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『一塵の獣』  作者: 海。
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【三.強襲-first contact-】

【三.強襲-first contact-】




 深夜。俺が作った食事を平らげ兄は職場へと向かう。それを見届けた俺は、自室に戻ると、特にやることもないので、部屋の片隅に詰まれていた雑誌を広げた。投げられ何度も何度も読み返されたそれは、既に、表紙はしわになり、何故つけたかも覚えていない折れ目までついている。そして、暑さを紛らわせるために足をパタパタ振りながら、読書にふけった。と言っても、それに飽きるまでに、然程の時間も必要ではなく、

「……暑い」

 俺は、そう言って、持っていた雑誌を、普段同様再び、部屋の片隅へ投げる。雑誌はバサバサと開閉を繰り返した後、見事、先代たちの眠るエリアへと帰っていった。

 俺の部屋には冷房器具の一切がない。周りを部屋に囲まれている部屋のため、エアコンは設置できず、窓もないから、風を通すことも適わない。挙句に、無理して使い倒した扇風機は先日ご臨終なされてしまった。よって、真夏の熱帯夜を越えるためには己の身包みを剥ぐと言ういっぱいいっぱいの対策をねらなければならない。

「もう、無理。限界。」

 しかし、俺の臨界点は突破してしまっていた。冷たいものが飲みたい。けれども冷蔵庫に何もないことは自炊している自分が一番良くわかっている。

 俺は、投げ捨ててあった白いTシャツと、ジャージのズボンに足を通すと、サンダルをペタペタと鳴らしながら家から出た。鍵をかけて、階段を下りる。そして、マンションの自動ドアを抜けて外へ。

風は、まだまだ温さが残っているものの昼間に比べれば、大分涼しい。さらに、吹き抜けるそれが、肌に纏わりつく汗を冷やしてくれるので、最高潮にあった俺の体温をいい感じに冷ましてくれる。

今は、どれ程の時間だったか。確認していた訳じゃないのではっきりとは言えないが、十時はまわっているだろう。けれど、普段は、それなりの人通りがある住宅街の道は、それを差し引いても、違和感が残るほどに、なぜか一切の人を見かけることも無かった。

 暗い道。街灯の光が頼りなく揺れ、小さな虫達がそれに群がっている。

 と、道路の真ん中。俺の正面に、こんな時間には似つかわしくない、小さな人影が見えた。家を出て初めて見かける人影でもある。近づくにつれて輪郭が露になっていく。どう見ても中学生くらいか。まぁ、自分だってまだ、高校生なのだから、こんな時間に出歩くのは褒められたものではないのだけれど。

 そして、ほんの、1m程前まで来て、その人影が中学生だという認識を改めることとなった。それは、少女。真っ黒で艶やかなショートカットの髪の毛。何故だかはわからないが、黒いストッキングに包まれた両足を肩幅まで開き、仁王立ちしている。そして大きな両の瞳はこちらを睨み付けているようにも思えた。けれど、ここまでの、要因では、自身の認識を改めるには至らない。問題は彼女の格好。彼女が身を包むそれは、俺の通っている学校のものと同様のもの。そして、首元に垂れ下がるリボンは、彼女が自分よりも学年が一つ上だということを表していた。そして、より、不穏なのは、彼女が背負っているカバン。スクールバックともう一つ、彼女の身の丈と変わらないほどのゴルフバックを持っていたこと。部活動に詳しくはないものの、うちの学校にはゴルフ部なんて、なかったよう記憶している。学校帰りに打ちっぱなしに行くのが趣味なのかもしれないが、それでも、違和感は拭いきれなかった。

 繰り返すが、少女は、俺の目の前に立っている。あまり、広い道でもなかったため、俺が進むには彼女を避けなければならない。

 学校では評判の不良高校生とは言え、こんな、なんでもないところで、ましてや女相手に争いごとなんてしたくなかった。とくに、声をかけるでもなく、彼女の横を通り過ぎる。

 とくに、何もない。彼女も通り過ぎようとする俺を、引き止る、ということはしなかった。

 違和感は勘違い。彼女も彼女なりにこの辺りに用事があったのだろう。そう、自身を納得させつつも、ふと再び後ろを振り向いた。

直後。

 視界の片隅に映る黒い影。

 咄嗟に体を横にそらし、その影を避けた。無理な体勢から無理な勢いで体を動かしたためにバランスを崩し、その少女の方向を向いて尻餅をつく。

 と、同時に、重く低い音とともに、体に鈍い振動が響いた。

 それは、すぐ右側。俺の体から僅かに離れたところに減り込んでいる。コンクリートの地面を砕き、存在を上書きするかのように、地面へと突き刺さるハンマー。といっても、日曜大工に使うような一般的なサイズではない。柄の長さが1.5mを超える、大きなもの。軽く振ったって人の骨を折るくらいは容易だろう。それが、自分の頭の位置を軌道に含め、振り下ろされた。

