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クローバー(2)  作者: ディライト
第2章
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第2章

 ドアの向こうに突然人が立っていたら、皆様ならどうするだろう。まぁ大抵の人は驚いて後ろに後ずさるか、そのまま床に無様に尻餅をつくのかもしれない。そして、「びっくりしたなーもう!」などと笑い話で済むのだろう。

 俺達は現在その状況にある。学校へ向かうため、俺と碧原三姉妹は意気揚々と、今日一日のスタートである扉を外側へと開いたのさ。そしたら、

「二葉さん、おはようございます。あなたの王子がお迎えにあがりましたよ」

 一本の赤い薔薇を口に加えた、短髪学ランでおばちゃんの一人息子である自称王子こと雄太がかなり気色の悪いポーズをとりながら現れたのだ。もうね、びっくりして腰抜かすとかじゃないよ。あまりの哀れさに俺は無表情のままに扉を閉めてしまったくらいだ。

「……今誰かいなかった?」

 俺の影に隠れてよく確認できなかったであろう一葉が眉にしわを寄せながら問う。

「気のせいだ。たぶん、きっと……いや、そうであってくれ……」

 俺が動揺を隠すように頭を抱えると、また勢いよくドアが開かれた。

「ちょっとちょっとハル兄! なんでドア閉めるのさぁ〜……ってあいた! 薔薇のとげが唇に刺さった!」

 顔を見せるなり抗議の構えを見せる雄太は、薔薇をくわえたまま口を動かしたために、薔薇からの洗礼を浴びている。

「……雄太知ってるか? 何故薔薇に刺があるか。それはお前みたいな自称バカ王子にくわえられないように進化してきたんだぞ」

「ちょ、マジで!? 進化ってすごいな!」

 この通り皮肉も通じないバカ王子である。

「あー! おまえなんでまたいるんだ!?」

 一葉のさらに後ろでまだ靴を履いていた二葉が、雄太の姿を見つけて青汁を飲んだような顔を向ける。昨日でかなり慣れたのかと思ったが、そうでもないようだ。

「二葉さん、お迎えにあがりました! 小学校までお送りいたしますよ!」

 雄太はその場で片膝をついて、王子がお姫様に求婚するときのポーズで一礼。

「なにいってんだ! ヒトハとハルキがついてくれてるからいらないよ!」

 二葉は本当に嫌そうな表情で、一葉の影に隠れている。

「お義姉さん! 二葉さんの送迎はわたくしめに!」

「だれがお義姉さんだ!?」

 一葉を早々にお義姉さん呼ばわりして、ギラギラとした汚れまくりの眼を向ける雄太。

「送迎ったって、そんなことやってたらおまえが遅刻するぞ」

「心配いらないよハル兄! 俺は遅刻には慣れてるからね! それに、だから今日は早起きしてここで待ってたんじゃないか!」

 グッドサインを自分の顔に向けて、先ほど刺が刺さって血が滲んでいる唇をにやけさせる。自慢するこっちゃないだろそれ。

「だからお願い! 二葉さんと一緒に登校させてください! おねがいします!」

 もはや王子など見る影もなく深々と土下座する雄太。好きな女の子と登校するのに土下座しなきゃならないなら俺は一生できなくていいとさえ思えてくる。それほどまでに惨めである。いつの間にか口から落ちて床に転がっている薔薇が妙に哀愁を漂わせている。

「うう……」

 その哀れな様子を間近で見てしまった二葉は、心底嫌そうな顔ながらも断れなくなり、やむを得ず首を小さく縦に振り、雄太と共に学校へと向かうことになった。俺達がちょっと後ろでついて来ることを条件に。まぁ麓までは一緒だからな。

 

 るんるん気分で鼻高々の雄太と、既に一日を終えた帰宅途中のサラリーマンのような表情の二葉を伴って下へと降りていく。五人一斉にこのボロ階段に集結すると、今にも崩れそうな音を立てている。

