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(3)

 それは、やけに目力めぢからのある意思の強そうな女性だった。

 腰にまで届く長い黒髪はまっすぐで、切れ長の目には黒曜石のような硬い光が宿っている。

 女性にしては身長が高く、ロウより少し低いくらい。

 鎧兜は身につけておらず、黒い長上衣チェニックに同色の脚衣ズボンという男装。腰に挿しているのは、細身の刺突剣エストックである。

 さやの色は黒。皮の長靴ブーツの色も黒。

 見事に全身真っ黒だなとロウは思ったが、その肌だけは病的なまでに白い。

 そして、唇の色は赤い。

 何とも視線を引き付けられる女性だった。

 ロウは無理やり視線を切って、白髪の老婆を見据えた。


「すまんの、ロウ坊。すでに推薦状は、冒険者ギルドに出しておっての」

「え? そうなの?」


 驚いたのは、意外にもグンジだった。


「ギマさん、うちの事情はご存知でしょう? ああ、はじめまして、ここでシェルパをしている、ロウです」

「……」


 そう言ってロウは黒髪の女性に手を出す。

 女性も握手をしつつ、名乗った。


「ユイカだ。“宵闇の剣”のリーダをしている」

「ご高名は、かねがね」


 社交辞令を述べてから、ロウはギマに食ってかかる。


「うちのマリンは、まだ四歳です。怖がりで、寂しがり屋で、とても可愛いんです。俺が戻ってこなかったら、どうなると思ってるんですか」

「あたしが育ててやるよ。立派なシェルパとしてな」

「冗談じゃありません」


 ロウはユイカと名乗った女性を説得した。


「あなたも、肩肘を張ってないで遠征を組むべきです。この町には上級冒険者もたくさんいますから、ね?」

「……」


 意表をつかれたように黒髪の女性は目を見張り、それから、くつくつと笑い出した。

 噂では二十歳に満たない年齢のはずだ。無表情で人形みたいだと思っていたが、笑うと年相応の表情になることをロウは発見した。


「笑いごとじゃありません。俺の命と家族の生活がかかっているのですから」

「ああ、すまない。まさかこちらが説教されるとは思わなかった」


 居住まいを正すと、ユイカは丁寧な口調で説明した。


「確かに、私たちは単独パーティで迷宮攻略を目指している。これまでも、そしてこれからもだ」


 しかしそれは、危険性を度外視しているからではない。生還率を高めるために、あえてそうしているのだという。


「複数のパーティがいたところで、統率が取れなければ烏合の衆になるだけだ。それに、シェルパを含めた人数が多くなればなるほど、進行のスピードが落ち、迷宮での滞在期間が長くなる」


 それは、魔物に襲われる危険性が増すことに他ならない。


「だから私は、少数精鋭による短期間での迷宮攻略を目指す。これは、王都では常識となりつつあるやり方だよ。何十人という人間がぞろぞろと列をなして迷宮に潜るスタイル――遠征は、もはや古いんだ」


