幸運保険販売員
自分の運には保障が無い。今現在幸せであっても、来年は、来月は、明日は、数時間後は幸せであるかどうかは分からない。
だからこそ、今の幸せな時間を大切にする必要がある。それが人間というものだ。
人の体には、人の命には保険というものがかけられる。もし大きな怪我をしたり、病気になったり、あるいは死んでしまったとしても、保険をかけていればその分お金がもらえるという制度だ。
もし、自分の幸せに保険がかけられるとしたら、あなたならどうするだろうか。
「あなたの幸せ買い取ります」
今日も怪しげな看板が、風にゆられて店の扉の前で客を待つ。
「幸運販売代行店」という名のこの店では、人の幸運を寿命で売り買いできるという、なんとも非常識な店である。
だが、そんな怪しい店で、今異変が起こっている。
「きょ、今日も恋愛運の買取が多かったわね」
営業を担当する、背の高くすらりとした体型の姉・アティカが呟いた。
「今日だけですでに八件でふ。一体何が世の中で起こっているのでふか?」
経理を担当する、高校生平均くらいの身長でややぽっちゃりした妹・カルチェが帳簿をみながらパソコンのキーボードを叩く。
今までは金運、仕事運の在庫・買取が多く、在庫過剰な状態にもなっていた。恋愛運は求める人こそ多いものの、ほぼ常時品切れ状態であった。
ところが、昨日から突然恋愛運の買取が増えたのだ。一応、恋愛運を求める人も若干いるため、寿命売り上げ的には赤字にはなっていない。
「しかしいきなり仕事運が売れるようになったでふね。セットで金運も。さてさてニュースではどうなっているのでふか……」
カルチェがパソコンでネットにつなぐと、トップページに今日のニュースが表示された。
どうも、昨今独身ブームが起こっているらしく、一人暮らしで自由に過ごすことについてのさまざまなコラムが展開されていた。
「ふむふむ、どうやらこれが原因らしいでふ。独り身でいたいから恋愛なんてしたくない、その代わり一人で暮らせるだけの資金が欲しい、ということみたいでふ」
「な、なんてやつらなの? 私なんかステキな王子様を求めているというのに」
「あぁ、そういえばお姉ちゃんには今恋愛運がなかったのでふね。なんなら過剰在庫気味な恋愛運をもらうでふか?」
「あうぅ、そんな過剰在庫処分みたいに言われると、何だか欲しくなくなるわね……」
自分の恋愛運を手放してしまい、あんなにも恋愛運を欲しがっていたアティカだったが、その記事を読んでいるとだんだん独り身でもよい気がしてきた。
「まあ、商品が入荷してくるのは良いことでふ。一応、売れているみたいでふし。しかし、そろそろ金運と仕事運の在庫がまずいんじゃないでふか?」
「え、そんなにまずいのかしら?」
そういうと、カルチェはパソコンのデータを開いた。
「そうですね、今まで過剰在庫気味だった金運と仕事運が、結構やばいでふ。この在庫が尽きてしまうとどうなるか、というのはお姉ちゃんも知っているでふよね?」
「そりゃだって、仕事運が無くなったらこの仕事が成り立たなくなっちゃうし、金運が無くなったらお金無くなって何も買えなくなっちゃうじゃない」
「よくわかっているでふね。ということで、気合入れて営業するでふ」
「な……私だけに押し付けるの?」
「それはだって、売り上げはお姉ちゃんの営業努力によるものなのでふよ」
そういうとカルチェは立ち上がり、コーヒーを入れるためにキッチンに向かった。
「まあ、今月の寿命売り上げが既に四十八年六ヶ月あるから、しばらくは安泰でふ」
二つ分のカップにインスタントコーヒーを入れ、ポットのお湯を注ぐと、コーヒーの香りが辺りに充満してくる。
「だが妹よ、運が尽きた状態でそんなに長生きしてどうするのだ?」
「それはもう、自分の運だけで生きていくのでふ。お姉ちゃんみたいに安売りはしていないでふから」
「な……あんたは自分の運を商品にしていなかったわけ!?」
「少しは商品として出したでふが、売り上げが安定してからは出した分は戻したでふよ」
二人分のコーヒーをテーブルに置くと、カルチェはそのうちの一つを手に取って口をつけた。
「い、いつの間に? 私の分も戻しなさいよ」
「知らないでふよ。コーヒーどうするんでふか? 飲まないなら下げるでふよ?」
「うぅ、かわいくない妹め。とりあえずコーヒーだけはいただいておくわ」
そういうと、アティカは淹れたてのコーヒーを一気飲みしてむせた。
「こんにちは、どなたかいらっしゃいますか?」