「ハルキ、この階段本当に大丈夫?」

 五人分の重みに悲鳴をあげている階段を見て、一葉が心配そうな声をあげる。

「だ、大丈夫じゃないかな……」

 一応そう答えておいたが、揺れが凄いし音も豪快だ。そろそろ寿命だろこれ。お年寄のようなこの階段に厳しい負荷をかけながら下へ降り立つと、おばちゃんがいつも通り掃除をしていた。逆におばちゃんがいなかったら学校休んででも探しにいきそうだ。

「おばちゃんおはよ」

「おはようございまーす」

 それぞれで挨拶をする。

「あらみんなおはよ〜。ごめんね〜昨日は雄太が迷惑かけたみたいで〜……」

 おばちゃんは挨拶で一回、雄太の件で一回ずつ深々とお辞儀をする。

「いやいや、そんなこと!」

 あるけど。昨日靴と玄関の掃除が大変だったんだ。しかしそれは口に出さず、俺達は釣られるようにお辞儀を返す。

「母ちゃん! 俺、二葉さんと結婚するから!」

 思わず何も無いところで滑ってしまった。

「お前は見境なく妙な宣言をするんじゃない!?」

「お、おまえとケッコンなんかしないぞー! へんなこというな!」

 二葉も俺に負けじとブーイングを送る。

「そうなの〜。がんばってね〜雄太〜」

 おばちゃんそれ、皮肉で言ってるんだよね? マジで応援してないよね? おばちゃんは胸の前で手を合わせて、くしゃっと頬を緩ませている。

「任せとけ! それでは二葉さん、参りましょう!」

「うう……」

 すっかり天狗になっている雄太の声に、本当に仕方なくと言った様子で小さい歩幅で隣に並ぶ二葉。一度言ってしまった事を律儀にも全うする姿はそれはそれで可愛いらしい。まぁ雄太と共にってところが大変不憫であるが。

「じゃ、じゃあおばちゃん行ってくるよ」

「は〜い、いってらっしゃ〜い」

 おばちゃんはマシュマロのような笑顔をくれて、俺と一葉と三葉も、後についていくことにする。

「ん?」

 しかし前に進もうと足を出すと、これまでずっと手を繋いでいた三葉の足が動かない。よく見ると俯いてしまっている。

「どしたミツバ? 腹でも痛いか?」

「…………ちがう……」

 俺に手を取られながらも、水を切る子犬のように首を振る。

「どうしたのミツバ? 具合悪いの?」

 並んでいた一葉も急に様子のおかしくなった三葉に心配そうな眼差しを送る。

「…………なんでもない……いこ……」

 もう一度俯いたままふるふると首を振って答えた後、今度は自分から歩き出した。しばらくずっと、前だけを見て。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「こんにちは」

 三限目の休み時間。例のごとく机に突っ伏そうと教科書共々机の下へ詰め込んでいると、そうはさせるかと言わんばかりに花咲が俺の前の不在の席に腰かけてきた。

「どーも」

 俺はさも不機嫌を顔に出して花咲をすがめ見る。

「あら、私じゃ不満?」

 俺の顔を斜め下から覗き込むようにして、悪戯な笑みを送ってくる。

「む……別に」

 何か照れ臭くなってぶっきらぼうに答えてやる。毎度毎度ペースを崩されるので最近はかなり苦手意識がある。あの件もあるしな。

「そう。あ、そういえば面白いこと知ってるのよ」

「面白いこと?」

 さも今思い出したように言う花咲。思わずオウム返しで返してしまったが、これはまた罠だな。俺を動揺させて面白がるつもりなんだこいつは。最近わかってきたぞ。俺はすばやく臨戦体制を整える。といっても頬杖をついて興味のなさそうな顔を向けてやるだけだが。

「土曜日遊園地に行くとか」

 思わず顎が手の平から滑り落ちた。

「だからなんで俺のプライベートがモロバレしてんの!?」

「あら、私は一葉の話をしたのだけれど…」

 ああ、一葉から聞いたのか。ってこれじゃ俺が行くこともわかっちゃったじゃん! 何この誘導尋問! 花咲は刑事にでもなればいい!

