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クローバー(2)  作者: ディライト
第4章
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第4章―(2)

 妙にやる気に充満された俺の部屋内では、まるでボクシングの試合前に控室でするシャドーのように、見えないラケットを持って素振りを繰り返している筑紫と葵。

「アオイ! 目指すはウィンブルドンだぜ!」

「おうよマサシ! オレたちに負けの二文字は存在しないのだよっ!」

 何かのスポーツ漫画よろしく健やかな汗を飛び散らせながら、目と目で交わし合う熱い闘いの眼。今彼らの頭の中では華麗なラリーの応酬をしている自分達の姿が輝かしいばかりに映っていることだろう。というかあまりどたどた暴れないで欲しい。一階の住人に怒られちまうだろう。なぜか会ったことないけど。

 一方の一葉・佐久間ペアは先程から紙にボールペンでしきりに何かを書きあっている。作戦でも立てているのだろうか。最初は佐久間のテンションに少しおどおどしていた一葉だったが、今では笑顔も見えはじめた。

 くそぅ、何かいらいらするな。そうだ、佐久間が上手くいっているとむかむかするんだ。前からそうだったわ。

 そして部屋の隅では、そんな四人をボーッと眺めながらお菓子とジュースを堪能する花咲と俺。

「花咲もあいつらみたいに素振りしないのか?」

「いやよ。汗かきたくないし」

 それ遠回しに参加したくないって言ってる?

