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(5)

 いまだロウの疑いは晴れていない。

 ユイカは一切発言することなく、厳しい表情を保ったまま、じっと話の流れを見守っていた。


「おおよその話の背景は分かった。さて、これから本題に入るわけだが……」


 ヌークは問いを重ねる。

 “宵闇の剣”の妨害工作をロウが引き受けたのならば、“宵闇の剣”の安全は保障されたはず。なにゆえに、休憩キャンプ中の行動を別々にしたのか。

 遠征パーティとの友好度を少しでも高め、パーティ間の連携を構築するためにも、食事などはいっしょにとるべきではないのか。


「だ、だからそれは、こいつが毒を――」


 ベリィの発言を、ヌークは手を突き出すようにして遮った。


「まあ待て。お前の話は先ほど聞いた。今度はロウの話を聴くのが公平というものだろう」

「でも、それ以外に、考えられないじゃない」


 ロウは重々しいため息をついた。


「“シェルパの剣”は、ひとりだけとは限りません」

「……え?」

「前ギルド長のギマさんは、油断のならない老獪な人物です。いくら俺が依頼を受けたとはいえ、全面的に信頼してくれるかどうか、確信が持てませんでした」


 とはいえ、“シェルパの剣”は、案内人ギルドにとっての最大の禁忌でもある。その存在を知る人物は、最小限に留めたいはず。

 自分以外にも刺客を潜り込ませるとしても、あと一名が限度だとロウは予想した。


「あくまでも可能性の問題でしたが、一応の保険として、ポーションや食糧など口にする可能性のあるものについては、別管理にすべきだと考えました」

「……ふむ」


 顎の先に指を当てながら、ヌークが頷く。

 それからロウは、自分の同僚である先輩のシェルパたちに探りを入れたのだという。

 もし、何らかの理由をつけて、ポーションや食糧を渡そうとする者がいるとすれば――ふたり目の“シェルパの剣”である可能性が高い。


「ガメオとかいうシェルパか」

「ええ、そうです」


 だからロウは、彼が差し出した芋のスープを叩き落としたのだ。


「もっとも、あの料理に毒は入っていなかったようですね。とりあえずは様子見といったところでしょうか」

「何故そのことが分かる?」

「つい先ほど、直接本人に確認しましたから」


 ロウが赤くれた頬を撫でた。

 通路アイルに呼び出して問い詰めたところ、ガメオはギマから別の依頼を受けていたことを白状した。

 それは、ロウが躊躇ちゅうちょしている場合は背中を押し、仕事を放棄した場合は替わりに役割を果たすというものだった。

 ガメオには三人の子供がいる。土地も家も購入したばかりだという。自分の家族と生活を守るために、ギマの依頼を受けたのだろう。

 しかし彼は、心優しきオカマでもあった。

 自分に課せられた仕事の内容に悩み、そして苦しんでもいたのだ。


「ガメ先輩には殴られましたが、最後には納得し、俺を応援してくれました」


 ロウは晴れやかな笑顔を浮かべる。


「だから、もう心配はいらないと思いますよ」


 ひょほっほと甲高い笑い声が上がった。


「いろいろな人間模様が垣間見えて、面白いのう。わしの知らんところで、このようなドラマが起こっておったとは」

「マジカン殿……」


 この賢者はやや倫理観に欠ける傾向にあり、善悪に関係なく、自分の興味があることに首を突っ込みたがる傾向にある。


「じゃが、肝心の問題が解決しておらんぞい」


 マジカンは手元にあるカップの中身をくるくると回した。


「わしの“鑑定”をごまかすことはできん。こいつは身体を蝕む毒じゃと、確かな結果が出ておる」


 完全に押され気味だったベリィが、力を取り戻す。


「そ、そうよ! こんな明確な証拠があるんだから。いくら理屈をこねたって、事実を変えることはできないわ」


 薬学の世界だけでなく、広く一般に知られている言葉を、ロウは使った。 


「毒は薬にもなり、薬は毒にもなります」

「……」


 ロウは背負袋リュックのポケットから、ガラス製の小瓶を取り出した。

 中には茶色の粉のようなものが入っている。


「“宵闇の剣”の迷宮踏破を阻む手段として、タイロス町長が用意した手段が、これです」


 それは、はるか西方の砂漠の国から取り寄せた、寄生虫――四壊蟲しかいむしの卵だった。この卵は乾燥に強く、瓶の中でも十年以上生きのびるらしい。生物の体内に取り込まれると、水分を吸収して、一気に孵化ふかする。


