表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/101

(11)

 “宵闇の剣”と死霊魔王リッチとの死闘は、果てしなく続いた。

 その様子を、シェルパであるロウはただ傍観する他なかった。

 驚くべきことに、六本の腕を持つアンデッドの王は、多彩なアクティブギフトを行使しながら、空いている手で魔方陣を描いてくる。


「“必中ひっちゅう”」


 ここで活躍したのが、ヌークだ。


「“投擲とうてき”!」


 指弾しだんで鉄の飛礫つぶてを発射し、死霊魔王リッチの腕を弾き飛ばす。骨を砕くまではいかなかったが、魔方陣が崩れ、霧散した。

 闇属性の攻撃魔法を一発でも撃たせるわけにはいかない。

 この戦いは、ヌークがどれだけ集中力を維持できるかにかかっている。


「――今っ!」


 ベリィの合図とともに、巨大な死霊魔王リッチの背が、灼熱の炎に包まれた。

 今回、死霊魔王リッチに対して最も効果的にダメージを与えているのは、間違いなく彼女が抱えている火蜥蜴サラマンダーだろう。位置取りと攻撃のタイミングをベリィが受け持ち、火蜥蜴サラマンダーがアクティブギフトを行使する。

 さながら、移動砲台だ。

 ユイカは粘液擬人スライムマンを使って、死霊魔王リッチを絡めとろうとしていた。動きさえ封じてしまえば、マジカンの得意とする光属性魔法で、一気に決着をつけられると考えたのだろう。

 しかし、動きの遅い粘液擬人スライムマンの触手は、空中を滑るように移動する死霊魔王リッチを捕らえることができず、逆に影の鉤爪による逆撃を受け、一体また一体と戦闘不能に陥っていく。

 広間ステージ内の戦況を見渡しながら、ロウは思う。

 これまでの“宵闇の剣”の戦い方は、通用しないだろう。

 死霊魔王リッチの攻撃は、体力ではなく精神力を削る。回復の手段はない。しかも、定期的に骸骨兵士ポーンスケルトンを呼び出すことができるようだ。

 これまでは、戦況を硬直させることが“宵闇の剣”の勝利の条件だったが、この戦いは逆である。

 長期戦は不利。短時間での勝負にかけざるを得ない。

 そのことに、ユイカも気づいている。

 予備兵力であるはずの四体の警備隊ギャリソンを、彼女は早くも前線に投入した。


『“枯手からして”……』

「――“跳兎とびうさ”!」


 影の鉤爪を、ユイカは高速移動用のギフトで回避する。

 隙を見ては二体の魔牛闘志ミノタウロスに細かな指示を出し、骸骨兵士ポーンスケルトンたちを死霊魔王リッチから引き離していく。

 膨大な持久力を誇る魔物とはいえ、無制限に湧き出る敵に対し、巨大な戦斧バトルアックスを振り回し続けることはできない。魔牛闘士ミノタウロスたちは徐々にその動きを鈍らせつつあった。


「姫っ、火蜥蜴サラマンダーが、もう限界!」

 

 ベリィが抱えていた火蜥蜴サラマンダーは、“火砲”の使い過ぎでぐったりしている。

 魔物だけではない。常に立ち位置を変えながら攻撃や回避を行い続けているユイカ、ベリィ、ヌークの三人も持久力を消耗し、後方で隙をうかがっているマジカンにしても、残る魔力は多くない。

 ロウの予想通り、戦況の天秤は時間の経過とともに不利なほうへと傾いていく。

 しかしここで、粘液擬人スライムマンがやってのけた。

 のそりのそりと死霊魔王リッチの背後に回り込み、その骨の尻尾に触手を絡ませることにより、ごく短時間ではあるが、敵の動きを封じることに成功したのだ。


「マジカン!」


 ユイカの合図とともに、後方に待機している魔牛闘士ミノタウロスの頭上に魔方陣が描かれた。


「“光刃こうじん”――ほいっ」

『“反鐘はんしょう”……』


 開幕の攻撃と、同じパターン。

 しかし――


「“連続魔”!」


 ややタイミングが遅れて、二本目の光の刃が発現する。再行使可能時間クールタイムを狙った見事な攻撃だった。一本目は不可視の壁に弾かれたものの、二本目は素通りし、死霊魔王リッチの腕を二本、跳ね飛ばした。


