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優秀な姉と無能な私〜双子の令嬢の運命は?〜

掲載日:2026/04/26

ハッピーエンドではありませんのでご注意ください。

「本当に、視界に入るだけで溜め息が出ますわ。わたくしのドレスが、あなたのその薄暗い空気で台無しになってしまう」



 扇で口元を隠し、冷ややかな視線を見下ろすように投げかけてくるのは、私の双子の姉であるルシエルだ。


 豪奢なシャンデリアの光を弾く、艶やかな金糸の長い髪。幾重にもふくらみを持たせた純白のドレスには、繊細なレースと宝石が散りばめられている。病的なほどに白い肌と、精巧なガラス細工のような美貌を持つ姉は、我が侯爵家が誇る『宝』であった。


 対する私は、同じ顔立ちでありながら、全く違う星の下に生まれたかのように扱われている。

 金糸の髪は首元で無造作に切り揃えられ、身に纏うのは装飾の一切ない、夜の闇に溶け込むような濃紺のドレス。姉のドレスが計算し尽くされた『華』であるならば、私のドレスは夜会には不釣り合いなほどに質素なものだった。


「お姉様こそ、その香水、少し強すぎるのではなくて? ご自分が歩く不快感だということに、早くお気付きになって」


 私が鼻で笑いながらそう返すと、王城の夜会に集まっていた周囲の貴族たちは、「また始まった」とばかりに呆れ顔で遠巻きに私たちを見つめた。

 侯爵家の双子は、社交界でも有名な犬猿の仲である。

 光を一身に浴びる美しく淑やかな姉と、影のように付き従う無愛想で可愛げのない妹。性格も、立ち振る舞いも、そして両親からの愛情も、すべてが正反対の私たち。誰もが、姉は妹を蔑み、妹は姉を妬んでいると信じて疑わなかった。



 ……そう、『表向き』は。



 夜会からの帰りの馬車。侯爵邸へ到着し、それぞれの自室へ戻ったふりをして、私は姉の部屋のクローゼットの奥にある隠し扉を開けた。

 分厚い防音の魔法陣が刻まれた、私たちだけの秘密の小部屋。そこに足を踏み入れた瞬間、豪奢なドレスの塊が私に向かって猛スピードで突進してきた。


「あああああノエル! 今日の冷たい目も最高に綺麗だったわ! 意地悪言ってごめんなさいね、怪我はない? 疲れてない!?」

「……姉さん、苦しい。ドレスの飾りが刺さってる」


 私を力いっぱい抱き締めるルシエルの顔には、先程までの冷徹な令嬢の面影は微塵もない。私に頬ずりをして、大きな瞳を潤ませる姉は、ただ妹を溺愛してやまない、心優しい本性の持ち主だった。

 重い宝石が散りばめられたドレスから姉を解放してやると、彼女はふうっと長い息を吐いて、私の質素なベッドに寝転がった。


「もう、あの豚みたいな伯爵夫人がノエルのドレスを笑うから、わたくし本気で扇を投げつけてやろうかと思ったわ!」

「やめて。騒ぎになったら後処理をするのは私なんだから。それに、あの程度の悪役ごっこ、もう十二年もやってるんだから慣れたでしょ」

「慣れないわよ! 本当なら、わたくしの可愛いノエルに、世界で一番可愛いドレスを着せてあげたいのに……っ」


 本気で悔し涙を流す姉の背中を、私はため息をつきながら優しく撫でた。

 私たちがこのような茶番を演じているのには、明確な理由がある。我が侯爵家は、権力のためなら実の娘すら躊躇なく政治の道具として使い潰す、冷酷な両親が支配する家だからだ。




 物心つく前、私たち双子はいつも手をつないで王邸の庭を走り回っていた。お揃いのドレスを着て、同じ髪型をして、どちらがどちらか両親でさえ見分けがつかないほど、私たちは瓜二つで、そして何より仲が良かった。転んだら一緒に泣き、美味しいお菓子は必ず半分こにする。そんなありふれた双子の幸せは、五歳の時に行われた『魔力鑑定の儀式』で永遠に失われた。


