プロローグ
私は佐々木裕香。崩年35歳短すぎる人生だった。
最後に見たのは青白い顔をしてしゃがみ込む女。その両手は血に濡れた包丁を握りしめ震えていた。
女の元に駆け寄りその肩を抱きしめたその人は・・・・私が結婚を夢見た男だった。
彼が結婚していたなんて知らなかった。
ましてやその妻が妊娠していたなんて・・・・
どおりで4年も結婚をずるずると引き延ばしていたはずだ。
また騙されたんだ・・・・私って本当に男運が悪い。
修羅場だった。私は痴情の縺れで殺されたのだ。
「ほんっと!ムカつく~!なんだってあんな男の為に殺されなきゃなんないのよっ!」
私は当たり散らすように毒づいた。
「それはあなたが男を見る目がなかったと言いますか・・・奔放な生き方をしてきたせいと言いますか・・・」
宥めるように案内人が言う。
そう。私が死んだとたんにどこからともなくこの案内人とやらが現れたのだ。
お迎えは死んだ両親とか昔飼っていたペットとか、縁のある者が来ると信じていた私の期待をみごとに裏切ってくれた。
縁もゆかりもない、見たこともないおっさんだった。
「今回はあなたの担当となりましたので・・・どうぞ付いて来てください。」
どんな風に担当が決まるのかは定かではないが、おどおどした態度の見るからに気の弱そうなおっさんの案内で辿り付いた場所がここだ。
「ここであなたの処遇を決めるのですよ。天国へ行くか地獄へ行くか・・・もちろん生まれ変わる事もあります。」
案内人の説明では、目の前にいるのは神様らしい。4人の神様がなにやら相談をしている。
神様って1人だと思っていたらそうではないらしい。天界、冥界、自然界、人間界と担当が分かれているそうだ。
「この者は天国にはふさわしくはないですぞ。」
「しかし惨たらしい殺され方をしているのでそこはチャラに・・・。」
「確かに地獄は満員ですし、これ以上増えてしまいますとねぇ・・・」
「いやいや・・物欲と快楽と打算に嘘・・・これだけ諸悪にまみれておっては天国へなどとんでもない。」
ちょ・・どういう事よ。確かに私は褒められた生き方はしてないけどさ。
でも両親を早くに亡くして愛情に飢えていたって事は考慮に入れてもらえないの?
世間並みに両親の愛情に包まれて育っていればきっと違う人生もあったと思うのよ。
女一人で生きるのはとても厳しいのよ。のし上がる為にはなんでもしたわ。
利用できるものは利用したし、男を騙した事もある。生きて行くのに必要な嘘もついたわ・・・ちょっと過剰もあったけど。
でも違う。ほとんどの場合は利用したつもりが利用され、騙したつもりが騙されていた。
ろくでもない男達を渡り歩いて、あげくの果てが殺されるなんてこっちが文句を言いたいわよ!
「ねえ。これって本人が口出しできないの?」
「それは無理ですよ。神様が決めるものなのですから・・・」
「でもこのままじゃ天国へ行くどころか、へたをすれば地獄行きよ。」
神様の元へ直談判に行こうとする私を案内人があわてて引き止める。
「へたをすればって・・・でもあなたは自分の事ばっかり考えて生きてきたんですから。
人助けをした事もないですし・・・・良い行いをした記録もないですからねぇ・・・」
神様達は私の処遇を巡ってまだまだ揉めている様子だ。
「あんな調子でいつ決まるのよ?」
「さあ?それはいつになるか・・・・
神様はひとりづつあんな風に細かく相談してそれぞれの一番いい方法を考えて下さるのです。ありがたい事ですなぁ。」
そうだろうか?
私にはどこかの政治家が集まってああだこうだと口論したあげく結局何も決まらないというあの光景にしか見えない。
埒の明かない口論にうんざりした私はこれ以上待たされるのは我慢がならなかった。
「口出しも出来ずにこうして待ってるだけなんて・・・・ちょっとこの辺りをウロウロしてもいい?」
「え?・・・そうですね。まだまだ時間がかかりそうですし・・・でも遠くには行かないでくださいね。」
やれやれ・・・と困った顔をした案内人はとりあえず近くなら気ばらしに散策してもいいとしぶしぶ許可してくれた。
この人の場合は中途半端なんですよねぇ。もうちょっと悪い事をしていてくれたなら問題なく地獄行きなのだけれど。
でも同情の余地も多分にあるし、かと言って世間を欺いてきた数もハンパなく多く・・・
そんな所が天国にも受け入れられないのだ。神様達もそこらへんで意見の分かれるところなのだろう。
決定にはかなりの時間がかかりそうだと判断した案内人だった。
ウロウロすると言ってもな~んにもないじゃないの・・・・
フワフワとした床を踏みしめながら、ふとこれってもしかして雲の上なんじゃないの?
