの、少しずつ落ち着きを取り戻すと、クラッチによる攻撃を開始した。


「“草薙くさなぎ”」


 槍斧ハルバートの柄がしなり、蛇鳥王バジリクスの太い足に炸裂する。その瞬間、衝撃の輪が発生し、蛇鳥王バジリクスはバランスを崩した。


「おりゃあ、“爆撃ばくげき”!」


 戦斧バトルアックスが胴体の部分を撃ちつけ、魔物を吹き飛ばす。


「もらった! “鉄鎚てっつい”」


 こちらは刺戦鎚ウォーピックで、蛇鳥王バジリクスの首を狙う。

 ――が、とがった部分は地面にざっくりと埋まった。


「ばかやろう! しくじるんじゃねぇ」

「いいや、違うね」


 刺戦鎚ウォーピックと地面に挟まれた蛇鳥王バジリクスは、苦しそうにもがいている。


「おい、宵闇の! “あれ”使え」

「了解だ」


 やや離れた位置で戦況を見守っていたユイカが飛び出し、その頭部に刺突剣エストックを突き刺す。


「“幻操針げんそうしん”」


 魔物を倒す必要はなく、動けなくするだけで勝負がつくことを、他の冒険者たちも悟ったようだ。


「撃つぞ! 下がれ」


 別の戦場では魔物の足元に魔方陣が浮かぶと同時に、戦士たちが散開する。


「“氷花ひょうか”」


 魔方陣が弾けると同時に、蛇鳥王バジリクスの足元から同心円状に無数の氷の刃が生まれ、その足を串刺しにした。

 氷属性の範囲攻撃魔法。さらに敵の動きを阻害する効果もある。

 だが、この作戦は失敗した。

 耳をつんざくような叫び声を上げながら、蛇鳥王バジリクスが暴れまわり、近づくことも頭部に狙いを定めることもできなくなったのである。


「意味ねぇ!」


 しかも氷の柱が邪魔になり、接近戦も難しい。


「ヌーク」

「――はっ」


 ユイカの意図を読み取って、ヌークが移動する。

 中距離からの鉄球棍棒モール攻撃で、弱らせる作戦だ。

 一方、ヌークが去った戦場では、ベリィと三体の火蜥蜴サラマンダーが戦いを優位に進めていた。

 周囲から“火砲かほう”を浴びせ、蛇鳥王バジリクスがもがき苦しむ隙を見て、ベリィが飛びかかる。

 双刀を交差させながらの回転攻撃。


「“旋風つむじ”」


 鱗が弾け、黒い霧のような魔素が噴き出す。

 通常、近接攻撃用のアクティブギフトを放ったあとには、わずかながら硬直時間がある。それを補うためのクラッチなのだが、ベリィは別のギフトを割り込ませることで対処することが可能になった。

 それは、両足による攻撃。


「“脚刃きゃくは”!」


 左の長靴ブーツの底で蛇鳥王バジリクスの胸の部分を蹴りつつ、右のつま先でくちばしを蹴り上げる。

 反動で身体を一回転させ、距離をとる。

 蹴りそのものに威力はないが、斬属性の追加ダメージが発生する。

 アクティブギフトによる連続攻撃の前に、蛇鳥王バジリクスは体勢を立て直すことができない。

 さらにベリィが飛びかかり、双刀で削っていく。

 両手両足を自在に使いながら、軽業士のように敵を翻弄するベリィの姿に、戦況を見つめる魔法使いやシェルパたちから感嘆の声が上がった。


「あの嬢ちゃん、すげぇな」


 数年後、彼女には“黄金四肢きんじし”などという異名がつくことになるのだが、今回がそのコンボの最初のお披露目となった。

 多少の連携ミスはあったものの、遠征チームは順調に迷宮探索を続け、二日間をかけて地下五十階層の迷宮泉オアシスに到着した。


「俺たちは、ここまでだな」


 もともと五組のパーティの目的は、新たに開かれた地下四十八階層から五十階層の探索だった。薬草の群生地や鉱床の発見がメインであり、魔物狩りはその次である。

 地下五十階層からは適正レベルが上がることもあり、一度引き返して、四十八階層と四十九階層を中心に探索するという。


「そ、それでよ。最後に、頼みがあるんだが」


 “幽玄結社ゆうげんけっしゃ”のリーダである猿顔の男が、頬を赤く染めつつ目をそらした。


「いい年こいて、なんつーか、こっぱずかしんだがよぉ」


 ぼりぼりと頭をかき、舌打ちをする。


「でもまあ、一緒に戦った仲だし、その、なんつーか……」


 ぐっと歯を食いしばり、気合を入れる。


「も、もしよかったら、共闘を記念してだな」


 指をわきわきさせながら、右手を差し出す。


「握手を――」

「これでいいか」


 無表情のまま、ユイカがさっと握手する。

 端的に要件を切り出せない男は、彼女の好みではない。内心、若干いらついていたのだが、そのことに気づかない猿顔の男は、まんざらでもないように笑って――仲間たちに引き倒された。


