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(7)

「――という経緯で、私とダーリンは恋人同士になったわけだ。分かったな?」


 惚気のろけ話というにはやけに散文的な説明で――ただし、ロウの方から先に告白してきたということを、何度も強調して――ユイカは事情を話し終えた。

 ほのかに甘いお茶の香りが漂っている。ティーカップは木製で、受け皿どころかテーブルと椅子すらない。ちなみに、お茶請けは干したフルーツである。

 ユイカが説明したのは、“宵闇の剣”の他のメンバーたち。

 ベリィはロウに対し、挑みかかるように八重歯を剥いている。

 ヌークは両目を閉じ、まるで瞑想でもしているかのよう。

 マジカンは若者たちを応援するかのような好々爺とした笑み。

 周囲にはパーティメンバーを取り囲むように十匹ほどの魔物たちがいたが、ユイカの話を理解しているかどうかは不明である。

 地下三十二階層の迷宮泉オアシス

 通常であれば、身体や精神を休めたり、ポーションなどの消耗品の確認、武具の手入れ、魔核の“収受”などを行う場面である。それが何故このような茶飲み話をしているのかというと、ユイカが公私の別をつけなかったことが原因だった。

 さすがに迷宮内で手を繋いだり腕を組んだりはしなかったが、ロウのことを当然のように「ダーリン」と呼ぶ。

 ここ数日彼女はロウの家に入りびたっており、そのことに対しても不満が溜まっていたのだろう。迷宮に潜行ダイブしてから、ベリィはずっといらいらしており、弱い魔物にやつあたりをするかのように、アクティブギフトを行使しまくった。

 このままでは未踏破階層を突破することはできないし、不用意なミスでパーティが窮地に陥る可能性もある。

 というわけで、ロウがユイカに促す形で事情を説明させたのだ。


「私は反対よ。こんなやつ、ユイカに相応しくない!」


 ユイカの話が終わるや否や、ベリィが力説した。

 曰く、ロウはたかが地方のシェルパである。

 ユイカとは立場が――社会階級が違う。

 顔も平凡だし、服のセンスもない。

 シェルパとしては多少は使えるのかもしれないが、ただの持久力馬鹿である。

 否定もできない事実だったので、内心ロウは頷いてしまう。


「ベリィ」


 歎息交じりにユイカは言った。


「恋人というのは、相応しいかどうかで決めるものではない。互いを好き合っているかどうかが、決め手なんだ」


 真顔で正論を諭されることほど腹の立つものはなかった。それが子供でも分かる理屈ならば、なおさらである。


「〜〜〜〜〜〜っ」


 涙目になって沈黙するベリィ。


「わ、私、知ってるんだから! こいつの――黒い噂」


 それは、ベリィがわざわざ冒険者ギルドで聞き込みをして得た、ロウの冒険者時代の情報だった。

 “階層食い”。

 ご大層な異名だが、その実は、自身の適正レベルよりも低い階層で雑魚刈りをして、初級冒険者たちに迷惑をかけていた小心者に過ぎなかった。

 近道ショートカットを使ってタイロス迷宮の地下十四階層に降りると、この男は何故か一階層上に上がる。そして、地下十三階層に棲みつく魔物たちを数週間に渡って駆り尽くし、階層の富を独占したのだ。

 一気にまくし立てて、ぜいぜいと肩で息をするベリィ。


「ダーリン……」


 ユイカはロウに問いかけた。


「理由があって、そうしたのだろう?」

「まあ、そうですね」

「では仕方がないな」

「え、それだけ?」


 恋は盲目。ユイカはすべての罪を許す女神のような微笑を浮かべている。

 あ然としたベリィに代わって、ヌークが説得する。


「一般人ならばいざ知らず、姫さまにはお立場というものがあります。教団の象徴であり、冒険者としても目標となるべきお方が、名もなき庶民の男と軽々しく交際されては、混乱が生じましょう。以前、あらぬ噂を立てられ、お困りになったときのことをお考えください」