 俺は意味もわからず、ハンマーの頭、柄、そして、それを握る手を介して、そのハンマーの主を見上げる。言うまでもない。その場にいたのは俺ともう一人。

 少女は小さく、舌打ちをすると、ハンマーを振り上げる。ぱらぱらと砕けたコンクリートがハンマーから落ちた。

「マジかよ」

 少女の冷めた目が俺を見下ろす。

 刹那の風きり音。

 俺は、転がるようにそれを避ける。

 再来する重音。来襲する衝撃。

 再び、見上げた先にあった少女の顔は、けれども、先ほどと同様変わらぬままだった。

 常軌を逸している。率直にそう思った。今まで、何度も修羅場をくぐって来たつもりだ。複数のヤンキーに囲まれるなんて当たり前。ナイフやバットといった、得物を持ち出してくる奴だっていた。しかし、それは概ね脅しの道具。いざ使うにしても、最後の手段か何かをきっかけにキレた時くらい。そして、そこまで至った奴は、総じて目が血走っている。けれども、この少女は違う。

 冷めた目で淡々と、そして、確実に、俺を殺そうとしていた。

 狂気の沙汰。道路に刻まれた二つの穴が、現実であることを物語っていた。

「な、なんなんだよっ!」

 俺はバランスを崩しながら、後ずさりながらも腰を上げ、少女にそう吠える。

 なんと、みっともないことか。

 立ち上がってみれば、先ほどと変わらぬ、俺の胸ほどにも身長が満たない小さな少女。それに俺は怯えている。

 普段、幾人もの不良を相手にし、常に恐れられる側の人間。その俺が、今、目の前の少女に恐怖を覚えている。

「なにそれ。だっさ」

 少女はそんな俺を見て、目を細めた。

「何人も喰っておいて、いざ、自分が襲われるとそれなんだ。ホント、野良って、駄目ね」

 そう言って、再び彼女のハンマーが振るわれる。大きな獲物だ。威圧感があっても、攻撃の来るタイミングはわかりやすく、重いだけあって、途中で軌道を修正することは難しい。ハンマーは風を切り、その頭に当たる鉄塊は俺の眼前すれすれを掠めていった。

 そして、俺は彼女に背を向ける。

 俺は、彼女を頭がおかしい子だと決め付けた。警察を呼ぶに値するだけの事象ではあるものの、残念ながら、現在手元に携帯電話はない。けれど、食っただ、なんだと訳のわからない事を言いながら、ハンマーを振り回す人間と、向かい合うなんて真っ平だった。

 走れば逃げ切れる。まず、目測でも50センチ近くの身長があるのだから、歩幅が違う。そして、自分自身、運動神経には昔から自信があった。更に相手は、あれだけの重荷を引きずっている。まず、逃げ切れるだろう。

 女の子に襲われて逃げるなんて、と、笑われるかもしれない。けれども事情が事情だ。体裁なんて気にしている場合ではなかった。

 駆け出す。大きな一歩。足の指に力を込めて大地を蹴る。

 少し、走れば、コンビニにつく。そこで、警察に話すなりすればいい。仮に追いついてきても、そんな人前で攻撃したりはしないだろう。

 サンダルは捨てた。走るのに邪魔だったから。

 そして、ある程度走ってから、後ろを振り向く。追ってくる足音はなかった。当然、振り向いた先にも人影はない。けれど、不安は拭いきれない。走るペースは落とさずに、再び前を向く。

「学校ではあんなに、格好良かったのに。期待はずれ」

 少女がいた。つい、前に。

 身長差のために、前を向いていては頭しか見えないほど近く。

 次の瞬間には、胸に強い衝撃を感じ、さらに直後には、痛みと共に道路を二、三転。最後には、温いコンクリートへと体を預けていた。

「な、なんで」

 再び見上げる形となった。

 少女の手にはハンマーが未だ握られている。

 擦り剥いたのだろう。頬が、肘が、熱い。

 腕立て伏せのように手で、地面を弾いて、身を起こした。少女と向き合うような形で、一歩一歩を確かめるように後ずさる。そして、何をされたのかと、未だ衝撃の余韻が強く残る胸を押さえた。そして、見る。白いTシャツには彼女のローファーの靴底と同じであろう模様がしっかりと刻まれていた。貰ったのは蹴り。

 俺は後ずさり、彼女との距離をとる。

 洒落にならない。追いつかれてしまったこともそうだが、蹴りの威力もそうだ。走っていた状態で蹴りが入ったのだから、少女の蹴りでもバランスを崩し転倒ぐらいはする。けれども、数メートルも転がされるなんて、普通じゃない。タッパもある分、俺はそれなりに体重がある。それを蹴り飛ばす程の力が、普通の女の子にしたって小柄なこの少女のどこにあるというのか。常識破りも甚だしい。

