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ばあちゃんとどんでん返しと俺

「はぁ……」

「伊東、帰ろうぜ。……数学でも悪かったか?」

「いや」

 結局解決の糸口が掴めないまま、一週間が過ぎた。期末試験も始まり、解決云々どころの騒ぎではない。……ないのだが。

「それどころじゃなくて、もうボロッボロだよ」

 今日は数学Ⅱと日本史Bだったのだが、まあ目も当てられないレベルだった。史学科志望の真下に日本史を教えてもらい、数学は普段から勉強しているので赤点とまではいかないが、それでも成績は下がるだろう。またぷーさんに叱り飛ばされるかもしれないと思っただけで気が重い。見かねたからか、宮代がジュースを奢ってくれるという。

「はいはい! 俺にも!」

「俺もよろしく」

「じゃ、俺も」

「お前ら俺の財布の事考えろよ!? 奢ってやる義理も無いわ!!」

 便乗した大原、真下、笹木から財布を庇いつつ、宮代が自販機のある中庭までダッシュする。ハイエナ共がそれを全速力で追い、一人出遅れた俺が、何故か知らないが奴らが置いて行った鞄を抱えていく羽目になった。

 もたもた走っていくと、自販機の前で巨人三体と小人一体が揉めている。遠目に見た感じでは、宮代が劣勢のようだった。首根っこを真下に掴まれながら、しかし財布を抱きしめている。

「鞄置いてくなよ」

「あ、ありがと伊東!」

「伊東! こいつら酷い! バイトしてない俺にたかる!!」

「宮代だからいいかと思って」

「全国の宮代さんに謝れバカヤローッ!」

 中庭は図書室に行くにも、下駄箱に行くにも通らなくてはならない場所だ。そこでぎゃあぎゃあ騒ぐむさ苦しい集団に、容赦ない好奇の目が向けられる。こいつらと同類という認識が周りに植え付けられないうちに離れなければと思ったら、ジュース一本なんてどうでもよくなってきた。

「なんかもういいわ。自分で買う。だから今から他人のふりしてくれ」

「一番嫌な見捨て方された! えっちょっ、この状況見て!?」

「見た上でだよ」

 あ、このココアうまそうだな。やっぱり冬は温かいココアだ、なんかほっとする。

「俺も買おー。宮代とかどうでもいいや」

「そうだな、どうでもいいな」

「酷いなお前ら」

 大原が最初に飽き、真下がそれに合わせて宮代を放り出す。笹木に至っては最早コメント無しだ。

「もうやだあいつら」

「あいつらと友達辞めりゃいいじゃねぇか」

「他は女の子の友達しかいねぇんだもん。ハーレムからのドロドロキャッツファイト勃発とか見たくねぇだろ?」

「そういうのが男友達できねぇ原因だよ」

 本当に残念なチャラ男だ。こういう奴だと分かっているので付き合いが続いているが、もし高校からの知り合いだったら、もう少し距離を置くかもしれない。

「おいチャラ男、お前も買ってきたら?」

「チャラ男呼ばわりやめてくんない、真下。俺いいわ、今日漫画の発売日なんだよ」

「なあ伊東、こいつは処刑されてしかるべきだと思わないか?」

「めっちゃ思う」

 真顔での罵倒に応じてやると、再び宮代が文句を言う。だが今のは、受験生にあるまじき発言をした宮代が悪い。

 周りの生徒の視線が痛いなと思いながら諦めてココアをちびちび飲んでいると、「あっ」と小さな声で誰かが言うのが聞こえた。何かと思って振り返ると、眼鏡をかけた一年生が立っていた。既視感溢れるその男子に、一体どこで会ったかと考える。その間に一年生は踵を返し逃げようとした。

「あーっ! 真下、あいつっ、捕まえてっ!!」

「……何か知らんけど、責任はお前が持てよ、宮代」

 宮代も見た事があるらしい彼を、真下が追った。無駄に足が速いので、追われている彼は怖いだろう。実際、足音に振り返った時その顔が青ざめた。

「はい、ストップ」

 さっきの宮代のように首根っこを掴み、ずるずると引きずって帰ってくる。何が何だか分からないが、これで人違いだったらとんでもないことである。ぷーさんと新藤先生がタッグを組んでのお説教タイムが待っていることだろう。