「あなたも一緒に行くの? じゃあデートなのね」

「ちがう。近所のアホガキと一葉の妹たちも一緒だ。まぁどっちかって言えば俺達は保護者変わりのようなものなんだよ」

 花咲は胸元に下がる巻き髪を電話線を弄るように指に絡めながら、「ふーん……」と一言呟いて、上目遣いで覗くように眼を合わせてくる。

「それで、まだ行く遊園地が決まってないらしいじゃない?」

「あ、ああ。この近辺じゃ同じくらいの距離で三つ遊園地があるからなぁ」

「じゃあ、はいこれ」

 そう言って、花咲が差し出してきたのは五枚の紙切れだ。

「なんだこれ?」

「ネズミーサルスタジアムジャポンの招待券。あげるわ」

 またピンポイントな枚数だな。そう突っ込みたかったが、どうせ無駄なのでそのまま飲み込んだ。

 ネズミーサルスタジアムジャポン、通称NSJはこの近辺、いや日本でも最大級に大きいアミューズメントパークで、子供から大人まで楽しめるアトラクション満載で大変評判がいい。土曜日の有力候補だったが、ここからだと一番遠かったからどうしようか迷っていたのだ。

「お、おいおい、いいのかよこんなの貰っちまっても……?」

「いいのよ、知り合いから貰って使い道がなかったから。五人用じゃクラスメイトを誘うのにも中途半端だしね」

 花咲はさらに招待券を俺の前に押し出してきたので、俺は素直にそれを受け取った。

「サンキューな。この借りは何らかで必ず返すからよ」

「あら、楽しみにしてるわ」

 妖艶に微笑んで、花咲は席を立った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 午後の授業になると必ず襲い掛かってくる睡魔にも耐えて、ようやく待ちに待った放課後だ。今日は久しぶりに筑紫と佐久間を引き連れて町のファミレスへと向かった。最近は放課後になれば一葉とスーパーに買い出しというのが普通になってしまい、朝の登校時も出発時間を早くしてしまったために、こいつらと顔を突き合わせる機会があまりなかった。しかし昨日は事前に今日の分の買い出しは済ませておいた。二葉と三葉についても、朝方雄太が二葉を学校へ送っていった際、どうやらおばちゃんちで一緒に夕飯を食べてもらうことになったらしい。先程雄太がそんな内容のメールを送ってきたのだ。まぁ二葉と少しでも仲良くなりたいがために半ば強引に誘いこんだのだろうけど。三葉もいつも二葉と一緒に帰ってくるのでおばちゃんのところで厄介になるはずだ。なので、一葉も女子連中とどこへやら遊びにいってしまったらしいし、俺も久々にアホなこいつらとつるむことにした。


「いやぁ〜、三人でこういうとこでだべるのっていつぶりだ!? あ、店員さ〜ん注文注文〜!」

 筑紫が黒縁メガネのレンズの奥でキラキラと眼を輝かせている。筑紫に呼ばれ、小走りで店員さんがやってきた。

「えっと〜、ドリンクバー三つと、俺はこのジャイアントパフェで! ハルっちゃんとサクマは? なんか食う?」

「俺は大丈夫だ」

「俺もいらん。夕飯前でよくそんなもん腹にいれておけるな……」

 メニューに書いてあるパフェは見ているだけで胃もたれしそうなほどに甘ったるい色を醸し出している。また量が大ジョッキほどに大きくえぐい。

「こんなもん俺の第二の胃袋に放り込んでおけばなんてことないぜ! またの名を別腹と言う。あ、じゃあ今言ったのだけで〜」

 お前は牛か。店員さんはメニューを今一度読み上げ確認してから、ぺこりと一礼して掃けていった。

「よーし! じゃあやるかぁ、いつもの!」

 筑紫が景気よく右腕をあげる。

「またかよ……あれ飲めたもんじゃねえんだよなぁ」

 いつものとは、俺達がファミレスへ来ると決まって行われるジャンケンゲームだ。一抜けは王様気分、二抜けは三人分の飲み物を汲んでくる召使、そしてビリは死あるのみのタバスコ入りジュースの刑、要するに囚人の気分を味わうのだ。

「負けなければいいんだよハルキ」

 簡単に言うな簡単に。佐久間は背中越しに神々しいオーラを出しながら微笑んでくる。このゲームをすると決まって佐久間は王様の座に君臨する。今だ負けなしの強運の持ち主だ。なんでこいつにだけは天は二物も三物も与えるんだろうなぁおい。

「悪いが今日こそは勝たせてもらうぞサクマよ! 俺には秘策がある!」

 筑紫が気張って立ち上がると、両手を裏にして合わせ、それをくるっと回してから自分の片目の前まで持ってきて、手と手の間から中を覗き込む。

 ……まさかそれが秘策じゃあるまいな?

