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クローバー(2)  作者: ディライト
第3章
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第3章―(4)

 それからも俺達はとにかく遊びまくった。

 スプラッシャーバレーでの写真は俺のムンクのような表情でとにかく笑い合った。その後もパーク周回の鉄道に乗ったり、カヌーで川を探検したり、間抜けな眼鏡をかけて3Dアトラクションを見たりもした。歩いている途中には、一葉の買ったチュロスが根元から折っかけて意気消沈したり、CMでもやっていた人気アトラクションがとにかく混んでいて乗れなかったりと肩を落とす場面もあったが、俺達は終始笑顔が絶えることもなく、遊びの限りを尽くした。

 そして、梅雨の季節でもサボらず頑張っていた太陽もそろそろ役目を終える頃。ストリートの路肩はびっしりと人で埋め尽くされる。これから始まるのはパークの終わりを告げるような大団円のパレードだ。路肩にしゃがみこむ人々は眼を爛々と輝かせて、今か今かと心を躍らせている。

「わぁ〜ドキドキするな〜……」

 一葉は精美な顔の造りを綻ばせる。

「お姉さん、あと五分ですよ!」

 そこに雄太が携帯の時間を見ながら答える。

「ゆーた! 綺麗か? どのくらい綺麗か!?」

「もう我を忘れるほどっすよ! いや〜でも二葉さんには負けるかな〜!」

 どこのチャラ男だお前は。

 しかしそれを聞いた二葉は華麗にスルーして、溢れる期待に地団駄を踏まずには居られない。それにしても、スプラッシャーバレーのファスターパスを取ってきてから、二葉が自分から雄太に話し掛けるようになったのには驚いた。どこぞの馬の骨に娘を取られた親父の気分だ。

 少しアンニュイな気持ちに浸っていると、唐突に脳天まで響くような神々しいBGMが鳴り響く。

「きゃああああきたああああ!」

 一葉が驚いたように顔をあげる。

「わああ! すごい音だああああ!」

 地面のコンクリートにも響く音に驚きながらも、カンガルーのように跳ねる二葉。

「た、確かにすごい音だこりゃ!」

 心臓の鼓動もつられてリズムをとってしまうようなこの音には、俺の手を握っている三葉もテンションが上がらずにはいられない。ちょこちょこと足を上下に動かしながらリズムをとっている。

「二葉さん、きましたよ!」

 雄太が二葉の肩を叩いて、ある方向を指差す。そこには一台目のウッキーのどでかい人形を体中色鮮やかなライトで装飾したパレード車が、まるで手下を引き連れる親玉のように堂々と車体を滑らせてきた。その下では綺麗な衣装を身を纏ったダンサー達が、更に綺麗な花を添える。

「すっげー! ヒトハみろよでっかいウッキーだ!」

「うん! こんなの初めてだよ!」

 圧巻だった。自分のことを冷めていると感じる俺でも笑顔にならざるを得ない。

 ここにいる全ての人が笑顔だ。踊っている人、見ている人。数え切れないほどの人々が今この瞬間、幸せを共有しているのだ。

「ミツバ! ほらブーさんもきたぞ!」

「……わぁ!」

 三葉もいつもよりも声のトーンをあげて眼を輝かせる。ウッキーを先頭に、続々と流れるようにやってくるパレード車とダンサー達は、まるで願いを叶える流れ星のようだ。嫌なこと全てを忘れさせてくれる一体感。少しのズレもなく繰り広げられるダンスは結束の証。眼が眩むほどの光は平和の象徴。

「ロナウド〜!!」

「おーい!」

 二葉と雄太はロナウドを見つけて、反対ホームにいる友人を見つけたように手を振る。ロナウドは顔色を変えずに手を振り返してくれていた。

 

 しばらくパレードの壮大な雰囲気に纏われていると、三葉が俺のパーカーの裾を引っ張った。

「ん? ミツバどした!?」

 轟音のようなBGMに振り向く声も大きくなる。

「――……たい」

「え!?」

 三葉は何やら俯きながらも口を動かしている。しかし音楽がうるさくてよく聞こえない。

「トイレか!?」

「……ち、ちがくて! あの……」

 何か言いにくそうな事のようなので、俺は三葉の口元に耳を持っていった。

「なんだミツバ?」

 俺はもう一度問い直すと、三葉は俺の耳元で囁くように言った。

「――! おし、行くかミツバ!」

 三葉が一つ大きく頷いたのを見て、俺は一葉たちにも声を掛けた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「というわけで、最後にみんなで観覧車に乗ろう」