 侯爵家の広間の中央に置かれた、神聖な鑑定水晶。

 先に手を触れた姉の水晶は、部屋中の空気が震えるほどの凄まじい光を放ち、集まった貴族たちから感嘆のどよめきが上がった。国でも有数の、歴史に名を残すレベルの膨大な魔力だった。

 しかし、次に手を触れた私の水晶は、石ころのように沈黙したまま、微かな光すら灯さなかった。一般的な平民以下の、完全なる無力。

 その瞬間、両親が私を見る目が『愛らしい娘』から『無価値な汚点』へと変わったのを、幼いながらに鮮明に覚えている。



『侯爵家の血を引きながら、魔力を持たぬ欠陥品など……辺境の修道院へ幽閉するか、あるいは新薬の実験体にでもするか』



 儀式の夜、両親が冷酷な声でそう話し合っているのを、姉は偶然立ち聞きしてしまったのだ。

 その夜、姉は私のベッドに潜り込み、小さな身体をガタガタと震わせながら私をきつく抱きしめた。



『だめ、いやよ。ノエルはわたくしの半分なの。ノエルがいなくなったら、わたくしも死んでしまう』

『お姉ちゃん……? どうしたの、こわいの?』

『泣かないで、ノエル。わたくしが守る。わたくしが完璧な令嬢になって、お父様とお母様の望むものを全部叶えてみせる。でもそのためには貴方に酷いことをしてしまう…。だから……だから、明日から、ごめんなさい……っ』


 翌日、姉は両親の前で初めての魔力暴走を意図的に起こし、高価な壺を粉々に吹き飛ばしながら、狂気じみた脅迫を放ったのだ。



『あんな無能な妹なんかより私の方が何倍もすごいわ。もし少しでもわたくしと同等に扱うなら、魔力暴走を起こして家ごと吹き飛ばしてやるわよ。双子なのに妹が出来損ないなんて恥だけれど、私をより良く見せるための飾りとしては役に立つわね』



 五歳だった姉のその言葉に、両親は怯え、そして歓喜した。


 類まれなる才能を持つ長女が、無能な次女を見下し、遠ざける。両親にとって、これほど都合の良いことはなかったのだ。有能な跡継ぎである姉だけにすべての教育と愛情を注ぎ込み、無能な私には一切の労力を掛けずに済む。加えて、姉の機嫌を取るための『底辺』が家の中に存在することで、姉の優越感を満たし、家への忠誠心を育てやすいと踏んだのである。それは両親の冷酷な価値観において、非常に『合理的』な教育方針だった。


 結果として、両親の興味は完全に姉に集中し、私は「姉の機嫌を損ねないための存在」として、家の隅で放置されることになった。

 教養も、ドレスも、最低限のものしか与えられない。姉が新しい流行のドレスを何着もあつらえられる横で、私はサイズが合わなくなった古いドレスの裾を自分で縫い直して着るような生活だった。



 しかし、それは私にとって自由を意味していた。姉が両親からの重圧と過酷な教育の矢面に立ち続けてくれているおかげで、私は平穏な生活を送り、命の危険の無い生活を送っていた。


 だが、その代償として姉が背負った苦痛は計り知れなかった。次期当主、そして王家へ嫁がせるための最高の駒として、姉には血を吐くような努力が強いられた。

 分厚い魔導書を何冊も暗記させられ、強大すぎる魔力の制御に失敗して火傷を負い、足の爪が剥がれるまで長時間のダンスレッスンを強いられ、少しでも弱音を吐けば罰として冷たく暗い地下室に閉じ込められた。

 それでも姉は、公の場では常に私を冷たく見下し、「無能な妹」と罵る演技を完璧にこなした。私が両親から理不尽な扱いを受けても、姉が私を庇えば、あの日の脅迫が嘘だとバレてしまうからだ。