「捕まえたぞ」

「サンキュ。伊東、こいつ見覚えあるだろ?」

「いつ見たっけ?」

 写真の違和感といい、どうにも俺の脳味噌は老化が進んでいるらしい。

「ほら、こないだ本屋のエロ本コーナーでぶつかった奴」

「……ああ!」

 未だ首根っこ掴まれた状態の一年生がさらに顔を青くする。エロ本コーナーと聞いて真下が訝しげな顔をしたのは、今は置いておこう。宮代が一年君の顔を覗き込んだ。

「二回も遭遇して、二回とも顔青くして逃げるってのは、怪しいよな? 一年君、誰に怯えてる?」

「ち、違います」

 消え入るような声で否定しながら見たのは、俺だ。

「……こないだぶつかりかけた時、そんなにビビらしたか……?」

 もしそれだけでこんなにも嫌われるなら、人間不信になりそうなくらいにはショックだ。

 宮代がもどかしそうな顔になる。

「バカ、伊東。俺達が捜してるやつの特徴思い出せ」

「特徴って、俺と同じくらいの身長で、緑のネクタイだから一年生だろ?」

 委縮しているからか小さく見える彼の身長は、大体俺と同じだろう。ネクタイも緑だから特徴は一致している。が、真下が言った通りそんな奴は彼以外にもいる。

「じゃあこうしたら?」

「あっ」

 飾り気のない黒縁眼鏡を宮代が取った。

「あれ、伊東そっくりじゃん、その一年」

「伊東自体、どこにでもいる顔だから、まああるっちゃあるか……?」

「はっ倒すぞ」

 ここにいる全員、十人並みの顔なのに酷い言われようだな。

「あとは大学生の知り合いでもいれば十分なんだよなー。ってわけで、どう? いる?」

 ずいっと、宮代、真下、笹木が一年生を取り囲み覗き込む。普段一緒にいても感じる巨人共の威圧感は、気の弱そうな彼には可哀想なくらい効果的だ。

「あ……あ……」

「もう、お前らその辺にしてやれって」

「何言ってんだよ伊東」

「……一年君、どうやっても問い詰めることにはなるけど、ちょっと話聞かせてくれ。とりあえず、飯でも食いながらな」

 寒い中庭では腰を据えて話す気になれない。

 完全にビビり倒している一年君を連れて、学校近くのファーストフード店に入ることになった。


 西野拓真というのが、一年君の名前だそうだ。大男が三人もいる二年生五人に囲まれての尋問に、哀れなくらい血の気が引いてしまっている。試験期間中に時間を取らせてしまっているのでここは奢りだが、彼は飲み物しか頼まなかった。

「とりあえず状況を説明するとな、俺が捏造写真で迷惑してるんだ」

 俺が説明する横で宮代が写真を出すと、西野君の肩が震えた。

「で、俺にはこんな事する奴にちょっとだけ心当たりがあってな。もし本当にその人がやったなら、文句が言いたいんだ。西野君、君が何か知ってるなら、俺を助けると思って教えてくれないか?」

「ことによっちゃ、ぷーさんか新藤に告げ口するけどな」

「脅すなバカ」

 告げ口という言葉に俯いたままの西野君がまた肩を揺らす。ただでさえ脅しているような状況なのに、こいつらは……!

「……あの」

 あまりにも小さすぎて、聞き逃してしまいそうな声がした。

「僕、言われた通りにしただけなんです。それがこんなことになるなんて、思っても無かっただけなんです」

 顔は青いままだが、西野君がやっと話し始めた。脅しているようであまりいい気にはなれないが、こればかりはどうしようもない。

「……迷惑をかけておいて言える立場じゃないのは分かってます。でも、これから言うことを、先生達には言わないでもらえませんか?」

「本当に言える立場じゃないな」

「真下!」

「一番怒るべきはお前だろ、伊東。俺はこいつを庇う義理なんて無いから言っただけだ。……お前が決めろよ、どうするか」

 真下の、こういう冷静さは羨ましいと思う反面、時々怖い。こうやってばっさりと人を切り捨てられるならどんなに楽だろうかと、想像して、やっぱりダメだと頭を振った。一時の情に流されて切り捨てるなんてのは、父と一緒だ。自分の欲を優先して俺達家族を裏切った、あの父と。俺は、ああはなれない、なりたくない。

「分かった、言わない。……つっても、全部隠しとくとまでいくかは分かんないからな。そこは俺の裁量次第にさせてくれ」

「……分かりました」

 お互い妥協し合ったところで、本題に入る。といっても、西野君の話を聞くのが目的なのだ。彼の心の準備が整うまで、俺達にできることは、せいぜい昼飯のハンバーガーを貪るくらいだった。

