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第二章 (1)

 大地母神の神殿内――“洗礼の間”にある女神像から、私は生まれた。

 ……などと吹聴されているようだが、おそらくは食い詰めた冒険者にでも捨てられたのではないかと、勝手に想像している。

 それはともかく。

 女神像の足元に肌着に包まれた状態で発見された私は、孤児院に引き取られることもなく、神殿内で育てられることになった。

 女神のお告げがあったらしい。

 この赤子は、わらわの加護を受けしもの。

 清く育てよ。暖かくはぐくめ。

 さすれば地の魔を滅し、大地に清浄をもたらさん。

 黒髪と黒い瞳という珍しい特色を持っていたこともあり、私は黒姫と呼ばれ、神殿長にさえかしずかれながら、過保護に育てられた。

 大地母神――ギャラティカは、実在する。

 地の底に棲まう魔から、地上を守る立場にあるという。

 ただし、実体のない彼女は直接力を行使することができないため、代わりに人間に力を与え、魔を倒すための尖兵とする。

 それがいわゆる、冒険者と呼ばれる存在だ。

 迷宮の最深部にある迷宮核は、ある一定の期間――一説には数百年と言われている――を過ぎると、限界リミットを迎え、大爆発を起し、地上を高濃度の魔素で汚染する。

 すでに海の向こう側にある大陸は、終焉バルスを迎えているらしい。

 彼の地の適正レベルは、二十。

 もはやひとの身では立ち入ることができない魔の領域である。

 女神ギャラティカの目的は、迷宮核が限界リミットを迎える前に、これを排除すること。

 そして、大地を清浄に保ち続けること。

 そういった事情があるのならば、女神の使途たる冒険者としては、その力を結集し、各地の迷宮攻略に全力を注ぐべきなのだろうが、やっきになっているのは大地母神教と冒険者ギルドの上層部のみで、なかなか意思統一はなされていない。

 迷宮核の限界リミットも、海の向こう側の大陸のことも、知識としては知っていても、実際に目にした者はおらず、文献としても残っていないからである。

 情報源は、あやふやな女神のお告げのみ。

 冒険者であれば、レベルアップや基本能力ステータス確認時に、誰でも女神の声を聞くことができる。しかしそれは必要最低限の受け答えのみで、およそ会話などというものは成立しない。

 女神のお告げを聞くことができるのは、ごく限られた者だけだと言われている。

 私も、そのひとりだった。

 子供の頃から迷宮攻略の期待を寄せられ、冒険者としての知識や技術を教えられてきた私は、自身の運命を受け入れることにした。

 理由は三つ。

 ひとつ目は、女神のお告げの内容である。

 それは、王都にある無限迷宮が、限界リミットに近づいているというもの。生まれ育った土地を守りたいという気持ちは、ひと並みにあるつもりだ。

 二つ目は、これまで何不自由なく育てられた恩を返すべきだと考えたこと。

 親もいない自分が無事に成長し、教育も受けることができた。先代の神殿長をはじめとした関係者には、感謝してもしきれない。

 最後のひとつは、一度しかない人生、世界を救うという仰々しいお題目に命を懸けて真っ向からぶつかるのも、また一興だと考えたからだ。

 十五歳になり、晴れて冒険者となった私は、他の冒険者たちに魔核を集めさせて強制的にレベルアップするという行為――強制フォースレベリングを拒否し、無限迷宮へ単独ソロ潜行ダイブした。

 神殿長や冒険者ギルドの長は、真っ青になってパーティを組むよう進言してきた。

 優秀かつ経験豊富な上級冒険者やシェルパをいくらでも用意します。お願いですから、お供をつれて潜行ダイブしてください、と。

 その申し入れを、私は断固拒否した。

 自分の力を試したかったということもあるが、パーティというものは、誰かからあてがわれて結成するものではないという、強い信念があったからである。

 自分には家族はいない。

 優秀な秘書やメイドはいても、友人はいない。

 ならば、自分の背中をたくす仲間くらいは、自分で見つけたいと思ったのである。

 約二年間の単独ソロ活動を経て、マジカンとその娘であるベリィが加わり、その後、幾人かの入れ替わりを経て、最終的には教団の幹部だったヌークを冒険者に復帰させ、仲間に加えた。