 夜、ボロボロになった姉が隠し扉を抜けて私の部屋に倒れ込むたび、私は泣きながら彼女の足に包帯を巻き、庭の隅でこっそり栽培した薬草をすり込んだ。



『痛いよね、ごめんなさい、私のせいで……姉さんがこんなに苦しんで』

『泣かないでってば、ノエル。これ見て』


 痛みに顔を歪めながらも、姉はドレスの隠しポケットから、美しい砂糖菓子やマカロンを取り出してみせた。


『今日の夜会で出たお菓子よ。すごく美味しかったから、ノエルにも食べさせたくて、こっそりハンカチに包んできたの。少し潰れちゃったけれど』

『姉さん……』

『ノエルが笑ってくれるなら、わたくしはちっとも痛くないわ。いつか大人になったら、お父様たちの手の届かない遠くの街へ逃げましょう。小さな家を建てて、庭でお花を育てて、毎日二人でこのお菓子を食べるの』



 姉のその言葉だけが、暗く冷たい侯爵邸で生きる私たちにとって、唯一の光だった。姉は私と密かに会う時間を守るためだけに、高度な防音の魔法陣を血の滲むような努力で独学で習得し、このクローゼットの奥に、二人だけの絶対的な不可侵領域を作り上げてくれたのだ。

 私は毎晩、傷だらけの姉の金色の髪を丁寧に櫛で梳きながら、いつか来る自由の日を夢見ていた。



 そんな歪な平穏が続いていたある日、姉が弾んだ足取りで秘密の部屋へやってきた。

 その頬はほんのりと朱に染まり、いつもの勝ち気な瞳が乙女のように揺れている。



「ノエル、聞いて。わたくし……婚約が決まったの」

「……相手は?」

「第一王子の、フレデリック殿下よ」



 私は驚いて目を見開いた。フレデリック殿下といえば、誰もが振り返る金髪碧眼の美しい容姿と、春の日だまりのような穏やかな微笑みで知られる、次期国王の最有力候補だ。

 魔力に秀でた侯爵家の長女と、王家の結びつき。政略としてはこれ以上ないほど盤石なものだ。

 しかし、私が心配したのは政略の裏側にある「愛」の有無だった。道具として生きることを強いられてきた姉に、温かな居場所はできるのだろうか。



「彼ね、わたくしに言ってくれたの。『君がずっと一人で重圧と戦ってきたことは知っている。これからは、私が君を守ろう』って」



 両手を胸の前で組み、うっとりと語る姉の姿を見て、私は胸の奥が温かくなるのを感じた。

 我が家の冷徹な両親の下で、愛や優しさとは無縁の環境で育った姉にとって、殿下のその言葉はどれほど甘く、救いのように響いたことだろう。


「それにね、殿下はノエルのことも気にかけてくださったの。『君の妹君も、侯爵邸では肩身の狭い思いをしているのだろう。結婚したら、彼女も離宮に引き取ろう』って!」

「私まで……?」

「ええ! これでようやく、私たちはこの家から抜け出せるのよ。お父様たちの顔色を窺うことなく、二人で堂々と日向を歩けるの!」



 姉は私の手を取り、子供のようにはしゃいだ。

 姉の瞳はきらきらと輝き、希望に満ちた明るい未来を真っ直ぐに見つめている。私を庇い続け、泥を被り続けてきた大好きな姉が、ついに報われる時が来たのだ。私も心の底から喜び、姉の背中を強く抱き締めた。





 それからの日々は、まるで夢のように穏やかで、希望に満ちていた。

 お茶会のために侯爵邸を訪れるフレデリック殿下は、噂に違わぬ紳士だった。姉に向ける眼差しはどこまでも甘く、優柔不断とも取れるほどに争いを好まない柔らかな態度は、姉の張り詰めていた心を少しずつ溶かしていった。