 俺達はパレードを途中で抜けて、このパークのど真ん中に位置する観覧車に来ていた。このままパレードを見ていると閉園時間になってアトラクションにも乗れなくなってしまうため、三葉の意を汲むためにもここは絶対譲れなかった。客は皆パレードに夢中なのか、待ち時間は五分となっている。

「三葉がな、最後に皆で乗りたいんだってよ」

「あ、いいね! みんなで乗ろう!」

 通路にはほとんど人はおらず、歩いているだけで俺達の番となってしまった。

「あ、五名様でしょうか? そうしますと、三名二名に分かれてしまいますが?」

 キャストのお姉さんは左手の指を三本、右手の指を二本立てて首を傾げる。

「……ぇ」

 三葉が残念そうな声を漏らす。

「二葉さん! ぜひ俺と一緒に乗ってくれませんか?」

 その傍らで雄太が立て膝をしながら求婚のポーズ。見境ないな。

「お〜いいぞ〜!」

「本当っすか!? んじゃあハル兄たちは三人でもいいかな?」

 雄太は最上の幸せを獲得したように、欝陶しい笑顔で迫ってくる。

「……む、ミツバそれでいいか?」

「……」

 俺の横にいる三葉は俯いていた。

「ミツバ?」

 聞こえていないのかと思ってもう一度問い返すと、少しだけ首を縦に動かした。

「ヒトハもいいよな?」

「う、うんわたしは構わないけど……」

 一葉も少し様子のおかしい三葉を気にしながらも了承した。

「おっしゃ! じ、じゃあ二葉さん、参りましょう!」

 雄太は胸元でガッツポーズを作ると、意気揚々と二葉を伴ってウッキーを筆頭に様々なイラストが描かれている円いボックスに乗り込んでいった。次いで俺達も次の車両に乗り込む。勢いよくドアを閉めて、鍵を確認したあと、キャストのお姉さんが笑顔で手を振って、円いボックスはゆっくりと地上を離れ始めた。

「……ミツバどうかした? 具合わるい?」

 観覧車に乗ってからも一葉は様子のおかしい三葉を心配していた。三葉はただ俺の隣に座って俯きながら首を横に振るだけ。俺の方からは三葉の表情は見えない。一葉は俺と眼を合わせて肩を竦める。そうこうしながらも徐々にボックスは高度を高めて行く。

「おお、ミツバみろよ、パレードの光が綺麗だぞ?」

「あ、ホント。ほらミツバ、すごくきれいだよ!」

 一葉も雰囲気を悟って話を合わせて、地上のストリートを光でなぞったようなパレードの様子を眺める。俺達のそんな様子に気になったのか、三葉も誘われるように窓に手を当てて、風景を眺める。

 感嘆の声はなかった。ただ、三葉はずっと俺達に背を向けて外の様子を見つめていた。

「てっぺんだ」

 少し落ち着いた空気の中、ボックスはゆっくりと頂上への道を歩んでいる。

「あ、みてみて、フタバと雄太くんがこっちに手振ってるよ!」

 振り向いて前の窓を見遣ると、ちょうど俺達のボックスと平行になったところで、前で仲良く手を振っている二人の姿が見えた。

「すっかり仲良くなっちまったな。あいつら」

「そうだね〜。でも結構お似合いじゃない?」

「まさか。雄太には勿体なさすぎだろ」

「ふふ、やっぱり認められない頑固親父みたい」

「む……、んなことないって」

 そんなことを言い合いながら、俺達も手を振り返していた。その間も、三葉はひたすら地上を眺めたままだった。

 見たくないものから、眼を背けるようにして――――

 

――――おーし、んじゃそろそろ帰るか!」

 観覧車でのまったりとしたひと時も終えて、俺達はエントランスへの方向へと足を向ける。まだパレードは時間的に中盤戦に差し掛かったくらいだろう。今帰らないと帰宅ラッシュに巻き込まれることになる。

