(3)食卓
“黄金四肢”ベリィ率いる二代目“ 宵闇の剣”が解散した後、長らく王都の冒険者たちを牽引してきたのは、 “蒼天明光”というパーティだった。
現在、冒険者番付上の第二位――“勇者”に次ぐ“英雄”と呼ばれる地位に序されている。
メンバー構成は七名で、軽戦士、遊撃手、癒し手、魔法使いと、攻守ともにバランスがとれている。状況に応じて様々なパーティ戦略を使い分ける万能型で、彼らを率いるリーダーのジェルドは、只者ではなかった。
聡明かつ公正。カリスマ性があり、パーティメンバーの人心を完全に掌握している。冒険者でありながら、彼は迷宮学や魔物学にも精通しており、独学で学士の資格を得ているほどであった。
二つ名は“教授”。
そんな彼であっても、冒険者ギルド長と一対一で話し合いをするとなれば、緊張もする。
「ギルド長。お忙しい中、急な要望を聞き入れていただき、ありがとうございます」
「気にしなくてもよい。君たち“蒼天明光”は、長年王都に貢献してきた冒険者パーティではないか。そのリーダーたる君が、直接私に話があるというのだから、無視するわけにはいくまいよ」
冒険者ギルド内にある応接室。ジェルドの向い側のソファーに身を沈めているのは、王都の冒険者ギルド長を務めるヌークだった。浅黒い肌を持つ禿頭の中年男で、置き物のように座っているだけでも貫禄がある。
やや重苦しい空気を払拭するかのように、ジェルドはテーブルの上のお茶を口に含んだ。
「あ、先日“司祭”になられたということで。お慶び申し上げます」
「過分な身分ではあるがな」
「そんな。僭越ながら、個人的には遅すぎるくらいだと思いますよ」
王都の冒険者ギルド長は、大地母神教の聖職者が就任する慣例になっている。冒険者上がりの聖職者が就くことが多いのだが、“迷宮”という汚れを浴びる身という考えから、冒険者を兼務する聖職者は出世が遅いとされていた。そんな中、ヌークは異例の昇進を果たしたのだ。
「そんなことよりも、ジェルド君。君の話を聞こうではないか」
「はい。実は、とある噂を耳にしまして」
やや居住まいを正してから、ジェルドは話を始めた。
噂とは、間もなく冒険者番付上位“の冒険者パーティと上級案内人たちによる、かつてない規模の群組隊が結成され、無限迷宮への大遠征が行われるというものであった。
そんな計画に参加できるということは、冒険者としては名誉なことではあるのが、ひとつ大きな問題があった。
「無限迷宮の地下八十階層へと赴き、“収集家”と呼ばれる階層主によって囚われている冒険者たちを救い出す。いささか無謀かと思われるこの計画」
かなり控えめな表現を、ジェルドは使った。
「冒険者ギルド長による“強制案件”になるという噂は、本当でしょうか?」
「事実だ」
意外なほどあっさりと、ヌークは認めた。それがどうしたという揺るぎない態度に、ジェルドは怯みかけた。
「それで、作戦統制権は?」
「君も承知しているだろう。慣例通り、最も序列の高い冒険者パーティに与えられる」
つまりは、番付一位である“勇者”に叙されている“ 暁の鞘“だ。
「無謀です!」
十分に勝算のある根拠を持った上で、ジェルドは強気に訴えかけた。
「“暁の鞘“のパーティメンバーは、全員が十代半ばの新人ではないですか! まだ経験の浅い彼女たちが、適切な判断を下せるはずがない。他の冒険者パーティも同じ意見のはずです」
ジェルドの懸念はここにあった。
事実上、“強制案件”を逃れる術はない。ただ、作戦中の――特に、撤退の時期についての決定権を与えられない場合、致命的な損失を被る可能性がある。
「心配は無用だ。“賢者”マジカン殿と、“ 黄金四肢“ベリィが現役復帰し、“暁の鞘”に加わったからな」
「……!」
その冒険者の名を、ジェルドは知っていた。彼にとって、憧れの存在でもあったからだ。
「か、かなりの引退期間が――」
「ベリィはともかく、マジカン殿は四度目の復帰だ。心配はなかろう」
「し、しかし!」
珍しいことに精神を乱されながらも、ジェルドは反論を試みた。
「お、おふたりは、その。元“ 宵闇の剣“のパーティメンバーではないですか。噂によれば、彼らのリーダーだった“ 死霊使い”も、“ 収集家”によって捉えられているとのこと。冷静な判断が下せるとはとても――」
「問題はない。私がそう判断した」
あんたも、“宵闇の剣”の一員だっただろうが!
込み上げてきた罵声の言葉を、かろうじてジェルドは飲み込んだ。
構わず、ヌークが追い込んでくる。
「彼らの実力に問題があると思うのであれば、君自身が直接確認してはどうかね?」
できるわけがなかった。
冒険者にとっては、実績――つまり迷宮における到達階層こそがすべてである。かつて地下八十階層へ辿り着いた伝説の冒険者たちに、今のジェルドが意見することなど出来はしない。
詰んでいたのだと、ジェルドは悟った。
おそらく、冒険者番付において“蒼天明光”が二位に転落した、その時すでに。
沈黙するジェルドに、ヌークは何故か同情じみた視線を向けた。
「しかし。君が望むのであれば、別の道を提示することもできる」
「……え?」
「とある地方にある古い迷宮が、“終焉”らしき兆候を見せたという情報が入ってな。至急確認する必要が出てきたのだ。その仕事を、君たち“蒼天明光”に頼みたい。こちらも“強制案件”になる予定だ」
つまり、これまで積み上げてきた名声を損なうことなく、合法的に危機を脱出することができる。
ジェルドは、その意図をはかりかねた。
「むろん。この依頼が正式に告示されるまでは、誰にも漏らしてはならない」
地下八十階層へと赴き、“収集家”に囚われた冒険者たちを助け出す――この作戦については、すでに広く噂が流れている。実のところ、番付上位の他の冒険者パーティにせっつかれる形で、真偽のほどをジェルドが確認しにきたのであった。
仮にヌークの提案を受けた場合、彼らに対して、自分はどう説明するべきか。
冒険者ギルドと共謀関係になるわけだから、知らぬ存ぜぬで通すしかない。
つまりは、そういうことであった。
ヌークが最も恐れているのは、番付上位の冒険者パーティらが結束し、“強制案件”が発令される前に、異を唱えられること。
そこに、楔を打ち込もうというのだ。
しかしこの提案、あまりにも準備が良すぎるように思えた。
実のところ、すでに食卓は整えられており、自分はただ招待されただけではないのか。まさかとは思うが、故意に作戦の噂を流すことで、自分の行動を促したのではあるまいか。
ありえない妄想に囚われながらも、ジェルドは必死に思考を働かせ、可能性を検討し、損得を勘案した上で、結論を下した。
「“終焉”の調査に関する依頼を、お受けします」
「うむ」
確かなことがひとつある。
このギルド長とだけは、決して敵対すべきではないということだ。
決断を下したことで少し気が楽になったのか、ジェルドには他の冒険者パーティを心配する余裕が出てきた。
「しかし、大丈夫でしょうか。蒼天明光が参加しなければ、作戦そのものの成功率が下がってしまうはず。僭越ながら、本末転倒ではないでしょうか?」
「その通りだと、私も思うのだがな」
ヌークはため息をつくと、
「君たちは」
まるで他人事のように、意味不明なことを呟くのであった。
「“馬鹿”にはなれない。と、言うのだ」




