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新学期と距離感と俺

 春休みといえど、俺の日常は変わらない。彼女がいるわけでもなし、バイトと予備校と家、たまに学校を往復するだけのものだ。だが今日は、宮代の家に来た。

「あー……彼女欲しー……。彼女を家に招きたい」

「うるさい。悪かったな」

 一応勉強しに来たというのに、招いたはずの宮代はこれだ。余裕過ぎて腹立つ。

「せめて見ろよ、これ。約束通り借りてやったんだぞ、兄貴のおすすめ」

「約束してねぇし、見なくても生きてけるし」

 数学の問題集に目を落とす俺の前で、宮代が二番目の兄、慎さんから借りたブツを振って見せる。目線を上げたところで、俺のツボは心得てないため全くそそられない。

「……伊東さ、不能とかじゃないよな」

「死ね。お前ほど女の子に夢も見てないし、俺は別に巨乳好きじゃないの」

 宮代は再び不満そうに口を尖らせ、「まあ俺も興味無いけど」と持っていたエロ本を無造作に放った。この無駄に要領がいいチャラ男は、本当に慎さんと自分のおすすめのエロ本を用意して俺を呼んだのだ。なぜこんな奴が成績がいいのか、テストで滅多に勝てないのか、考えるのはもう中学の時に止めている。