『ブルォオオオオオウルルグゥゥゥ』


 切断された腕の先から、黒い煙のようなものが立ち昇る。

 “連続魔”――直前に行使した魔法を再発動させる反則的なギフトだが、当然のことながら、消費する魔力の量も倍になる。

 マナポーションを一気飲みすると、マジカンは前線に向かって叫んだ。


「もうすぐ、魔法は打ち止めぞ!」 


 その後、再び戦況は均衡した。

 死霊魔王リッチが召還する骸骨兵士ポーンスケルトンの数は、どうやら腕の数に依存しているらしく、一度に召喚される数は、六体から四体に減った。対する二体の魔牛闘士ミノタウロス骸骨兵士ポーンスケルトンたちの一群を圧倒するようになると、これを勝機と見たユイカは、最後の予備戦力である魔牛闘士ミノタウロス――“ミノりん三”を前線に投入した。

 死霊魔王リッチが放つ影の鉤爪は、それほどスピードはないが、膨大な体力も頑強な鎧も意味をなさない。一撃でその精神力に致命傷を与える。

 そして、精神の死は肉体の死と同義である。

 動きの遅い味方の魔物たちは、確実に鉤爪の餌食となり、次々と倒れていく。

 だが、ユイカに使役されている魔物たちは、恐れを知らない。愚直な攻撃を繰り返し、ついに――魔牛闘士ミノタウロス戦斧バトルアックスが、死霊魔王リッチの腕を一本、叩き折った。


『ルォオオオオオゥゥゥ』


 不利を悟ったのか、空中を滑るようにして後方に下がろうとする死霊魔王リッチ


「させんぞ!」


 その動きを、マジカンは見逃さない。

 残りの魔力をかき集め、土属性の魔法を行使。


「“土塊櫓つちくれやぐら”」


 死霊魔王リッチの背後の土が隆起して、扇状の壁が形成された。本来は防御用の魔法なのだろう。それをマジカンは、敵の動きを阻害するために使ったのだ。

 死霊魔王リッチが後ろ向きに土壁に衝突し、態勢が崩れる。

 そこへ――いつの間にか鉄球棍棒モールを拾っていたヌークの“投擲とうてき”と、ベリィの双刀による“旋風つむじ”のクラッチ攻撃が炸裂。

 さらに一本の腕を破壊した。

 黒衣に包まれた巨体をよじりながら、死霊魔王リッチは残った二本の腕を突き出す。


『“枯手からして”……』


 最後の魔牛闘士ミノタウロス警備兵ギャリソンが影の鉤爪に貫かれ、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。

 これで、味方の魔物たちは、ほぼ壊滅。もはや骸骨兵士ポーンスケルトンすら倒すことは難しいだろう。

 そんな状況を見透かしたように、骸骨魔王リッチは両手を広げる。

 この戦いで何度も見せた、独特の仕草ポーズ


隔離世かくりよ……』

「“跳兎とびうさ”!」


 接近時における、骸骨兵士ポーンスケルトンの召喚――相手が完全に無防備になるこの瞬間を、彼女は待っていた。

 ひと呼吸分のみ瞬発力を倍増させる、高速移動用のギフトを行使し、ユイカが跳躍する。

 空中で真正面から対峙する、“死霊使い”と“死霊の王”。


「終わりだ!」


 ロウは見た。

 この攻撃を外せば、全てが終わる極限の状況の中、ユイカは笑っていた。

 艶のある黒髪を振り乱し、黒曜石の瞳をぎらつかせながら、まるで獲物を仕留める瞬間の黒豹のように、会心の笑みを浮かべていた。

 光なき左の眼窩に刺突剣エストックが吸い込まれ、その切っ先が、死霊魔王リッチの魔核を貫く。


「――“幻操針げんそうしん”」






 生き残った魔物は、骸骨騎士ナイトスケルトン一体と、その動きを封じ込めていた粘液擬人スライムマン一体、息も絶え絶えの火蜥蜴サラマンダーが一体のみ。

 逆に失った魔物は、二角獣バイコーン十三体、魔牛闘士ミノタウロス三体、警備兵ギャリソン四体、そして、粘液擬人スライムマン六体。

 まさに総力戦である。

 ユイカは睡眠不足と激戦の影響で、ややふらついている。

 マジカンは魔法の使い過ぎで、魔力が枯渇状態。

 ヌークは敵の骸骨兵士ポーンスケルトンの一体を関節技で仕留めるという快挙を成し遂げたが、そのあと別の骸骨兵士ポーンスケルトンに囲まれて、ぼこぼこに殴られた。相変わらずの無表情だが、顔は血だらけで腫れ上がっている。