「ハルキ、まだお土産買ってないよ!」

 一葉が相変わらずの轟音の中で叫ぶ。

「お土産って、例えば俺と一葉で葵にあげたらやばくないか!?」

「じゃあわたしだけあげる! ハルキは筑紫くんと佐久間くんにはあげないの!?」

「だから、それじゃあ一緒に行ったことばれるだろ!」

「じゃあお土産あげられないじゃん!」

「一葉が妹たちだけと一緒に行ったことにして、明日うちで集まるときにお菓子を皆に渡せばいいんじゃないか!?」

「あ、そうだね! そうする!」

 パレードの中喋るのは疲れる。

 人混みの隙間をぬって歩き、ようやくストリートのグッズショップにたどり着いた。この辺りはパレードの道順ではないため、音量も少しは下がる。耳がようやく安堵した。

「ん〜、どれがいいかな〜」

「そのいっぱい入ってるクッキーでいいんじゃないか?」

 すらっと長い人差し指を下唇に当てながら迷っている一葉に助け舟を出してやる。

「もう! そんな簡単に決めちゃったらここに来た意味ないじゃん!」

 何やらお気に召さなかったらしく、頬を膨らませてじと目をくれる。

 うん、これも俺の好きな一葉の表情ランキングベストスリーの一つだ。

「ハルキハルキ! このロナウドの帽子買っていいかっ!?」

 二葉が水兵さんが被ってそうなロナウドの帽子を片手にこちらへ向かってくる。

「二葉さん、わたくしめにプレゼントさせてください」

 と思えば急に俺の前に現れた雄太がまたも片膝を立てる。

 そんなとこで王子チックになるんじゃない。他の客の邪魔だろう。

「ゆーた! それはほんとか!?」

「二葉さんのためなら例えダイヤモンドでも買ってみせます!」

 こいつは将来女に騙されるタイプだろうな……。

 相変わらずアホな雄太と二葉から眼を離して、三葉に眼を移す。三葉は一人でキーホルダーコーナーを眺めていた。

「ミ〜ツバっ」

 俺が寄って行くと、三葉は一瞥くれて、すぐにキーホルダーに視線を戻す。

 そういえばさっきから手繋がなくなったな。

「どした、またブーさんか?」

 三葉は声もなく首を横に振る。

「……もう疲れちゃったか?」

 俺がそう聞くと、今度は首を縦に動かす。

 一日中歩き尽くしだからな。初めて来たっていうし、当然だ。

「……ね、ハルキ」

「ん?」

 不意に三葉が俺の名を呼ぶ。しかし、キーホルダーただ一点を見つめているだけで、続きの言葉は発せられない。

「……おっし、ミツバ! これなんかどうだ? たまにはブーさんじゃなくてさ」

 沈黙に耐えられず、俺は三葉の視線の先のあるキーホルダーを手に取って三葉に渡した。それは俺のチケットストラップのキャラクターであった、チッポとドールのキーホルダーだ。いつもいがみ合いの彼らだが、このキーホルダーでは手を繋いで笑顔の二人だ。

「……これいい」

 三葉がようやく控えめながら笑顔を見せた。

「な、可愛いだろ?」

「……うん」

 優しい瞳でただひたすらにそのキーホルダーを見つめる。

「――――かな」

「え?」

 三葉がそのキーホルダーを見つめながら、何かを呟いた。しかし声は俺の耳まで届くことはなかった。そして、ちらりと上目遣いで俺を見てから、

「……ううん、なんでもない」

 そう答えた。

「……買うか!」

「……うん」

 俺は三葉からキーホルダーを渡され、すぐに俺の右手を握って歩き出した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あっという間だったね」

 帰りの電車内。ボックス席を三葉、二葉、雄太、あと荷物で占領して、その傍らに俺と一葉。二葉が雄太と座りたいと言うので一葉が立ってるということにしたのだが、思い出に花を咲かせていたのはものの数分。歩き疲れたのか、早々に三人は夢の中へと旅立ってしまった。先程まで夢の国にいたのにまだ夢に居続けるつもりらしい。