そうか、それだけはどうやら想定内であったらしい。
死んだらお空の上から見守ってくれるってのだけは本当だったみたいね。
今まであの世ってものが、ことごとく想像していたものとはずれていただけに私はちょっと嬉しい気分になった。
周りを見回すと少し離れた所に子供を発見した。ぼんやりした霧の向こう側に居たので今まで気づかなかったみたいだ。
近づいてみると10歳くらいの子供だと思ったのは赤い髪の真ん中に1本の角が生えた小鬼であった。
手にはボールを持っている。ボール遊びでもしていたのだろうか・・・・
鬼といえば、怖いものかと思っていたが、この小鬼はなかなかにかわいらしい顔立ちをしている。
ここでもまた想像と違う事を思い知った私だった。
「ねえ。こんなところで何をしているの?」
突然声をかけられた小鬼は驚いて振り向いた。
「お前こそ、こんなところで何をしているんだ?」
「お前って・・・そこはお姉さんでしょ?」
「お姉さん?・・・どう見てもおばさんじゃないか!」
なかなかなまいきな小鬼である。さすがにカチンときた!
こういうなまいきな子供には強硬手段が一番なのだ。頭の角を掴んでゆさぶってみる。
「なんですって!お姉さんにきまってるでしょっ!」
「い・・痛いってば・・・わかった!お姉さん!何の用なのさ。」
「わかればよろしい。暇だからボール遊びに付きあってあげるわよ。」
「ボール遊びってなんの事?僕は仕事中で忙しいんだからさ。」
「え?だってそのボール・・・・」
「これはボールじゃないよ。雷の素なんだぞ。」
ボールに見えたそれはどうやら雷の素だそうだ。だがどう見ても黒い野球ボールにしか見えなかった。
「雷の素って・・・それが雷になるの?」
「そうだよ。僕は雷神なんだから当り前さ。」
「へえ・・・小さいのに雷神様だったんだぁ。ねね・・それちょっとだけ持たせてみて!」
雷神様が雷を落とすところが見物できるなど、こんなチャンスはめったとないだろう。
私はいきなりテンションが上がった。
「ダメだよ。これは大事なものなんだから・・・・」
「そこをなんとか!雷神様~お・ね・が・い!」
私はむりやり雷神様の持つ雷の素をひったくるようにして受け取った。
子供が軽~く持っていたので甘くみていたが、それはずっしりと重かった。
この雷神様は見た目はまったくの子供だが、その力はかなりあるらしい。
両手で胸に抱えるように雷の素を持った私はこれがどのように雷になるのか興味津々だった。
「どうやってこれを雷にして落とすの?」
「しょうがないなぁ・・・それは落とす場所と時間を心に願ってだな・・・」
「なんと!雷を落とす時間と場所まで自分で決めれるなんて・・・・雷神様ってすご~い!」
いいなぁ・・・時間と場所が決めれるなんて・・・・
私だってさ。学校を卒業して就職したばっかりの時に戻れたらなぁ。
あの頃の私はまだまだ純真で夢も希望もあったのにさ。
「へへっ・・・そうだよ。僕は雷神ですごいんだからな。」
どうやら雷神様は褒められるのに慣れてないらしく有頂天になっていた。
「それからどうするの?」
「心に決めたらそれをこの台の上に・・・」
雷神様のすぐそばに腰かけるのに丁度いい高さの台があった。
雷の素が重かった私はふむふむと頷きながらその台によいしょと腰かけた。
「そこに座っちゃダメ~~!」
「え・・・?」
「台に置くだけで雷が落ちるんだよぉ~!」
私はあわてて立ち上がろうとした。だが遅かった。
ガラガラ・・・ガシャ~~ン!
雷は落ちたのであった。