「……最初は、魔が差しただけだったんです」

 ぽつりぽつり、話が始まった。

「僕、美術部に入ってるんですけど、最近うまくいってなくて……。勉強もあんまりできないし、先生や親にももっと頑張れって言われてて、でもできなくて。それで、参考書買いに行ったついでに、出来心で」

「……万引きした?」

 補ってやると、西野君は暗い顔で頷いた。

「それをあの人に見られたんです」

「あの人って?」

「……先輩は、ご存じですよね? 僕、その人にこいつを嵌めたいから協力しろって、協力したらこのことは黙っといてやるって言われたんですけど……」

 心当たりのある名前を、漢字は知らないので下の名前はひらがなでだが、メモに書きつける。

「この人か?」

「はい」

 俺が書いた名前は、『小松まさき』だ。

「繋がったか?」

「ああ。西野君、話があるとか適当に言って、この人呼び出してもらうことはできるか?」

「分かりました」

 話す事話したからだろう、西野君の顔色が少しだけ良くなった。そんな彼に、しかし言っておかなければならないことがある。

「なあ、春休み、暇か?」

「? はい」

「じゃ、万引きしたところに謝りに行こうな」

 案の定、顔が曇った。だが、こればかりは仕方ない。出来心とはいえ、店に迷惑をかけたことには変わりないからだ。

「どっちも同じ本屋なら、そんなにビビんなくていい。店長さんが結構ゆるい人だったから、真剣に謝れば大事にはならねぇよ。盗ったものがもう無いなら弁償とかの話はしなくちゃいけないけど」

「ちゃ、ちゃんと盗んだものは手を付けずに置いてます」

「そっか、なら良かった。俺も一緒に行くし、そんな緊張しなくていいからな」

「は、はい!」

 今まで見た中で一番晴れやかな顔を見せた西野君と、いつ呼び出してもらうか相談する。後二日で試験が終わるので、試験最終日にということになった。

 相談も終わり気が抜けたんだろう、西野君が財布を持ち席を立とうとする。奢る奢らないで問答しているところへ、大原がトレイにハンバーガーを三つ乗せて戻ってきた。

「何お前、まだ食うの?」

「食べないとでかくなれないだろ?」

「……」

 諦めろよ、と出かかったのをどうにか留める。俺が不自然に黙ったその隙に、大原はハンバーガーを一つ西野君の前に置いた。

「え?」

「お前も、食べないとでっかくなれないぞ、一年坊」

「あ、ありがとうございます……」

 自分より小さい奴に言われたくないだろうな、と勝手に西野君の心情を慮ってみた。


 何とか解決の糸口も見え、落ち着いて残りの試験を受けることができた。一日、二日目の試験についてはもうどうしようもないため、成績は少し悪くなるだろうが、解決したとの知らせを持っていけば、ぷーさんも叩くのは勘弁してくれるだろう。

 西野君があの孫を呼び出したのは、以前西野君に話を聞いたファーストフード店だった。試験終わりの市高生も多いのだが、人に聞かれたくないであろう話をするのに、彼がここを選んだ理由は分からない。西野君が思い詰めた表情でボックス席に座り、俺達も少し離れたところで孫が来るのを待った。

 ほどなくして、孫は来た。手下にした高校生からの呼び出しだからだろう、憎たらしいバカ面は余裕に満ちていた。残念ながら、俺達の席からでは会話がいまいち聞こえない。その代わり、宮代が涼さんから借りてきたICレコーダーを西野君に持たせてある。一応それで会話を録音し、孫がしらばっくれた場合に備えることになっている。俺は顔を知られているので、バレないように二人に背を向けて座っているが、俺の向かいに座る宮代、真下、大原の目は油断なく、しかし怪しまれないように孫と西野君へと注がれている。離れて座っている俺達は携帯を通話状態にしたまま雑談をしているが、俺の名前も会話には出さない。失敗したときの合図として、呼ばれることになっている。

 安上がりに済ませるためポテトしか頼まなかった俺は、話が盛り上がっているふりをしてゆっくりと消費する。実際、試験終わりなので試験の出来について話が尽きない。このまま西野君があの孫を丸め込めれば良し、もしできなければ――。

伊東(・・)

