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ばあちゃんと孫と俺

 考えよう、と思ったはいいものの、そもそも俺は遺産相続になんて詳しくない。せいぜい、ドラマで遺産を巡ってドロドロしてるのを見て、めんどくさそうだなと思う程度だ。そういう時は、専門家(笑)に教えてもらうのが一番だろう。というわけで。

「宮代、遺産について教えて」

「は? 何、世界遺産巡りでもすんの?」

 俺の言葉が少なかったために、なかなか面白いすれ違いを起こした。まあそうなるよなと思いながら、まずは弁当をつつき、それから訂正する。

「しねぇよ、そんな金無い。そうじゃなくて、ドラマでよくドロドロしちゃう方」

「伊東んち、誰か死んだの?」

 不吉なことを憚りなく聞いてきたのは、一年の時からつるんでいる友人の一人、大原だ。仲間内では最も身長が低く、俺を除く巨人族三人に名前負けしているとよくからかわれている。

「大原、どさくさに紛れて卵焼き取んな、それ今日の自信作。死んでねぇよ、じいちゃんもばあちゃんもピンピンしてるし、母さんや晴も、しばらく死にそうにない」

 もちろん、この場合のじいちゃんばあちゃんは、ちゃんと血の繋がった母方の祖父母である。

 結局俺から取った卵焼きを食べながら、大原は不思議そうな顔をする。

「……じゃあ、誰かやっちゃうとか?」

「今お前にそのフラグが立ってんだよ。へし折って欲しかったら、そのカツサンドよこせ」

「あ、俺の身長!!」

 食べた分だけ伸びるなら、俺も一八〇越えてて然るべきだと思いながら、カツサンドを食べた。悲しいかな、仲間内で二番目に低いのは俺なのである。大原と違い平均身長超えてるだけマシというか、何というか。

 一八〇越えの巨人族の一人、真下が声を出す。

「で、何で宮代?」

「だって、こいつ法学部志望じゃん」

「ああ、未来のチャラ弁護士だっけか」

「世も末だよなぁ」

 そう同調したのは笹木、こいつも巨人族であるが、真下と共に同胞を攻撃する。

「よしお前ら、本人が同席してること忘れんなよ? 特にそこのムッツリ、彼女と破局したくなかったら黙れ」

「俺どっちかってーとオープンだし、黙んなくていいよな」

 唯一の彼女持ち、真下があっさり反撃をかわす。仲間内でエロ本を持ってくることが一番多いのは、意外にもこの無口な大男だったりするのだが、自覚あるのか。

「で、どうなの。チャラ弁護士候補。遺産相続とか分かるだろ?」

「自信作の卵焼き食べたら思い出せるんだけどなぁ」

 賄賂をよこせと言ってくるので、目の前で卵焼きを食べてやる。自信作だったのは本当なのでもうちょっと味わいたかったが、仕方ない。

「悪い、売り切れ」

「悪い、思い出せないわ」

 あてにならないやつである。

「第一、俺はアホ兄貴を有罪にするために法律勉強するんだよ。遺産とかは二の次」

「うわ、弁護士の風上にもおけねぇ」

「知るか、そもそも俺らまだ高校生だろ」

「何かあったら言えよっつったの、お前じゃん」

「できることとできないことがありますぅ~、これは無理ですぅ~」

 当然、こっちも分かった上で無茶振りしている。だから「専門家(笑)」なのだ。……まあ、多少なり期待はしていたので、残念ではあったが。

 後で図書室に行こうかと思いながら、迫り来る名前負け小人の手を払った。


 当然のことながら、高校の図書室には遺産相続に関する本なんてほとんど無かった。普通に勉強して、夕飯の買い出しに向かう。休みにでもならないと、バイトと学校と予備校で一日が終わる俺には、図書館に行く時間は無いのだ。

 今日の夕飯は何がいいか考えながら自転車を漕ぐ。晴も期末試験があるので、勉強してもらうためには俺が家事をせねばならない。俺は最悪三時間しか寝なくても問題ないから、勉強時間ぐらい作れる。夕飯についてある程度考えがまとまったところで、ちょうど家に着いた。いつもなら五時半には帰れるところを、図書室に寄っていたのもあって六時を過ぎてしまっている。晴には何も言っていないから、そろそろ痺れを切らせて夕飯を作ろうかと考えているかもしれない。