姉妹が言い争いをしていると、玄関から声が聞こえた。
「はい、どなたでしょうか?」
アティカが出ると、スーツ姿でショートカットの、メガネをかけた大人の女性が玄関に立っていた。なにやらビジネス用のかばんを持っている。
「あ、すみません、私、こういうものです」
女性はビジネスバッグから名刺を取り出すと、アティカに手渡した。
「幸運保険販売員、サバーサリー……さん?」
「はい。私、幸運保険というものを取り扱っていますの。人の幸せには保障がありません。ですが、保険をかけておけば、万一不幸に遭っても大丈夫、ということです」
「幸運保険……ですか。とりあえず、中にお入りください」
怪しい勧誘にぽかんとしながら、ひとまずアティカは中に招き入れる。
失礼します、とサバ―サリーが入ると、アティカが案内された通りに木製テーブルの椅子に座った。
同時に、いつの間に来客を知ったのか、カルチェがコーヒーを持ってきた。
そのコーヒーをサバ―サリーの前に置くと、「あ、砂糖とミルクを忘れたでふ。ちょっと取りに行ってくるでふ」とそのまま事務所に戻っていった。
「それで、幸運保険というのは?」
コーヒーを手に取るサバ―サリーに、アティカが聞く。
「はい。文字通り、人の幸運に保険を掛けるものです。人生、どんな不幸があるかわかりませんから、やはり保険というものは重要なんですよ」
「はぁ……。しかし、そんな怪しいものは私たちには……」
幸運を売り買いしている人間が何を言っているか、と自分自身に突っ込みながら、アティカは話半分でサバ―サリーの話を聞いていた。
「最初はどなたでもそのようにおっしゃるのですが……まずはこちらのパンフレットをご覧下さい」
販売員の女性、サバーサリーはビジネスバッグからB4サイズのパンフレットを取り出した。
パンフレットには、「幸運保険とは何か」「どのような種類があるのか」「加入した場合の保障」などが記載されていた。
「たとえば、仕事運保険ですと、仕事で事故にあったり、不運でやめてしまった場合に保障が降りるわけです」
「えっと、それは単なる失業保険では?」
「いえいえ、ちゃんと保障内容をごらんください」
そう言われ、アティカは仕事運保険の保障欄を見た。
「……仕事で事故に遭ったら最長三年六ヶ月? えっと、これは……」
「寿命ですよ。つまり、仕事で運悪く事故に遭ってしまった場合、三年六か月分の寿命をお支払いするわけです」
「お支払いって……一体どういうこと?」
「あら、あなた達と同じよ。さすがにこのような商品をお金を出して購入しようとは思わないでしょう? なので、私達も寿命を担保として運営を行っているのです」
「ああ、そういうことですか。理解しました」
恐らく、普通の人なら理解できないだろう。が、アティカは職業柄理解できたようだ。
「しかし、私たちに保険なんて……」
「お姉ちゃんならかけたい保険とかあるんでないでふか?」
突然背後から声がした。アティカが驚いて振り向くと、カルチェがトレーを持って立っていた。
「か、カルチェ、急に話しかけないでよ!」
「別に、砂糖とミルクを持ってきただけでふよ。私はそんな保険はいらないでふが、お姉ちゃんは恋愛保険とかかけておいた方がいいんじゃないでふか?」
そういいながらカルチェは砂糖とミルクを置くと、「それでは、ごゆっくりでふ」と事務所に戻ってしまった。
カルチェが戻った後、何故かサバーサリーの目が光った。
「え、もしかして、恋愛運保険をお求めですか?でしたら、オススメの商品がございます」
ビジネスバッグから別のカタログを出したかと思うと、ものすごい勢いでページをめくるサバーサリー。
「こちらです! 十年間恋人が出来なかったら十三年八ヶ月保障の恋愛運長期保険!」
「恋愛運が無い状態でさらに十三年八ヶ月も生きてどうするのでしょうか……」
「それだけではありません! 今ならちょっとした恋愛運もサービスします!」
「うっ……」
何故か「恋愛運」という言葉に惹かれてしまったアティカ。そもそも恋愛運がついてくるなら、保険のうまみが薄くなる気がするのだが。
「さあ、いかがです? 一ヶ月で十日の保険寿命! これはお買い得ですよ?」
サバ―サリーの勢いに押され、迷うアティカ。もはや一ヶ月で十日なのが妥当なのかどうかも勘定がつかない。
「わ、わかりました! 契約します!」
「ではこちらにサインをお願いします」
アティカが決断を下したのが早いか、いつの間にか契約書を出していたサバーサリー。