 ある日の午後、庭園の離れた場所からその様子を窺っていた私の前へ、偶然殿下が歩いてきたことがあった。

 殿下は、物陰に隠れるように立っていた私を見つけると、少しも嫌な顔をせずにふわりと微笑んだのだ。


『君がルシエルの大切な妹君だね。彼女からいつも話を聞いているよ。どうか安心してほしい、もうすぐ君たちをあの窮屈な家から連れ出してあげるからね』


 そう言って、殿下は私の手にも一輪の白い薔薇を握らせてくれた。

 冷たい打算と政略ばかりが渦巻く貴族社会の中で、姉は本物の愛情を手に入れたのだ。私はそう確信し、密かに涙が出るほど安堵した。



 結婚式が半年後に迫り、姉のドレス選びや離宮の準備が着々と進んでいく。私たちは夜な夜な秘密の部屋で、これから始まる新しい生活の話をしては笑い合った。



 長く暗いトンネルを抜け、私たちはついに光の当たる場所へ辿り着く。私たちはずっと待ち望んでいた幸せが、もうすぐそこまで来ていることを確信し、手を取り合って喜びを噛み締めていたのだ。




 結婚式をひと月後に控えた、ある静かな夜のことだった。

 私の質素で薄暗い自室に、場違いなほど華やかな影が忍び込んできた。両親や使用人の目を盗み、姉がこっそりと私の部屋を訪ねてきたのだ。



「ノエル、起きているかしら?」

「姉さん……どうしたの、こんな夜更けに」

「ふふっ、どうしてもこれを見せたくて」



 姉の腕の中には、王城から届いたばかりの、離宮の庭園の設計図が抱えられていた。

 私たちは粗末なベッドに並んで腰掛け、一枚の羊皮紙をランプの灯りで照らした。



「ここにね、ノエルが好きな白薔薇をたくさん植えようと思うの。あなたが離宮に来た時、一番日当たりの良いこのテラスで、二人きりでお茶を飲みましょう」

「……すごく素敵。私、姉さんの淹れてくれる紅茶が一番好きよ」

「ええ、毎日でも淹れてあげる。あと少しの辛抱よ、ノエル。そうしたら、私たちはやっと自由になれるわ」



 姉は私の手を取り、愛おしそうに微笑んだ。その温かな熱と、明るい未来への確信が、私の心を満たしていく。痛みに耐え、傷だらけになりながらも私を守り抜いてくれた姉。この穏やかで優しい時間が、これからの私たちの日常になるのだと、疑いもしなかった。



 しかし、そのガラス細工のような幸せは、唐突に終わりを告げた。



 突如、音もなく窓ガラスが吹き飛び、冷たい夜風と共に黒装束の影が室内に滑り込んできたのだ。

 部屋に私一人がいるのではなく、床で私たち二人が談笑していることに暗殺者は一瞬だけ目を見開いた。しかし、彼の標的は最初から「無能な妹」のみ。侯爵家の宝である姉には目もくれず、暗殺者は躊躇うことなく私へと凶刃を振り下ろした。


 咄嗟の出来事だった。膨大な魔力を持つ姉でさえ、呪文を詠唱する暇などない。



「ノエル!」



 姉は私を力いっぱい突き飛ばし、自ら盾となって私の前に飛び出した。

 ドス、という肉を裂く鈍い音が響き、冷たい刃が姉の胸に深々と突き刺さる。



「ノエルに……触れるなっ!!」



 刃が刺さった瞬間、姉の絶叫と共に、彼女の内に秘められた膨大な魔力が暴走した。凄まじい衝撃波が狭い室内を吹き荒れ、暗殺者は悲鳴を上げる間もなく石壁に叩きつけられ、首の骨を折って絶命した。



「姉さん!!」



 崩れ落ちる姉の身体を、私は必死に抱き止めた。美しい夜着が、どす黒い赤に染まっていく。



「いや、いやだ、嘘でしょ……っ。誰か、お父様を! すぐに治癒術師を……!」

「だ、めよ……ノエル……」



 血を吐きながら、姉は震える手で私の頬に触れた。その短剣には、急所を外れても確実に命を奪う猛毒が塗られていたのだ。姉の顔から急速に血の気が引き、命の灯火が消えかけているのがわかった。