 庭に自転車を止め、買い物袋を持って家に入ろうとした俺を呼び止める声があった。

「伊東夕って君か?」

「はい?」

 振り返ると、この辺りでは見た事の無い顔が俺を見ていた。宮代が大学生になっても、ここまでチャラくはならないだろう、むしろなってくれるなと思うような風貌の男だった。

「うわ、親父の言ってた通り。そんだけ着こむとか、よっぽど寒がりなんだなー、お前」

「はぁ……。どちら様ですか?」

「お隣のばーさんの孫だよ。親父から聞いただろ、ばーさんがお前に遺産全部やろうとしてるって」

 またその話か、とうんざりした。少なくとも俺としては継ごうという気が無いのに、勝手にやきもきしているらしい。話を聞くにはばあちゃんの孫のようだ。しかもこの態度。本当に、親子揃って印象悪い人達だな。

「その話は断るつもりです」

「へぇ。金に困ってんだろ? いらねぇの?」

「いりません。俺は血が繋がってませんし、金がもらえるとか思うより、亡くなったことの方が悲しいですから。第一に、」

 どうやら、父親の方から俺の父についても聞いているようである。嫌な気分にさせてもらったんだ、俺も一矢報いるぐらい許されるはずだ。

「まだまだ元気な身内に、元気なうちに孝行するより遺産の話をして嫌がらせするようなろくでなしには、俺はなりたくないんで」

「……あ?」

 明らかに気分を害したようだ。孫の顔が歪んだ。対して俺は、口元が歪んでいるのが自分でも分かる程、おかしくて仕方なかった。今孫の顔を怒りに歪ませているのは、俺の発言だけでなく、表情もだろう。

「それじゃ、失礼します。夕飯作んなきゃいけないんで」

 ああ、ちょっとすっきりした。完全に八つ当たりだが、先にケンカ売るような真似したのは孫の方だ。俺は悪くない。

 今度こそ家に入ろうとしたところで、再び声がかけられた。嫌な感じのする、粘着質な声だ。

「まあ、そう急ぐなよ。いいもん見せてやるからさぁ」

「……何ですか」

「何だろうなぁ。でもいいもんだぜぇ?」

 気持ち悪い笑みと共に、肩に手が回される。そのまま向きを変えられ、向かったのは。

「おい、ばーさん、遊びに来たぜ」

 ばあちゃんの家である。俺だったら絶対に応じないであろう失礼な物言いで孫が呼びかける。

「あんた、何時だと思ってんですか。夕飯食べるような時間に訪ねるとか、失礼でしょう」

「別にいいだろ、孫なんだから。何年ぶりだろうなぁ、会うの」

 純粋に楽しみにしているわけではない顔で呟く孫。俺が逃げないよう、油断なく肩に手を回したままなので、その顔を間近で見ている俺は、そろそろ本格的に胸糞悪くなってきた。

「何だい正樹、こんな時間に。……夕ちゃん?」

「ごめんばあちゃん、すぐ帰るから」

 俺が申し訳なさそうに謝るのが気に食わなかったのか、孫の正樹さんが鼻を鳴らした。

「ふん、俺は礼儀正しいんですってか。ばーさん、こいつどんな奴なわけ?」

「あんたよりもずーっと、優しくてしっかりしたいい子だよ。ほら、夕ちゃんを離しな」

「へーへー。何、悪さとかしたことないのかよ?」

「あんたには関係ないでしょう。あんたも大学の授業あるんだろ、早く帰んな」

「じゃ、その前にいいもん見せたげるよ」

 やっと肩に回されていた手が外れて楽になった。だから、いいもんとは何なのかは正直興味が無かった。帰っていいだろうかと思う俺の前に、一枚の写真が差し出された。

「……は?」

 すっと俺の前から消えた写真は、今度はばあちゃんに手渡された。俺と似たような反応を示したばあちゃんは、続いて俺を見た。

「夕ちゃん……これは……」

「ち、違う!」

「違わねぇだろぉ? 俺さぁ、親父が調べてきた情報をもとにお前追っかけてたんだよ。そしたらこんな事してんじゃん? ばーさんもさ、こんな奴に遺産やるとか間違ってるって」

