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クローバー(2)  作者: ディライト
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4/10

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 金曜日。学校から帰ってくるなり、俺達は年末でもないのに大掃除を始めた。いや、大掃除というよりは改装工事と言ったほうが正しいだろうか。何故いきなりそんな事を始めなければならないのか。

 それは――――、

 

「日曜日のゲームパーティーについてだが、ヒトハたちにはあいつらと同様、客として来てもらう」

「お客?」

 一葉たちとの同居生活を隠すために、俺があまり思わしくない頭を懸命に捻り出して考えたアイディアはこうだ。筑紫達同様に、一葉にも客としてきてもらう。その際、Weeの噂を聞き付けた二葉と三葉は無理を言ってお姉さんについて来てしまったという設定だ。そうすれば自然な形で全員が俺の部屋に居られるという算段である。

 そこで、現在の改装だ。すっかり碧原調になった部屋を万が一にも見つからないための措置を施す。幸い一葉達の部屋へは俺の部屋を通らなければ行けない。そこはふすまで隔てられており、そこにタンスやら勉強机やらを移動すれば、裏の襖はただの押し入れにしか見えないというわけだ。ついでに、俺の部屋へも入れないようにするためにテレビやタンスを俺の部屋への入口である襖の前に移動してやる。これで以前この部屋を訪れたことのある筑紫や佐久間がこの部屋について言及してきても、使用していないの一言で済むわけだ。

「よぉ〜し、これで一安心だな! 部屋へ入るのにちょっと狭いけど」

 最後のテレビを運び終えて、大きく息を吐き出しながら畳に腰を降ろす。流石にタンスなどは一人じゃ厳しい。老人でもないのに腰が断末魔をあげている。

「今お茶入れるね」

 一葉が作業終了と見るや、甲斐甲斐しくキッチンへ動き出す。一葉たちには家具の移動を手伝わせてはいない。流石に一人じゃ無理なんて言ったらダサすぎるからな。

「土曜日はゆーえんち! 日曜日はゲーム! たのしみだな〜!」

 二葉が座布団に正座で座り、テーブルに両手で頬杖をつきながら、楽しみなイベントに想いを寄せている。夕方のアニメのオープニングテーマを決して音程が合っているとは言えない声で気分よく口ずさんでいる。そして三葉は……、

「……あれ、何探してるんだ?」

 何やらランドセルの中身を全て出して店を開いている。そして困った表情でノートや教科書の一つ一つを拾いながらをばさばさと振っていた。

「……ない…………宿題のプリント……」

「学校に忘れたのか?」

 コクリと一つ頷いて、落ち込んだ風に瞳を伏せる。備え付けの時計に目をやると、現在四時半。学校が閉まっていなければまだ間に合う時間帯だ。

「ミツバ、俺が自転車におまえ乗せて一緒に取りに行くか?」

 俺がそう提案してやると、三葉は笑顔という花を咲かせる。そして今度は二回縦に大きく首を振った。

「よっしゃ、じゃあひとっ走りするか!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 止めてある自転車の荷台に三葉を乗せて、俺もサドルに跨がる。それと同時に三葉は短い腕を俺の腰に回してくる。

「しっかり捕まってろよ〜!」

 俺は自転車のストッパーを思い切りよく蹴って、自転車を走らせ始める。久々の仕事でマイチャリも柔軟体操をする老人のようにギシギシと音を鳴らす。

「……ふゎ……」

 そろそろスピードも出てきて、髪の毛が風に煽られる。後ろの三葉から驚きのような感嘆句も聞こえてくる。そろそろ下り坂に差し掛かる。ここからはペダルを漕がずとも一気に駆け降りる。坂道にならって体重が前にかかり始めると、三葉の腰に回す手は一層力が増す。

「ミツバいくぞ〜!」

「わぁ!」

 徐々にスピードがついてきて、周りの木々が残像で版画のような刷った絵のように見える。俺はこの景色が大好きなのだ。そして緑の匂いを感じながら風を切る様は、さながら森にできた自然のジェットコースターだ。ものの十秒程の短い距離ではあるが、この瞬間だけは全てのことを忘れさせてくれる。勢いよく坂道と森林を駆け抜けて、俺は一度T字路で自転車を止めた。流石にここは猛スピードでは曲がれないからな。

