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――砲弾蔓。
タイロス迷宮に限らず、多くの迷宮の浅階層に広範囲に渡って生息する、植物系の魔物である。
筒状の莢から種を“投擲”して冒険者たちを襲うのだが、その威力は小さい上に自力で動くことができないため、無視してもさして問題はない。
しかし、成果品として“夜の種”を落とすことがあり、これが滋養強壮の秘薬として、ちまたでは高値で取り引きされていた。
冒険者たちの間では、“ラッキー砲”と呼ばれている魔物でもある。
もちろん、上級冒険者たちにとっても懐かしい思い出での魔物あり、ひょんなことから砲弾蔓を見かけたら、つい殲滅したくなる衝動が沸き起こるのも無理のないことだろう。
地下四十八階層。
光苔は魔素を養分としているため、その濃度が濃い下層になればなるほど増殖し、光が強くなる。
足元などは踝が埋まるほどの光苔が生えていて、柔らかく、移動しづらい。淡い青色の光を放つ羽虫のような小さな生き物が、ふわりふわりと宙を舞っていた。
「もうあんたは役立たずだからね。でしゃばるんじゃないわよ」
勝ち誇ったようにベリィが宣言し、ロウは素直に頷いた。
未踏破階層については、地図情報がない。道案内はできないし、魔物たちについても新種が出てくる可能性がある。これまでの階層から出現する魔物の傾向としてはある程度予測がつけられるが、中途半端な助言はパーティを苦境に導く危険性があった。
未踏破階層では冒険者たちの感性を優先させるというのが、この業界での常識だ。
何しろ迷宮核をふたつも入手した当代最強の冒険者パーティである。不測の事態が起こった場合の対処については慣れているだろう。
ロウはそう判断し、地図作成に専念することにした。
パーティの殿を務めるユイカは、すぐ前にいるロウに気安く話しかけてくる。
すでに攻略された迷宮の深階層についての情報は、ロウにとっても貴重なものだった。
「魔鍛冶師は、おそらく最下層かその前にいるだろう」
「下級魔族の一種だと聞きましたが?」
「ああ、中身は警備隊と同じはずだ。ただし、装備品の格が違う」
魔鍛冶師は迷宮から発掘される鉱石を元に、魔物たちの装備品を打つ。中にはギフトを封緘し、特殊な効果をもたらすものもあるという。いわゆる魔法製品である。魔鍛冶師自身が身につけるものは、最も出来のよい武器防具のはずだ。
「高く売れそうですね」
「その筋の収集家にはな」
“下級悪魔”の体格は人間に近い。寸法的には冒険者が使えるものもあるが、そう簡単には流用できない。魔鍛冶師の作る魔法製品には、大抵呪いがかかっているという。重量が倍増したり、体力や魔力が少しずつ吸い取られたりと、その効果は様々だ。
迷宮内で装備している魔物たちにも同様の呪いがかかるはずだが、魔物は特殊なパッシブギフトを持つものも多いので、相殺しているのではないかという推測がなされていた。
「中には、一度装備すると手が離れなくなる両手持ちの武器もあったらしいぞ。まあ、うちの場合はマジカンの“鑑定”があるから、問題はないわけだが」
「そんな呪いにかかったら、日常生活は大変ですね」
ひとりでは食事もできないし、トイレにもいけない。
「魔鍛冶師を倒せば、いよいよ迷宮主――タイロス竜とのご対面だ」
迷宮最後の守護者でもあるその存在は、迷宮核に繋がる広間に陣取っているという。竜と名付けられてはいるが、その種族は不明。報告されている迷宮主の情報を集約しても、統一性が見られないからだ。
ただし、圧倒的に強い。
迷宮内最強の魔物であることだけは、間違いないようだ。
「今回は無理かもしれないが、次かその次――ロウも目にすることができるはずだ」
「……喜ぶと思ってるんですか?」