「あ、じゃあこれ。俺のおすすめ」

 次に宮代がちらつかせたのは、制服特集だった。しかし、見せつけられたどのページでも、ちゃんと制服を着ている者はいない。

「結局脱いでるんだから一緒だろ。邪魔すんな」

「はぁ!? お前制服バカにすんなよ!? ブラウスのボタン一個一個外すのと、セーラー服まくり上げんのはかなり違うからな!」

「知らねぇよ」

 ちなみに、宮代は俺が来てから一度も参考書やノートを開いていない。いっそ落ちてしまえと、来年の宮代に呪いをかけながら、練習問題で解き方を確認している時だった。

「悟、入るよ」

 穏やかな声とともに入ってきたのは、宮代家長男、涼さんだ。休みだからと出かけていると聞いたが、帰ってきたんだろうか。

「あ、夕君いらっしゃい」

「お久しぶりです。こないだはありがとうございました」

「こないだ……ああ、あの写真か。あれ面白かったねぇ。へったくそ過ぎて、しばらく笑い止まんなかったよ。結局どうなったの?」

 是非にその爆笑シーンを見たかったと思いながら、解決したことを報告する。すると涼さんは笑ったまま言った。

「そっかぁ。解決してなかったら、そんなバカなことした奴に目に物見せてやろうと思ったんだけど、残念。でも良かったねぇ」

「……はい」

 具体的に何する気だったんだろうか、気になったが聞かない方がいい気もした。やっぱりこいつや慎さんの兄貴だったかと、制服特集を見て脂下がる幼馴染を横目で見た。

「そうそう、悟。慎が奪ったもの返せとか喚いてるよ」

「え、何それ? 俺別に兄貴から盗るものなんて何もないんだけど」

「それじゃない?」

 涼さんがベッドの上のブツを指した。宮代もそちらを見てから、「ああ、あれ」と呟く。

「あれ、普通に借りたんだけど、昨日。兄貴とうとうボケた?」

「今日も喧嘩して帰ってきたみたいだからね。打ち所悪かったのかな」

 さりげなくひどい兄弟の会話を聞きながら、練習問題から演習に移った。得心したように頷いた涼さんは、しかし件の慎さんの愛読書には一切手を触れない。

「それより悟、夕君は勉強してるんだから、お前も勉強しないと。悟だけ大学落ちてプー太郎になって、路頭に迷った挙句誰にも看取られず朽ちていくことになるよ」

「待って、大学落ちるだけでそんなにお先真っ暗になるの!? 一年ぐらい浪人はありだよね!?」

「母さんが許さないと思うなぁ。それに、そんなつもりでやってたらいつまで経ってもプーのまんまだよ? 夕君みたいに、お金と時間を無駄にしないって気持ちで挑まないと」

 社会人の言葉は重かったか、宮代が渋々参考書をカバンから取り出す。まずカバンから出してすらいなかったことが、俺には信じられない。

「夕君も、不出来な弟だけど、これからもよろしく。ああ、だめだと思ったら見捨てていいからね」

「はい、そのうち見捨てます」

「伊東!? なんで見捨てること確定!? 幼稚園からの腐れ縁大事にしろよ!」

「縁が腐ってるんだから、そのまま腐り落ちる前に切っとかないとだろ?」

「あ、確かに」

「兄ちゃんも納得しないで!」

 ぎゃあぎゃあと喚く宮代を放置し、涼さんに分からないところを教えてもらう。涼さんの解説に納得したところで秘蔵のエロ本が無いと騒いでいたらしい慎さんが乱入してきて、結局その日は勉強どころではなくなった。


               * * *


 ついに宮代にも俺にも彼女ができることなどなく、春休みは終わった。

「うっうっ……ナンパしまくったのに……」

「どうでもいいが、俺を二度と誘うなよ。誘ってきた時点で慎さんと涼さんに言いつけるからな」

 俺の人生で一二を争うレベルの黒歴史になったナンパについては、誰に何と言われようと語るつもりはない。宮代のフラれる様を間近で見て写真を撮り、笑い者にしてやろうとしたのが間違いだった。

 同じく黒歴史を作ってしまったはずの宮代は、しかしめげる様子は無い。

「ま、まあいいさ。明日は入学式だ、初々しい新入生が最上級生の優しさに惚れないとも限らない。明日は学校中を徘徊してれば、迷子の女子と遭遇するかもしれないよな。というわけで伊東、」

「通報決定」

「止めてぇぇぇっ! 特に兄ちゃんは止めて! ナンパ行った後兄ちゃんに慰めてもらおうとしたら、死ぬほど冷たい目で見られたんだよ!!」

 尚のこと、涼さんにだけでも通報すべきだと思ったので、教室に入った時点でメールしておくことにしよう。

 うちの高校は、二年から三年に上がる時のクラス替えは基本的に無い。ただ、本人の希望などから少し入れ替わることがあったりするので、毎年クラス表は貼り出されている。

「あ、伊東、宮代。おはよう」

「おはよう、大原。背ぇ縮んだ?」

「てめぇぇぇぇっ!」

 性懲りも無く大原をからかった巨人に小人が飛びかかる。

「お前らうるさい。てか迷惑」

「だって宮代が!」

「だって大原がちっさいのが悪い」

「宮代は近い内友達いなくなるし、その時嘲笑ってやれ、大原」

「何で確定なんだよっ!? お前は一生友達だろ!?」

「最近考え直すことが多くなってな。お前みたいなやつと友達でいたら、黒歴史を量産するだけなんじゃないか、とか」

 黒歴史量産機として生を受けたんじゃないかと思うほど、知り合ってから現在に至るまでやらかしまくっている宮代。中二病をこじらせて一人で苦しみ続けるならいいのだが、患う気配がない代わりに、こいつは平気で人を巻き込むのである。慎さんのように本能のまま振る舞うバカもめんどくさいが、頭のいい宮代(バカ)もまた、扱いに困る。

 宮代と大原の、果てしなくどうでもいい争いに巻き込まれないよう少し離れてから、クラス表を見上げる。一人、見知った名前が無くなっている。代わりに追加されている名前は同じ理系クラスである一組から一人、たまに選択の授業で一緒になる奴だった。俺のクラスから異動になったのは篠田という男子だ。ノリも良く、爽やかな男で、結構気が合ったのでちょっと寂しいような。

 ぽん、と肩を叩かれる。

「おはよー、伊東」

「おはよう、笹木。新しく増えてたぞ、一人」

「マジでっ!?」

 宮代同様飢えている笹木に異動があったことを教えてやると、眠たげな様子はどこへやら、勢いよく食いついた。俺は別に女子が増えたとは言っていないのに。冷めた目で見る俺の前で、笹木がみるみる萎れた。