「化け物かよ」

 小さく呟く。それが、聞こえたのか、目の前の少女は小さく笑う。しかし、それは、そんな可愛らしいものではなく、風貌とは似つかわしくないような、嘲笑だった。

「お前から、そう呼ばれるなんてね」

 少女のハンマーが、再び振るわれる。

俺はそれを避けた。先ほどと同様に、後ろに下がり。追いつかれた。全速力で走ったにも関わらず。逃げることが適わないと思い知らされた。では、どうするか。

相対するしかない。こんな、凶器と狂気を持った相手に。

もう一撃。それに対し、俺ももう一歩下がる。

相手は、一人の少女じゃないか。そう、自分に言い聞かせた。さっき自分がすっ飛んだのだって、偶然いいタイミングでいい位置で当たっただけかもしれない。よくよく、考えれば凶器だってハンマーなんていう大味なものだ。一発振って、第二撃を行うためには振り上げる、振り下ろすという動作が必要になるから、隙も大きい。事実俺はこうして、避けることもできている。

少女のことは何も知らないが、自分だって、散々路地裏喧嘩で修羅場を潜ってきた。そして、ほぼ敗戦はなし。これだけ考えてみれば、真っ向からぶつかって、どちらが勝つかなんて明白だ。

俺は覚悟を決めた。この少女を組み伏せてハンマーを没収して、終わり。そう決めた。

 そして、再び、少女の攻撃を避ける。俺は腰を落とし、彼女の懐へ、と、同時に彼女の足が当たった。側頭部。

今度は、転がるなんてことはなく、完全に宙を舞った。地面へと叩きつけられる。首が抜けたのではないかと、錯覚した。それほどまでに強い威力。タイミングとか、そんなもので、どうこうつく程度じゃない。紛れもない力を、頭へとねじ込まれた。

口の中に鉄の味が広がっていく。脳が揺れたのか、立ちあがることすら、動くことすらできなかった。

足音が響いた。少女だろう。俺へと近づき、足で、うつ伏せに倒れこむ俺を、無理やりひっくりかえす。

「よっわ」

 少女は吐き捨てた。

 ぐうの音も出ない。完敗もいいところだろう。

 死神はもう、目と鼻の先。なんとあっけない最期か。まさか、こんな、訳もわからないまま、殺されるなんて。彼女がハンマーを振り上げたのがわかった。

「じゃぁね」

 そして、死神の鎌は容赦なく振り下ろされた。




 筈だった。一向に訪れない衝撃に俺は瞑っていた瞼を持ち上げる。

 そこには、ハンマーはなかった。というよりもその姿を遮られていた。視界に移るのは一人の女性の姿。先の襲撃者との対比を差し引いても、十分に高いであろう身長。真っ黒いパンツスーツに、その黒よりもさらに深い色の長い髪の毛を揺らし、彼女は立っていた。本来、俺の頭を叩き砕いていたのであろう、ハンマーをその程居指で押さえつつ。

「真琴さん!?」

 先ほどの無表情が嘘のように狼狽する少女。彼女は自身が真琴さんと呼んだ女性から、一歩下がろうとする。が、それがならず一瞬少女の体がぶれた。真琴さんが抑えるハンマーを引くことができなかったのである。

「亜姫。私の指示は監視だったはずだけど」

 そういって、真琴さんはハンマーを彼女の手から引き抜く。同時に少女、亜姫もそちらへと少し引きずられた。

 どれほどの力なのだろうか。そもそも、亜姫の怪力は先の出来事でわかっていた。異常に速い足。大男一人蹴り飛ばすだけの脚力。そして、相当重いであろうハンマーを自由に振り回すだけの腕力。どれをとっても人間離れしていた。その少女から、ハンマーを引き抜くだけの力。

「さて」

 真琴さんは、亜姫から奪ったハンマーの柄の部分に持ち帰ると、それを地面へとおろし、俺のほうへと振り返った。

 よくよく見るまでも無く美人だった。長く艶やかな長い髪の毛につり気味の意志の強そうな瞳。そして、その両目の下には特徴的な泣きぼくろが一つずつ。女に免疫がないとは言わないが、流石に、これだけの美人に顔を近づけられると、身が強張ってしまう。「諏訪部悠君ね」

「え、あ、はいっ」

 咄嗟に反応する。そこで始めて、その女性を見て自分が呆けていたことに気がついた。あぁ今の俺は余程アホ面かましていたに違いない。

「だっさ」

 亜姫の不機嫌な声が妙に心に突き刺さった。

 しかし、その亜姫の発言も真琴さんの微笑みによって、一蹴される。その微笑の意味するところはわからないが、それによって、亜姫がたじろぐのだから、其れなりの意味、実績をもったものなのだろう。真琴さんは再び、俺のほうを向き、口を開く。

「さて、君にはまず、謝罪を。それから、お願いをしなければならないの」




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