2.荷車出前道中
からからからから。
――わたしは今、ナキの牽く荷車に乗っている。
膝に大きなバスケットを抱えて。
水玉模様の布をかぶせたバスケットからは、空腹を誘ういい匂いが――。
と、ここまでいえばおわかりいただけるだろうか。
わたしは、いわゆるつぶらな瞳というやつに弱いのだ。
ナキはわたしをお屋敷まで運ぶために、荷車を持ってきていた。よくリュス麦の大袋などを運搬するために使われるやつだ。……わたしは荷物か。
ひとつ息を吐き、わたしはバスケットを抱きしめたまま、からころと流れていく町並みを見る。
もうすっかりなじんだ、わたしの町だ。いくつもの煉瓦で舗装された通り、キャラメル色やミルクティ色の、背の低い家々。ビスケットみたいな扉に、チョコレート色のドアノブがついている。
よく食堂に来てくれるお客とすれ違う。一応手を振っておいたら、不思議そうにしながらも振り返してくれた。
町を出ればほどなく、深緑色の森が広がる。この森を抜けた先が隣町だ。
不思議植物の宝庫であるこの森は、そのぶん動物も多い。中には人を襲うものもいて、わたしがこちらに来て真っ先に爺さまに教えられたのは、ひとりでは決してこの森に近づかないようにということだった。
そんな森へ今、わたしの乗る荷車を牽いて、毛むくじゃらの熊みたいなナキがのっしのっしと分け入っていく。
木立を縫うように進んで、振り返っても森の入り口が見えなくなった頃、ナキがぴたりと歩みを止めた。
「リツヤ殿」
低い呼びかけを受けて、わたしは荷車から降りる。
ナキの足音と、荷車の車輪の音が止み、静かになった森の中。
耳を澄ませば、わたしたちを取りかこむように、いくつもの息づかいが聞こえた。
「囲まれたね」
「申しわけありません」
「ううん。こんなからころ音立てながら進んでちゃしかたないよ。これの匂いもしてるだろうしね」
これ、とバスケットを掲げて見せて、わたしはそっと視線をめぐらす。
生い茂った枝葉が日を遮る、森の中は緑めいて薄暗い。
その、いっそう暗い木立の向こうに、息づかいの主たちはいる。
狼に似た茶色いやつか、虎に一角が生えたような黒いやつか。
木立の向こうの闇に潜む、その姿はまだ見えない。
が、まずまちがいなく、肉を食う大型の獣だろう。その証拠に、さっきまでそこここにあった、小動物の気配が消えている。
いつしか空気は、弓弦のように張りつめていた。
――やれやれ。
わたしがバスケットの中に手を差しいれたのと、
「ご心配は無用です、リツヤ殿!」
ナキが、この緊張しきった空気完全無視の大声を上げたのが同時だった。