「女の子じゃないじゃんかー! 期待させんなよ伊東!!」

「知らねぇよ。何も言ってないのに期待したお前が悪い」

 朝からころころと表情を変える奴である。こんな事でそんなに体力を使わんでも。野生の獣のごとく俺を睨んで唸る笹木を見て見ぬ振りし、話題を変える。

「つーか、篠田一組に移ったんだな」

「篠田はどうでもいい。女の子を……っ!」

「お前のそういうとこがモテないんだと思う」

 結局女子は、こういうがっついた男よりも真下のような、一見興味はありません、でも押せば行けますよって感じの男がいいんだろう。現に、がっつくバカ共ではなく真下に彼女がいて、その二歳年上の彼女とは関西に進学した後でも続いている。彼女を作るためにまずどうすべきか、どう振る舞うべきか、俺はこの友人達から学んでいるが、反面教師にされているとは知らないこいつらは、全く進歩する様子が無い。がっつくぐらいなら真下を見習えばいいのに。

「あ、でも篠田いなくなったの痛いな。球技大会とかどうすんだよ」

「頑張れでくの坊」

「伊東? それ役立たずって意味だよな? 俺ちゃんと知ってるんだぞっ?」

「ハイハイスミマセンデシター」

 もちろん、反省する気は一切無い。

「よお、何あれ。何でまた小人が逆らってんだよ?」

「あ、真下、おはよう」

 真下が挨拶もそこそこに指した先では、まだ大原と宮代が喧嘩していた。取っ組み合いにまで発展するのは、まあ宮代が悪いので思う存分やってしまえとは思うが、制服しっわしわになってるのはいただけない。アイロンをかける身としては勘弁してほしい話だ。

「また宮代が大原の身長からかったんだよ」

「あいつ、何で成績いいのにあんなバカなの?」

「血筋じゃね? あいつの兄弟、一番上の兄ちゃんしかまともじゃないし」

 これを言うとものすごく嫌がるが、やっぱり慎さんと宮代は似ている。あの二人の兄弟喧嘩が絶えないのも、きっと同族嫌悪によるものだろう。

「ほっといて行こうぜ」

 笹木の言葉に、俺達は教室へと向かった。


               * * *


「おい伊東、次」

「ああ」

 今日は身体測定と体力測定を行っている。体育館では身長、体重、上体起こしや反復横跳びなど、たくさんの項目が一度に埋められるようになっているので、まずここに来る奴が多く、混み合っていた。順番が回ってきて身長を測る。結果が書き込まれた紙を見ると、喜ばしいことに、身長が少し伸びていた。

「どうだった?」

「百七十六。まだ伸びてるし、お前らを見下ろす日が来るのが楽しみだよ」

「そっか、ちなみに俺、百八十八だったわ」

「………………」

 しれっと笹木に希望を打ち砕かれた。

「それよりさ、宮代と真下も来たみたいだぜ」

「じゃあ合流するかー」

 大原が笹木に応じる。そういえば、大原は結局何センチなんだろうか。

「よー、身長どうだった?」

「俺も伊東も伸びてた。けどさぁ、たった三センチ伸びただけでいつか俺達を見下ろす気らしいぜ」

「うわ、無謀な……諦めろよ、夢の中で妄想してろって」

「真下、せめて笑え。真顔で言われると傷が深い」

 巨人族のデリカシーの無さには恐れ入る。いや、こいつらがでかすぎるだけだからな? 俺だって一応長身の部類には入るはずだからな?

「で、だ」

「大原は何センチだった?」

 ぎくっと、大原が分かりやすく反応し、結果表を後ろ手に隠す。一対一だったなら奪うのに手間取っただろうが、残念ながら四対一、しかもうち三人は百八十越えである。

「もーらいっ」

「あっ、宮代、てめっ!」

「どれどれー……」

 宮代が頭より上に結果表をかざし、みんなで見る。その分下に注意が向いていなかったので、取り返そうとぴょんぴょん跳ねる大原に足を踏まれた。

「ってぇな!」

「お前らがっ、悪いっ! 死ね巨人共!」

「あーもー、俺結局見えなかった。結局小人は何センチなんだよ?」

 無言のまま目線と結果表を下げた巨人族に尋ねると、やっぱり無言のまま結果表を手渡された。小人が悪あがきを続ける中、見たその数値は。

「……」

「かーえーせーっ!」

「……大原」

「な、なんだよ。素直に返してきやがって」

「いや、うん。何かごめん」

「何だどういう意味だコノヤローっ!」

 百六十七.七センチ。それ自体は今後に期待というべきものだったが、問題は去年の結果の方だった。百六十七.三センチから、一年間で四ミリ。可哀想に、と言うべきか、諦めろ、と言うべきか。再び俺達にぴょんぴょん跳ねながら怒り始めた大原の頭を、それぞれ撫でてから次へと向かった。

