路地裏の職人と、腹ペコ女騎士
新宿駅東口。 巨大な3D猫の映像が流れるビルの下は今日も雑多な熱気に包まれていた。 待ち合わせをする学生、客引き、そしてダンジョンで一攫千金を夢見る探索者たち。
その片隅で、露店を広げている青年――ソウジは、客の女性に必死に弁解していた。
「だ、だから姉ちゃん! このペンダントは高いんだって!」 「えー、なんでよぉ。ただの黒い石じゃん。ドンキなら五百円だよ? 三千円にまけてよ」 「馬鹿野郎! これは地下四階層で採れる希少な『黒曜鋼』を、俺が三日三晩かけて研磨して、さらにマイクロ振動加工で魔除けの効果を付与した……」 「……うわ、なんか必死すぎてキモい」
客の女性はドン引きして去っていった。 残されたのは、世界最高峰のワイヤー使いである青年と、売れ残った無骨なアクセサリーたち。
「……ちくしょう。なんで俺の芸術が伝わらねぇんだ」
ソウジはガックリと肩を落とした。 彼の指先は、髪の毛一本を縦に裂くほどの精度を持っているが、接客スキルとデザインセンスは絶望的に低い。 そもそも、ドクロや蛇をモチーフにしたアクセサリーは、新宿のOLにはハードルが高すぎた。
そんな彼の隣で、さらに深刻なトラブルメーカーが声を上げた。
「ソウジ! 我が腹が減ったぞ!」
地鳴りのような腹の虫の音と共に叫んだのは、長身の美女――アイリスだ。 金髪碧眼。モデルも裸足で逃げ出すプロポーション。 しかし、その服装は奇抜だった。 「I LOVE SHINJUKU」と書かれた観光客用のTシャツに、ダメージジーンズ。そして背中には、ギターケースほどの大きさがある布袋(中身は合金製の大盾)を背負っている。
「先ほどの客、なぜ逃がした! あれが売れれば『くまーぷ』が食えたのではないか!」 「クレープな。……お前なぁ、少しは黙ってろよアイリス。看板娘として立たせてるのに、その無駄な威圧感で客が寄ってこないんだよ」
アイリスは、現代の服を着ていても、隠しきれない武人の覇気を放っている。 彼女が腕組みをして立っているだけで、周囲の鳩が逃げていくほどだ。 アイリスはムスッと頬を膨らませた。
「知らぬ! 貴様が稼げぬなら、我はダンジョンに行ってくる。オークの肉を焼いて食う!」 「やめろ馬鹿! 昼間に無許可で潜ったら補導されるだろ! 旦那に迷惑かける気か!?」 「ぬぐぐ……しかし、このままでは餓死してしまう……騎士の不名誉だ……」
アイリスがその場にへたり込む。 大盾がアスファルトに当たり、ゴゴンッ! と重い音が響いた。 周囲の通行人が「何事か」と振り返る。 まずい、目立ちすぎだ。
二人がギャーギャーと揉めていると、その人混みの影から、ひょっこりと制服姿の少女が現れた。 カレンだ。 手にはコンビニの袋を提げている。
「あーあ、またやってるよ、ウチの駄犬たちは」 「誰が犬だ!」 「はいはい。……ほら、これ食べな」
カレンが放り投げたのは、温かい肉まん二つ。 アイリスの目がカワウソのように輝き、野生動物のような反射速度でそれを空中でキャッチした。
「おお……! この白くふっくらとした皮、そして中から溢れ出る肉汁……! カレンよ、貴様は女神か!」 「安い女神だねぇ。……ったく、先輩から活動費預かってなかったら、あんたたち今頃野垂れ死んでるよ?」 「ふぐぅ、ふぐぅ(咀嚼音)! 美味い!」
アイリスはカレンの小言も聞かず、肉まんにかぶりついている。 ソウジも苦笑しながら、自分の分のあんまんを受け取った。
「サンキュー、カレン。……で、旦那の様子は?」 「今、ちょうど通過するところだよ」
カレンが顎で示した先。 大通りの向こう側を、一台の社用車が信号待ちで止まっていた。 運転席に座っているのは、くたびれたスーツ姿の男。 黒木だ。 助手席には、何か偉そうに指図をしている若い男(二階堂)の姿も見える。
黒木は、信号が変わると同時に、疲れた顔でハンドルを切り、雑踏の中へと消えていった。
「……ふん。昼間はあんなに背中を丸めているとはな」
アイリスが口元の肉汁を拭いながら、真剣な眼差しで言った。
「だが、夜になれば誰よりも頼もしい。……我が主は、能ある鷹が爪を隠しているだけだ」 「ま、今はただの『社畜』ってやつだけどな。……今夜の『仕事』はキッチリ働いてもらうよ? 先輩のためにもね」
カレンがタブレットを取り出し、ニヤリと笑う。 ソウジも、売れ残った黒曜鋼のペンダントを握りしめた。
「ああ。俺たちの居場所を作ってくれたのは、あの冴えないおっさんだからな」
社会に馴染めない元ヤンの職人。 異世界から来て路頭に迷っていた女騎士。 家出をして居場所を失った天才ハッカー。
彼らにとって、あの無能と呼ばれている係長が作るチームだけが、唯一の「帰る場所」だった。
「よし、腹も満ちた! ソウジよ、次こそ売るぞ! そして今度こそ『たぴおか』を買うのだ!」 「結局食い気かよ! ……へいへい、頑張りますよ」
新宿の喧騒の中。 最強で、最高のポンコツチームの日常は、今日も騒がしく過ぎていく。
(第4話 完)