「むむっ! むむむむむむ! ……見えた!!!」

 ガバッと両手を離したと思うと、そのまま右腕を大きく振りかぶる。

「じゃぁぁぁんけぇぇぇぇん――」

 スローモーションに見える…というか実際にスローモーションで声を張る筑紫を見て、俺も佐久間も仕方なくといった感じに手を用意。

「ぽぉぉぉぉんんんしゃあぁあああぁああぁぁぁああぁ!?」

 筑紫パー。俺と佐久間はチョキだ。

「のおおおおおおお!? じっちゃん秘策は嘘だったのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 消滅間際のラスボスみたいな断末魔をあげて、筑紫は頭を抱えながらテーブルに平伏した。じいちゃんに教えてもらったらしい秘策はものの数秒の戦いであっさりと敗れ去った。っていうかパーだした時の手の平にちっちゃくボールペンでパーって書いてあったような気がするが勿論言わないでおく。

 筑紫が悶えている間に佐久間とも勝負をつける。まぁ結果は言わずもがなだが。

「よし筑紫、どんな飲み物にタバスコを入れてほしい?」

 王座についた佐久間様が腕を組みながら囚人筑紫に問うてやる。

「お、王の仰せの通り……に……」

 今だ痙攣したようにテーブルに突っ伏している筑紫は、絶命直前の兵士のように答える。

「よろしい。では召使、メロンソーダにタバスコだ」

「ラジャー」

「ラジャーじゃない!? それ最悪ペアじゃん!」

 ようやく息を吹き返したように起き上がる筑紫。

「ああ、俺はコーヒー頼む。ホットで」

「ラジャー」

「ちょ、本気!? あれ殺傷力激高だよ!?」

 筑紫が王様に懇願していたがあえなく要望は取下げられ、筑紫はどうやらパフェとタバスコ入りメロンソーダという最悪コンビを平らげねばならなくなった。

 

「げー、まじい……パフェの味をも凌駕するこの殺傷力……」

 ようやくパフェも到着し、筑紫はパフェとタバスコメロンソーダを交互に口にしながらげっそりしている。

「言い出しっぺが負けるってのはよくあることさ」

 佐久間がハードボイルドにコーヒーを手に勝者の余裕を見せる。

「うえーだめだ! ちょっと休憩だ!」

 椅子に深く座り込んで腹をさすっている筑紫。

「おっとそうだ! それよりさ!」

 と、思えば思い出したようにテーブルに身を乗り出す。

「二人は誰狙いなわけ?」

「薮から棒に一体何の話だ?」

 いきなり訳のわからないことを言い出す筑紫を、頬杖をつきながらすがめる。

「惚けるなよ〜! 今までの学校生活、なんだかんだ女っ気のなかった俺らだが! 今回は上玉が三人もいるじゃんか!」

 筑紫がいやらしい三下ヤンキーみたいな言い回しでまたアホなことを言い出す。

「ま、サクマは一葉ちゃん狙いだろ〜? こりゃ見ててもわかるもんな〜」

「いや、いやいやいや、そそそそんなことなななないぞ! おおお俺はただ仲良く学校生活をだなあ……」

 急に頬を染め、物凄い勢いで動揺している佐久間。

「まぁまぁ、サクマについてはもうだいたいわかってっからいいんだよ。問題はハルっちゃん、君だよ!」

 筑紫は腹をさすりながらも立ち上がり、俺をびしっと指さしてくる。

「なんで俺が……」

「ええぃ、はっきりしやがれ! ハルっちゃんは一葉ちゃんと嘉穂ちゃんのどっちを狙っているのだ!?」

「一葉ならまだしもなんで花咲も入ってくるんだよ!?」

「よく授業が終わると二人で内緒話してるじゃねえか! と思えば帰りは一葉ちゃんと一緒に帰っちまうし!」

 もしかしてクラス内でもそう見えちまってるってことか?

