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 迷宮内の気温と湿度は一定のはずなのに、身の毛もよだつような冷気が吹き荒れているようだった。

 高レベルの冒険者たちが神気を発するように、高レベルの魔物たちもまた、相手を圧倒数する魔気をまとうう。

 しかし、これほど嫌な魔気を、ロウはいまだかつて経験したことがなかった。

 生物としての根源的な恐れ――死の恐怖を押さえ込む理性を、ごりごりと削り取られていくような感覚。身体が強張り、精神が萎縮し、思考が空回りする。

 冒険者になる前の自分であれば、身動きすらとれず、子供のように泣き叫んでいたかもしれない。

 

「……ウガル、ドラゴン


 ユイカの呟きに、ロウは昨年、踏破クリアされた迷宮の記憶を呼び起こした。

 迷宮主は、死霊魔王リッチと呼ばれる死霊アンデット系の魔物だったはず。魔物図鑑モンスター・リブロへの登録申請がされたのは、五十年ほど前で、最新の情報を更新したのは、他でもない“宵闇の剣”だ。

 これまでの目撃事例は、三回。

 撃破成功事例は、ただ一回のみ。

 タイロス迷宮の最下層は五十二、三階と予想されていた。これは魔素の濃度から計算された結果である。階層が下がるにつれて、魔素の濃度も上がっていくが、その割合は一定ではない。グラフに表せば、特徴のある曲線を描く。

 ユイカから聞いた話では、最下層というのは、足を踏み入れただけでそれだとはっきり認識できるほどの、独特の空気感があるという。

 ゆえに、今現在自分たちがいる地下五十階層は、最下層ではない。

 となれば、目の前にいる死霊魔王リッチは、タイロス迷宮の主“タイロスドラゴン”ではないだろう。

 迷宮主ではなく、おそらくは階層主だと、ロウは見当をつけた。

 魔物のレベルとしては、“ウガルドラゴン”よりも下のはずだ。

 

「“光刃こうじん”――ほいっ!」


 誰もが警戒し身を固くする中、密かに魔方陣を描いていたのはマジカンである。

 光属性の中級攻撃魔法。

 弓形の巨大な光の刃が、六本腕の死霊魔王リッチに襲い掛かる。

 が、しかし――


『“反鐘はんしょう”……』


 死霊魔王リッチの前に不可視の壁が現れ、“光刃”はあらぬ方向へと弾かれた。

 それが、戦闘開始の合図となった。


「“ミノりん一“と“ミノりん二”は、敵、骸骨兵士ポーンスケルトンを倒せ。“スラりん一”から“スラりん七”は死霊魔王リッチを取り囲み、触手による中距離攻撃。倒さなくてもいい。魔法を使わせるな!」


 死霊魔王リッチ骸骨兵士ポーンスケルトンを召還するアクティブギフトを持っているようだ。

 幸いなことに、召還された骸骨兵士ポーンスケルトンたちは、武器や防具を身につけていないが、そもそも骨というのは固く、鋭い。

 しかも、追加で召還される可能性が高い。

 相手にするのは、巨大な戦斧バトルアックスと分厚い筋肉の鎧を持ち、疲れ知らずの魔牛闘士ミノタウロスが適任だろう。


「“風凪かぜなぎ”」


 ベリィは瞬発力を向上させる支援魔法を両足にかけ、火蜥蜴サラマンダーを胸に抱えて飛び出した。

 目無蛇オピオンを倒したときの戦法だが、ベリィは密かに気に入ったようだ。

 これまでの戦闘でも、素早い動きで敵をかく乱し、隙を見つけては“火砲かほう”を浴びせることにより、彼女は大きな戦果を上げていた。


「ヌーク、“ナイ助”、いくぞ!」

「はっ!」


 ユイカの号令に口に出して答えたのは、ヌークだけである。

 “ナイ助”とは地下五十階層で使役した骸骨騎士ナイトスケルトンのことで、全身板金鎧フルプレート幅広剣ブロードソード、そして甲羅形盾ヒーターシールドを身につけた、攻防ともにバランスのとれた魔物だ。しかも、“爆撃ばくげき”と呼ばれるアクティブギフト持ち。現段階では、パーティの攻守の要といえるだろう。

 

 先陣は火蜥蜴サラマンダーを抱えたベリィ。


『“埋葉合掌うずはがっしょう”……』


 ――パパパァンッ


 三対の白骨の手が合わさり、全方位に向けて衝撃波が発生する。


「――ぐっ」


 鼓膜にダメージを受けてしゃがみ込むベリィに、死霊魔王リッチの腕が襲い掛かる。


『“枯手からして”……』


 リーチはないが、手の先から黒い鉤爪状の影が伸びた。

 物理的なダメージは受けない。代わりに精神力を削る攻撃。

 魔物図鑑モンスター・リブロの情報では、かすっただけで絶望し、まともに喰らえば発狂するとされている。

 転がるようにして身をかわすベリィ。

 入れ替わるように、ユイカ、ヌーク、骸骨騎士ナイトスケルトンが最前線に立つ。


「まずは、腕一本をもらう」


 やや離れた位置から観察しながら、ロウは思う。

 衝撃波からの精神攻撃。この攻撃パターンは危険だ。

 かといって距離をとって戦えば、最悪の闇属性攻撃魔法がくる。

 対抗策としては、接近戦で間断なく攻め続けるしかない。

 もし、衝撃波を発生するアクティブギフトが、その発動条件として三対の手を合わせる動作が必要であるならば、ユイカの言うとおり腕を一本へし折るのが先決だろう。

 有効な武器は、ヌークの鉄球棍棒モールと、“ナイ助”の幅広剣ブロードソードか。

 

