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会社では無能な係長ですが、ダンジョンでは最新鋭SF兵装で「仕事」してます ~あ、残業代(ドロップ)は嫁の機嫌取りに使います~  作者: 秦江湖


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エリートの投資案件と、係長の残業

金曜日の午後三時。  窓の外は快晴だが、社内にはどんよりとした空気が漂っていた。  原因は、営業二課のフロア中央で、これ見よがしに声を張り上げている一人の男だ。


「いやぁ、困ったなぁ! 僕の目が正しすぎるのも考えものですよ。まさか、彼らがここまで急成長するとはね!」


 課長代理の二階堂にかいどうだ。  最新のイタリア製スーツに身を包み、タブレット端末を片手に独演会を開いている。  彼が見せびらかしているのは、若手探索者パーティ『あかつきの翼』のSNSアカウントだ。


「見てください、このフォロワー数。一〇万人突破ですよ。僕が彼らとスポンサー契約を結んだときは、まだ一万人そこそこだった。まさに『先見の明』ってやつですねぇ」


 周囲の社員たちは「さすがですね」「すごいですね」と棒読みで相槌を打っている。  二階堂は、ダンジョン関連のベンチャー企業への投資や、有望な探索者のスポンサー活動を副業として行っている。会社も「ダンジョン事業部」を立ち上げようとしている最中なので、彼のような活動はむしろ推奨されていた。


 だが、俺――万年係長の黒木鉄也くろき てつやにとっては、騒音以外の何物でもない。  俺はPCの画面に顔を向けたまま、気配を消してやり過ごそうとした。  しかし、そんな俺の背中に、粘着質な声がかかる。


「――黒木さん? 聞いてますか?」


 逃げられなかった。  俺はゆっくりと椅子を回し、愛想笑いを浮かべた。


「ええ、聞いてますよ。すごいですね、『暁の翼』でしたっけ」 「感度が低いなぁ。彼らは今、もっともホットな若手パーティですよ。リーダーの少年なんて、まだ二十歳だ。病気の妹のためにダンジョンに潜る、現代の英雄だ」


 二階堂は陶酔したように語るが、その目は「金づる」を見ている目だ。


「で、だ。黒木さん。君、今日は暇ですよね?」 「いえ、月末の伝票整理が……」 「そんなの、来週でいいでしょう。ちょっと手伝ってくださいよ。エリートの仕事をお裾分けしますから」


 二階堂が俺のデスクに、ドン! と分厚いファイルを置いた。  USBメモリも一緒だ。


「明日の土曜日、彼らが『地下七階層』の攻略ライブ配信を行うんです。そのための攻略ルート選定と、過去一ヶ月分の環境データ分析。これ、今日中にやっといてください」 「……は? 今日中って、これ専門の解析班がやる仕事じゃ」 「予算削減ですよ。外部に頼むと金がかかる。君なら残業代もつかない管理職(係長)だし、ちょうどいいでしょう?」


 二階堂は悪びれもせず、ニタリと笑った。


「君みたいな、魔力適性Eランクの『ごくつぶし』でも、データ入力くらいはできるでしょう? 会社の利益になるんです。感謝してやってくださいよ」 「…………」


 反論しようとした言葉を、俺は飲み込んだ。  ここで揉めても、二階堂はさらに面倒な仕事を押し付けてくるだけだ。こいつはそういう男だ。


「……分かりました。やっておきます」 「はい、よろしくぅ。僕はこれから赤坂で会食なんで。完璧に仕上げといてくださいね」


 二階堂は腕時計を見ると、鼻歌交じりに鞄を持ってオフィスを出て行った。  残されたのは、俺と、山積みの資料だけ。  周囲から同情の視線が集まるが、誰も手伝ってはくれない。関われば二階堂に目をつけられるからだ。