 遠征という言葉を聴いただけで気分が高揚するタイプのグンジなどは、ばっさりと切られた罪人のような呻き声を上げた。

 一方のロウは、冷静に反論する。


「しかしその布陣では、強力な魔物と相対したときに、全滅する可能性が高いのではないですか? ひとりが倒れただけで、戦線は崩壊するでしょう」


 なにしろ、戦力になる冒険者は四人だけ。取り替えはきかないのである。

 ロウの主張を一部ユイカは認めたが、考えを変えるつもりはないようだ。


「そこは個人の技量とパーティの連携で乗り切るさ。私たちはこの方法で、ふたつの迷宮を踏破クリアした。“宵闇の剣”の実績が、答えを示しているのではないかな?」

「……」


 どのような推論も、実績の前では無意味である。

 ロウは恨みがましい目をギマに向け、今後の展開を予測した。

 ここで依頼を断ったら、どうなるだろうか。

 普段は優しいが、経営者としては厳しい決断をためらわない老婆である。


『おやロウ坊、クビになりたいのかい? 他の町の案内人ギルドにも、おふれが飛ぶよ? 再就職は難しいだろうねぇ』


 言いかねない。この老婆であれば。

 もしくは――


『他に代わってくれる物好きがいるならね。探しておいでな』


 そう言って、他の同僚たちに密かに手を回す。いや、すでに回しているかもしれない。

 心の葛藤を整理している間も、ユイカの話は続いていた。


「だから、私たちの――“宵闇の剣”の進行スピードについてくることができる、タフなシェルパが必要だ。正確にいうならば、“シェルパの地図”がな」


 ユイカはロウの額のあたりを指差した。


「ギルド長のグンジ殿は、かつてタイロス迷宮一のシェルパだったと聞く。そのグンジ殿が真っ先に推薦してくれたのが、弟子であるあなただ。ぜひとも、私のパーティのサポートをお願いしたい」


 隣で困り果てているグンジの目は、意外と可愛らしく、小動物のように丸っこい。


「……なあ、ロウよ。無理にとはいわんが、なんとかならんか?」


 基本的にはひとの良いギルド長である。ギルド内部の事情や自分の立場などは無視して、ロウの意向を優先させてくれるだろう。

 どうせギマに叩き潰されるだろうが……。

 ロウはかぶりを振った。


「三点ほど、確認したいことがあります」


 ひとつめは、“宵闇の剣”の潜行計画書ダイブプランだ。

 パーティメンバーの基本情報、到達予定階層と探索予定期間、探索目的などが記載されたもので、冒険者パーティがシェルパを雇う際には、必ず提出しなくてはならない。

 あらかじめユイカは潜行計画書を用意していた。

 気の早いことに、三回分である。

 内容を確認すると、まず一回目の潜行ダイブで現在のタイロス迷宮の到達記録である地下四十七階層を目指し、二回目に五十階層を突破、そして三回目に迷宮核を奪取するというものだった。

 探索予定期間は、一回の潜行ダイブで、十日から二週間。

 思わず正気を疑うような計画だが、長期間家を空けることができないロウにとっては、ありがたくもある。

 問題は迷宮からの生還率であるが、何といっても東の勇者だ。迷宮核をふたつも入手した実績もあることだし、勝算はあるのだろう。


 ふたつ目は、報酬金額の確認だった。

 シェルパを雇う場合の報酬は、到達予定階層と探索期間で決まる基本額に、パーティレベルと適正レベルの差異分――危険係数を掛け合わせた額となる。

 さらに、案内メニューを充実させたり、特定のシェルパを指名する場合には、別途追加料金が発生する。 

 今回の潜行計画書ダイブプランを基準に適用させると、ひとりのシェルパに対する報酬としては、過去最高額となるはずだが、ユイカが提示した報酬額は、その基準を遥かに上回るものだった。