「ふふ、そうだったな、すまない」
そんな雑談を交わしながら通路を探索していくと、目の前が開け、広間に行き着いた。
「――あ、迷宮泉だ」
少々間の抜けた声で、先を行くベリィが呟いた。
地下四十八階層に下りて最初に入った広間が、目標とする迷宮泉だったのである。
地下四十四階層から四十七階層にかけての探索では、過去五年かけても見つからなかったものが、すぐ目の前にあった。
「迷宮とは、こういうものだ」
もっともらしくまとめたのは、ヌークである。
やや遅れてきた喜びをかみ締めるように、ベリィが歓声を上げながら飛び跳ねた。
「ほっ、虹草が生えとるの」
マジカンが目ざとく見つけた。
迷宮泉の縁のところに、文字通り虹色に輝く草が大量に生えていた。マナポーションに換算すれば、数十本分。それほどの虹草が群生していたのである。
パーティ内のテンションは最高潮に達したが、一方で、奇妙な物体も発見した。
広間の広さは、大地母神の神殿が収まるくらい。七割が泉になっていて、その上を覆うように、巨大な球状の塊が浮かんでいたのだ。
ユイカが魔物たちを広間の出口付近に配置し、それから全員で球状の塊を観察した。
「植物……いや、これ――砲弾蔓じゃない!」
さらに興奮したようにベリィが叫ぶ。
縞模様の茎と、特徴的な筒状の莢。蔦が絡み合い、網目状になっている。
空中に浮かんでいるわけではなく、蔦と根が迷宮泉の縁と天井に張り付き、その中間部分に無数の莢と蔦と葉が球状に密集していたのだ。
「ねぇ、姫。目標を達成したんだから、もう帰るんでしょ?」
「そうだな。ひと休みしてから、帰還の準備をしようか。やや拍子抜けだが、大きな発見もあった」
「じゃあ、こいつらも狩っちゃおうよ」
砲弾蔓は不用意に近づいたり、衝撃を与えると、筒状の莢から丸い種を“投擲”する。たが、種はそれほど硬くないし、飛んでくる方向も見切りやすい。
経験値はないに等しいが、成果品である“夜の種”は、希少価値が高い。
冒険者ギルドが発行している成果品図鑑によると、“夜の種”の出現確率は、砲弾蔓の莢ひとつに対して、約五%。千個の莢があれば、五十個の“夜の種”が収穫できる計算だ。
そして、この砲弾蔓の巨大な玉には、それ以上の数の莢がたわわに実っていたのである。
虹草と比べれば大した利益にはならないだろう。しかし、迷宮泉に入った安堵感と、思わぬところで“ラッキー砲”を発見した喜びが、ベリィの行動を後押しした。
一方のロウも、もの珍しそうに砲弾蔓を観察していた。
魔物たちは水を嫌うものだが、この魔物は例外のようだ。
植物系の魔物は、通常の魔物よりも危険度は低いが、粘着力のある触手で絡めたり、毒の刺を指したりと、性質のわるいものもいるので油断はできない。しかし、天井や地面、壁から生えてくるので、行動範囲は狭い。
冒険者たちを襲うというよりも、トラップ的な役割を果たしている魔物だった。
しかし、奇妙なことだ。
これほどの深階層に、なぜ砲弾蔓が生息しているのだろう。
たとえば、浅階層に棲む魔物が、中階層よりも下層に出現することはない。
その逆はある。階層主だ。
この法則は植物系の魔物であっても、適用されるはずであった。
しかし、どこからどう見ても、これは砲弾蔓――
「……うん?」
――違う。
葉の形が、微妙に違う。
砲弾蔓の葉は、もっと丸みを帯びている。
莢の先に、小さな刺のようなものがついている。
「これ、砲弾蔓じゃありません」
ロウの警告は間に合わなかった。
童心に返ったような得意げな顔でベリィが曲刀をふるい、ちょうど莢をひとつ切り落としたところだった。
「……へ?」
蔦と葉に雷のような白い光の線が走り、巨大な球の全体を覆う。
球体がぶるりと震え、次の瞬間――
甲高い破裂音とともに、すべての莢が一斉に爆発したのである。