「まぁ確かにそうだなぁ。……碧原と花咲と、本当に何もないのか?」

 佐久間も珍しく真剣な眼差しで俺に問い掛ける。

 ……まぁ当然だよな、好きな女の子が違う男といつも登下校してるっていうんだから。

「ああ。何もないよ本当に。登下校は家族ぐるみでの付き合いがあるからだし、花咲とはよく相談に乗ってもらってるだけだ」

 少し佐久間に同情して、俺が気軽にそう言ってやると、佐久間はほっとしたように肩を緩めた。

「マジかよハルっちゃん。俺はてっきり二股かけてるのかと思ってたぜ」

「俺にそんなプレイボーイ的甲斐性があるように見えるか?」

「「見えないな」」

 二人で答えんでいい。結構ショックだぞ。

「ふーん、そうか……」

 佐久間は安心したのか、残り少なくなったコーヒーを一気に飲み干す。

 そして、

「じゃあ碧原のこと、本気になっていいんだな?」

 何かを決心したような鋭い視線で、俺に向かってそう言い放った。

 しばし時が止まったように感じる。周りの騒がしい喧騒も耳には入らない。ちらっと目線を動かすと、筑紫も面食らった表情で佐久間を見ている。

 俺も驚いた。普段からあまり感情を表に出さない、少し何考えているのかわからないやつだったから、この宣言には驚きを隠せない。

「……っ」

 答えようと口を開く。しかし何かが喉でつっかえたように声が出ない。喉が渇いているのか。俺は自分で注いできたコーラをストローで吸い上げる。炭酸が上手く刺激になった。

「――あ、ああ。いいんじゃないか!? そうそう実は俺も気付いてたんだよ! 佐久間は一葉に気があるだろうってさ!!」

 俺は声高々に言い放った。その瞬間、俺に向けてくれた一葉の笑顔が頭に浮かんだ。どくんと一つ心臓が跳ねる。

「そ、そうなのか!? なぜだ!?」

「お前意外と顔に出てるんだよ! だってほら、アホな筑紫にもばれてるくらいだしよー!」

「アホいうな!?」

 喋れば喋るほど、一葉の表情が浮かんでは消える。言葉と一緒に吐き出しているように。

「おおお! 恥ずかしいぞー!」

 佐久間は両手で顔を覆い、真っ赤になった顔を隠そうとしているが、隠しきれていない。

「が、頑張れよぉ佐久間! 応援してっからさ!」

 一葉は家族だ。そんな感情はない。ない筈だ。一緒に住んでいるんだ。そんな感情持ってはならない。

 そうか、驚きなんかじゃないのか。隠せてないのは動揺だ。

 いつか佐久間が一葉を連れていってしまうんじゃないかって。

 四月に俺は一葉に家にいて欲しいと言った。一葉も残りたいと言ってくれた。でも、一葉自身がそう決めるなら、俺は背中を押すしかないのだ。家族とはきっとそういうことだから。そういうことなんだ。

 

「サクマの爆弾発言にはびっくりしたが、ちなみにおれは葵ちゃんだなぁ!」

 筑紫は腕を組み、うんうんと頷きながら、聞いてもいないことを口走る。

「枝村のどこが気に入ったんだ?」

「なんつうかさぁ〜! あの町で見つけた可愛い女のコ! みたいな無邪気さがいいよね〜!」

 よくわからん例えだな。まぁ筑紫と葵は性格的には似てるけど。

「そうかー。頑張れよー」

「ちょ、興味なさすぎじゃない!?」

 俺は大層無関心といった眠そうな表情を向けてやった。

 でも筑紫には悪いけど本当にこの時ばかりは無関心だったのだ。

 さっきの佐久間の言葉と、一葉の笑顔で頭がいっぱいだったから。

 

 

 

 第2章―――完

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