「違う! 俺はこんな事してない!」

「はいはい、犯罪者は大体そう言うのー。あ、ばーさん、それやるよ。警察に突き出すかどうかはばーさんが決めたら?」

 言うだけ言って、正樹さんが去って行った。

「ばあちゃん、違う、俺……」

「……夕ちゃん、疲れてただけなんだよね」

「え?」

 仕方ないなぁとでもいうように、ばあちゃんが笑った。その笑顔は、とてもぎこちない。

「今度、ちゃんと謝りに行くんだよ」

 それだけ言って、ばあちゃんがそそくさと家に引っ込んだ。俺の話は聞いてもらえなかった。

「っ、どういうことだよ……!」

 正樹さんが持ってきた写真には、俺が万引きする様子が写っていた。


 この日から、ばあちゃんは俺と目を合わせてくれなくなった。


               * * *


 俺はもちろん万引きなんかしていない。してもいないことを謝りに行くこともできない。幸か不幸か、俺の元に警察や被害に遭っただろう店から連絡が来ることも無かった。

 ばあちゃんは、何も言ってこなかった。目を合わせてくれない、どころの話じゃない。あの日以来、顔も合わせてくれなくなったのだ。特に尋ねる用事も無かったから、確かに顔を合わせること自体なかなかない。それでも今までは学校に行く時、新聞を取りに出たばあちゃんと挨拶することもあったのに。大好きなばあちゃん、しかも俺にとっては茶飲み友達でもあるばあちゃんに疑われた。たったそれだけでも、俺にはとても堪える。ばあちゃんが悪いわけではないだろうが、小松親子、特に孫の方には一杯食わされた。

 そのザコ臭漂うばあちゃんの孫に本当にしてやられたと分かったのは、金曜日の朝のホームルームが終わってからだった。

「伊東、ちょっと来い」

「? はい」

 朝っぱらからぷーさんに呼び出された。なんかしたかなと己の行動を顧みる。……そういや昨日、帰りのホームルームが長引いてバイトに遅れそうになったから、日直の仕事もう一人の日直に頼んで行ったっけ。日直は大体同じ女子となるのだが、さすがにキレさせたか。うちの高校は二年から三年に上がる時クラス替えが無いので、ここで印象を悪くしてしまえば残りの一年がかなり気まずい。ぷーさんの用件が何であれ、思い当たったからには後で謝っとこう。……結局ぷーさんに呼ばれる心当たりはそれだけしか思いつかない。

「あの、俺なんかしましたか?」

「とりあえず、生徒指導室行くぞ」

「は? 生徒指導室?」

 いよいよ心当たりがない。バイトを理由に日直押し付けたのって何回だっけ? ……数えたらそれなりの数になる俺の所業を全部ばらされたんなら確かに怒られても仕方ないが、ぷーさんにしばかれるだけの方がよっぽどあり得るだろうに。そんなにキレさせてたんだろうか。というか、原因がバイトって知られたら、一個減らせとか言われそうで怖い。

「失礼します」

 とうとう着いてしまった。何を言われるんだろうか。ばあちゃんとの一件もあって、何となく落ち込んだ気分が続いているところへ説教なんて来ようものなら、しばらく引きこもりたくなること請け合いだ。

 生徒指導室には、生徒指導の先生が待っていた。

「……君は、三組の宮代と去年からふざけた行動を共にすることが多かったが、それでも自ら馬鹿な真似をするような生徒ではないと思っていたよ」

 去年窓ガラスを割った時宮代や大原、いち早く逃げ出したが宮代達の密告によって呼び出された真下や笹木、そして俺を怒鳴りつけた先生が、いやに静かな声でそう言った。

「あの、すみません。俺、心当たりがないんですけど……」

 昨日までの日直の件については、ひとまず置いておこう。それどころじゃない空気が、生徒指導室を満たしている。

「これに見覚えはないか」

 一枚の写真が、机の上に出された。

「あ……」

 まぎれも無い、この前正樹さんがばあちゃんに持たせた、俺の万引き写真だ。

「見覚え、あるんだね?」

「違います、これは俺じゃありません!」

「……この写真は匿名で送られてきたものだ。ご丁寧に日付と店名も添えられていてね。問い合わせたところ、確かにその日、万引きの被害があったらしい。角度が悪かったらしく顔までは写っていなかったが、確かにうちの学校の制服を着た生徒が万引きするところが防犯カメラに映っていたそうだ」