 しがない地方シェルパの身としては、命を賭けられるだけの金額。

 これでは文句のつけようがない。


 そして、みっつ目。

 最後の確認事項は――

 ユイカから視線を外すと、ロウはグンジに向かって頭を下げた。


「もしものときは、よろしくお願いします」


 危険の多いシェルパたちは、事前に遺言をしたため、案内人ギルドの金庫に保管している。

 ロウはグンジと相談して、遺言の内容を決めていた。

 これまでロウが貯めた金の半分を、唯一の親戚であるムラウに渡すこと。そして残りの半分については、しばらくグンジが管理すること。

 グンジが管理する金額についてはムラウには知らせず、マリエーテが十二歳になってから、彼女に管理を任せること。

 ムラウは金に対する執着心が強い。すべてを渡してしまえば、マリエーテには何も残らないだろうと、ロウは予想したのだ。


「ああ、分かってる。任せておけ」


 グンジの返答を聞いて、ロウは決心した。


「今回の依頼を、お引き受けします」

「そうか、よろしくお願いする」

「俺のことはロウと呼んでください」

「では、私のことも――ユイカと」


 心なしか嬉しそうに、黒髪の冒険者は微笑んだ。

 いつ迷宮に潜る予定なのかと聞くと、可能な限り早くとの答え。心の中で妹に謝りながら、ロウはミーティングの日程を尋ねた。

 タイロス迷宮の特徴、魔物たちの種類、迷宮泉オアシスのある階層など、事前に情報を共有しておく必要があるからだ。

 雇い主の答えは、ミーティングは迷宮内で休憩キャンプ中に行えばよいとのことだった。


「しかし、魔物の種類によっては、必要な準備があるでしょう」

「ロウに任せる。食糧やポーションの補充もすべてだ。そういったメニューもあるのだろう?」

「あるにはありますが、通常は特定のシェルパと何度も迷宮に潜り、信頼関係を築かれた方が契約されるメニューです。迷宮の攻略を目指すならば、道具類はご自身で選ばれたほうがよいのでは?」


