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『不義の盾』  作者: ゆう
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地獄の教導所(アサイラム)

富士の静寂と鉄の檻


新宿の喧騒から引き剥がされた誠司たちが連れてこられたのは、富士の裾野、深い原生林に囲まれた「特務義勇隊・第一教導所」だった。かつては少年院として使われていたその施設は、地図からその名を消され、今や高い鉄条網と最新鋭の監視カメラ、そして飢えた軍用犬の遠吠えが支配する「アサイラム(収容所)」と化している。


大型トラックの荷台が乱暴に開かれた。


「全員降りろ! ぐずぐずするな、この社会のダニどもが!」


迷彩服に身を包んだ教官たちの怒号が、冷え切った朝の空気を切り裂く。誠司はトラックから飛び降り、足元に広がる黒い火山礫れきを踏みしめた。新宿の排気ガス混じりの湿気とは違う、肺を刺すような冷気だ。


「……おい、誠司。見てみろよ」


隣に並んだ松田が、震える指先で高台を指した。

そこには、強化ガラスで仕切られた監視デッキがあり、逆光の中に一人の男が立っていた。新海恭平だ。彼は一点のシワもないコートを纏い、革手袋をはめた手でコーヒーカップを持っている。その姿は、泥にまみれて整列させられる誠司たちを、まるで顕微鏡の下の微生物でも眺めるような冷ややかな眼差しで見下ろしていた。


剥ぎ取られる「個」


訓練は、彼らを兵士に育てるためのものではなかった。

それは「ヤクザ」という誇りを解体し、ただ命令に従うだけの「消耗品」へと作り替えるための、精神的な解体工事だった。

まず行われたのは、徹底的な除染と管理番号の付与だ。

全裸にされた男たちは、高圧の消毒液を浴びせられ、長年かけて背中に背負ってきた極彩色の「看板(刺青)」を、冷笑的な教官たちの目に晒された。


「シリアル01、前へ」


誠司は、冷たい床を歩き、恭平の前に立たされた。恭平はデッキから降りてきて、誠司の胸元を、まるで汚物を確認するように指示棒の先でなぞった。


「その彫り物……龍か。滑稽だな。今の君は、龍どころか、ただのナンバーを振られた肉の塊だ。ここでは名前も、親分も、仁義も存在しない。あるのは『機能』だけだ」


「……機能だと?」


誠司が低く唸ると、背後から教官の警棒が脇腹に突き刺さった。激痛に膝をつく誠司の目の前で、恭平は手袋をはめ直し、床に落ちた誠司の荷物を指差した。

そこには、あの銀色のライターが転がっていた。


「……秋山剛志あきやまたけしの遺品だったな。誠司、君の父親は、かつて私の父のために『掃除』を完璧にこなした。だが、最後には自分自身がゴミとして処理された。君も同じ末路を辿りたいか?」


誠司は、血の混じった唾を吐き捨て、恭平を睨みつけた。


「……親父はゴミじゃねえ。……あんたらが、ゴミにしたんだ」


恭平は答えず、ライターを無造作に踏みつけた。銀色の金属が泥に埋まる。


「ここでは、思い出は不要だ。……死ぬまで、ただの盾として機能しろ」


泥濘のなかで


訓練は苛烈を極めた。

連日の匍匐ほふく前進、睡眠を剥奪されたなかでの近接戦闘。誠司たちの体は急速に引き締まり、その代わり、かつて夜の街で培った虚勢は剥がれ落ち、生き残るための「野生」が剥き出しになっていった。

ある夜、豪雨の中での演習の最中、誠司は松田と二人、泥だらけの塹壕に身を潜めていた。

松田は、震える手で胸元の「般若のお守り」を握りしめていた。


「誠司……。あいつ(新海)の親父はな、俺たちがかつて属していた組織の『上』と繋がってたんだ。お前の親父さんが消されたのは、政府の闇を暴こうとしたからじゃねえ。……奴らの闇を、誰よりも『知りすぎた』からだ」


「……どういうことだ、兄貴」


「このお守りの中には、当時の音声記録が眠ってる。剛志さんが命懸けで俺に託したもんだ。……だが、それを出すにはまだ早い。俺たちが英雄にならなきゃ、誰もこの声を聞いちゃくれねえ」


松田の言葉は、豪雨の音にかき消されそうだった。

誠司は、泥の中から掘り出し、隠し持っていたライターを強く握りしめた。

火はつかない。だが、その冷たい鉄の感触だけが、自分が「人間」であることを繋ぎ止める唯一のいかりだった。

監視塔のサーチライトが、泥にまみれた二人を、処刑台を照らすかのように無機質に舐めていった。

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