 血の気が引いていくのが、よく分かった。ばあちゃんに疑われるだけでも辛かったのに、今度はそれだけじゃ済まない。弁償もしなくちゃいけないだろうし、店の人次第では警察沙汰にもなるだろう。受験にも影響するかもしれない。

「先生、伊東はこんな事する奴じゃありませんよ」

 唐突に、横から、ぷーさんが庇ってくれた。

「伊東は、金の重みを誰よりもちゃんと分かっている奴だと思います。働くことの大変さも、バイトを四つも掛け持ちしてるやつですから分かっているはずです」

「だがねぇ、土屋先生。誰にだって魔が差すことはあるだろう。伊東君は確かに基本的にはまじめな生徒だ。服装もきちんとしているし、成績だって問題ない。国立大学に現役合格するのも、彼ならどうにかなるだろうとも。……そのストレスからつい、ということだって有り得るとは思わないかね?」

「思いません」

 きっぱりと、ぷーさんが断言した。

「確かにストレスはたまっているでしょうな。理学部を目指すと言った時に勉強時間について聞いたら、バイトの方が多いと言うからいくらか減らさせましたし。伊東は働いている方が幸せといった奴です、本人も自覚しないままにストレスがたまっていても仕方ないでしょう」

 悟られていたようである、恐ろしい。でもそのストレスも、料理してれば発散できる程度のものである。万引きなんかするほどのものじゃない。と言っても、通じないだろうな、俺の感覚だから。

 とにかく、今はぷーさんを信じる他無い。

「しかし、それでこんな馬鹿なことしでかすような奴じゃありません。去年も多少悪さはしてますから信用は無いでしょうが、担任の私が保証します。伊東は家族にまで類が及ぶかもしれないことは、決してしません。こいつは自分で尻拭いできる範囲でしか、ふざけた真似はしませんよ」

「先生……」

 ぷーさんは一年の時から担任をしてくれている。当然俺が宮代達につられてちょっとやらかした時にもよく怒られたりしたし、他の同級生よりは良くも悪くもぷーさんと関わっている自信がある。だが、それだけだ。ここまで信じてくれるものだろうか。

 俺と生徒指導の先生が呆気にとられる中、ぷーさんが破顔した。

「それに、この写真は伊東ではないですよ。見れば分かります」

「何?」

「よくよく見れば分かります」

 そう言われて、先生と俺が改めて写真を見る。まじまじと見るのはこれが初めてだ。じっと見ていると、やがて違和感を覚え始めた。

「伊東、お前まで分からんでどうする」

「いや、何か違和感はあるんですけど……」

 何かが違う。しかし何かは分からない。昔から間違い探しは得意じゃなかったのだ。脳トレとかやると大体八十代並みという結果が出る。

 首をひねる俺を他所に、先生は何か思い当たることがあったらしい。俺と写真を見比べ、呟いた。

「ネクタイが、違う」

 うちの高校は学年ごとに、男子ならネクタイ、女子ならリボン、それに体操服の名前の刺繍や上履きの色などが指定されている。俺達二年の色は赤、卒業した三年生の色は青、そして。