「“投擲とうてき”」

『“反鐘はんしょう”……』


 ヌークが放った鉄球は、不可視の壁に遮られ、あらぬ方向に弾き飛ばされた。魔法だけでなく、物理攻撃まで跳ね返すアクティブギフト。これほど強力なギフトであるならば、再行使可能時間クールタイムは小さくないはず。クラッチによる連続攻撃が有効だろう。

 ヌークは鉄球棍棒モールを失い、腰の小袋ポーチから小さな鉄の飛礫つぶてを取り出した。指弾を使い、かく乱する作戦に切り替えたようだ。

 ――と。

 いつの間にか背後に回りこんでいたベリィが、いや、彼女に抱えられていた火蜥蜴サラマンダーが“火砲”を放ち、死霊魔王リッチの背中が燃え上がった。


『フォオオオオオウルルゥゥゥ』


 たとえるならば、絶望に身をよじる女性の叫び声。目を閉じ、耳をふさぎたくなるような絶叫が広間ステージ内に響き渡る。


「いまだ、“ナイ助”!」


 ユイカの号令が飛ぶ。

 無言のまま歩を進めた骸骨騎士ナイトスケルトンだったが、死霊魔王リッチの手前で足を止め、ぎこちない動作で腰を屈めた。

 ぎぎぎと軋みを上げながら、全身板金鎧フルプレートを震わせる。

 それは、進もうとする意思と跪こうとする意思が、せめぎ合っているように見えた。


「どうした、“ナイ助”。攻撃しろ!」


 絶対的な支配権を持つはずのユイカ。その命令に、骸骨騎士ナイトスケルトンは応えようとする。

 しかし、何とか立ち上がったところで、“火砲”に耐えた死霊魔王リッチが、命令した。


『我ニ従エ、眷属ヨ……』


 骸骨騎士ナイトスケルトン幅広剣ブロードソードを取り落とし、両手で角兜ホーンヘルムをつかむ。両膝をつき、額の部分を地面に擦りつけて、骸骨騎士ナイトスケルトンはもがき苦しんだ。

 死霊魔王リッチは、骸骨兵士ポーンスケルトンを召還するアンデットの王だ。おそらく、自分より下位のアンデットを服従させるパッシブギフトを持っているのだろう。

 問題は、“ナイ助”がどちらの主を選ぶかだが……。

 これは、容易には結論を出せない。


「くっ――やむを得ん!」


 ユイカとしては、危険要素を排除する必要があった。しかし、彼女の武器では、全身版鎧フルプレートを身につけた高レベルの魔物を短時間で倒すことができない。そんな時間を、死霊魔王リッチは与えてはくれない。


「“スラりん七”、“ナイ助”を拘束しろ!」


 振り返りもせずに命令を飛ばし、死霊魔王リッチに集中する。

 遅れてきた粘液擬人スライムマンがようやく前線に到着。人間の手を模した触手を伸ばして、死霊魔王リッチを絡めとろうとする。

 死霊魔王リッチは空中を滑るように後退。六本の腕をまるで翼のように広げた。

 

『“隠世戸かくりよのと”……』


 孤独な王を護るかのように、六体の兵士が出現する。味方の魔牛闘士ミノタウロスは、前回召還された骸骨兵士ポーンスケルトンたちをまだ倒しきっていない。

 六体の骸骨兵士ポーンスケルトンたちは隊列を組み、“宵闇の剣”にとって絶望的な時間を稼ごうとする。おそらく死霊魔王リッチは、骸骨兵士ポーンスケルトンたちを巻き込んで攻撃魔法を行使することを、躊躇わないだろう。

 しかしここで、地面に魔方陣が浮かび上がり――

 

「“地雷砲じらいほう!”」


 マジカンの魔法が炸裂した。

 土属性の範囲攻撃魔法。魔方陣内部の地面がひび割れ、爆発、四散する。鎧を身につけていない六体の骸骨兵士ポーンスケルトンたちは、岩の塊に押しつぶされ、粉々になり、弾き飛ばされた。


「ふん、かわされたの」

 

 無念そうにマジカンが呟く。

 直前で死霊魔王リッチが後退したため、本命にダメージを与えることができなかったのだ。

 彼は“ミノりん三”こと魔牛闘士の肩にまたがり、その角をつかんでバランスをとっていた。いわゆる肩車スタイルである。マジカンは“ミノりん三”を移動手段として利用し、また高い位置から戦況を見定めながら、攻撃魔法を行使したのだ。


「この戦い、長引くかもしれんの」


 その呟きを聞いたのは、予備戦力である四人組の警備隊ギャリソンに囲まれているロウのみ。

 

「しかし、勝負が決まるのは、一瞬ぞ」

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