 それは半年くらい前のことで、ユイカにしつこく言い寄っていたとある冒険者が、自分はユイカと恋人関係にあると吹聴し、それがあろうことにゴシップ記事に取り上げられるという事件が起きたのだ。

 冒険者ギルドの上層部や、噂話に目がない貴族の令嬢たち、さらにはユイカの熱烈な信奉者ファンから確認の問い合わせが殺到し、ユイカや彼女の仲間たちは外出することさえままならなくなったのである。


「ひとつ断っておくが……」


 少し眉根を寄せながら、ユイカはロウに詰め寄った。


「まったくもって、根も葉もない噂だぞ。私が付き合ったのは、ダーリンが初めてだからな」


 がっくりと肩を落としたヌークである。


「姫さま……」

「ヌーク。お前の話は理解できないこともないが、落とし所が見えない。もっと建設的な意見を出したらどうだ? 言っておくが、別れろというのは却下だぞ」


 こめかみのあたりを押さえつつヌークが提案してきたのは、次の三点である。


 一、ひと前での目立つ行為は避けること。

 二、無断外出および外泊をしないこと。

 三、迷宮内では冒険者とシェルパの立場を貫くこと。


「目立つ行為というのは、まさか、ダーリンと呼ぶことも含まれるのか?」

「むろんです」

「手を繋いだり、腕を組むことは」


 無言のまま、ヌークは首を振った。


「恋人同士は逢瀬を楽しむもの。そうタエ殿もおっしゃっていたではありませんか。逢瀬とは、ひと知れず密かに会うという意味です」

「……む」


 ユイカの恋愛感に大きな影響を与えたメイドの発言を持ち出すことで、妥協を促そうという意図だろう。

 ヌークの額にうっすらと汗が浮かんでいるのを見て、当事者であるロウは、かなり申し訳ない気持ちになった。

 生活全般において、様々な制約がある中で最善と思われる方針を選択してきたロウにしてみれば、ヌークの出した条件などはとるに足らないものだった。

 ただ、有名人と付き合うということは、想像以上に大変なんだなと、どこか他人事のように考えてしまう。


「しかし、な……」


 ユイカは難しい顔で考え込む。


町中まちなかはひと目があるし、ダーリンの家にはマリンがいる。いったいどこでなら、いちゃいちゃできるのだ?」

「知らないわよ、そんなこと!」


 再びベリィがぶちキレ、マジカンが「ひょっほっほ」と笑った。


「いやはや、若いのう。聞いているこっちの方がこそばゆくなるわい」

「……マジカン殿、茶化されては困ります」

「ヌークよ。お前さんは真面目過ぎるんじゃ。冒険者などというものは、明日の命も知れぬ儚き身。どれだけ悩んだところで、死んでしまえばそれまでじゃろう? であるならば、いっそのこと好きにさせればよかろうに」

「ジジィ! 余計なこと言うんじゃない!」


 これでは、まとまる話もまとまらない。

 結局、不承不承ふしょうぶしょうながらもユイカがヌークの条件を飲むことで、手打ちとなったのである。


「ただし、うちのメンバーしかいないときには、ダーリンと呼ぶからな」


 ようやく落ち着いたところで、迷宮探索は再開された。

 二度目ともなれば、使役するべき魔物やそのタイミングなどもつかめてくる。前回と同じ二日をかけて、地下四十三階層の迷宮泉オアシスに到達した。


「“ミノりん”がいないのは、残念だな」


 四十階層に生息するはずの階層主、魔牛闘士ミノタウロスは、いまだ再出現リポップしていない。

 通常の魔物であれば、たとえ狩り尽くされたとしても、数日でその個体数は回復する。

 しかし、階層主が再び現れるのは、少なくとも半月はかかるのだ。

 通説では、迷宮核が魔素を生み出し、その魔素が吹き溜まりに集積して魔核が生み出されるとされている。階層主の魔核は大きく、育つまでに時間がかかるのだという。

 やや遠慮がちに、ロウが提案した。


「前回は通りませんでしたが、地下四十六階層に、火蜥蜴サラマンダーが縄張りとしている領域があります。種族固有のギフトとして“火砲かほう”を持っているので、使えるかもしれませんね」