「不必要な汗はかきたくないだけよ」

「んじゃ一葉たちみたいに作戦会議でもしとくか?」

「面倒臭いから遠慮しとくわ」

 そう言い、一葉の買ってきたお菓子に手を付ける花咲。

 どうやら花咲も俺と同じタイプのようだった。まぁ色々バイトを重ねてるだけあって俺よりは活動的だが。

「おっしゃ、ハルっちゃん! そろそろ始めようぜ!」

 筑紫が噴き出る汗を拭いながら、見えないラケットを肩に掛ける。

 お前本番前からへとへとじゃないか。

「おう、まぁ対戦方式は総当たりだとして、誰から行く?」

「ハルくん! あたしたちは死闘を演じる準備はできてるよっ!」

 俺が聞くと、葵が肩で息をしながら挙手。

 なんでお前ら既に一戦交えてきた後みたいになってんのよ。

「ハルキ、俺達も準備OKだ」

 佐久間もそれに賛同するように爽やか笑顔でグッドサインを送ってくる。隣では一葉もこくこくと首を縦に振っている。

「んじゃ最初は、筑紫・枝村ペアVS佐久間・碧原ペアだな。時間かかるから3ゲーム1セットマッチで」

「なんだよしけてんな〜ハルっちゃ〜ん」

 フルセットで起き上がれなくしてやろうか。

「おっしゃ! 勝つぜ〜アオイちゃん!」

「おうよ! 筑紫クン!」

「碧原、落ち着いて行こう!」

「う、うん!」

 それぞれペアで声を掛け合って、ようやく草野オープンが開幕した。ってなんじゃそりゃ。

 それにしてもたかがゲームに凄いテンションである。

「っしゃぁ〜! ツイスターサーブ!」

 どこかの漫画の技名を叫んで、筑紫が上から振りかぶった。といってもそんなサーブは繰り出されるわけもなく、肉眼で確認容易なぼてぼてサーブが一葉の真正面に落ちる。

「え、えいっ!」

 可愛らしい声とともに、筑紫のボールを打ち返す一葉。ボールは対角線にふわりと飛んで、再び筑紫の元へ。

「佐久間くらえ!」

 ネット際にいる佐久間を狙おうとしたが、早く振りすぎたようで、ボールは再び対角線に飛ぶ。が、しかし対角線のネット際にいた葵の後頭部に筑紫のボールが見事ヒット。

「痛っ!?」

 自分は痛くないはずなのに思わず声に出してしまった葵は、頬を膨らましながら筑紫を睨んでいる。

「ご、ごめんごめんアオイちゃん……。よし! 気を取り直してスーパーサーブ!」

 なんて安易な名前のサーブだ。筑紫のスーパーぼてぼてサーブは、次は逆側の佐久間の元へ飛んでいく。

「よし!」

 綺麗なフォームで対角線の筑紫に返す佐久間。

小癪こしゃくな!」

 筑紫は意地になって再び佐久間に打ち返そうとしている。

「いまだ碧原!」

「うん!」

 その時、佐久間の掛け声とともに一葉は佐久間への通り道をなくすように、対角線上のネット前に移動する。

「げっ!?」

 急な一葉の移動に再び操作を誤る筑紫。変な体勢で打ち返されたボールは明後日の方向に飛んでいき、再び葵の後頭部に直撃した。

「ぁ痛っ!? ちょ、ちょっと筑紫クン!? 真面目にやってよっ! 遊びじゃないんだよこれはっ!」

 いや、遊びだよこれは。

「わ、悪いアオイちゃん……。でもね、テニスは追い込まれてからが勝負なんだぜ」

 筑紫は眼をつむり、諭すように言う。

「……っふ、わかっているじゃないか相棒っ」

 葵も見えないラケットをくるくると回しながら同調する。どこのスポ根漫画だ。

「さぁ行くぜ! 高みへ!」

「おうよ! 相棒!」

 …………。

 勝者佐久間・碧原ペア。でかでかと画面に踊る勝者を知らせる文字。俺の畳の部屋では四つん這いでうなだれる二人の敗者の姿が。

「……つ、筑紫クン……。あたしにボール当てすぎ……」

「……いや、もう本当にすまなかった…………」

「…………あたし、ラケットに当たった数より、後頭部に当たった数の方が多かったよ……」

「…………すまなかった……」

 二戦連続は無理だろうな。色々な意味で。

「よし、じゃあハルキと花咲やらないか?」

 おちゃらけコンビをストレートで倒したコンビの爽やかな方が、見えないラケットの先をこちらに向けてくる。

「……しょうがねえな」

 そうひとりごちてから花咲に眼を向けると、小さく息を吐いて花咲も立ち上がった。

「そうこなくちゃな」

 佐久間の腹立つほどのはにかみ笑顔に少し睨みを利かせてから、感応型コントローラーという名のラケットを握る。

「ハルキ、カホ負けないよ!」

 一葉も先程の試合ですっかり自信をつけたようで、凛々しい笑顔を向けてくる。所定の位置に一同がずらりとテレビの前に陣取る。四人がテレビの前で立ち、腕を振り回している様は、傍から見たらさぞ滑稽なことだろう。

 佐久間以外そっくりなアバターがテニスコートに登場し、ゲームスタートのゴシックフォントが画面に踊る。最初のサーブは花咲だ。

「ま、適当に振ってみろよ」

 花咲は俺の言葉に素直に頷くと、画面の中の自分とコントローラーを交互に見ながら訝しげに腕を振るった。山なりに飛んでいくボールは佐久間の真正面に落ちる。

「ハルキ行くぞ!」

 俺の名を叫びながら、ストレート方向のネット際にいる俺にフォアハンドで打ち返してきた。舐めやがって。

「俺は一応持ち主だぞ!」

 一生テニスプレーヤーにはなれなさそうなフォームで、同じくネット際対角線上目の前の一葉にボールが向かう。

「わぁ!」

 至近距離で咄嗟に反応した一葉。ボールは勢いそのままに再び俺の元に。

「こなくそ!」

 顔の前で適当に振り回してやると、またもボールは一葉の前に。

「ちょっと、ハルキ!」

「待て、ヒトハ!」

 もはや羽子板状態になっていた。止まらないボレーの応酬。

 くそ、一葉のやつこんなに運動神経良かったのか!?