「てめっ、この」

「抜け駆けすんじゃねぇ」

「ちったぁ自分の年も考えろ!」


 平均年齢三十歳を越す男たちの、醜い嫉妬である。その後、他の冒険者たちは一列に並んで、全員がユイカに握手をすることで、一件落着した。

 一方のロウは、案内人ギルドの同僚に囲まれ、こちらも手荒い別れの儀式を受けていた。

 万力のような力で肩を握られたり、手の甲で胸をどすんと叩かれたり、血走った目で睨まれたりしながら、祝福らしき言葉を投げかけられる。


「やりやがったな、ロウ。いつの間にあんなすげー女くどいたんだ?」

「この、果報者うらぎりものがっ。お前は“階層喰い”じゃねぇ。今日から“勇者喰い”に改名しろ!」

「先輩、肩が抜けます」

「しかしだな。あのお姫さん、逆らったらえらいことになるぞ。どう考えても気位が高そうだし、勝てそうにもねぇ。浮気なんぞしようもんなら……」

「殺されるな、確実に」

「……でしょうね」


 冷静に頷いているロウに、ガメオが近づいてきた。

 たくましい髭面の大男が、涙ぐんでいる。


「ロウちゃん」


 第二の“シェルパの剣”を任された男だが、己に課せられた使命に悩んでいたときとは違い、憑きものが取れたような晴れやかな笑顔だった。


「どうしてあなたが、出会って間もない“宵闇の剣”を守ろうとしたのか、やっと分かったわ。すべて、あののためだったのね」

「ガメ先輩」


 たくましい両腕で、ロウを抱きしめる。


「絶対に、あのを守ってあげなさい」

「――はい」


 その後、迷宮泉オアシスに残った“宵闇の剣”とロウだったが、すぐに出発することはできなかった。

 ユイカがヌークによるお小言を受けることになったのである。


「黒姫さま。例の三か条は、どうなったのですか?」


 前回の迷宮探索の際、ユイカがロウと恋人関係になったことを公表し、そのときに交わした約束ごとである。

 

 一、ひと前での目立つ行為は避けること。

 二、無断外出および外泊をしないこと。

 三、迷宮内では冒険者とシェルパの立場を貫くこと。


 今回のユイカの行為は、その一に抵触すると、ヌークは指摘した。

 ここまではっきりと宣言してしまったら、もう否定することはできない。東の勇者のリーダーであり、大地母神教の象徴たるユイカの婚約の噂は、国中に駆け巡ることだろう。

 しかし当のユイカには、まったくわるびれる様子もなかった。


「あれは、恋人同士だったころの約束だろう? 私とダーリンは婚約したわけだから、三か条は適用されない。新たな約束ごとが必要なら検討してもいいが、そうだな……」


 その一とその二は無効とし、その三は継続することを、ユイカは一方的に宣言する。

 ようするに、仕事以外では誰はばかることなくいちゃいちゃするということだ。

 婚約は互いにその関係を受け入れ、そのことを第三者に証明することで、法的な根拠を得る。今さら隠したところで、意味はない。


「……黒姫さま」


 目頭を揉みほぐしつつ、ヌークはやや離れた位置にいる仲間に声をかけた。


「おい、ベリィ。言いたいことはないのか?」

「……別に」


 真っ先に反対するであろうと思ったベリィは、何故か大人しくしている。

 レベルアップとともに新たなるギフトを手に入れ、さなぎから羽化した蝶のように大活躍している金髪の冒険者は、どんよりと濁った目を地面に向けていた。


「いろいろ考えすぎて、疲れた」


 悩み、疑い、得意がって説教をかました挙句、完膚なきまでに玉砕した。

 そして、勘違い探偵が得意げに繰り出した、名台詞の数々。


『おとなしく、正義の裁きを受けなさい!』

『ええ。私が、真実を見抜いたの』

『つまり、証明完了ってわけ』

『ふふん、とぼけても無駄よ、悪党シェルパさん?』


 思い起こされる回想シーンは、彼女の正気サン値をわずかに越え、小さなトラウマとなり、彼女の心に重いしこりを残したのである。


「今回の迷宮探索が終わるまで、何も考えないことにする……」

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