 通常であれば、絶対に立ち入らない場所である。

 しかしこのパーティにおいては、そんな常識は当てはまらない。強力な敵は強力な仲間となり、その後の迷宮探索が効率的になるからだ。


火蜥蜴サラマンダーか……」


 ほっそりとした指を顎先に当てて、ユイカが考える。


粘液玉スライム系の敵が出たときには、有効だな」


 前回は物理攻撃に特化したひと型の魔物を中心に使役したため、粘液玉子プリンスライムを倒すことができなかったのだ。


「いいだろう。案内してくれ」


 しかし、特殊能力を持つ相手は厄介である。

 ここで活躍したのは、ベリィが使った風の防御魔法だった。


「ジジィ、杖貸して」


 どうやら火蜥蜴サラマンダーがいるらしい広間ステージに到着すると、ベリィがマジカンの杖を使って、使役された魔物たちに魔方陣を描き込んでいく。

 風の中級魔法――“護風ごふう”。

 一度だけ崩陣スラッグしたものの、すべての魔物たちに魔法をかけ終えると、無風であるはずの迷宮内に空気の流れが生まれた。

 まるで異空間から召還されたかのように、魔物たちの身体から強烈な風が吹き荒れたのである。

 最後にユイカにも魔方陣を描き込んでから、ベリィはマジカンに杖を返した。

 この防御魔法は、継続時間は短いが、火息ブレスなどの攻撃を防ぐ効果がある。また、対人戦においても、風が相手の集中力や視界を乱す。

 唯一の問題点といえば、風切り音が大きく、会話がし難くなる点、だろうか。

 火蜥蜴サラマンダーは、蜥蜴とかげというよりも、栗鼠りすに近い姿形をしており、その大きさは人間の子供くらいだ。鱗状の表皮は赤く、たてがみと尻尾が炎のように逆立っている。動きは俊敏で、接近戦に持ち込むことも難しい。

 ユイカは使役した魔物たちを使い潰しながら、一匹ずつ火蜥蜴サラマンダーを確保していった。

 最終的に入手できた火蜥蜴サラマンダーは、六匹。

 その後の戦闘は、派手なものとなる。


「“サラダ一”から“サラダ六”、焼き尽くせ!」


 開幕から“火砲”の一斉攻撃を行い、魔物たちを火の海に沈める。

 魔法ギフトではなく、種族固有のアクティブギフトということもあり、発動が早い。


「くっ――はっはっは! これはいいぞ。一片の肉片すら残すな。火線を集中させろ!」


 巨大なハンマーを手にした毛むくじゃらの巨人が、苦悶の雄叫びを上げながら一歩一歩と近づいてくるが、火蜥蜴サラマンダーたちの集中砲火を浴びて、やがて膝から崩れ落ちた。


「その程度か、気合が足りないぞ!」


 燃え盛る炎を瞳に映しながら、ユイカはどこか恍惚とした表情で、臥した巨人を見下ろした。

 その様子を、若干頬を引きつらせながらロウが見守っている。

 男女の仲は、付き合いが深まれば深まるほど、相手の意外な一面を見ることになる。特にユイカは自分を飾るようなことをしないので、驚かされることもしばしばだ。

 しかし、冒険者時代の自身も魔物狩りで気分が高揚し、歯止めが効かなくなった経験もあり、これはまだ許容範囲ということで落ち着いた。


「さあ、ダーリン。いよいよ四十八階層に向かうぞ。覚悟はいいな?」


 わずかな判断ミスがパーティを死の淵へと誘う未踏破階層。

 シェルパにできることは少ない。

 しかしだからといって、運命を天に委ねるつもりはなかった。


「分かっています。給金分は働いてみせますよ」


 もちろん、若干の強がりを込めた台詞である。

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