 ぼそっと、真下が俺の名字を吐き出した。ダメだったかと、宮代と目だけで会話し立ち上がる。

「あー、ちょっといいっすか?」

 まず、宮代が孫に話しかけた。怪訝な顔をする孫の目の前に、今度は俺が現れてやる。孫の顔が、驚愕に染まった。

「その節はどーも」

「……ハッ、こいつが逆らったの、お前の入れ知恵かよ」

 顔が歪んだのも一瞬のことで、すぐにふてぶてしさを取り戻す。こんなみっともない奴に出し抜かれたなんて、本当、死にたくなるほど恥ずかしい。

「いいえ、本人の意志です。あんたに弱み握られたままは嫌なんだそうで。で? 俺を嵌めたことは証言してもらえました?」

「生意気な口叩いてんなよ、クソガキ」

 チンピラそのものの態度で、孫が立ち上がり俺の胸倉を掴んだ。周りが俺達の一触即発の空気に息を飲んでいるのに、そんなことお構いなしといった感じだ。

「今度はもっと取り返しつかなくなるような写真ばらまいてやろうか? 今度は女でも使うかな。お前の高校結構かわいい子多かったし、ちょっと恥ずかしい撮影会でもすりゃ、大抵の女は言いなりになるからな」

「本当、頭悪いな、あんた。俺より長く生きてるのにその程度とか、よく生きてられる。俺だったら恥ずかしくて死ぬわ」

 ちょっとバカにしてやっただけで、気に食わなかったらしく首元を圧迫される。ぐ、と思わず漏らす俺を、孫がせせら笑った。

「バカはお前だろ。本当に賢い奴ってのはな、こうやって人を踏み台にして楽に生きれるんだよ。お前らは、俺の踏み台。分かったか?」

 それに答えたのは、俺ではない。

「ああ、あんたが踏み台ってのはな。西野君、レコーダー俺に貸して」

「はい、宮代先輩」

 レコーダーを受け取り、宮代が音声を確認する。

「……ん、ばっちり。あんたマジでバカだなー、来た途端『うまくいったか』なんて聞くなよ。すっとぼけた西野君に苛ついたのは分かんだけどさ、だからってべらべら喋るかよ」

『だから、伊東夕を嵌めたやつだよ。うまくいってなかったら、お前の万引きの話もばらしちまうぞ? こーんな真面目君が万引きやりましたー、なんて、親が聞いたら泣いちまうよなぁ?』

 タイミング良く、孫の自白が流れた。それだけで動揺したらしい孫の手から力が抜け、その手を振り払い軽く咳をする。

「で、あんた、自分のしたこと分かってんだよな? 脅迫、犯罪示唆、名誉毀損……とりあえず、素人が考えただけで三つも罪状挙がったぜ。警察行って正確な数確かめる?」

 警察、と聞いただけで孫の顔色がさらに悪くなった。小物臭漂うザコ、という俺の判断は間違ってなかったらしい。

「宮代、警察は後。とりあえず、それもうちょい貸しといて。俺んちに帰ってから、この人の親に電話かけるから。息子がどんだけバカか、思い知ってもらう」

「伊東、それ今でもいいんじゃね? 時間的に呼び出すの難しいかもだけどさ、俺らどうせ今日は予備校サボるつもりだったんだし、仕事終わるまで待てばいいじゃん」

「そこまで付き合ってくれんのか」

「ここまで来たらなぁ。それに、うちの女子に手出すとか言ったじゃん。そんなんこのチャラ男が許すと思ったら大間違いだっての」

「自覚ありかよ」

 俺達の漫才の隙に、逃げられるとでも思ったのか、孫が踵を返す。西野君が声を上げるが、俺達は一切焦りもしないし、追いかけない。なぜなら。

「はいはい、往生際悪いぜ、先輩」

「笹木、その人俺らの学校じゃないから先輩じゃないだろ」

「何で分かるんだよ、大原」

「だって俺、こんなにアホな先輩見た事無いもん」

「ああ、それは確かに」

 巨人二体と小人一体が、二階席から一階へと続く階段に先回りしていたからだ。

 やっぱり向こうでも漫才を繰り広げる三人の前で、孫が目を白黒させている。呼び方を考えたらしく、真下が再び口を開いた。

「じゃ、クズ野郎、ちょっと来てもらおうか」

「真下、マジ容赦なさすぎ」

 いっそ惚れ惚れするほどの冷たさである。男に惚れる趣味はないが。


 ここからは早かった、と言ってもいいだろう。

 孫を締め上げ携帯を没収、父親に電話をかけて呼び出したところまでは、まあスムーズだった。小松父は高校生五人に締め上げられている息子を見、俺達が録音することに成功した自白を聞かせるなり、「いくら払えばいい?」と言ってきたのだ。