 しかしそんなことが永遠続くわけもなく、ついに拮抗が崩れた。一葉の操作が少し遅れてボールは後方でボーッと突っ立っていた花咲の元へ。

「花咲頼む!」

 俺が叫ぶと同時に、相手の後方佐久間もここぞとばかりにネット際に詰めてくる。刹那、時が止まったかのように思えた時間が到来した。軽く下から上に振った花咲の腕はスローモーションに見えたかと思うと、いつしかボールは大きく孤を描いて、佐久間と一葉の頭上を越えて、ベースラインに寸分狂わず落ちた。

「……へ?」

 佐久間が素っ頓狂な声をあげている。さぞゲーム内の佐久間はいつの間にか後ろに跳ねているボールを目で追っていることだろう。

「カホ……うま〜い」

 一葉も意外な物を見たというように花咲を見ながら口を半開きにしている。確かに上手すぎた。プロ顔負けのロブショットをこんなゲームでやらかすとは。ただ、当の本人は何が起きたのかという表情で俺を見つめていた。

「草野くん、今のは私たちの得点なのかしら?」

「あ、ああそうだけど……」

「そうなの。ふふ、やったわね草野くん」

 小さな手を向けハイタッチのお誘い。俺はそれに手を合わせると、くすくすと喉を鳴らした。それはとても自然な笑みで、いつもの妖艶でドS感満載な笑いとはほど遠いものだった。

 ……そういう笑い方もできるんだな。

 少し花咲を見直して、気を取り直して画面に眼を向ける。再び花咲のサーブ。しかし一向に花咲はサーブを打たない。

「カホ? どうかした?」

 レシーブ側の一葉が痺れを切らして目を向ける。

「……わたしばかり打っていていいのかしら?」

 どうやら花咲はテニスのルールを全く知らないようだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 結論から言えば、花咲はルールを知らないのに何故かめちゃくちゃ上手かった。麻雀のルールを知らないで大三元を出すようなものだ。きっと花咲は何をやらせても器用にこなしてしまうやつなのだろう。

 その後は総当たりによるリーグ戦などはどうでもよくなって、復活した筑紫と葵も再び参加して、色々なペアを作って遊んだ。カラスが鳴き出す頃合いで、一葉が妹を迎えに行かなければということで、その場はお開きになった。

「ハルくんまたねっ!」

「ハルっちゃん、今度はボーリングな!」

「じゃあなハルキ」

「お邪魔しました」

 各々お別れの挨拶を交わして、そろそろ限界そうなボロアパートの階段を降りていった。一葉は帰るふりついでにおばちゃん家にいる二葉と、小学校で遊んでいる三葉を迎えに行った。

 いつも思うが、友人が家に遊びに来た後の静けさというのは、些か寂しいものがある。孤独を感じる瞬間だ。ま、今は一葉たちが帰ってきてくれるからそんなことはないけどな。というか別に以前もそんな事感じてはいなかったし。

 そんな事を頭の片隅で考えながら、夕飯の支度でも始めますかという所で、家のチャイムが鳴り響いた。

「……? 一葉……じゃないよな。いくらなんでも早過ぎる」

 ではおばちゃんがおすそ分けを持ってきてくれたのか。今日はよく客が来る日だ、なんて考えながらボロいドアを開いた。

「あれ、どした? 忘れ物か?」

 来客者は花咲だった。相変わらず読めない無表情を俺に向けながら、ゆっくりと口を開いた。

「――知りたい?」

「ん、なにが?」

 そう返して、俺は思い出した。

 花咲が俺達について知り尽くしている理由。

 

 ――そのうちわかるわ。

 

 そう言って、謎を残したままにした妖艶な微笑を思い出した。

「……ああ、そうだな……知りたい」

 四月のあの日のように、俺は同じ言葉でそれを返した。

 俺の返答にくすりと微笑を漏らすと、

「もう一度、お邪魔するわね」

 と言って、俺の部屋へと入ってきた。

「妹さんを迎えに行ったヒトハが帰ってきてから、ね」

 その付け加えられた言葉によって確定した。花咲はやはり俺と一葉が一緒に住んでいることに気付いているのだろうと。

 

