11.討ち入りは香ばしさをつれて(前)
わたしの食堂、〈アメイロタマネギ〉を臨時休業とするのは、開店以来これで三度目だ。一度目はまだ食堂を始めて間もない頃、いろいろと根を詰めすぎて、高熱を出して倒れたとき。二度目は先日ナキに拉致されたときで、三度目は本日これから、鮭に拉致されるから。じつに三分の二があの蛙絡みなわけだけれど、結局のところ突っぱねられずにこうして扉に「本日休業」の木札をさげてしまっているのはわたし自身だから、だれを責めるわけにもいかない。
また例のお屋敷での出張調理を引き受けると決めると、わたしはばたばたと支度にかかった。今日お店で使うはずだった食材のうち、日持ちのしないものを木箱と布袋に詰めこんで、背負ったり抱えたり肩にかけたりする。わたしだけではとうてい持ちきれないので、鮭にも持ってもらった。大男なナキと違って細っこいこの鮭頭に荷物持ちはきついんじゃなかろうかというちょっとした意趣返しのつもりもあったのだけれど、鮭は中身ぎっしりの木箱を片腕に二つ軽々とのせて、もう片方の腕には布袋を四つもぶらさげた。おかげでわたしは、布袋をひとつ背負っていちばん小さな木箱をひとつだけ抱えればいいだけになったのだけど、なんというか、まあ、意外だった。
そうして、一見どこかへ夜逃げでもするような大荷物――ただし中身はすべて食材――を抱えたわたしと鮭、もとい鮭色髪のラミナは、辻馬車に乗って隣の隣の都へと向かった。
ちなみに、途中にある、人食い獣の巣くう森は、歩きで抜けた。
辻馬車は、森の中には入らない。どうしても車輪のついたもので森を行きたければ、一般人は、護衛つきの隊商に同乗させてもらうしかない。
それはわかっていたけれど、あまりにもためらいなく森へ入っていこうとするラミナを、わたしは思わず呼び止めた。
「ねえ、この森、歩いて抜けるの?」
「そりゃ、こんな森の中に分け入ってくれる辻馬車はないからな」
首だけで振り返ったラミナは、なにをあたりまえのことを、と言うような顔をしていた。
「それはそうだけど……というかそもそも、あんた、来るときはひとりで歩いてこの森を抜けてきたってこと? よく無事だったね」
護衛のない辻馬車がこの森に入らないのは、木立の間をじぐざぐと抜けていくのが大変だというのもあるけれど、なにより、凶暴な獣が出るからだ。わたしが前にナキと来たときだって、暴走荷車とまさに暴れ熊なナキの活躍で無事にすんだものの、肉食の獣たちに囲まれた。
それなのに、と思いながらわたしが見たラミナは、木箱を細い二の腕にのせたまま、器用に肩をすくめてみせた。
「俺はまず襲われねえよ」
そう言ったラミナの表情は、左目のモノクルが日の光を反射したせいで、うまく読みとれなかった。
わたしはそれ以上追及せずに、ラミナについて、森に足を踏み入れた。
いろいろ胡散臭いところもあるけれど、このラミナもまたナキと同じようにあの蛙を心配しているのは本当のようで、だったらその蛙に食事をさせる手段であるわたしをそうそう簡単に獣の餌にするようなことはないだろうと思ったし、――なにより、視界に入った太陽が、もうかなり高い位置に来ていたからだ。
ナキの新幹線並みの荷車がない今回、お昼ごはんの時間までにお屋敷に着けるとは端から考えていないけれど、急ぐに越したことはない。ぐずぐずしていると、おやつの時間になってしまう。そう思ったら、自然と足は速くなった。
結果としては、たしかにラミナの言ったとおり、ラミナとわたしが獣に襲われることはなかった。森は息をひそめるように静まりかえっていて、物音ひとつしなかった。
森を抜け、そこからさらに辻馬車を乗り継ぎ、やっとわたしの目の前に現れたお屋敷は、前に来たときと変わらず、どこかさびしげで物憂げな、なんとなく背すじが落ちつかないような雰囲気をまとって、灰色の絶壁に背を預けたたずんでいた。
前回の経験から、わたしはお屋敷の向かって左側の壁を注視したけれど、今日はそこから、女の子が生えてくる気配はないようだった。
――いや、それが普通なのだけど。
わたしがそんなことをしているうちに、ラミナはお屋敷の扉を開けて、すたすたと奥へ入っていってしまったので、わたしもあわててそれに続いた。
暗い廊下で行き合った、深緑のローブの人が、ラミナとわたしの姿を見るや、ローブをひるがえして奥へ走っていった。ほどなくして、その深緑のローブに先導されて、
「リツヤ殿……!」
白いおひげのモアレムさんが、息を切らしてやってきた。
心なしか前に会ったときより疲れたような顔をしているモアレムさんに会釈して、わたしはそろりと首をかしげた。
「どうも。あの、――厨房をお借りしても?」