「おっさん、そういう問題じゃねぇだろ。伊東がどんだけ迷惑被ったと思ってんだよ」

「だから、その補償をするんだろう。というか、その口のきき方はなんだ」

「そんだけで済むと思うなよ。つーか金だけで済む話じゃねぇだろ。あんたのお母さんと伊東の仲がこじれたの、あんたんちのバカ息子のせいなの。そっちどうにかしてやれって話だよ」

「……それこそ、そのレコーダーの音声を聞かせればいいだろう。元々、うちの母さんとは仲良くないんだから、伊東君の方を信じるだろうさ」

 何でそこまで仲が悪いのかまでは知らない。知らないし、どうにかしてやろうという気も無い。ただ、これだけは確約させなければならなかった。

「小松さん、金なんていりません。こんなことで稼いだ金なんて嬉しくないんで。それよりも、もうばあちゃんに遺産とかの話、しないでもらえませんか?」

「……」

「まだ元気に生きてる人間に、早く死ねって言ってるようなもんですよ。俺らがタメ口きくのと同じぐらい失礼な話です」

「しなければ、その音声は消してくれるのか?」

「いいですよ、それで」

 宮代達が声を上げかけるが、視線だけでそれを制する。実際、補償とかどうだっていい。先生も、本屋の店長も、ちゃんと説明すれば分かってくれた、俺を信じてくれた。信じてくれなかったのはばあちゃんだけだ。それでも、俺は親代わりと言ってもいいばあちゃんの事が好きだ。ばあちゃんに辛い思いはさせたくない。

「……それでいいなら」

 小松さんは、自分の母親よりも、バカ息子の体面を優先した。褒められた話ではないが、これ以降ばあちゃんの迷惑にならないなら、俺としては構わない。どうせこの孫はまた似たようなことをするだろうし、この父親も同じような方法で解決しようとするだろう。だがそこまでは、俺の知ったことではない。


 ばあちゃんとは、何とか仲直りできた。小松さんからも連絡が入ったようで、レコーダーを持って訪ねてた時にはもうあの剣呑な雰囲気は見る影も無かった。再びごめんねを聞くことになったことだけが少し悔やまれたが、こればかりはどうしようもない。

 全てが解決した後、ぷーさんに報告したら、案の定成績が下がったらしい。睨まれた。

「このためか」

「このためです」

 おうむ返しをすると、ため息の後軽く小突かれる。

「任しとけっつったろ、バカタレ」

「いっつも先生の手を煩わせてますんで、たまには頼らないでおこうかなーって」

「どの口が言ってる」

 苦笑いの後に、「もう行っていい」と追い払われた。西野君については、聞かれなかったので名前も出さなかった。

 その西野君は、ちゃんと謝りに行った。やっぱり一人では気まずかったのか、メールで俺も呼び出され、二人で本屋に行ってきたのだが。

「すいませんでした」

 頭を下げ、西野君が万引きした本を返す。袋に入ったそれを受け取り、確認のために店長さんが中身を取り出した。

「……ねえ君、これって君の趣味?」

 何のことかと首を傾げる俺の横で、西野君が真っ赤になって否定する。

「ち、違います」

「えー、せっかく同志がいたかと思ったのに」

 参考書ではなく、エロ本の方である。別に嫌いではないので、ちらっと題名だけを盗み見た。『濡れ透け大全』と書かれたその表紙には、うちの制服そっくりの、ワイシャツにリボン、チェックのスカートを着た女の子の下着が透けている。

「あ、君はどう? やっぱりね、普通に脱いでるよりも透けて、その下への期待感を持たせてくれる方がそそると思うんだよ。これに興味持ってくれる人ってなかなかいなくて……。これが盗られたって聞いた時、もしいい人そうだったらお近付きになりたかったんだけど」

「す、すいません」

 頭を下げ、また西野君が謝る。万引きの方か、趣味が合わなかったことに対してかは、推して知るべしというやつだ。

「まあいいや。次からはしないでね」

「はい」

 力強く西野君が頷き、放免となる。緊張していたからだろう、事務所を出るなり大きな息を吐いた。

「お疲れさん、西野君」

「はい。先輩こそ、お忙しいところありがとうございました」

「ああ、うん。もう、何回サボっても一緒だしね、うん」

 そうでも言い聞かせておかないと、予備校をサボりすぎて大変なことになっている。この件で一番の損失は、俺の信用と予備校の月謝だと俺は思う。遠い目をする俺に、西野君がもう一度頭を下げ、「部活があるので」と去って行った。

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