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第四章 (1)

 迷宮からの生還と、ロウとベリィの退院、そしてベリィのレベルアップのお祝いを兼ねた食事会は、ロウの家で執り行われることになった。

 といっても、堅苦しいものではない。食材や飲み物を持ち込んでロウが調理するという家庭的なものだ。

 ロウの家にはときおり酔っ払ったシェルパの先輩たちが乱入してくることがあるので、突然のおもてなしはお手のもの。

 当初はマリエーテをお姫さまのように着飾らせて、タイロスの町で一番格式高い店で外食しようと、やや暴走気味にユイカが息巻いていたのだが、「子供のうちから贅沢はさせられません」というロウの意見で却下された。

 別の理由もある。

 知らない大人たちがいる中で食事をするということだけでも、ひと見知りするマリエーテにとっては負担がかかるのだ。着慣れないドレスを着せて、仰々しい高級料理店につれて行ったのでは、さらに萎縮させてしまうだろう。

 実際、ロウとユイカに挟まれた席で食事をしたマリエーテは終始大人しく、ユイカやベリィに質問されても、「うん」と頷いたり首を振ったりするくらい。それでも、兄が作ったご馳走を幸せそうに食べている少女の姿に、ユイカの口元は緩みっぱなしだった。

 食事のあと、マリエーテを自室に退避させてから、間近に迫った迷宮探索に向けてのミーティングを行った。

 洗いものを済ませ、お茶の用意をしたロウも参加する。

 口火を切ったユイカの口調は、いささか熱に欠けるものだった。


「実は、冒険者ギルドからひとつ提案があった」


 それは冒険者ギルド長直々の依頼で、上級冒険者パーティたちが計画している遠征に、“宵闇の剣”にも参加して欲しいというもの。


「何しろ、地下四十八階層から五十階層までの道のりは、“宵闇の剣”しか経験していないからな。同行してもらえると助かる、ということだそうだ」


 遠征を計画しているのは、五組の冒険者のパーティ――“幽玄結社ゆうげんけっしゃ”、“流星斬魔りゅうせいざんま”、“泥蜥蜴どろとかげ”、“到達する者”、“螺旋陣らせんじん”である。


「ダーリン、彼らについて何か知っているか?」

「いくつかのパーティには、同行したことがありますね」


 シェルパには雇い主である冒険者たちの能力やパーティ戦略に関する守秘義務がある。

 それを承知でユイカが聞いてきたのは、彼らのひととなりやロウ自身が感じた印象を知りたかったからだろう。

 正直、評判はあまり芳しいものではなかった。

 迷宮内で他のパーティと揉めごとを起したり、シェルパと対立したり、地上でも酒に酔って喧嘩をしたりと、いわゆる“冒険者らしい”曲者ぞろいだ。

 そして“泥蜥蜴どろとかげ”のメンバーのひとりは、厄介なギフトを持っている。


「実力は、確かですよ」


 余計な情報を伝えずに、ロウは簡潔に答えた。


「え~、うちの方針モットーは、単独攻略でしょ。断ろうよ」


 心底嫌そうにベリィが文句を言う。


「黒姫さま。冒険者ギルド長からの依頼とのことですが、断ることで罰則ペナルティはあるのですか?」


 確認を求めたのはヌークだ。


「いや、それはない。強制依頼ではないからな」

「であるならば、無理に受ける必要はないかと存じます。不用意に我々の手の内を明かすこともありますまい」


 冒険者が自分を売り込んだり、逆に才能のある者を引き入れたい場合などには、積極的に基本能力ステータスやスキル、パーティ戦略などを公開することがある。

 しかし、“宵闇の剣”ほど名前が売れているパーティであれば、意味がない。逆に怪しげな売込みばかりが増えて、煩わしくなるだけだけだろう。


「マジカンはどうだ?」

「どちらでもええぞい」


 現時点の意見は、反対二と棄権一。

 ユイカはロウに問いかける。


「ダーリンはどう思う?」


 未踏破階層への挑戦である。通常であればシェルパの出番などない。

 そもそもシェルパは、迷宮内の情報を伝える役割であり、パーティ戦略にかかわる事柄に関して、冒険者に助言をするような存在ではないのだ。

 しかし、これまでの二度の迷宮探索を経て、チーム内におけるロウの立場は飛躍的に向上している。

 そのことを、ロウは自覚していた。


「俺は、この遠征に参加すべきだと思います」


 意外な意見に、ユイカがぱちりと瞬きをする。

 反対意見のヌークとベリィが怪訝そうな顔をした。


「理由を聞かせてもらえるかな?」


 ひとつ頷いて、ロウは説明した。

 “宵闇の剣”のパーティ戦略の要は、何といってもユイカの“幻操針”である。

 マジカンの魔法も確かに強力だが、魔力を大きく消費するため持続力に欠ける。

 その点、ユイカの“幻操針”はアクティブギフトであり、魔力の消耗が小さく、彼女の意識が途切れない限り――信じられないことに、約十日も――魔物を支配し続けることができる。