「こんなに歩いたの、ホント久々だ」

 もう足がぱんぱんだ。歩く度に足裏から弱い電流を流されているように感じる。

「いつ以来?」

「中学の修学旅行以来じゃねえかな」

「あれ、そういえばハルキ中学はどこなの?」

「ん、花岡一中。うちの坂もうちょい登ったとこの」

「なぁ〜んだ。わたし二中」

 一葉は壁によっ掛かりながら口をアヒルのように尖らせる。ちなみに二中はハナオカや南田がある辺りに位置する。

「二中嫌だったのか?」

「ううん、そうじゃないよ。あ、いやぁ友達はあんまりいなかったけど……、でも葵と知り合えたし、それはいいんだけど……」

 一葉は上目遣いで俺を下から覗き込む。

「……ハルキとさ、もっと早く出会えてればな〜って思っただけ」

 一葉はどんな仏頂面の顔も真っ赤にさせるほどのダイヤのように美しい笑顔をくれた。思惑通りに熱が頭に広がるのがわかる。

「……あ! いや、べべべつに一緒に住みたかったとか変な意味じゃなくて、だからえーと……」

 そんな俺の表情を見てか、一葉も頬に薔薇を落として慌てふためく。本当に俺の前だけは愛想がいい。色々な表情を見せてくれる。

「楽しかったよ」

 だから俺も、包み隠さず素直に答えることができる。

「俺も、ヒトハと出会ってから、毎日楽しかったよ。こんなみんなでわいわい遊園地なんて、お前と出会ってなかったら絶対なかったしな」

 飾らず素直になれるのは俺も同じかもしれない。何故かなんてことを言葉にできるほど、簡単なことじゃないんだ。

「あ……そっか……」

 一葉は耳まで真っ赤に染めて俯いた。そんな一葉を見ていると、流石に俺も恥ずかしくなってきた。

 しばし沈黙。

 電車の滑る音だけが車内に鳴り響く。

「「あ、あのさ!」」

 第一声が被った。お互い気まずくなって、また顔を伏せる。こんなの漫画だけの世界だと思っていた。

「……ヒトハ、先言えよ」

「……ハルキが言ってよ」

「お、俺はその……、た、たいしたことじゃないからさ!」

「そ、そうなの……? それじゃあ、」

 一葉は長い栗色髪を耳にかけて、顔をあげた。

「……ミツバ、どうしたんだろね」

 打って変わって真剣な表情だった。俺も三葉の異変には気づいていた。しかし、キーホルダーを買ってあげたときには笑顔を見せていたし、恐らく歩き疲れだろうと思っていたのだが……、

「確かに途中からずっと元気なかったよな……」

「うん……。ただ疲れてるだけならいいんだけど……なんか、ね」

「なんか気になることあるのか?」

「なんていうか……今まで一度も見たことないような表情してたから。観覧車に乗ってる時なんか特に」

 言わずもがな血縁で付き合いの長い一葉が言うのだ。やはり様子がおかしいのは確かなんだろう。

「ハルキ、懐かれてるみたいだし、気にしてあげてね」

「ああ。それにしても、なんであんなに懐かれてるんだろうな〜」

 俺が後頭部の後ろで手を組みながら、天井を見上げる。

「――――きっとね……」

 そんな俺に一葉は優しい微笑を浮かべながら何かを言いかけて、すぐに小さく頭を振った。

「ううん! なんでもないっ! えへへ……」

 あの時と同じだった。まだ同居生活をして間もない頃だ。夕飯の前に二葉を連れて星を見に行った時に、あの二葉がふと静かに漏らした一言。それと同じことを、一葉も呟いた。その先の言葉は今だにわからない。想像することもできない。けれど、すごく大事な何かが隠されている気がするのだ。

 いつか、その先を耳にする日が来るのだろうか。

 

「……それで?」

「は?」

 一葉がきょとんと首を傾げる。

「ハルキの話は?」

「……やっぱいいわ」

「ええ〜!? なんで教えてよ!?」

「また今度な、たいした話じゃない」

「え〜?」

 いい雰囲気に誘われて、今度は二人で行くかなんて言おうとしていた自分をぶん殴ってやりたいと思った。

 

 

 

 第3章―――完

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