「――わぁ、すごかったぁ……」

 三葉が後ろで大きく息を一つ吐いて、嬉しそうな顔を覗かせる。

「すごいだろ? 歩くのとはまた違った感動があるんだ」

 普段あまり見ることのできない、三葉の満面の笑みがそこにあった。それだけで自転車に乗せてあげた甲斐があったというものだ。俺は三葉の笑顔を引き出した嬉しさに浸りながら、再びペダルに足を乗せた。

 

 ここからは、普段ならば右に曲がる。高校があり、ショッピングモールや南田、住宅街などと栄えている駅前の方だ。しかし今回は左にハンドルを切る。花岡小学校は、さらに郊外の方へと向かう。もはや畑やたんぼ、そして農家のぽつぽつとした一軒家ぐらいしか見れなくなる。最近ではようやく駅前が栄えてきたが、まだまだこの辺りは田舎だ。ただ、自然が変わらず残り続けている点は、変化を嫌う俺にとっては喜ばしいことである。長く育ってきた場所が変わっていく様はあまり見たくはない。

 そんなことを考えながら、長閑のどかなたんぼと畑の間を少し自転車を走らせて、俺と三葉は花岡小学校へと降り立った。どうやらまだ閉まってないようだ。

「懐かしいなぁ〜」

 幼少の頃の郷愁が胸を擽る。すぐに学校の全景が記憶から呼び起こされる。校門を抜けてすぐに校庭にでる。そこには、かなり大きなジャングルジム、シーソーや滑り台、鉄棒にブランコなどなど、小学生には必須アイテムである懐かしい遊具があの頃と変わらない様でそこにあった。

 次に校舎を見る。

「……あれ?」

 木造建築の校舎全体には、マス目のように組まれた鉄パイプに工事中のシートが取り付けられていた。

「……改築工事、するんだって……夏に……」

「そう、なのか……」

 きっと都会的な校舎に様変わりしていくのだろう。コンクリ仕様か、はたまたガラス張りか。でも、生徒が綺麗で落ち着いて勉強できる環境ができるのはいいことだ。前はゴキブリだらけだし、黒板やらロッカーやらボロボロでてんやわんやだったからな。

 でも、変わっていくんだ。そのうちこの辺りの森林や畑も住宅街になってしまうのだろうか。

「……ミツバ、学校楽しいか?」

 気を取り直して俺がそう問うと、三葉はすぐに俯いてしまった。

「友達……あんまいないのか?」

 俺が再びそう問うと、三葉はアヒルのように口を尖らせて、コクリと一つ頷いた。

「……なんて……話かければいいか、わからなくて…………」

 掠れるような声で悲痛な想いを吐露する三葉。手を胸の前でぎゅっと握り、辛い想いを押し潰している。そういえば、前に一葉が三葉も人見知りだって言ってたっけ。

 話題選択に自爆した俺は、なんて声をかけていいかわからず、頬をかきながら意味もなく視線をさ迷わせる。

 一つうねるような大きな風が、俺達の髪を靡かせた。

 すると、砂場のほうで遊んでいる一人の少年を俺の目が捉えた。滑り台のすぐ下だ。さっき見た時はなぜ気づかなかったのだろうか。

「よし、ミツバ。あそこで遊んでる男の子に声かけてみよう! ちょうど同い年くらいだろ」

「……え?」

 俺がそう提案してやると、三葉も俺が指す方を見てすぐに目を逸らした。

「大丈夫だって! いつも二葉と話してるように、寄って行けばいいのさ」

「……で、でも……」

 俺はぐいぐいと背中を押して、少年の元へと運んでやる。

「ほら、さっき坂道で俺に見せてくれたばっちり笑顔で手振ってみ?」

 上目遣いで半ば涙目な眼をこちらに向ける。少しばかり躊躇した後、仕方なくと言った感じで少年の方に向き直り手を振ってみる。先程よりはぎこちないが、三葉は控えめな笑みを作ってゆっくり手を振った。