 花咲に茶を出した後、暫く俺は夕飯のシチューを煮込みながら一葉を待った。茶を啜りながら、きょろきょろと部屋を見渡す花咲。

「なんだよ……人の家じろじろ見て……趣味悪いぞ」

「ふふ、よく隠したなぁと思って」

 そう言って眼を細めながら喉を鳴らす。

 ……もう突っ込まないからな。

「ただいまー」

 そんな事を話していると、同時に一葉たちが帰ってきた。

「ただいま〜! ハルキハルキ、今日のゆーはんは……って誰かいるぞ!?」

 早速キッチンの前に立つ俺の元に寄ってきた二葉が、居間で正座していた花咲を発見した。

「…………あ、綺麗なお姉さん……」

 どうやら三葉は覚えているようだ。

「こんばんは、一葉の妹さんたち」

「こんばんは〜! って誰なんだ!?」

 花咲の美しい笑顔を前に、二葉は俺と花咲と一葉とを忙しそうに見回す。

「カ、カホ!? ど、どうしてここに……!? はっ! あ、いやカホこれはね!? 私たちは家族ぐるみの付き合いっていうかなんというか!」

 一葉は帰った筈の花咲がまだ家にいて焦りの色を隠せない。なんとかごまかそうと必死だ。

「ヒトハ、花咲にはもういいよ。隠さなくても」

「……なんていうか私とハルキは…………ってどういうこと?」

 ようやく我に帰った一葉を見て、可笑しそうに微笑する花咲。

「ふふ、こういうことよ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「カホ……知ってたの? 私がハルキと一緒に住んでるってこと……」

 シチューを煮込ませながら、花咲の向かい側に並んで腰かける俺と一葉。二葉と三葉は隣の部屋で遊ばせている。

「知ってたわ。妹さんたちと一緒に住んでることも、一時期誤解で一葉がこの家を出て行きかけていたことなんかもね」

「ど、どうしてそんなことまで……?」

 俺も驚かざるを得ない。花咲にはそのことで相談したことはあったが、そこまで詳しく話した覚えはない。

「それについては後でちゃんと話すわ。……それよりも、ひとつ聞いてもいいかしら?」

 そう言う花咲の視線は俺ではなく一葉に向いていた。いつもの妖艶な笑みを浮かべているのではない。無表情ながら、何かを決意したような瞳をしていた。

「うん? 私?」

 一葉が花咲の視線に気づく。花咲は一葉の問いに小さく頷くと、心を落ち着けているように小さく深呼吸して、それからゆっくりと口を開いた。

 

「草野くんのこと、どう思ってるの?」

 

 かたかたと煮込まれるシチューの音だけが部屋内に流れている。この瞬間だけ時間の概念が切り取られてしまったかのような空気。花咲の瞳は一点集中で一葉を貫いている。

「――――どうっ……て?」

 静寂を掻き消すように聞き返す一葉。聞かれた本人も言葉の意味がわからないと言った表情。

「そのままの意味よ。草野くんと二ヶ月過ごしてきて、あなたの気持ちは草野くんにどういう風に向いているの?」

 花咲の解説によってようやく意味を理解したようで、一葉は顔を赤らめて眼を泳がせる。

 それはそうだ。急にそんな事を聞かれて真顔で即答できる奴がいたら是非連れて来てもらいたい。だから俺は、花咲の質問の意図がよくわからなかった。

「え、あの、その……!」

 あたふたと胸の前で手をばたばたと振っている。そのいつもの慌てる一葉を見ても、花咲は表情を崩さない。ようやく一葉も花咲の真剣な問い掛けに気付いたようで、ちらりとうるうるな上目遣いで俺を見てから、意を決したように口を開いた。