 そしてベリィは……勝利の余韻に浸ることもできず、がっくりと両膝を地面についた。

 両肩を抱きかかえるようにして、がたがたと震えている。

 ユイカが心配そうに覗き込むが、強がりの笑みすら返すことができない。


「どうした、ベリィ?」

「ちょっと、かすった、かも……」


 死霊魔王リッチの“枯手からして”を、完全にはかわしきれなかったのだ。


「ダーリン、来てくれ!」


 精神の傷は、回復させることが難しい。 

 “鑑定”の上位交換であるギフト“神眼しんがん”を持っていた過去の冒険者の著書によると、ひとには隠しパラメーターとして、正気サン値なるものが存在するという。

 一種の防波堤と考えると分かりやすいだろう。この値を超えない波――精神的ダメージを受けなければ、問題はない。一時的に精神力は消耗するが、しっかりと休憩をとるなりすれば、元の状態に戻せる。

 危険なのは、正気サン値を超える波を被った場合で、それはトラウマとして残る可能性がある。

 錯乱、自閉、発狂、精神死――と、その症状は様々だが、隠しパラメーターのひとつである精神の通常状態デフォルトそのものが書き換えられてしまうという。

 つまり、異常であることが正常と判断され、回復という行為そのものが意味をなさなくなるのだ。

 幸いなことに、ベリィには自覚症状があり、冷静に自分の状態を把握し、その原因を推測することもできていた。

 会話もきちんと成立している。

 おそらくは、正気サン値を越えるダメージは受けていないだろうと、ロウは判断した。


「心配はいりません。マインドポーションを飲んでゆっくり休めば、回復しますよ」


 あえて断言してみせたのは、ベリィ本人を安心させるためである。

 さらに、ユイカにマインドポーションを渡して、手ずからベリィに飲ませることにする。

 これもまた、ベリィの精神を安定させるための措置だった。


「あ、ありがと、姫……」


 震えが止まり、ベリィが大きく息をついたところで、ロウは確実に寝不足となるユイカのために用意していた特製の飴を差し出した。


「マインドポーションを蒸留したものを練り込んだ飴です。味は微妙ですが、効果は保障しますよ。しばらくなめていてください」

「……うん」


 このときばかりは、ベリィも嫌がらずに大人しく受け取った。強がって反発する気力すら残っていなかったようだ。


「ロウ、ベリィを頼む」


 ユイカはその場を離れ、沈黙している死霊魔王リッチの元へと向かった。

 迷宮主にすら選ばれるほどの魔物を使役したとはいえ、油断することはできない。著しく戦力が低下している状態でさらなる魔物が現れたら、それこそ一貫の終わりである。

 死霊魔王リッチに命名し、周囲を警戒させる必要があったのだ。

 二度に渡る激闘を繰り広げた相手――黒衣を身に纏う巨大なアンデッドの王に、好奇心が沸いたのだろう。ヌークとマジカンが感嘆の声をあげながら、やや遠巻きに観察している。

 達成感と安堵感で、やや気が抜けたような状態。


 ド、ド、ド、ド……。


 かすかな振動が、伝わってきた。

 実際のところ、戦いの最中からその現象はすでに発生していたのだが、あまりにも濃い魔気と激しい戦闘により、誰も気づくことができなかったのだ。


 ドドドドドドドド……。


 振動のリズムは急激に早まり、視界でそうと確認できるほどの揺れとなる。


「……地震?」


 ユイカが足を止め、周囲を警戒する。

 直後、ぼんやりと光り輝く地面が、荒れ狂う海のように波打った。


「全員、伏せろっ!」


 広間ステージの至るところで、隆起と陥没が起き、見上げるほどの天井から巨大な光苔ひかりごけの塊が落下してくる。

 通路アイルの位置がずれ、広間ステージの壁が迫ってくる。

 これは、地震ではない。

 

 ゴゴゴゴギギギギギ……。


迷宮改変コラップスです。気をつけて!」


 ロウの叫び声は、巨大な塊同士が擦れるような音に、かき消された。

 やや離れた距離で、互いに見つめ合うロウとユイカ。

 その視線を切り裂くように、地面が隆起し、壁となる。

 さらには、地面そのものが移動し――


 地下五十階層に、新たなる迷宮が、形づくられた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