 そんな様子に少年は気付いたようで、そちらもにこりと笑みをくれ、手を振り返してきた。

「お、脈ありだぞ。よし、今度は寄っていってみようぜ」

「う、うん……」

 俺達はその少年がいる滑り台の下の砂場へと寄って行く。遊んでいるわけではなく、ただレンガで仕切られた砂場の中央でしゃがんでいるだけだ。

「ほら三葉、あいさつ」

 俺の後ろで顔だけ覗かせている三葉に促すと、怖ず怖ずと前に出てきて、

「……こ、こんにちは……」

 とだけ言った。もう夕方だしこんばんはだとは思うが、今はそんな事は問題ではない。三葉が決して多くない勇気を振り絞っているんだから。

「こんにちは」

 少年は立ち上がり、まだ声変わりの済まされていない子供らしい声でお行儀よくぺこりと頭を下げる。彼は、茶色いキャスケットを被り、同じく茶色いパーカー、下はジーパンを履いている。襟足やサイドから見える黒髪は艶やかであり、目鼻立ちの整った可愛らしい少年だ。彼が頭をあげると同時に、撫でるような風が俺達を擽った。

「ミツバ。自己紹介してみ?」

 後押しするように背中に触れてやる。一瞬ぴくっと身体を震わせて、三葉は意を決したように一歩前に出る。

「……あ、あの……碧原、三葉です。……四年二組……です」

 今にも顔から火が出そうなくらいに顔を真っ赤にしている三葉。こりゃ重度の人見知りだな。といっても一葉も確かこんな感じだったけど。その様子を見ていた少年は驚いたような顔を向け、立ち尽くしている。かと思えばにっこりと静かに微笑んで、

風間希望かざまのぞむです。のぞむは漢字で『希望』って書きます。えっと……僕も四年生です」

 と返してくれた。その言葉に安心したのか、三葉はようやく俯いていた顔を上げて、少年の顔を眺めた。

「三葉ちゃん……って呼んでもいい?」

「……う、うん」

「僕の事も、のぞむって呼んでね」

「……う、うん」

 何やら微笑ましい様子に笑みが零れずにはいられない。ちゃんと友達できたじゃないか三葉。

「……おんなじ四年生だけど、クラスにいない……よね……?」

「別クラスか」

 確かこの小学校は二クラスしかない。ということは三葉は二組だから彼は一組だろう。

「――三葉ちゃん、僕いつも休み時間は砂場で遊んでるから、遊びにきてね」

 希望くんは口角だけあげて、三葉に笑いかける。三葉はコクリと嬉しそうに頷いて、すぐに向き直って俺に笑顔をくれた。

「良かったなミツバ」

 俺が三葉の頭を撫でてやると、擽ったそうに眼を細めた。

「……そうだ……ハルキ、プリント、とってくるね……」

「おう、そうだったな。ここで待ってるよ」

 踵を返して、三葉は決して速くない足を学校に向けて行った。それはさながらスキップのように跳ねるステップで。

「三葉ちゃんの……お兄さんですか?」

 三葉を眼で見送っていると、後ろから丁寧な声がかかる。

「ん〜、まぁそんなとこだ。俺は春樹っていうんだ」

「春樹さんですか。……ありがとうございます」

 希望くんは再び深く一礼する。大変しっかりした少年である。俺が四年生の時なんか鼻垂れたクソガキだったぞ。

「そんなかしこまらないでいいよ。こっちがお礼をいいたいくらいだ。いきなり話かけてごめんな。それと、三葉と友達になってくれてありがとう」

 真摯に俺が言うと、希望くんは「いえいえ!」と慌てたように両手を胸の前で振る。そして、少し落ち込んだように視線を落として、

「僕の方こそ感謝してるんです。……僕、友達いないんです。みんな僕のことなんて、無視、するし……」

 そう呟いた。意外だな。礼儀正しいし愛想も良くて、気立ての優しい少年であるように見えるのに。希望くんは続ける。

「だから、手を振ってもらえて、声をかけてもらえた時はすごく、すごくうれしかったんです!」

 先程まで振っていた手は次第に胸の前で小さなグーの手に変わり、嬉しさを表すポーズへと変わる。

「そっか。あいつも人見知り激しくて、あんまり友達がいないから、良ければ仲良くしてあげてくれ」

「はい、こちらこそ喜んで!」

 閑静な笑顔で言って、またまた深々とお辞儀をした。

「ああ、そうだ。ミツバはちょっぴりからかってあげるくらいが丁度いいと思うぞ」

「そうなんですか?」

「おう。怒りだすと可愛いんだあいつは」

 俺は笑いを堪えるように喉を鳴らす。

「怒っているのに可愛い……」

 希望くんは顎に指で触れながらふむふむと頷いている。

「あはは。ありがとうございます。春樹さん」

「こちらこそ。お、帰ってきた」

 足音に反射して振り向くと、とことことカルガモの子のような拙い足取りで三葉がこちらにやってくる。手には一枚の紙を大事そうに胸の前で持っている。どうやら見つかったようだ。