「ハルキは……」

 俺はごくりと息を飲む。

「ハルキは……前にも言ったけど、私の恩人で、私をどん底から這い上がらせてくれた…………大切な人だよ。一緒にいて居心地が良くて、楽しくて、それで……――」

 一葉はほんの少しの間、口を開いたまま発声を止めた。しかしきゅっと唇を締めた後、

「――家族みたいに好きな人だよ」

 そう、控えめな笑顔で言った。

 くすぐったかった。他人からそんな風に想われることなんてなかったから。もうしばらく家族のような温もりを感じていなかったから。忘れかけていた思い出が走馬灯のように駆け巡る。ああ、あの時もきっとこんな感じだったんだ。ふわっとシャボン玉にでも包まれているような感覚。いつまでも失いたくないこの気持ち。

「…………そう」

 花咲は一言漏らして立ち上がる。

「まだ私も舞台にあがれそうね」

「え?」

「二人ともついてきて。約束を果たすわ」

 有無は言わせないとばかりに、花咲が履いてきたつっかけのようなサンダルに足を乗せる。俺達もそれに誘われるように後へと続く。おっとシチューの火は消していかねえと。

 

「……最初はね、面白そうとしか思ってなかったのよ」

「……? 何の話だ?」

 前を歩く花咲の背中越しに揺れるくるっと巻いた髪を眺めながら、アパートのボロ階段を降りていく。

「……でもね、聞いているうちに、なんだか羨ましい――とか、……柄にもなく思っちゃったの」

「な、何を聞いたって?」

 階段を降りると、アパートの外に出ると思いきや、花咲はそのままUターン。その方向には大屋のおばちゃんの少し大きい部屋と、一階の三つの部屋だけだ。少しの疑問を抱きながらも花咲について行くと、花咲だけがちょうどおばちゃんの部屋の前を過ぎたところで、ドアが開いておばちゃんが部屋から出てきた。

「あらあら〜こんばんは〜、ハルちゃんヒトハちゃん」

 おばちゃんはお豆腐のような笑顔をくれて挨拶してくれた。手には揚げ豆腐を持っている。

「ちょうどハルちゃんにおすそ分け持っていこうと思ってたんだよ〜」

 いつも本当に助かってます。

「おばさん、こんばんは」

 と、そこに掛かる花咲の声。

「あらあら、カホちゃんもこんばんは〜。あ、良かったらカホちゃんも揚げ豆腐どう〜?」

「へ!? おばちゃんと花咲って知り合いなの!?」

 あまりに二人の自然な挨拶の交わし合いに目を剥く。おばちゃんはほえ? とした顔で首を傾げると、

 

「何言ってるの〜? カホちゃんもここの住人さんでしょ〜?」

 

 ……え? ちょっと理解しがたい発言がおばちゃんの口から発せられた気がしたぞ?

「え、あの……今なんて?」

 俺がもう一度聞き返すと、おばちゃんが言う前に花咲が前に出てきた。

「初めまして、一階101号室に住んでいる花咲嘉穂です。以後お見知りおきを」

 ぺこりと頭を下げたあと、いつも通りの妖艶な笑みを浮かべながら頭をあげた。

「「ええええええええええええええええええ!?!?」」

 叫ばずにはいられないほどだった。一葉も美人な顔が台なしなくらいに口をあんぐり開けている。

 え、なに!? ということは花咲が俺達について色々知っていた理由って……。

「おばさんが、私が同級生だって知ったらいろいろ教えてくれたわ」

「おばちゃんんんんんんんん!?」

 え、あれ!? おばちゃんって俺の味方じゃなかったっけ!? 俺の勘違いだったっけ!?

「あ、あれ〜? 仲良いって聞いてたから……。言っちゃだめだった……かな?」

 おばちゃん口軽すぎだよ!? おばちゃんの口、セ○ムしてますか!?