アティカはその契約書に、自分のサインを書いた。
「では、こちらが控えとなります。保険証券は後日郵送いたしますので……」
そういうと、サバーサリーは笑顔を見せて荷物をまとめた。
サバ―サリーが出ていったのを確認すると、アティカは事務所に戻ってきた。
「やっと帰ったでふか? ちょうどお客さんが来なくて良かったでふ」
事務所のテレビで野球中継を見ながら、カルチェは戻ってきたアティカを迎えた。
「でも、これでたとえ彼氏が出来なくてもいいの! そして恋愛運がちょっと増えたの!」
「へ? 結局契約したんでふか? どういう契約なのでふか?」
「一ヶ月で十日の寿命保険で、十年間恋人ができなかったら十三年八カ月の保障だって」
「保険料合計三年以上の寿命を払ってほんのちょっとの恋愛運でふか? だったらうちの在庫を使えばよかったのでふ」
「何を言うか妹よ、不確実な恋愛運より、堅実な保険に限るではないか!」
「もう何を言っているのかわからないでふね。……あ、また打たれたでふ。今日のスパローズは調子よくないでふね」
負け試合を見ながら不機嫌そうにカルチェが言う。が、それを尻目にアティカは浮かれ気分だ。
「大体そういう契約は、初回の契約料がかかるものでふが……」
ルンルン気分のアティカから、カルチェは持っていた契約書を奪い取り、契約内容を再度確認した。
「えっと、初回契約料として寿命八十年を支払う……って、え!?」
その時、アティカが突然倒れた。
「まったく、何よ、あのサギ販売員! 訴えてやる!」
「よかったでふね、総売り上げが百四十八年あって」
どうやらアティカが倒れたのは単に眠かっただけのようで、命に別状はなかったようだ。
「とにかく警察に通報して、あのサバーサリーとかいう女を捕まえてもらうのでふ」
「……いいえ、もっと有効な方法があるわよ」
にやりとしてアティカはあるものを手にした。
「あ、それは……」
「あいつの名刺よ。これはどうやら会社で正式に発行されたもののようね。これを使ってあいつの運を強奪するのよ!」
「そ、そんな無茶な……」
例の怪しい機械は、免許証のような正式なものでなくても、名刺のようなものでもその人の寿命、持っている運が分かるのだ。それを元に、運の買取や販売を行っている。
「いえ、これは因果応報、自業自得、百鬼夜行、勤務怠慢よ!」
「途中から意味不明になっているでふ。それはそうと、勝手に人の運を売買するのはやめたほうが……あ、もうピッチャー降板でふか」
野球を見ながらの説得は、さすがに説得力がなかったのか、アティカはすたすたと例の怪しい機械の元に向かっていく
「さぁ、あいつのすべてを暴くわよ!」
名刺を機械に通すと、サバーサリーの寿命、所持している運が表示された。
「え、何?資本寿命一五八三年? 許せないわね。まずはその寿命を有り余った恋愛運で強制的に奪ってあげるわ! おっと、パンフレットに手書きのサインがあるじゃない! これをまねして契約書に書いて……まあ、こんなにすごい仕事運が! これは根こそぎ強制買取してっと、金運も在庫無いから半分くらい買取っと、さあ、仕事運も金運もない状態で五百年ほど長生きするがいいわ!」
普通は契約書に本人がサインすることで契約が成立する。が、その人のサインがあればその筆跡を真似するだけで契約が成立するというとんでも仕様である。
「あぁ、お姉ちゃんが壊れたでふ。まあ、今回はあの人が悪いでふから、見逃してあげるでふ」
このような姉の暴走を防ぐための妹カルチェの存在だったのだが、今回ばかりはとめられなかったようだ。
「あ、臨時ニュース……」
「今日昼過ぎ、幸運保険と名乗って運勢に掛ける保険を販売し、客をだまして法外な寿命を搾取していたとして、保険販売員、サバーサリー容疑者を詐欺及び殺人容疑で逮捕しました。調べによりますと、サバーサリー容疑者は『幸運に保険を掛けることによって寿命を延ばすことができる』と話し、客に法外な契約料寿命について説明せずに契約させて契約者を死亡させた疑いがかかっております。警察の調べに対しサバーサリー容疑者は……」
こんばんは、フィーカスです。続編の希望がありましたので、以前から構想していた「保険」の話しを絡ませてみました。
じっくり練ったわけではなく、2時間かそこらで考えた話しなので、内容が薄くて短文になってしまいました。
今回は2段オチということでやってみたのですが、うまくいったのでしょうか。
それにしても、サバーサリーはこの後どうなるのでしょう。気になるところです。