「お父様たちを、呼んではだめ……」

「どうして!? 姉さんが死んでしまう!」

「この屋敷の強固な結界を……外部の人間が破れるはずがないわ。お父様たちが、手引きしたのよ。王家には……『双子は不吉』という、古いしきたりが、あるから……っ」



 姉の言葉に、私は絶望で息を呑んだ。

 王家への嫁入りにあたり、魔力を持たない無能な双子の妹は『呪われた血』の象徴として、非の打ち所がない花嫁の経歴に泥を塗る存在となる。だから両親は、私が離宮へ行く前に、秘密裏に処分することに決めたのだ。



「そんなことどうでもいい! 姉さんが死んでしまったら、私は……っ!」

「泣かないで、ノエル。……ごめんなさいね。あなたと一緒に、日向を……歩きたかった……二人で、白薔薇を、見たかったのに……」



 姉は薄れゆく意識の中で、私の裁縫箱から銀のハサミを引き寄せた。

 そして、毎晩私が櫛を入れて手入れを手伝っていた、あの艶やかな金糸の長い髪を、根元から無造作に切り落とした。



「……ノエル。あなたは、わたくしになりなさい」

「え……?」

「私たちは、双子よ。顔も、声も同じ……。髪を切れば、この亡骸は『短い髪のノエル』になる。そしてあなたは……」



 姉は血に染まった手で、私の短い髪に優しく触れた。


 魔法の道具などいらない。姉をずっと一番近くで見つめ、夜会での振る舞いも、誇り高い声の出し方も、両親の顔色の窺い方も、誰よりも知っている私なら。



「あなたは……最愛の妹を喪い、悲しみのあまり髪を切り落とした『ルシエル』として生き延びて。お父様たちにも……絶対に、心を許してはだめ。わたくしの立場を利用して……どうか、生き延びて……」



 光を失っていく瞳で、姉は私を見つめた。

 いや、それは懇願だった。私を置いていかないでと泣き叫ぶ私に、呪いのように深い愛をかけているのだ。



「愛しているわ、わたくしの……可愛い、ノエ……る……」



 姉の手から力が抜け、床へと滑り落ちた。

 私を守るために傷つき、私を生かすためだけに生きてきた、侯爵家の宝石は、こうして誰にも知られることなく、冷たい石床の上で静かに砕け散ったのだ。



 私は声を殺して泣いた。

 姉の血に染まりながら、すべての涙が枯れ果てるまで。私を庇い、私を愛し、最後まで私の盾であり続けた、世界で一番大好きな姉を抱き締めて。



 



 数日後。

 侯爵邸は深い悲しみに包まれている『ふり』をしていた。

 自室に忍び込んだ賊に襲われ、無惨な姿で発見された次女ノエルの葬儀が、密やかに、そして形式的におこなわれていたからだ。

 両親の顔には、娘を失った悲しみなど微塵もなく、王家との婚姻の障害が排除できたという安堵の色すら浮かんでいた。


 私は、漆黒の喪服に身を包み、冷ややかな視線でその光景を見下ろしていた。

 私の髪は、首元で短く切り揃えられている。


『仲が悪かったとはいえ妹の死を悼み、悲しみのあまり、誇りであった長い髪を自ら切り落とした』──そう悲劇の令嬢を演じることで、突如短くなった髪に対する周囲の違和感を同情へと変えた。慣れないコルセットの息苦しさも、姉の纏っていた重圧だと思えば耐えられた。纏う空気は誇り高く、その立ち振る舞いは誰がどう見ても、寸分の隙もない侯爵令嬢『ルシエル』そのものに見えると思う。