「……ハルキ、あった……」

「おう、よかった。んじゃ帰るか」

 俺がそう言うと、三葉はコクリと一つ頷いて、プリントを持っていない方の手で俺の手を握る。

「じゃあ希望くん。俺達は帰るけど、君は?」

 途中まで一緒に帰れるのではと考えて聞いてみるが、

「いえ、僕はまだ少しここにいます」

 と言ってまた砂場に座り込んだ。もうカラスも帰宅の途につくころなのに。三葉は少し残念そうに瞳を伏せている。

「そっか」

「はい。――三葉ちゃん、」

「……は、はい!」

 急に会話の矛先が自分に向けられて驚く三葉。

「またね」

 少し間を置いてから優しく手を振り、満面の笑みで希望くんはそう言った。三葉はまた大きな光を宿したように表情が明るくなって、先程坂道で見せた笑顔で手を振り返していた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 その夜。

 いつもなら寝ぼけて俺の布団に入ってくる三葉は、最初から一緒に寝たいと言い出した。二葉は頬をお餅のように膨らませて、気に入らない様子だったが、一葉が一緒に寝てあげてと言うので断るわけにはいかなかったが。まぁ最初から断る気もないが。

「んじゃ、電気消すぞー」

「……うん」

 天井から垂れ下がる紐を一回二回と下に降ろして、部屋内を暗闇にしてやる。布団から出ていた腕を仕舞って、右隣の三葉を気にしながら仰向けになる。明日は遊園地か。遊園地なんて一体いつ以来だろうか。五人とかよくよく考えてみれば遊園地に行くにはかなり微妙な人数だよな。雄太が無駄なんだ雄太が。

 などと後頭部で手を組みながらそんなことを考えていると、俺のシャツがか弱い力で引っ張られた。

「……ん、どしたミツバ?」

 顔だけ横の三葉に向けると、三葉はすでに身体ごと俺の方へ向いていた。

「……ハルキ、今日、ね……あの……ありがと……」

 暗い中でもわかった。ほんのりと頬を赤く染めながら、三葉はとても心安らぐ笑顔を俺にくれたのだ。いつも控えめで感情を表に出すことがほとんどないあの三葉が、嘘偽りのないそのままの三葉を俺にくれた。やべぇ、ちょっと泣きそうかも。

「ば、ばか、俺達もう家族なんだから、助け合うのは当たり前だろ?」

 俺が照れ隠しにそう言うと、三葉ははっとしたような表情をしてから、俺に背を向けてしまう。

「ミツバ?」

「……なんでもない……」

 すんすんと鼻を啜る音と、その音とともに肩が反射しているのを見ると、すぐにわかってしまう。俺はあえて何も言わなかった。三葉が何故泣いているのか。本当の所はわからない。ただ、三葉はまだまだ子供なのだ。俺が簡単に触れてもいいことじゃないのはわかっているが、彼女達の両親は一体何をしているんだろう。一抹の苛立ちが俺の胸を侵食する。こんなにも健気で純心な彼女達を置いて……。

 

 俺は考えるのをやめた。

 思い出したくもないことを思い出しそうで、苛立ちはピークに達しそうだったから。

 せっかく三葉が可愛いプレゼントをくれたのにな。

 

「おしミツバ、明日は待ちに待った遊園地だぞ」

「……うん」

 今だ嗚咽を漏らしていた三葉だが、返事だけはしてくれた。

「何乗りたい? あそこには面白そうなアトラクションがたくさんあるんだ」

 三葉は思案しているのか、少し間を置いてから再びこちらへ向き直る。

「…………観覧車」

 少し腫れ上がった目に光を宿し、俺のシャツの袖を掴む。

「観覧車かぁ。誰と乗りたい?」

 また少し間を置くように、三葉も仰向けへと体制を変える。

「……ヒトハと、フタバと、ハルキと……四人で……」

「はは、それじゃあ雄太には下で寂しく待っててもらうとするか」

「…………そう……する……――」

 そう言ったきり、三葉から声を聞くことはなかった。替わりに聞こえてくるのは、安心しきったように眠る三葉の寝息だけ。暗闇の中で、俺は目を細めて三葉の表情を見る。そして三葉の規則的な寝息を子守唄に、俺もいつの間にか夢の世界へといざなわれていた。


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