エレベーターVSリンちゃん先輩
「あの、すごく言いにくいんですが」
「おー莉奈ちゃん。やっほー、今昼休み?」
「あ、はい」
これもまた店頭時代の話だ。
私がお昼時を避けて遅めのごはんを買いに行った時のこと。
「このチョコレートのポップ、綴り間違ってませんか……?」
「えー、ウソ!」
「チョコレートじゃなくて、ココレートになってます」
あらら、ほんとだ、とリンちゃん先輩は私が指摘した箇所まで見に来て頭を抱えた。
彼女は絵が好きな分、上手だ。故にポップの字体なども可愛く、イラスト付きでデザインも可愛い目を引くものを描く。それが今の企画部に引き抜かれた理由のうちのひとつだったりする。
「あたし、スッゴく英語が苦手でさあ……」
高校時代の英語の成績は2だったというリンちゃん先輩。
「高校の2なんて実質の1みたいなもんじゃん? ほんっとに点数が悪くて、理科が無かったら進級出来なかったよ」
新しい紙を出してきてポップを書き直す。今度は念のためスマホで綴りを調べ直してから筆をとった。
「高校の時、英単語のテストで10点満点のテストがあったの。英語を日本語に訳すテストだったんだけど、エレベーターをエベレーターって書いてて、ほぼ満点だったのにそれで減点されたんだよね。ほんとショックで」
「あー、その程度のボケなら私もよくやらかしますよ?」
よって人のことは笑えない。
「ていうか今の話に『英語が苦手』ていう要素関係なかったような気が?」
「あ、そうね」
親指を立ててナイスつっこみ! と言っている場合ではない。
「あ、エベレーターで思い出した」
とこれまたおかしな話をしてくれた。
「こないだね、高級デパートのエベレーターに乗ったの」
「はあ」
エベレーター定着しちゃってるよ。
「あ、間違えた、エレベーター」
「今の素で間違えたんだ?!」
「それでー、ほら、エレベーターの開閉ボタンって緊急時の通話ボタンと近いところにあるじゃない?」
「はい」
「たまたまあたし、行き先階ボタンの近くに押しやられちゃったからボタンで開け閉めやってたのね、人が多くてぎゅうぎゅう詰めだったから」
……まさか?
「そしたらね、わざとじゃないんだけど、その電話マークのほうを押しちゃって」
「まじですか?! ほんとにそれやっちゃう人いるんだ?!」
驚きを通り越して呆れる。
「回線の向こう側でね、女の人が『はい! ○○センターです! どうされましたか?』って言うわけ、でもあたしさすがに恥ずかしくって返事が出来なくて」
「間違えそうだなって思う時はあるけど、ほんとにやる人がいるとは……」
「そしたらお姉さん、返事がないもんだから余計焦っちゃってね。『もしもし! どうされましたか!! 応えてください! もしもし!』って言うの、周りの人の目は痛いしどうしていいかわかんなくって……」
うん。
どっちも可哀想になってきた。
「 もうどうしようもないから、『すみません間違えました!』って叫んでそっぽ向いちゃった」
「それは……ご愁傷さまでした」
「絶対この話エレベーターに乗ってた人全員が家に帰って家族にしゃべってると思う」
「そりゃ絶対ですね」
思い出しちゃったよ、そう言ってうなだれた先輩を慰める術を、私は持たなかった。