(6)
「タイロス迷宮に潜行してから、五日間。諸君らの戦いぶりについては、存分に拝見させてもらった」
出発直前、ユイカが遠征組みのパーティメンバー全員を集めて、こう言った。
三十名近くいる冒険者たちは、苦虫を噛み潰したような顔で聞いている。
「個々のパーティの戦闘力は、申し分ないと思う。さすがはこの迷宮で鍛え上げた冒険者だ。特に魔物の特性を逆手にとった駆け引きは、今の私たちでは真似できないだろう」
あるいは予想外の言葉だったのか、冒険者たちは互いに視線を交し合う。
「だが、これだけではないのだろう? 私はまだ、パーティ同士の連携を見ていない。出し惜しみでもしているのか?」
「――へっ」
“幽玄結社”のリーダーである猿顔の男が、鼻を鳴らした。
「ったりめーよ」
「幽玄は、魔物をかく乱させる戦法が上手いな。状態異常を与えるギフトが豊富で、動きを鈍らせたり混乱させてから、確実にとどめをさす。一見、派手さには欠けるが、魔物に対する事前の研究と高度なパーティ連携が要求されるはずだ」
「お、おう」
次にユイカは“螺旋陣”のメンバーに微笑みかける。
「螺旋は、名前の通り、魔物を取り囲んでからの集中撃破を得意としているな。五人もの人間でクラッチを組むなど、通常では考えられないが、型にはまると強い。しかし、やみくもに攻撃するのではなく、防御に特化した者や、相手の魔法を妨害する者など、細かな役割分担もなされているようだ」
“螺旋陣”のメンバーたちが、にやりと笑い返す。
「流星は、一撃離脱戦法が見事だ。魔物の足を止めたところで、行使速度の速い攻撃魔法を――」
ユイカは“流星斬魔”、“泥蜥蜴”、“到達する者”についても、パーティ戦略の特徴を挙げ、その戦い方を褒め称えた。
最初はとまどっていた冒険者たちも気をよくしたらしく、腕を組んで頷いたり、鼻の穴を膨らませたり、照れ隠しにそっぽを向いたりと、まんざらでもない様子。
「君たちの戦力に、私たち“宵闇の剣”が加わり、相互に連携することができれば、もっと効率よく、かつ安全に魔物を狩ることができるはずだ」
ユイカの演説は続く。
これは、ロウの助言により実行されたものだった。
“宵闇の剣”を密かに守るという冒険者ギルドからの強制依頼により縛られた五組の遠征パーティは、最初から“宵闇の剣”に対して、よい印象を持ち得なかった。
特に上級と呼ばれる冒険者たちには、自尊心が強い。
“宵闇の剣”はお前たちとは違うのだと暗に言い含められたことで、初対面にもかかわらず彼らは反発したのである。
潜行初日などは、“宵闇の剣”のみに戦いを任せて、高みの見物を決め込もうと画策したくらいだ。内心ユイカは激怒し、それならばと突き放したわけだが、その行為は彼らを混乱させることになる。
“宵闇の剣”の進行のスピードに驚いた彼らは、ロウを呼び出して『毎回こういう感じなのか』と確認した。ロウは『そうです』と答えた。
一日目の探索終了後、迷宮泉で休憩を行った際、再びロウを呼び出して『あの女は、どういうつもりなのか』と聞いた。
困ったような笑顔を浮かべながら、ロウは答えた。
『“宵闇の剣”の黒姫さんは、皆さんがまったく頼りにならないと誤解しているんです。はっきり言ってしまえば、馬鹿にされてるんですよ』
『なんだと!』
『ざけんな!』
『でも、一度も戦わずに魔核や成果品だけ与えられるなんて、これじゃあ乞食と変わらないじゃないですか。俺だって何も言い返せないですよ』
『……』
『彼女は王都に帰ってから、知り合いにこう告げるでしょう。タイロスの冒険者たちは、ろくでもないやつらだ。魔物と戦う気概すらない臆病者だと』
タイロスの町で生まれ、冒険者として戦い、今はシェルパとして活動している身としては、身をつまされる思いだと、ロウは言った。
