【四.逸脱者-out of standard-】
【四.逸脱者-out of standard-】
到着したのは近所でも有名な廃墟。
元々は金持ちの屋敷だったとかそうじゃないとか。俺がここに引っ越してきたときにはすでに、家主がおらず、周辺の子供たちがお化け屋敷だなんだと言っていたのを記憶している。普段であれば、明かりなどは無い。けれど、この日は屋敷の前に数台のパトカーと一台の黒いワゴン止まっており、幽霊屋敷は喧騒に包まれていた。
少女は、なんの躊躇もなしにパトカーの合間を縫って、最短距離で、黒いワゴンに向かい、その扉へ開く。真っ黒いワゴン。側面には白い文字でASO警備保障と書かれていた。
亜姫と真琴さんがワゴンの中に消えていくのをぼんやりと眺めていると、少女のものだろう、白く細い腕が俺の右腕を掴み、女とは思えないような力で、俺を車内へと引きずり込んだ。
「状況は?」
真琴さんは言う。
黒いワゴンの中はまるで何かのオペレーションルームだった。外見よりも広い社内にはいくつかの液晶が並び、一人の男がそれに向かって座っている。そして、その後ろから、真琴さんが液晶を覗き込む。
「とりあえず、警察の現場検証待ち。監視カメラの映像は本部から届いてるよ。」
男が真琴さんの問いに答える。それから、液晶を指差して、亜姫に見るように促した。
「これが、つい十五分前だね」
亜姫は液晶へと顔を近づける。暗かったものの、液晶から放たれる光で亜姫の表情がわかった。ここからでは見ることは適わないし、音声があるわけでもないので、何が映っているか知ることはできない。けれども、さぞや、見ていて気分が悪いものなのだろう。顔を顰めるとすぐに、視線を液晶からはずしてしまった。
「本当に十五分前ですか?」
亜姫が尋ねる。
「えぇ、そうよ」
今度は、腰を折って液晶を覗き込んでいた真琴さんが頷いた。
その答えに亜姫はいぶかしむ。
「そんなありません。だって、諏訪部悠はその時間、私といましたから。」
そこで、男が、俺の方を向いた亜姫の視線を追って、俺を見た。男は驚いたように口をあける。
「そうね。危うく、大切な参考人を殺すところだったわ」
その言葉に亜姫は罰が悪そうにうつむく。
「とはいえ」
真琴さんは彼女の報告を聞き、眉をひそめる。
「本人に、見てもらうのが早いでしょうね。結果は見え透いているけれど」
真琴さんは俺に画面を見るようにと促した。
「あ、あぁ」
俺は言われるまま、画面のほうへと顔を近づける。
「いいかい?」
男が確認をとった。
暗い画面。恐らくは観る準備ができたのか、ということだろう。
俺はその男の問いに小さく頷く。
男の操作により、映像の再生が始まった。それは屋内のもの。暗視カメラと言うのだろうか、暗い箇所を無理に映し出したような画面、時折テレビなどで放映される監視カメラの映像のような荒い画質。それでも、そこが自分の知らない場所であることくらいは理解できた。
「そこの屋敷の映像。多分三十分くらい前かな」
隣で映像に関しての補足説明が入る。
数分の間、映像に変化はなかった。ただ、廃墟の暗い部屋が映し出されているだけ。が、不意にカメラの端で何かが動く。
金髪の、男、か? それもかなり大きな。それが、何かを引きずって画面中央に移動してくる。よく目を凝らして気がついた。男が引きずってきたのは人。意識を失っているのか、まったく動く気配もない女性、着ているものからして高校生だろう。男は女性を壁に持たれ掛けさせた。そして、男ははっきりとこちらを見る。そして笑った。その顔は見覚えのある、なんていうレベルではない。
「っ!」
俺は驚きを隠すこともできず、しかし、その驚きは声にもならなかった。
画面で見たその男の顔はまさしく俺。というよりも、顔だけではない。背格好も髪の毛も。画面の中に立っている男はまさしく俺だった。
そして、その驚きも冷めやらぬ内、俺は視線を逸らすこととなる。
観てられなかった。画面の中の俺の所業を。画質が荒いから、そう見えるだけ。そう信じたかった。
画面の中。俺はカメラから、女性へと向き直ると、屈み、首あたりへと顔を近づける。その直後、女性は暴れだした。しかし、金髪の後頭部は女性の首元からぶれることはない。ただ、小さく揺れるのみ。女性の動きは激しくなる。が、ある一時を境に、それも徐々に弱くなっていき、女性を中心に真っ黒いシミが床へと広がっていった。そこで、気がつく。これは、食事風景なのだと。
男の頭が首から肩へと進んでいく内、俺は画面を見続けることを諦めた。観ていられず、俺は画面から顔を離して、後ずさり壁へと体重を預ける。
「な、なんだ、これ」
画面の中の俺は人を、食べていた。真実とは到底思えない光景。そんな話しがあったというのは時折耳にすることはあったが、そんなもんは映画の中くらいのもんだと思っていた。レクター教授じゃあるまいし。ただ、現実だと言われ、見せ付けられたそれは、ただただ気分が悪くなるようなものだった。
「大丈夫? 本当に知らなかったのね」
いつの間にか、目の前に背の高い方の女が立っている。彼女は俺の肩を掴んで、長いすへと誘導し座らせた。
少しでも気持ちを落ちつかせるように深く深呼吸をする。