「可哀想に。君の妹君が、こんな痛ましい事件に巻き込まれるとは」



 私の隣に立ち、甘く沈痛な声で囁くのは、婚約者であるフレデリック殿下だ。

 姉が心から愛し、すがりついた春の陽だまりのような王子様。

 私の内側で、両親への煮えたぎるような憎悪が渦を巻く。しかし、私は極限の理性でそれを押さえ込み、姉がいつも見せていた『理想の令嬢』の仮面を被った。



「……ええ。いくら犬猿の仲だったとはいえ、あの子はわたくしの妹。最期まで無能な存在として扱われてこんな最期を迎えるなんて…」

「悲しいね。だが……これで君の経歴を汚す『不吉な影』はすべて消え去った」



 ふと、殿下の声の温度が変わった。

 驚いて顔を上げると、殿下は同情めかした顔の裏で、背筋が凍るような独占欲と冷酷さを滲ませて微笑んでいた。あの日、庭園で私に語りかけたあの温かさは微塵もない。



「君のその美しさも、侯爵家の力も、これからは不純物なく私だけのものだ。安心して私の腕の中で生きればいい」



 その歪んだ瞳を見た瞬間、私の全身から血の気が引いた。

 この男は今、妹の死を悲しむ婚約者に向かって『不吉な影が消え去った』と言い放ったのだ。王室のしきたりを盾に、両親に私の処分を仄めかし、暗殺を承認したのは──他でもない、姉が心から信じ、愛したこの男なのだ。

 優しい微笑みの裏に、他者の命を不純物としか思わない恐ろしい狂気と打算が隠されている。そのことに気付いた瞬間、悲しみは煮えたぎるような「怒り」へと変わった。



 ああ、なんと滑稽なのだろう。

 この男も両親も、自分たちが手に入れたと思っている女が、従順で理想的な令嬢などではなく、かつてゴミのように切り捨てた『無能な影』であることに、欠片も気付いていない。



「よろしくお願いしますわ、殿下……これからの『私たちの未来』が、とても楽しみですわ」



 私は、喪服の裾を優雅に翻し、王子に向かってこの上なく美しく微笑んでみせた。



 まずは、この男が隠し持つ真の裏の顔をすべて暴き出してやろう。そして侯爵家の実権を掌握し、姉を死に追いやったこの男と両親を、最も高い場所から絶望の底へと引きずり下ろすのだ。



 私には、姉さんのような強大な魔力はない。魔力を持たない私が、これから先「完璧なルシエル」を演じ続けるのは、決して容易な道ではないだろう。

 けれど、どんな手を使ってでも、私なりの戦い方で彼らを最後まで欺き通してみせる。



 姉さん、ごめんなさい。



 あなたが望んでくれたような、光の当たる場所で白薔薇を愛でるような穏やかな生き方は、私にはできそうにないわ。



 あなたが愛してくれた無力なノエルは、あの冷たい石床で死んだの。


 これからは私が『あなた』として生きる。

 彼らが望む理想の令嬢を演じきり……あなたを奪ったこの腐った世界を、すべて終わらせてあげる。



 見ててね。姉さん。



ここまでお読みいただきありがとうございました!

たまユウの作品としては、珍しくハッピーエンドではない終わり方となりました。(実は初期の方では今回のような作品を多く作ってました(^^;;)


よろしければ評価してくださると励みになります!

よろしくお願いいたします。


追記

感想でもいただきましたが、この後魔法も教育も受けていない主人公はどうやって復讐するの?と思うかもしれませんので、一応補足します!

この後の流れとしては、以下の想定です。


①妹が亡くなったことにより、精神的負担があり魔法が使えなくなったと偽る

②姉の今までの振る舞いを思い出したり姉の書いたノート、日々の日記を見て夜な夜な勉強する

③婚約者の立場を利用して、王子や両親、貴族たちに対して色々と吹聴しそれぞれの猜疑心を煽り対立を煽る


厳しい立場でも工夫をして復讐を果たそうとするストーリーが好きなので、そのような展開をイメージしてます!

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― 新着の感想 ―
 冷酷な王侯貴族の世界で、これまで相応しい教育を受けてもいなければ、魔力も持たない妹が、どのようにして本懐を遂げるのか、たとえ、その先が救いのない悲劇であったとしても、見届けてあげたくなりました。
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