「緑だ」

 写真に写るのは、一年生の色だった。なぜ、こんなにも分かり易い違いを見逃していたのか、気付いてしまった今になっては分からない。

「恐らく、知らない者が伊東を陥れるために誰か一年生を唆して写真を撮り、合成したんでしょう。伊東を疑うのは筋違いです」

 その何者かには、心当たりがあった。小松親子のどちらか、たぶん孫の方だ。

 深い、深いため息の後、先生が俺の顔を見た。

「――分かった。伊東君、疑って済まなかった」

「いえ、そんな……」

「それでは失礼します。伊東、お前も授業があるだろう、行くぞ」

「あ、はい。失礼します」

 生徒指導室を出ると、授業はとっくに始まっていた。

「長くなったな。伊東、一時間目何だった?」

「数Bです」

 朝一から死ぬほど憂鬱な授業である。腕時計によれば開始三十分以上過ぎているので、いっそこのままサボってしまいたい。

「サボりたいって顔すんな」

「いやいや、気のせいですよ」

「……せっかく庇ってやったのに、お前という奴は……。まあ、先生にはちゃんと伝えといてやるよ」

「ありがとうございます」

「で? あんな嫌がらせされる心当たりはあんのか? 早めに犯人シメとかないと、本当に警察沙汰になるかもしれんぞ」

 ヤンキーみたいな物言いだが、ぷーさんなりに心配してくれてるんだろう。

「あー、その、ですね。何と言いますか……」

 やっぱり一介の高校生にはできることに限界があった。人の家の事情を話す事にはためらいがあったが、こんなことになった以上、大人を頼る他に良い手は思いつかない。簡単にだが話すと、ぷーさんはため息をついた。

「まあ、お前は悪くないが……なんつーめんどくさいことに巻き込まれてんだ」

「ため息つきたいのはこっちですよ……」

 ほとんど一方的に喧嘩を吹っ掛けられてるようなもんである。殴り合いなら、勝てはしないものの、狂犬とも呼ぶべき宮代の兄貴を召喚すればいい。だが、こんな方法に出られてはあまり勝てる気がしない。なんせ、証拠を探さない限りあの親子のどちらかによるものだとは言えないのだ。心証ではクロなのに。

「あの写真に写ってた一年を探して、話聞くしかないか。どうせその大学生に聞いてもしらばっくれるだけだろうしな」

「え、でも、一年って何人いるんですか?」

 うちの高校は各学年五組ずつある。学年によって少しずつ人数は変わるが、大体一学年二百人前後くらいか。一年生の男女比率なんて知らないが、五:五だとして約百人である。

「担任じゃないから知らん。ま、どうにかするさ」

「どうにかって……」

 学校にまで写真が送られてきたんだ。被害に遭った店にも写真が送られている、もしくは近いうちに送られるとみていいだろう。

「とりあえず、被害に遭った店の方にも謝りに行かなきゃならんしな。新藤先生に頼んでついてって、実際にその生徒を見た人がいないか聞いて回ってやる」

 新藤先生というのは、さっきの生徒指導の先生のことだ。決して悪い先生ではないが、ぷーさんが付いてくるのは嫌がりそうな気がする。別に先生たちの仲が悪いわけじゃないが、新藤先生はあまり自分の仕事の邪魔はされたくないタイプだ。

「嫌がりそうですね、新藤先生」

「知らん。自分の生徒疑われて俺も黙ってる気無いしな」

「……先生って、時々何で若い頃プー太郎やってたのか、分かんなくなりますよね」

「やかましい。ほら、さっさと教室戻れ」

 幸いにして叩かれなかったが、野良犬を追い払うように手を振られた。


「それで伊東、数Bサボったのかよ」

「笹木、お前それしか言うことねぇのか」

 一時間目が終わったのを見計らい教室に入ると、早速笹木と大原に捕まって事情を話すよう迫られた。ばあちゃんの事情にはあまり触れないように、簡単に事の次第を話したところ、これだ。何で俺はこいつと友達なんだろうかとちょっと嘆いた。

「馬鹿野郎。お前がいなかったせいで、今日は当たるはずのない俺が当てられたんだよ。当たる時以外宿題してない俺の気持ちが分かるか! 昼飯奢って詫びろ!!」

「知らねぇよ勉強しろよ受験生。奢んないからな」

「それよりさぁ、伊東嵌めた奴らって捕まんの?」

 大原が俺に聞いた。そんなもの、俺が知りたい。

「さぁ。一年が何人いるか知らねぇけど、防犯カメラにも顔映ってなかったらしいしな。学校にまで送ってきたってことは、店の方にも写真行ってんだよなぁ、たぶん」

「何、出入り禁止?」

「それも知らね。たださ、本屋だったんだよ。しかも、いっつも教科書買ってるとこ。このまま三年上がるまでに解決してなかったら、お前らのどっちかに金渡すからさ、俺の教科書買って来てくれよ」

「……大原」

「大丈夫だ、笹木。俺もたぶん同じこと思ってるから」

「?」

 首を傾げる俺をよそに、小人と巨人が頷き合う。何を思って結託したか聞こうとしたところで、現国の先生が入ってきて、二時間目が始まった。

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