 驚愕に包まれる俺と一葉を尻目に、くすくすと喉を鳴らす花咲。

「ちょうど、草野くんの部屋の下でね。壁とか天井とかが薄いのか、話し声とかも結構聞こえてくるのよ」

 もう声も出ない。一葉もそんな事実を知ってしまって大爆発を起こしそうなくらいに顔を真っ赤に染めている。

 そりゃそうだ。学校での少ない友人に、知られたくない私生活を自ら暴露していたようなものだからな。

「…………なるほどね」

 二ヶ月に渡り謎として処理されていた問題が無事(?)解決されて、身体の力が抜けて大きな脱力感が襲う。あんなに必死になってひた隠しにしていたのが馬鹿みたいだ。

「大丈夫よ、アオイには言わないから」

 その事も知ってるのね。おばちゃんはいまいち状況を把握していないようで、まだ俺達を交互に見ながら揚げ豆腐を持ったまま愛想笑いを浮かべて突っ立っている。

「カホ……さっきのって……?」

 一葉がふと花咲に聞く。

「言葉の通りよ」

 何の話だ? 一葉は少し難しい顔をして、花咲の顔を見つめている。

「さてと、じゃあね二人とも。今後はもうちょっと声を落としてくださいね」

「……ご忠告どうも」

「近隣住民としての注意よ」

 くすりと微笑して花咲は小さく胸の前で手を振った。

「あ、そうそう」

 と、自分の部屋を開けた所でもう一度こちらを見る花咲。

「夏休み、楽しみにしてるわ」

「……何の話だ?」

 花咲の発言はいつも突拍子すぎる。

「何って、男子たちが旅行の計画立ててくれるんでしょ? この間メールが来たわよ筑紫くんから」

 そういえばいつだかファミレスでそんな事を吐かしていた気がするな。

 それだけを言って仕切り直すように手を振って、花咲は自分の部屋に引っ込んで行った。

「……俺達も帰るか」

「……そだね」

 嵐のような一日にどっと疲れを感じて、二人目を合わせながら大きく息を吐いた。

「……あ、おばちゃん揚げ豆腐貰ってくね」

「あ、うん……。なんか……ごめんね?」

 おばちゃんは状況を把握できていないながらも、何かを感じたようでぺこりと頭を下げてくれた。

「いやいや、おばちゃんが謝るこっちゃないよ」

「そ、そうかな? それじゃあ、おやすみなさ~い」

 少し腑に落ちない表情で小さく溜息を吐いてから、すぐに顔を綻ばせて自分の部屋に消えていった。

 

「ハルキそういえば、夏休み何かあるの?」

「わからん。でも筑紫が言うんだからきっと何か計画するんだろうよ」

「そうなんだ。えへへ~楽しみだね~!」

「……そうだなぁ」

 

 結局、花咲の言いたかったことはよくわからなかった。何故今日まで隠していたのか、そして今日になって秘密を教えてくれたのか。一つ解決すれば一つ疑問が浮かびあがる。花咲嘉穂という女の子はとてもミステリアスらしい。

 まぁでも結局俺はこう言うんだ。

 

 まだまだ平穏は訪れそうにないなってな。

 

 

 

 

 クローバー(2)―――完

(3)につづく



ここまで読んでくださった皆様。本当にありがとうございました!ディライトです。クローバーも早くも(2)完結してしまいました。いや、早くはないか。それにしてもまさかここまで書けるとは思っていませんでした。これも読んでくださっている方、お気に入り登録して下さっている方、感想くださる方がいてくれるお陰です。

さて今回(2)はかなりコメディー寄りでしたがいかがだったでしょうか。といっても笑えるなんてところはなくてのんびりほのぼのな小説ですが、楽しんでもらえていれば幸いでございます。

(3)では夏休みのお話を書いていこうと思ってます。あと三葉のショートストーリ、いわゆる短編なんかも予定しております。良ければそちらも御贔屓に。

では今作でも感想、評価など頂けたら踊れもしないブレイクダンスを踊ってしまいます。ではまたクローバー(3)でお会いしましょう。

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