「潜伏期間は、三日から五日。宿主が眠っている間に四肢――手足の先に集まり、一気に毒素を吐き出します」


 痛みは感じない。気づいたときには、指先が黒ずみ、壊死しているという。

 こうなっては、回復魔法も状態異常回復の魔法も効かない。メンバーのうち誰が毒を受けたとしても、“宵闇の剣”は迷宮探索を諦め、撤退するしかないだろう。

 つまり、タイロス迷宮を守ることができる、というわけだ。


「俺はこの粉を知り合いの医士に渡して、“解析”を依頼しました。寄生虫の卵だと判明したのは、このときです。幸いなことに、蟲殺しの薬草を飲めば、退治できることが分かりました。そして、その薬が――」


 ロウはマジカンの持つカップを指差した。


「その飲み物です」

「……ほっ」

「蟲殺しの薬は、強力な薬です。摂取量を誤れば、命を落とすことにもなりかねません。マジカンさんの“鑑定”では、毒薬の類として結果が表れたのでしょう」


 しかし、水で薄め、適量を摂取する分には問題ない。体内に入り込んだ異物――恐ろしい寄生虫を、一網打尽にすることができるのだ。


「ベリィの様子がおかしいことには、気づいていました。ここ二日ほど、ガメ先輩とも話をしていたようですし。ひょっとすると、こっそり食べ物をもらっていたかもしれない。ガメ先輩は、お菓子作りが趣味ですからね」