「あ、上村。上体起こしの係ってことは、上村が足押さえてくれんの!?」

 上村という、同じクラスの女子が上体起こしの受付をしていた。そういえば、体育委員だっけか。俺はよく彼女と日直になるので、クラスで一番話すことの多い女子だ。ちなみに二年の終わりに、よくバイトを理由に日直の仕事の一部を押し付けていたことを謝ったところ、「伊東、ちゃんと気づける人だったんだね、見直したよ」と言われた。一体彼女の中での俺の評価はどうなっていたのか気になったが、つついたらつついたで後悔しそうなので触れないようにしている。

 バカなことを言った笹木に、上村は笑っているようで笑っていない、奇妙な笑顔を向けた。

「残念、そんなご褒美くれてやる義理はないわ」

「うっ上村さん……笑顔が怖いっす……」

 どうやら機嫌を悪くさせたらしい、ざまぁみろ。

「そんなことあんたにしてくれる優しい女子なんて、この世にはいないわ。夢を見ても無駄よ」

「ちょっ、せめてこの学校にはって言ってよ、俺の未来潰さないでよ!」

「あいつと同じこと言ってたら、あんたの望む未来は来ないね」

 いっそ清々しいほどにあっさりと笹木の未来を潰しながら、上村はペンで俺が立っている方を指し示す。

「え、俺?」

「伊東はこの中だとまだマシな部類だから関係無いわ。一歩横に移動して?」

 これ以上上村の心証を悪くしたくない俺は、素直に横に移動する。そして振り返ったその先には、篠田と入れ替わりで二組に移ってきた、柏原という男子だ。決して悪い奴ではないと思うのだが、人との距離の詰め方が、男の俺でもどうかと思う程すごい。なんというか、受験生はそんな二週間に一回ぐらいの頻度では遊べないはずなのに、いろんな奴に声をかけて遊びに行っている。

「ああ、あいつか」

「てかちょっと待って、足押さえてくれるのって言っただけでパーソナルスペース全無視野郎と同類!? 厳しすぎやしませんか上村さん!?」

「そう? こんなものよ。というか、パーソナルスペースなんて言葉、知ってたのね。意外だったわ」

 さばさばした子であるのは知っているので俺は違和感無いが、女子という生き物に夢を見すぎている笹木、大原、宮代は床に這いつくばり呻く。

「上村、こいつらと一緒にしてくれるなよ」

「俺もだ。俺は彼女にしかそんなこと言わないぞ」

「そう。じゃあ二人、どっちかでもいいから助けてきてあげて。特に朱莉ちゃん」

 聞き覚えのある名前に慌ててもう一度絡まれている女子を見ると、一際小柄な女子が、ぐいぐい自分の領域に入ってくる男に怯えて、さらにその身を縮こまらせている。間違いようもない、三島さんだ。彼女を庇うように知らない女子が立って何か言っているが、旗色は悪そうである。真下と頷き合い、二人を助けに行く。

「三島さん」

 真下よりは三島さんと関わりのある俺が、声をかける。もう一押しで泣き出しそうな顔が俺に向けられた。中二の時、俺自身が彼女に同じような顔をさせた苦い思い出が蘇る。あまり直視しないよう顔を背け、代わりに柏原の顔を見た。柏原はといえば、俺の後ろに控える長身の真下にビビらないどころか、なぜか目を輝かせる。

「あ、伊東君、だよな? もしよかったらさ、この二人とカラオケでも行こうかと思うんだけど、一緒にどう? そっちの君も」

「悪いな、バイトしまくってるし、俺志望校ちょっと無理しないといけないからやめとく。この二人に用があるって人がいるから呼びに来たんだ。ほら、二人とも」

「う、うん」

 三島さんが疑いもなく俺と真下の方に寄って来る。その後にもう一人の女子が続いた。若干俺ではなく真下の方に三島さんが近づいているのは、ちょっとへこむがそんなことは言っていられない。「そっか、じゃあまたな」と、俺の事情を鑑みてくれてるのかいないのか分からない言葉と共に、柏原が諦めてどこかへ消えた。