 しかし、その十日間という制限の中で、迷宮を踏破クリアすることができるだろうか。

 賭けの要素があまりにも大きすぎると、ロウは主張した。


「そこで、遠征を利用します」


 攻略の拠点となるであろう五十階層の迷宮泉オアシスまでは、他のパーティと協力して探索し、消耗を防ぐ。


「そこまでは、“幻操針”を封印する、というわけか」


 ユイカが検討する素振りを見せたが、首を振った。


「いや、だめだな」


 ユイカの“幻操針”については、ある程度その存在が知られている。

 “死霊使い”の異名は伊達ではないのだ。


「そのスキルを使わないとなると、他のパーティは、私が力の出し惜しみをしていることに気づくだろう。互いに疑心暗鬼に陥った連合ほど、もろいものはない。特に深階層では、ちょっとした連携ミスが命取りになる」

「まったく使わないのではありません」

「どういうことだ?」

「魔物を使役するためには、ユイカの意思の力が必要であることを伝え、一日に一度、睡眠をとるときに魔物たちを処分するのです」


 これは正しい情報でもあった。十日間も完全には眠らず、糸一本分の意識を繋ぎ止めるなどという離れ業など、誰も想像すらしないだろう。

 この方法であれば、他のパーティからの疑惑を避けることができるし、ユイカの睡眠時間を確保することもできる。


「今回の依頼は、冒険者ギルドからの要請です。こちらが乗り気でないことを示すとともに、片道だけ案内するという条件を出せば、おそらく通るでしょう」

「ギルドは納得するかもしれないが、他の冒険者たちはどうかな?」

「もし文句が出るようであれば、道案内のときに入手した魔核や成果品ドロップアイテムの権利を放棄する――という条件を提示してはどうでしょうか」


 “宵闇の剣”の最終目標は迷宮核なのだから、魔物の魔核や成果品ドロップアイテムが少し減ったところで、問題はないはず。


「互いにメリットのある話だと思いますよ」

「……ふむ」


 その後、メンバー間で意見を交換し合うことになった。

 最終的には、ユイカとヌークがロウの案に賛成した。マジカンにしても「騙し合いとは、面白そうだの」と、やや前向きな様子。


「ベリィはどうだ?」

「私は……姫がいいなら、別にいいけど」

「では、決まりだな」


 ひとつ、懸念事項が残った。

 それは、パーティ同士の連携に関してである。

 “宵闇の剣”の司令塔であるユイカは、遠征を経験したことがない。全体指揮やパーティが個別で判断し行動できる範囲などを、他のパーティと調整する必要があるのだが、その時間がない。


「指揮系統を分ければ、問題ないと思います」


 再びロウが提案する。

 もともと遠征を計画していた五組のパーティについては、すでに役割分担がなされているだろう。そこに新たなパーティが加われば、混乱する可能性もある。

 だから、“宵闇の剣”としては同じ探索ルートを進むが、戦闘が始まったときには、個別に動くことにする。

 ただし、互いに助け合うことを前提に、だ。


「目標は、あくまでも迷宮核の奪取です。であるならば、余計なことに気を遣うのは、避けたほうがよいでしょう。休憩中キャンプの行動も別とし――」


 自分の仕事を遂行するための保険を、ロウはさらりと付け加えた。


「消耗品の管理や食事なども、それぞれで行うことにしませんか?」


 翌日、冒険者ギルドへ報告したのは、ユイカとロウである。

 条件付きとはいえ、“宵闇の剣”が遠征への参加を了承したことに、ギルド長のジョーは驚いたようだ。

 

「では早速、他のパーティにも伝えよう。この後、遠征に関するリーダー会議があるから、君たちにも参加してもらえるかな」


 冒険者が六パーティ、三十三名。

 シェルパが七名。

 計四十名。

 こうして、様々な思惑が絡み合う大遠征チームが結成されたのである。

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