ケータイVSリンちゃん先輩
リンちゃん先輩は、間が悪い。
それは自他ともに認めることであり、笑って済ませられる軽いこともあれば時には「なんでそこでそうなっちゃったの?!」と口をあんぐりさせてことも多々起こる。
聞かなくてもいいウワサを耳にしてしまったり、隠れているところからのそのそ出ていけない状況になってしまったり。
それと決まってリンちゃん先輩が誰かの悪口を言う時には、本人が物陰から登場してくる。この確率が極めて高い。
普段はリンちゃん先輩だって悪口なんか言わないくせに、時々冗談交じりに軽口を叩いた時に限ってほぼ百パーセント本人、あるいはそんなつまらない話を聞かれたくないリンちゃん先輩の上司や上役に聞かれているのだ。実に可哀想である。
どちらが? と尋ねられればそれまでだが……
さてこの間、リンちゃん先輩はいたくご立腹なご様子で休憩室に入ってきた。
荒々しく扉をしめて座る。負のオーラを纏っているリンちゃん先輩は私にとって恐怖であり、経験上「なにか私が悪いことをしたんですよね?! きっとそうですよね……?!」という気分になる。
「ねえ、聞いてよ莉奈ちゃん! ほんっとに腹立つんだけど! あったまきた!」
と言われたので、とりあえず自分が原因ではない事を確認して安堵し(それはおくびにも出さず)どうしたんですか? と聞いてみた。
リンちゃん先輩はいじっていたケータイをダンッ、と机の上に置き、据わった目でこちらを睨む。(まじ怖え……)
「カズの馬鹿野郎がさ」
仕事の同僚の愚痴だった……よかった……いや良くないけど……
そこからは愚痴の嵐、嵐。聞いたところだけだとやはり普段の業務態度から相当不満が溜まっているようで、今回の一件でぷっつん切れてしまったようだ。
「んでこっからが本題なの!」
まだ本題じゃなかったんかい。
仕事も終わって帰るところだったので、寮でも聞けるが全部ここで吐き出させた方が無難だろう、と思い続きを促した。
「~でー、それで谷原のヤローが……」
おっとうちのリーダーの名前も出てきたぞ……これは本格的にキレてるゲージMAXかも……?
一通り吐き出したリンちゃん先輩は、酒ならぬただのペットボトル水をぐびっと飲み干してふう、とため息をついた。
「ほんっと、どいつもこいつも」
この単語が出てくる時は、リンちゃん先輩の怒り度が沸点を超えている象徴だ。
私は彼女を刺激しないように宥めながら、家路についたのであった。
☆☆☆
翌朝。
「ああ鈴ちゃん? おはよう」
「ふ、副社長?! お、おはようございます」
直接話しかけられるなんて何だろう、私はどんな失態を犯したのだろうとどぎまぎするリンちゃん先輩を他所に、いつも温厚で明るい副社長はにこにこしながらこう告げた。
「昨日、電話ありがとうな」
「で、でんわ……」
「なんやえらい怒っとったけど、大丈夫か?」
「え、電話?!」
「そやなー、七時頃だったかなあ。突然鈴ちゃんから電話があってな、出たんやけどあなたの怒り声と愚痴しか聞こえへんかったのよー。間違い電話かしら?」
ぴしり、とリンちゃん先輩は固まった。
(あの話を莉奈ちゃんにする直前、私はたしかケータイをいじってて……昨日の最終通話履歴は仕事のことで直接かかってきた副社長からの電話で……)
さああああ、と血の気が引く。
「も、申し訳ございません! 間違い電話です!」
「あらそう。なら良かったんやけど。まあ」
人にも一つや二つくらい間違いはあるからなあ、と笑った後、副社長は笑顔でこう付け加えた。
「そんなに怒りなさんなや?」
「も、申し訳ございません……」