「お帰り、恨まれた?」

「笑顔で言うことじゃないだろ……。カラオケ行かないかって言われたからバイトと勉強言い訳に逃げてきた。そしたらじゃあまたなって言われたのは、どういう意味だと思う?」

「そのままでしょ。彼ね、食いついたらとことんしつこいらしいから。女子が何人か、彼の誘いがしつこいって音を上げてたし、とりあえずアドレス交換するのは止めといたらマシだと思うわよ」

 上村のありがたーい助言に素直に頷くと、後ろから遠慮がちに声がかけられた。

「あの、用事って……?」

「ああ、嘘。そうでも言わないと、あいつ納得しなかっただろうし。悪い」

 事態がうまく呑み込めなかったらしい三島さんに、上村が重ねて説明する。ようやくさっき俺が嘘をついた理由が分かったところで、彼女達が示した反応は正反対のものだった。

「ありがとう、伊東君。と……ごめんなさい」

「三組の真下。俺は威嚇してただけだから別に」

「威嚇してくれた方が助かったわ。口先だけの男なんて役に立たないもの。もうちょっとで撃退できたのに」

 名も知らない女子に、ものすごい目つきで睨まれた。三島さんにそう言われるなら、辛いが心当たりが無いわけではないのでまだ納得できる。知らない子にまで恨まれるようなことを俺はしたんだろうか。

 鼻白んだ俺に代わり、上村が執り成してくれた。

「結果的に助けてもらったんだし、お礼ぐらい素直に言いなよ、ツンデレ菜穂ちゃん?」

「ツンデレじゃないって言ってるでしょ! もう、行くわよ朱莉!!」

「あ、菜穂ちゃん!」

 結局それ以上は何も言わないまま、ツンデレさんは体育館を後にした。別にお礼を言ってほしかったわけではないが、せめて睨んだ理由だけは教えてほしかった。何とも後味が悪い。

「何だあれ」

 真下も、分かる人が聞けば分かる、怒りと呆れを孕んだ声を出す。若干呆れが多いので、爆発する恐れは無いだろう。

「女の子って複雑だよなー。普段はあんな子じゃないんだけどさ」

「宮代、知ってんの?」

「一年の時、保健委員やってて知り合った。からかい甲斐あるぜ、あの子のツンデレ」

「お前が保健委員やってた方がからかい甲斐あるわ。何を思ってやったんだ」

「心優しい女の子と出会えるかと思って。まあ収穫はあの子だけだったんだけど」

「…………」

 筋金入りのバカに、無言以上の返答はできなかった。代わりにというか、上村が「だからモテないのよ」と宮代を撃沈してくれる。膝を抱え拗ねる宮代を全員見なかったことにして、上体起こしのペアを組んだ。俺と笹木、真下と大原でそれぞれマットの上に移動する。

「……大原、大丈夫か?」

「伊東、代わってくれ。びっくりするぐらい重みを感じない」

「心配すんな、俺が二度と立ち上がれないぐらいしっかり支えてやるよ」

 大原の自信は真下の不安である。だがこのメンツだと、大原は俺としか組めないことになる。本気で交代するかどうか、先に計測する笹木と目だけで会話したのだが、結論が出る前に笛が鳴った。

「来いやぁぁぁぁっ!」

 何の気合いだ、それは。

 不安そうな顔で真下が腹筋を始めるが、その足が若干浮いている。ひどくやりづらそうだ。呆れながら隣を見ていただからだろう。笹木も腹筋を始めるのを失念していた。抱え込んでいた笹木の足に力が入るのを感じて慌てて前を向き直った、その瞬間。

「うがっ」

「だっ」

 綺麗に頭突きが決まった。

「い、伊東……いきなり、こっち見んなよ……っ」

「わ、悪い……つーかお前、頭固……っ」

「……何やってんの、二人とも。後がつっかえてるんだから、ちゃんとしてよ」

 上村が、慰めるでもなく冷たく言った。次の回に測り直すことになり、大人しく額を摩りながら時間が来るのを待った。

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