『最初、遠征の話が出たときに、俺は黒姫さんにみなさんのことを聞かれました。俺はこう答えましたよ。実力は確かなパーティです、と。それなのに、今の状態では俺が嘘をついたことになります。俺のことはともかくとしても――このまま好きにさせておいて、本当にいいんですか?』
五組の冒険者パーティは“宵闇の剣”を睨みつけた。
そして翌日から、彼らは怒りに任せて魔物に突進することになる。
『邪魔すんじゃねぇ、幽玄!』
『お前らもだ! 引っ込んでろ、このくそ蜥蜴!』
『なんだとぉ!』
言う間でもなく、これはロウの策略だった。
ユイカの消耗を防ぐための遠征参加だったのに、肝心の遠征パーティにやる気がないのでは、意味がない。そこで彼らを炊きつけ、やや強引に競い合わせたのである。
冒険者たちにとって、互いの価値を推し測る物差しは、実力と実績だけである。東の勇者にまで登り詰め、王都で大活躍している“宵闇の剣”に対して、表面上は反発しながらも、心の奥底では憧れにも似た感情を抱いている。そんな彼らの複雑な心情を、ロウは正確に理解していた。
迷宮泉で休憩をするたびに、冒険者たちはロウを呼び出して、“宵闇の剣”が自分たちの戦いについてどう思っているのかを確認した。
ロウは『まだまだです』とか『少し、気になってるみたいですね』などと伝えつつ、冒険者たちの意欲の維持に努めた。
そして潜行五日目。地下四十八階層に達し、さすがにパーティ間の連携なしでは厳しいと判断したロウは、ユイカにお願いしたのだ。
「そろそろ、彼らを褒めてあげてください」
「いるかどうかも分からないふたり目の“シェルパの剣”を探しながら、ダーリンはそんな調整までしていたのか」
感心を通り過ぎて呆れてしまったユイカだったが、彼女にしても、二日目以降の遠征パーティの奮戦ぶりについては思うところがあったようで、それならばと引き受けたのである。
「私たちにとっても、これは最後の機会だ」
演説の最後に、やや憂いを帯びた表情を作り、ユイカはこう締めくくった。
「予定通り迷宮探索が進めば、次の“迷宮泉”で、私たちは別行動をとることになるだろう。それまでの短い期間だけでも、私は――君たちの仲間になりたい。協力を、お願いできないだろうか」
「ま、まあ。あんたがそこまで言うなら、なあ?」
「ふん。別に、俺たちは喧嘩をしてるわけじゃねぇ」
「そうそう。あんたたちにお守りなんか、必要ねーしな」
「馬鹿、そりゃ内緒だろ」
「あ、やべ」
素直に喜ぶのは矜持が許さないのか、冒険者たちはそれぞれの表現で同意を示した。
そこでユイカは何かに気づいたような顔になり、不敵な笑みを浮かべる。
「ああ。ひとつ言い忘れていた」
ひと呼吸置いてから、黒髪の美しい女勇者は言葉を続けた。
「確かに私は、王都からきたよそ者かもしれないが、この町に縁がないわけではない」
「……?」
怪訝な顔で、冒険者たちが注目する。
ユイカは隣にいたロウの肩に肘をかけると、得意げな顔で暴露した。
「なにせ私は、この男と婚約したばかりだからな。今回の迷宮探索が終わったら、結婚する予定だ。ロウはタイロス生まれのタイロス育ち。つまり、生粋の地元住民だ。その嫁になるわけだから、半分くらいは仲間だろう?」
しーんと、周囲が静まり返った。
“宵闇の剣”のメンバーも聞かされていなかった情報である。
あまりにも予想外の告白に、冷静沈着なヌークまでも顎が外れたようにあんぐりと口を開けている。
微妙な感じの笑顔でロウが問いかけた。
「……あの、ユイカさん」
「ん、何かな、ダーリン」
「迷宮内での法則って、知ってます?」
迷宮に入る前や迷宮内で約束ごとを口にしていけない。
一番最悪なのは、結婚に関する約束――婚約。
迷宮探索中、ぺらぺらと自慢げに口走ったものは、まず地上に帰還することは出来ないとされている。
「知ってはいるが、私には効かない」
豪胆さでは誰にも負けない冒険者たちも、ある意味感心したようだ。