「……あ」


 何か思い当たることがあったのか、ベリィが間の抜けた声を上げる。

 彼女は彼女でガメオからロウのことを聞きだそうと画策しており、食欲が沸かないことを話したときに、お菓子が包まれた袋をもらっていたのである。


「まあ、毒が入っている可能は限りなく低いでしょうが、一応、飲んでおくべきだと思いました」


 しんと周囲が静まり返った。 

 額に冷や汗を浮かべながら、ベリィが胃のあたりを押さえている。


「では、最後に――」


 ヌークがマジカンからカップを受け取り、ロウに差し出した。


「無実を証明する証として、これを飲めるか?」

「もちろんです」


 少しも躊躇ためらうことなく、ロウは緑色の液体をひと口飲む。


「“宵闇の剣”を守ってくれたことに、感謝する」


 姿勢を正して、ヌークが頭を下げた。


「そして、心から謝罪をさせて欲しい。メンバーがあらぬ疑いをかけて、すまなかった」

「いえ、あの会合の内容を聞いていたのでしたら、誤解をしたとしても仕方のないことでしょう。ベリィを責めないでください」


 調停人が判決を下した瞬間、全身の力を抜くように、ユイカが大きく息をついた。


「――はぁ。心臓が、止まるかと思ったぞ」


 一歩一歩確かめるようにロウの元に近づき、その肩に額を押しつける。

 ヌークによる尋問の間、ユイカはひと言も発言せず、正しい状況を見極めようとしていた。

 盲目的な愛など求めはしないと、ロウは言った。

 思考の結果と心の信頼は、別ものなのだと。

 愛する男の望みなのだから、自分もそう務めようと、ユイカは心に決めていたのである。

 しかし、いざ恋人に疑惑がふりかかってみると、その行為がどれほど難しいものであるか、身に染みて分かった。

 心のざわめきを抑えることはできず、頭の中は空回り。

 あまりの緊張で、呼吸すら忘れるほどだった。


「どうして、話してくれなかった?」


 顔を上げると、ユイカはロウを睨みつけた。


「事前に相談してくれたなら、私はダーリンを、ひとりで悩ませたりはしなかった」

「報告をしなかったのは、俺のわがままです」


 ロウは理由を説明した。

 タイロス迷宮が踏破クリアされた場合、案内人ギルドのロウの同僚たちは、他の迷宮に流れて、再就職を目指すことになる。

 もしここで、“シェルパの剣”の噂が広まったりすれば、どうなるだろうか。

 冒険者の迷宮探索を妨害するシェルパなど、あってはならない存在である。タイロスの案内人ギルドに所属していた――その事実をもって、他の案内人ギルドは受け入れを拒否するだろう。

 醜聞を恐れるがゆえに、である。

 権力者たちの意思決定に逆らい、“宵闇の剣”の迷宮攻略の補助に全力を尽くすことを、ロウは決めた。

 それは、同僚たちの生活を壊すことでもある。

 だからせめて――この悪辣あくらつな企みを自分の中で収めることで、彼らの将来を守ろうとしたのだ。


「それと、もうひとつ」


 こちらは個人的な理由だった。

 ロウはタイロスの町で生まれ育ち、冒険者として戦いに明け暮れ、案内人ギルドで生き方を知った。

 自分の過去と現在を育んだもの。

 その存在が生み出した、けがれた闇の部分を――


「ユイカには、知られたくなかったんです」

「……馬鹿だな、ダーリンは」


 胸の奥に込み上げてくる熱いものを、ユイカは大きな吐息とともに吐き出した。


「そんなこと、気にする必要ないのに。同僚の名誉を守りたいのであれば、今回の件は、首謀者を徹底的に叩きのめすだけで、闇に葬り去ってもいいのだぞ」

「老人もいますから、お手柔らかに」

 

 互いに微笑み合ったところで、ごほんとわざとらしい咳払いが雰囲気を壊した。

 邪魔者のヌークである。


「黒姫さま。まだ話は終わっていません」

「……他に何かあるのか?」

「はい。ベリィの処分です」


 権力者たちとロウの会合の内容を知りながら、ベリィは仲間への報告を怠った。

 これを看過かんかすることはできないと、ヌークは言った。

 確かに、ベリィがすぐに報告していれば、もっと早い段階でロウへの事情聴取を行うことができ、このような誤解を招くこともなかっただろう。


「ち、違うの。実は、その――」


 しどろもどろになりながら、ベリィは白状した。

 自分は会合の内容をすべて知っていたわけではない。ロウが返事をする直前に邪魔が入り、“ささやき”の魔法が解けてしまったのだ。

 そのときには、ロウが裏切るとは思いもしなかったし、さっさと迷宮を踏破クリアしてしまえば、そのような陰謀など無意味になると思った。

 しかし、その後のロウの言動から、ひょっとしたら裏切ったのではないかという疑念が生まれ、それはどんどん膨らんでいき――


「……」


 ヌークはこめかみのあたりを押さえた。


「黒姫さま、いかがいたしましょう」

「ベリィはパーティのことを考えて行動したのだろう? 感謝こそすれ、処分など必要ないと思うが……」


 疑われたのはロウである。

 本人に聞くのが一番よいだろう。


「ダーリンはどう思う?」

「本来、謝らなければならないのはこちらのほうです。それに、依頼のことを隠していたのは、俺も同じですから」


 ロウはベリィに謝罪するとともに、どこか感心したように感想を述べた。


「限られた情報の中で、ベリィはよく推理し、行動したと思いますよ。俺の薬をマジカンさんに“鑑定”させたときなどは、ひやりとしました。ひょっとするとベリィは、名探偵になれるかもしれませんね」

「……ううっ」


 顔を真っ赤に染めて、ベリィは俯いた。

 その両肩が、かすかに震えている。


「うわああああん!」

「ど、どうした、ベリィ!」


 ベリィは身悶えしながら転げ回り、周囲にいた冒険者やシェルパたちが、何ごとかと顔を見合わせたのであった。

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