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『不義の盾』  作者: ゆう
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汚れ仕事のプロたち

硝煙と潮騒の境界線


九州、沿岸部の地方都市。かつては観光客で賑わったであろうその港町は、今や巨大な焼却炉と化していた。

上陸した敵偵察部隊の爆撃により、古いアーケード街は無残に押し潰され、ひっくり返った軽トラックからは黒い煙が蛇のように立ち昇っている。


「……これが、戦争かよ」


装甲車のハッチから身を乗り出した誠司は、鼻を突く異臭に顔をしかめた。焼けたゴム、安っぽい重油、そして、それらを包み込む潮風の匂い。新宿の路地裏で嗅いだ死の予感とは、比べものにならないほど濃厚な「終末」がそこにはあった。


「誠司、震えてんのか」


隣で小銃を抱える松田が、乾いた声で笑った。だが、その指先は痙攣し、使い古された迷彩服の襟元は冷や汗で色を変えている。


「……武者震いですよ。兄貴こそ、ションベン漏らさないでくださいよ」


強がりの言葉を交わす二人を、ヘルメットの通信機から流れる無機質な声が引き裂いた。新海恭平の声だ。


『——シリアル01(誠司)、02(松田)。作戦エリアB-4に侵入せよ。正規軍が内陸に防衛ラインを再構築するまでの間、敵の足を三十分止めろ。……これは命令ではない。君たちの「存在理由」だ。死守しろ』


「三十分だと? 重火器もねえ俺らに、肉壁になれってのか」


『その通りだ。君たちは、そのために「掃除」を免れたのだからな』


通信が切れる。誠司は、汚れたライターをポケットの上から強く握りしめた。新海は安全な指揮所センターで、自分たちの心拍数が跳ね上がるのをモニター越しに楽しんでいるに違いない。


野良犬たちの流儀


戦闘は、軍隊の教科書とはかけ離れたものになった。

迷路のように入り組んだ路地、倒壊したビルの地下、看板の影。

正規の教育を受けた自衛官が嫌う「泥臭い近接戦闘」こそが、法と秩序の隙間で生きてきた彼らの本領だった。


「こっちだ、来い……!」


誠司は、倒壊した薬局のカウンター越しに、敵兵の影を捉えた。

銃火器の扱いこそ未熟だが、誠司には「殺気」を察知する野生の勘があった。敵が引き金に指をかける一瞬の空白、その気配を読み、コンクリートの破片を投げて注意を逸らす。


「死ねッ!」


誠司は路地の曲がり角を利用し、最短距離で敵の懐に飛び込んだ。支給された小銃を鈍器のように振り下ろし、相手の頭蓋を砕く。

返り血が誠司の頬を濡らし、迷彩服の隙間から覗く龍の刺青が、その血を啜るように赤く光った。


「あいつら……正気じゃねえ」


後方で支援に回っていた若い自衛官が、戦慄したように呟く。

誠司たちは、国の盾になるために戦っているのではない。自分たちをゴミのように扱ったこの世界に、自分たちが生きているという「傷跡」を残すために、野良犬のように噛み付いているのだ。


モンスターの涙


爆撃の合間に、誠司は民家の地下室に閉じ込められていた母娘を見つけた。


「……大丈夫だ、俺たちが来た」


誠司が泥まみれの手を差し伸べた瞬間、幼い少女は悲鳴を上げ、母親の背中に顔を伏せた。母親の瞳には、救助者への感謝ではなく、全身から殺気を放ち、異様な刺青を覗かせた誠司に対する「本能的な恐怖」が浮かんでいた。


「……ああ、そうか。そうだよな」


誠司は、差し出した手を静かに引いた。

いくら国のために戦おうと、人殺しの技術を振るおうと、自分は彼らの住む「光の世界」の住人ではない。自分は、新海が言った通り、バグであり、モンスターなのだ。


「誠司、行くぞ! 敵の第二波だ!」


松田の怒鳴り声に、誠司は我に返った。

去り際、誠司は自分のポケットに入っていた、新宿で買った安物のチョコレートを地下室の入り口に置いた。それが、彼ができる精一杯の「人間」としての振る舞いだった。


偽りの英雄の裏側


「新海殿。シリアル01、予想以上のキルレートを叩き出しています」


東京、防衛作戦室。恭平は、誠司のヘルメットカメラが捉える凄惨な映像を、大画面で冷徹に眺めていた。

画面の中では、誠司が血を浴びながら咆哮し、敵兵を文字通り屠っている。


「……野蛮だな」


恭平は、シルクのハンカチでデスクのわずかな埃を拭った。


「しかし、この映像を編集して流せば、国民の戦意は昂揚します。『身を挺して市民を救う、罪深き英雄たち』。ストーリーとしては完璧です」


「英雄……か。死んでから呼んでやるべき言葉だな」


恭平は、誠司のバイタルデータを見つめた。

誠司の心拍数は、激しい戦闘の中にあるにもかかわらず、ある一定のラインから驚くほど安定している。それは、彼の父・剛志がかつて任務中に見せた数値と、酷似していた。


「……秋山剛志と同じ、壊れた人間バグというわけか。誠司、君はどこまで持つかな」


恭平の指先が、モニター上の誠司を示すアイコンを、さらに激戦が予想される海岸線へとスライドさせた。そこは、生きて帰れる確率がゼロに近い、文字通りの「処刑場」だった。


束の間の静寂と、託された「重み」


夜。奪還したコンビニの跡地で、誠司たちは泥にまみれて座り込んでいた。

支給されたレーション(携帯食料)を無言で口に運ぶ。


「誠司。これ……見とけ」


松田が、誰にも聞こえないような小声で誠司を呼んだ。

彼は胸元の「般若のお守り」から、一瞬だけ超小型のチップを見せた。


「なんだ、それは」


「お前の親父さん、剛志さんの最後の日記と、この戦場の『本当の記録』だ。新海の野郎、自分たちの都合のいい映像だけを吸い上げてるが、こっちには、奴らが正規軍を逃がすために俺らをわざと包囲させた証拠が入ってる」


誠司の眼光が鋭くなる。


「……兄貴。なんでそれを俺に?」


「俺はもう、長くねえ。……脚の感覚が、もうほとんどねえんだ。糖尿のせいじゃねえ、さっきの破片が深く入りやがった」


松田は弱々しく笑い、誠司の手を強く握った。


「お前は生きろ。生きて、この『不義の盾』を、奴らの喉元に突き立ててやるんだ」


遠くで、再び空襲警報が鳴り響いた。

誠司は松田から受け取ったお守りの重みを感じながら、暗闇に包まれた廃墟を見つめた。

自分が守るべきなのは、国でもなく、市民でもない。

自分を信じて散っていった「ゴミ」たちの誇りと、奪われた父の真実なのだ。

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