 迷宮内に持ち運べる道具類の総量には限りがある。パーティの戦い方によって、必要となるポーションの比率も変わってくるだろう。


「そうだな。君の言い分ももっともだ。しかし私はこの町に来たばかりでね。右も左も分からない。どこかよい店を案内してもらえないだろうか」


 そういった相談は、普通、冒険者ギルドが担当するものだ。

 しかし、冒険者ギルドは何かと気を遣ってくるので、できれば避けたいとユイカは言った。


「あそこは、どうにも息がつまる。案内を頼むと、ギルド長と幹部たちがぞろぞろとついてきそうだ。今日は仲間たちも自由行動でね。できれば、君にお願いしたい」


 ロウは営業用の笑顔を浮かべた。


「別料金になりますよ?」

「構わない」


 ユイカは即答した。






「マ、マリエーテです。四歳です」


 そう言ってぺこりとお辞儀すると、マリエーテはロウの背中に隠れた。

 さすがに意表を突かれたのか、ユイカはわずかに目を見張ったが、すぐに口元をほころばせた。


「ユイカだ。君のお父さんにお仕事を頼むことになった」

「……おとうさん?」


 年齢差からして、親子だと思われたらしい。

 ロウはマリエーテが妹であることと、普段はマリンと呼んでいることを伝えた。


「これは失礼した。よろしく、マリン」

「う、うん」


 マリエーテは人見知りする子供である。

 見た感じ、美人だが怖そうなお姉さんであるユイカに対して、最初は警戒心を抱いていたが、すぐに危険な人物ではないと判断したようだ。

 兄の雇い主であることも理解したのだろう。珍しいことに手まで繋いで、頑張って町のことを案内した。


「あの店の野菜はしなびてることが多いって、お兄ちゃんが言ってるの」

「ふむ。気をつけよう」

「ここのお肉屋さんは、いいのとわるいのを混ぜてるから、買っちゃだめ」

「……」


 もの言いたげな目を、ユイカはロウに向けた。

 ロウとしては自分がもし迷宮から帰れなくても、ひとりで逞しく生きられるように教育してきたつもりなのだが、他人に説明するようなことでもないので、何も言わなかった。


「さ、路地裏に入りますよ。迷わないようについてきてください」


 石畳の道がむき出しの土に変わる。

 いくつかの角を曲がりたどり着いたのは、継ぎ接ぎだらけのテントが立ち並ぶ一角。

 その中の赤茶けたテントに、ロウは無造作に入っていった。


「ごぶさたしてます、ドクさん」

「よう、“階層喰い”じゃねぇか」


 頭に布を巻いた褐色の肌の中年男である。目つきが鋭く、うさんくさい鼻髭を生やしており、両手の指にきらきらとした宝石の指輪をいくつもはめていた。


「ご、ごぶさたしてます」


 続いて顔を出すマリエーテ。


「お、マリンちゃん。大きくなったなぁ」


 途端に目尻を下げて、店主はだらしなく口元を緩める。

 マリエーテは全身を緊張させたが、兄の商売仲間であることを知っているので、ぺこりと頭を下げる。

 最後にユイカが入ってくる。


「なんだ? 新人の冒険者か?」


 ユイカはまだ二十歳前だ。

 新人ルーキーと間違われても仕方のないところだが、隙のない物腰とその佇まいから、只者ではないことを店主は見抜いたようだ。


「おい、ロウ。このねーちゃん、何者だ?」

「若いですけど、上級冒険者ですよ。お得意さまになるかもしれませんから、調子に乗って口説かないでください」

「やんねーよ。ばっさり切られそうだわ」


 怪しげな店主――ドクに対し、ユイカは礼儀正しく自己紹介をした。


「はー。東の勇者ね。こいつはとんだ大物だ」

「詮索はなしです。商品を――」

「へいへい」


 ドクが店の奥から運んできたのは、マス目に仕切られた木製の箱で、その中には色とりどりの陶器製の小瓶が入っていた。

 ロウが迷宮内で冒険者たちに売りつけていた、ぼったくりポーションである。

 その実は、水で薄めたりしない高品質のもので、市場にはなかなか出回らない代物だった。

 興味を持ったのか、ユイカがヒールポーションの中身を手の甲につけて、なめる。


「濃いな。買おう」

「値段も聞かずに、気前のいいことだな」

「そこは、自分のシェルパを信じることにするさ」


 マナポーションを軸に、大量のポーションを注文する。値引きは一切なく、その合計金額は金貨五枚を越えた。


「お届け先は冒険者ギルドかい?」


 ドクの問いに、ユイカは少し考える素振りを見せる。


「いや、手持ちはまだあるから、ロウのところに届けて欲しい。――よいかな?」

「ええ。問題ありません」


 この黒髪の美しい冒険者がずいぶんせっかちな性格であることを、ロウは見抜いていた。

 何件もの店を回って品物を選別するようなことはしない。

 そして、金に糸目はつけない。

 となれば、話は簡単だ。

 “宵闇の剣”が保有している消耗品や道具類などを聞き、不足のあるものについて、最高級品をそろえていく。

 ロウの提案を、ユイカはすべて採用した。


「これで、ひとまず買い物は終了です。少し時間は早いですが、よろしければ、いっしょに夕食でもいかがですか?」

「実は今朝、町長から晩餐会の招待があってね。詳しい話を聞く前に出かけてしまったのだが……」

「そうですか」

「断る口実が欲しい」


 買い物の途中で食事をとったことにしたいらしい。


「というわけで、気取らない感じの店を頼めるかな」


 もとより気取った店など案内すらできない。

 ロウが選択したのは、ときおりマリエーテと利用する店で、焼き鳥が絶品だった。

 小汚いカウンターの中で、はげ頭の頑固そうな親父が、炭火で鶏肉を一心不乱に焼いており、店の中は煙で充満している。


「へい、おまち!」


 皿の上に並べられたのは、たれの染み込んだ焼き鳥と薄くスライスしたパン。

 マリエーテがパンの上に焼き鳥を乗せて、半分に折り、ユイカに差し出した。


「はい、お姉ちゃん。こうやって食べるの」

「ありがとう、マリン」


 ほんの半日ほどの付き合いだが、マリエーテを見つめるユイカの表情は柔らかい。


「ここの料理は、麦酒エールと合いますよ」

「あいにくと、酒は飲んだことがなくてな」


 この国では十八歳以上が成人であり、飲酒も認められている。


「では、果汁にしましょう」


 ロウが麦酒エール、ユイカとマリエーテがサラボ果汁ジュース


「……」


 自分が四歳の子供と同じ扱いになったことに違和感を覚えたのか、ユイカは一気にサラボ果汁を飲み干すと、麦酒エールを追加注文した。


「私は、もうすぐ二十歳だ。酒くらい飲めるはずだ」


 たった一杯で、ユイカは酩酊した。

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