「……ったく。あいつの『先見の明』とやらは、人使いの荒さだけは一流だな」


 俺はため息をつき、USBをPCに差し込んだ。


        ◇


 時刻は二十二時を回っていた。  誰もいないオフィスに、キーボードを叩く音だけが響く。


 二階堂から渡されたデータは、膨大かつ雑多なものだった。  新宿ダンジョン協会が公開している環境マナ濃度、気温、モンスター出現率のログ。それらを突き合わせ、『暁の翼』が明日通る予定のルートが安全かどうかを検証する。


 本来なら、専門の解析ソフトを使って数日かける作業だ。  だが、俺はエクセルのマクロを高速で組み上げながら、数値を猛スピードで処理していた。  俺の表の顔は「無能な係長」だが、裏の顔は「ナノマシン兵装の適合者」だ。  脳内の処理速度や、パターン認識能力は、常人のそれを遥かに凌駕している。


「……よし、第七区画の解析終了。次はルートBの……ん?」


 俺の手が止まった。  モニターに表示されたグラフに、奇妙なノイズが走っていた。


「なんだ、この数値は?」


 場所は、地下七階層のエリアB-4。  一見すると平穏な通路だ。過去一ヶ月、強力なモンスターの出現報告もない。  だからこそ、二階堂はこのルートを「配信映えする安全な狩場」として設定したのだろう。


 だが、俺の目は誤魔化せない。  マナ濃度の波形が、微かに歪んでいる。  『地脈振動』の数値が、定期的に跳ね上がっているのだ。  まるで、巨大な何かが、地下で息を潜めているような。


「……これ、崩落の前兆じゃねぇか」


 俺は眉をひそめた。  この波形は、以前俺がソロで深層に潜った時に見たものと同じだ。  『隠し部屋モンスターハウス』。  壁一枚隔てた向こう側に、数百、数千のモンスターが密集している時に発生する、特有の魔力干渉だ。  もし、このエリアで派手な魔法を使えばどうなる?  振動で壁が崩れ、探索者たちはモンスターの巣窟に真っ逆さまだ。


「おいおい、二階堂。お前、ちゃんと現地調査したのか?」


 あいつのことだ。ネットの情報を鵜呑みにして、現地の空気感を確かめもせずに計画を立てたに違いない。  このまま突っ込めば、『暁の翼』は全滅だ。


 俺はスマホを取り出し、二階堂の番号を表示させた。  ……電話するか?  『課長代理、データに異常があります。ルート変更すべきです』と。


(いや……無駄だな)


 俺はスマホを置いた。  あいつは俺を見下している。俺が何を言おうと、「素人のくせに口出しするな」「僕の計画にケチをつけるのか」と逆ギレするのがオチだ。  それに、あいつが失敗すれば失脚する。俺にとっては好都合だ。  知ったことじゃない。俺は言われた通り、資料をまとめるだけでいい。


 そう思って、PCを閉じようとした時。  デスクの端にあった週刊誌が目に入った。表紙には『暁の翼』のリーダーの少年が、屈託のない笑顔で映っている。  


 『妹の手術費のために、僕は戦います!』


 ……チッ。  俺は舌打ちをして、頭をかきむしった。


「これだから、若くて純粋な奴は嫌いなんだよ」


 あいつらが死ねば、二階堂は終わる。だが、あの若者たちも終わる。  嫁がこのニュースを見たら悲しむだろう。「可哀想に、まだ若いのに」と。  嫁を悲しませるのは、俺の主義に反する。


「……マリア、起きろ」 『おはようございます、ダーリン。残業終了ですか?』


 脳内で起動した相棒に、俺は短く告げた。


「いや、これからが本番だ。カレンとソウジ、アイリスを招集しろ。明日は休日出勤だぞ」 『了解。……報酬は誰が払うのですか?』 「二階堂への『貸し』にしておくさ。……高くつくぞ」


 俺は誰もいないオフィスで、不敵に笑った。  係長の仕事はここまで。  ここからは、始末屋の領分だ。

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