【一.植田亜姫-Aki Ueda-】
【一.植田亜姫-Aki Ueda-】
少女は屋上への出入り口、そこの屋根の上へと腰を降ろす。長時間、真夏の太陽の下に晒されていた場所だ。ストッキングと下着越しでも十分に熱いだろう。けれども、彼女は意にも介さない様子で、どっかりと、その高熱のコンクリートの上に胡坐をかいた。
頬杖を付いて眼下を見下ろす。そこでは数名の男子生徒が殴りあっていた。炎天下の中、お互いに汗を散らしている。彼女、そして、彼等の通っている、この高校は決してレベルの高い学校ではない。頻繁とは言えないにせよ、このようなことは、時々あることだった。
ただ、普段とは違うのは、その人数差だろうか。先ほどは殴り合っている、としたが、その殴り合いは一人対複数名で行われている。更に付け加えるなら、実に面白いことに複数名に対して、一人が圧倒的に優勢だった。それは、人数にしてはよく応戦しているとか、そういうレベルではなく、人数の差があるにも関らず一人の男が、複数名をほぼ一方的に殴り倒しているのだ。
そして、その男の存在こそ、少女が、この炎天下の中で、この生徒間の喧嘩を観戦するに至る最たる理由だった。
少女は、姿勢を変えることもなく、ただ、孤軍奮闘する、金髪の大男を眺める。
身の丈2m近くはありそうだった。体の大きさは、そのまま強さに直結するだろう。けれども、それだけでは言い表せないほどの力強さ。
「あんま、くだらねぇことしてんな」
最後の一人が地に這いずるのを確認してから、大男は、そう、相手に言い聞かせた。
そして、気が付く。乱闘が行われていた僅かに奥。フェンスに身を預けている気の弱そうな少年の姿を。制服が乱れているところから、事の発端が容易に想像できた。
倒れる男たちは、それ程の余力も残されていないのか、頷くこともせず、ただただその場にひれ伏し続ける。
「行くか」
大男は、そう言って、ボロボロの少年の手を握った。そして、彼を起き上がらせると、振り返ることなく、少女の真下を抜け、校舎へと帰っていく。
ひれ伏す男たちを尻目に、立ち去るその男の姿は、宛ら王の様だった。
「へぇ」
そこで、初めて少女は口を開く。立ち上がって、自身のスカートに付いた砂埃を払った。
スカートを押さえ、屋根から、屋上へと飛び降りる。軽く、屈伸して、衝撃を逃がすと、何事もなかったかのように立ち上がった。
彼女の飛び降りた高さは、ぎりぎり、3mない程度。
そして、少女は王様の作った惨状を目に焼き付けるように屋上側を向き、そのまま、後ろ手に扉を開いた。
「意外。けれど」
彼女が、校舎へと消えると、重たい鉄の扉が、軋んだ音を立てて外界を遮断した。
「関係ないか」