二階堂の末路
事件から三日後。 本社の大会議室では、重苦しい空気が流れていた。
長テーブルの向こうには、専務や常務といった本物の役員たちがズラリと並び、冷ややかな視線を送っている。 その視線の先、中央の席で、新品のスーツを着た二階堂が、脂汗をダラダラと流しながら弁明していた。
「で、ですから! あれは不可抗力だったのです! 突発的な磁気嵐による事故で……!」
「二階堂くん」
専務が低い声で遮った。
「事故だったことは認めよう。だがね、君が独断でモノリスを起動させようとした形跡があるという内部通報も来ているんだよ。それに、自社ビル半壊だぞ? 誰かが責任を取らねばならん」
「そ、そんな……! 私は被害者です! そうだ、黒木くん! 君からも言ってやってくれ!」
二階堂が、壁際に控えていた俺にすがりつくような視線を向けた。 俺は無表情のまま、一礼する。
「……課長代理は、最後まで現場で指揮を執っておられました。モノリスの暴走を食い止めようと必死でしたよ(俺の足を引っ張りながら)」
「そ、そうだろう! お聞きになりましたか専務! それに、事後処理だって完璧だ! あの時、本社の『危機管理システム課』の女性スタッフが、迅速に隠蔽……いや、情報整理をしてくれたじゃないか!」
二階堂が得意げに胸を張る。 俺がカレンのことを「社内のシステム担当だ」と吹き込んだのを、まんまと信じ込んでいるのだ。
「カレンとか言ったかな? 彼女を呼んでください! 彼女なら、私の適切な指示があったと証言してくれるはずです!」
二階堂の言葉に、人事部長が眉をひそめ、手元のタブレットを操作した。
「カレン? ……我が社の人事データに、そのような名前の社員は存在しませんが」
「は?」
二階堂が凍りついた。
「い、いや、いるはずだ! 黒木くんが電話で指示を出していた! 危機管理課の……」
「危機管理課などという部署は、五年前に廃止されていますよ」
シーン……。 会議室に、痛いほどの沈黙が落ちた。
「な……え……?」
二階堂が、信じられないものを見る目で俺を振り返る。 俺は、困ったような顔で小首をかしげてみせた。
「おかしいですねぇ。課長代理、あの時の爆発のショックで、幻覚でも見られたんじゃないですか? あんな状況で電話なんて、繋がるはずないでしょう」
「き、貴様ぁぁぁッ!! ハメたな! 僕をハメたなぁぁぁッ!!」
二階堂が顔を真っ赤にして掴みかかろうとするが、すぐに警備員たちに取り押さえられた。
「錯乱しているようだね」
「精神的ショックが大きいのだろう。……少し、静かな場所で療養させた方がいい」
専務が冷酷に判決を下す。
「二階堂くん。君には本日付で、北海道支社・オホーツク倉庫管理課への異動を命じる」
「ほ、北海道ぉぉぉ!? 倉庫番!? 嫌だ! 僕はエリートなんですよ!! ちょっと!!」
絶叫しながら、二階堂はずるずると引きずられていった。 廊下の奥へと消えていくその声を、俺は心の中で手を合わせながら見送った。
(……達者でな、二階堂。これで会社も日本も良い方向に変わるんだ)
◇
その日の夕方。 俺は、屋上のベンチで缶コーヒーを飲んでいた。 二階堂の騒ぎも一段落し、社内は「次は誰が課長になるんだ?」という噂話で持ちきりだ。
「……ふぅ。やっと静かになったか」
空を見上げる。 あの夜、俺がアポカリプスを消し去った空は、今日も何事もなかったかのように青い。 ポケットのスマホが震えた。カレンからだ。
『先輩! 聞きましたよ! あいつ、泣きながら北海道行きの飛行機乗ったそうです! ざまぁみろですね!』 「性格悪いぞ、カレン。……まあ、俺もスッキリしたけどな」 『あはは! これでしばらくは平和ですね。あ、そうそう。今回の報酬として、二階堂の裏金口座から、少しだけ「経費」を引き抜いておきましたから。みんなで焼肉行きましょう!』 「……おい、足がつかないようにしろよ」 『任せてください! 完璧なロンダリング済みです!』
たくましい部下たちだ。 電話を切ろうとした時、背後から声をかけられた。
「黒木さん」
振り返ると、人事部の同期・佐藤だった。 彼は少し気まずそうな顔で、辞令の入った封筒を俺に差し出した。
「……なんだ、これ」 「今回の件、上層部はお前の『現場対応力』を高く評価してるらしい。二階堂さんの暴走を(結果的に)最小限に抑えたってな」
佐藤がニヤリと笑う。
「おめでとう、黒木。『課長昇進』の内示だ」
……は? 俺は封筒を受け取り、固まった。 課長? 俺が? 管理職になれば、残業代は出なくなる。責任は重くなる。休日出勤も増える。 そして何より――目立つ。
「……冗談じゃない」
俺の平穏な「窓際ライフ」が、最大の危機を迎えていた。 モンスターよりも恐ろしい、「出世」という名の魔物が、口を開けて待っている。