 “宵闇の剣”がこの四人になってから、迷宮探索の成果はより大きなものになった。

 しかしそれでも足りない。

 これでは無限迷宮を踏破クリアすることはできない。

 冒険者パーティが到達できる階層は、メンバーのギフトとパーティ戦略で決まる。そして、生還確率を上げるためには、レベルアップによる基本能力ステータスの補正が必要だ。

 パーティの安定感に不安のあった私は、地方の迷宮を巡り、迷宮核を入手することで、短期間での大幅なレベルアップを果たした。

 現在、マジカンがレベル十四。

 私とヌークがレベル十二。

 そして、ベリィがレベル十一である。

 いつの間にか冒険者パーティ番付表では、東の勇者に位置づけられるまでになっていた。

 やはり、大地母神ギャラティカのお告げは間違っていなかったと、驚喜乱舞した現神殿長は、これが自身に課せられた使命といわんばかりに、広報活動に力を注ぎ出した。

 女神から生まれ、その加護を受し黒姫。彼女を――そして大地母神教を信じれば、必ずや地の底に棲まう魔を滅ぼすことができるであろう。

 大地母神ギャラティカと、その娘黒姫を称えよ!

 冒険者ギルドもわるのりして、私の周囲はにわかに騒がしくなった。

 王都に住む有力者や著名人、さらには王侯貴族までもが、毎日のように晩餐会やダンスパーティの招待状を送りつけてくるようになったのである。

 教団や冒険者ギルドにも多大なる貢献きふをしている相手も多いので、無下に断るわけにもいかない。神殿長がつけてくれた執事兼秘書は、優秀だが融通のきかない女性で、「これも巫女としての義務なのです」などと言いながら、どんどんスケジュールを埋めていく。

 無限迷宮の到達階層記録を更新し、新たな迷宮泉オアシスを発見したときなどは、冒険者通りをパレードするという企画が勝手に計画されており、すんでのところでストップをかけたこともある。

 正直、少し――いや、かなりうんざりしていた。

 地方の迷宮探索をしていれば、そういった煩わしさから多少は解放される。タイロスの町に来た私は、少し浮かれ――あるいは感傷的になっていたのかもしれない。

 誰にも邪魔をされない自分だけの時間を持ちたかった。

 だから、到着早々、今日一日は自由時間と宣言して、好き勝手に動くことにした。

 案内人ギルドに顔を出したのは、単なる気まぐれである。

 初めての町なので、観光スポットも名物も分からない。事前に冒険者ギルドから案内人ギルドへ連絡がいっており、自分たちと組むシェルパが決まったという報告を受けていたから、他にすることもないし、挨拶がてら相手を見極めようと思ったのだ。

 紹介されたシェルパは、年齢的にも若く、体格的には頼りなく、型を取ったような笑顔を浮かべていた。

 信頼の置ける人間以外、本音を曝け出さない男なのだろう。

 だが、丁寧な物腰と言葉遣い、そして物怖じしない性格はわるくないと思った。

 もちろんそれは、仕事仲間として、である。

 育った環境がそうさせるのか、粗野で下品で不潔な――多くの冒険者たちがそうなのだが――男たちが、私は嫌いだった。

 かといって、最初から媚びへつらう態度をとる男たちも扱いに困る。

 欲をいうならば、常に冷静で衝動的にならず、頭の回転が速く、判断が的確で、なおかつ私にないものを持っていて欲しい。


「……姫さまのお好みは、難しいですねぇ」


 そう言ってため息をついたのは、忠実なるメイドのタエである。

 男性の好みを聞かれたから正直に答えただけなのだが、何故か呆れられてしまった。


「でも、いつかきっと、姫さまにふさわしい殿方ダーリンが現れますよ」


 別に現れなくても、問題はないのだが。

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