「さて、どこから説明しようかしら」
再び彼女は口を開いた。どうやら、俺の相手は彼女に決まったらしい。俺を殺そうとした張本人と、先ほどまで俺に映像を見せていた男は、二人して何かを話していた。
「あれね、今回だけじゃないの。もう何年も、何回も、何人も、同じような事件に関わっている」
「え?」
それは思いもよらぬ内容。
そして、その発言を聞き亜姫はその続きを遮ろうとする。が、男にそれを制されてしまう。
「いや、あれ、見せて隠す意味ないでしょうよ」
と。真琴さんは、その様子を気にすることもなく言葉を続けた。
「貴方は、ビューティフル・ドリーマー、通称BDって呼ばれる新型のドラッグがあるのはご存知かしら?」
「いや、知らない」
聞いたこともない。こんなナリしているものの、その手のものには興味がなかった。それに、あまり誰かとつるむ事がなかったし、そういうものに触れる機会もなかったから、知識もあまりない。精々、中学のときにあった授業で習った程度。
「意外と真面目なのね。まぁ、全うに生きていれば、関わるべくもないシロモノよ。さて、そのBDは他の薬物とは明らかに性質が違うものなの。高揚感も得られない。その代わりね、強く願えば夢を叶えてくれるの」
そんなものがありうるのか。正直、馬鹿馬鹿しいと思った。が、真琴さんの表情は至って真面目であり、それが悪ふざけや冗談で言っているようには思えない。何よりも先の出来事を経験し、映像を見た今となっては、どんな突拍子もない話でも信じられるような気もしていた。しかし、疑問は残る。
「夢なんて、人それぞれだろ。それをなんでも叶えてくれるのか?」
「えぇ、そうよ」
即答。
「けれど、その叶え方は期待通りとは限らないわ。BDを摂取すると、一つだけ各々の夢を叶えるのに最適な超能力、それと、異常な身体能力を与えてくれるのよ」
「超能力?」
前言撤回だ。流石に超能力というのは、飛躍しすぎているような気がする。身体能力に関しては先に亜姫に襲われたのを見ていればわかるが。そこで、ふと、亜姫の方を見る。ということはだ。彼女はBDを摂取したことになるのではないだろうか。真琴さんの言うことが確かならば、彼女は恩恵に預かっているとみるのが妥当だろう。
「あぁ、彼女は例外よ。もちろん私もね」
亜姫の方に視線を向けていたのに気がついたのだろう。真琴さんはすぐに俺の考えを否定した。
「この説明は追々していくとして。とりあえず、説明を続けるわね。それでね。BDを摂取するとさっきの恩得の他に、ある一つの、そして、最大の問題となる副作用があるの。それが食人衝動」
それが、先の映像の答え。そこまで、聞いてなんとなくではあるが、事の全容が見えてきた。最初に会ったときに亜姫が「何人も食った」というのはそれが原因なのだろう。さっきの映像のようなことが数回あり、俺の姿を見たから俺を殺そうとしたのだ。
「他にもいろいろな、例外や弊害、あるのだけれど概要はそんな感じね。その人ならざる能力と、人を食べる敵性から、私たちは彼らのことを人から外れた者、アウトサイドと呼んでいるわ。そして、そのアウトサイドと呼ばれる化け物を始末するのが私たちの仕事なの」
話しの途中から、予想はしていたものの。
「すみません、ちょっと、急にいろいろ言われたので、まだ、頭の中の処理がおいついてないっす。とりあえず、自分が、そのアウトサイドってのの可能性を疑われて、殺されかけたってことでいいんすかね」
頭をかきながら尋ねる。言ったとおりだ。まだ、頭の中の処理はおいついていない。真琴さんの言うことを疑っているわけではない。ただ、信じる、信じないは別にしても、急に自身の常識を大幅に覆されたのである。動じないわけもない。
「まぁ、その件に関しては謝罪しなければならないけれどね」
「すみません」
亜姫がふてくされた様に言う。どうやら、彼女は真琴さんには頭が上がらないようだ。
「なんにせよ。申し訳ないけれど、この件が片付くまでは諏訪部君には迷惑掛けると思うわ。正直なところ疑いも晴れてないのよ。」
「なっ!?」
さっき、亜姫との出来事で俺の潔白は証明されたはずじぁなかったのか。
「言ったでしょう? 私たちの相手にしているのは、超能力を持っている化け物なのよ。何がありえるかもわからないのよ。だから、捕まえるまでは申し訳ないけど、あなたは容疑者の一人よ。」
そこまで、言って真琴さんは表情を崩す。
「とりあえず、今日は帰っていいわ。疲れたでしょう。私たちも迷惑掛けたしねっ。」
迷惑掛けたってレベルじゃないだろう。俺がそう、心の中で毒づくと、真琴さんはポケットの中から一枚の名刺を取り出した。
〟ASO警備システム株式会社 皆川真琴〝
そうかかれたシンプルなもの。所属とかは書いていない。ただ、社名と名前のみ。たあ、それだけの情報が記載された名刺。それに真琴さんは胸ポケットから取り出したボールペンで番号を書き出した。
「これ、私の電話番号。聞きたいことがあったり、なんかあれば、気軽に電話してくれていいから」
俺はそれを受け取り、軽く会釈をしてから、ワゴンを降りる。まだ、混乱は解けやらぬが。とりあえずは、家に帰ろう。
コンビニまでアイスを買いに行っただけだったのに。えらく長い外出になってしまった。