一撃必殺
ズガァァァァァァァァァン!!
最上階の役員室から、夜空に向かって黒い光の柱が立ち昇った。 それは破壊の光ではない。 周囲の瓦礫、空気、そして音さえも飲み込む、重力の奔流だ。
「ガ、アアア……ッ!?」
神の如き巨人『アポカリプス・システム』が、苦悶の声を上げる。 俺――黒木鉄也の右腕は、奴の腹部の超硬度装甲を貫通し、その深奥にあるコア・ユニットに触れていた。
「……見つけたぞ」
バイザーの奥で、俺は目を細めた。 コアの中心。 無数のケーブルと粘液に絡め取られ、白目を剥いて気絶している二階堂の姿があった。 奴はあくまで「生体電池」として組み込まれているだけだ。 今なら、引き剥がせる。
『――《警告。内部侵入を検知。排除行動へ移行》』
アポカリプスが狂ったように暴れる。 背中から伸びる無数の触手が、俺の背後から殺到する。 だが。
「邪魔だ」
俺は振り返りもせず、背中の黒い翼を一閃させた。 ブォンッ! 発生した重力刃が、迫りくる数百の触手を一瞬で細切れにする。 今の俺の周囲は、絶対的な「不可侵領域」だ。
「二階堂。……少し痛いかもしれんが、我慢しろよ」
俺は貫いた右腕を開き、二階堂の襟首を正確に掴んだ。 繊細な出力制御。 力を入れすぎれば、彼ごとき一瞬で挽肉になってしまう。
「摘出!!」
ドシュッ! 俺は一気に腕を引き抜いた。 ブチブチブチッ! とケーブルが千切れる音が響く。
「ひぎぃっ!?」
意識のない二階堂が、蛙のような声を上げてビクンと跳ねた。 粘液まみれの彼を、俺は小脇に抱える。 救出成功。
『――《エ、エラー……。魔力供給源、喪失。出力低下……》』
二階堂を引き抜かれたことで、アポカリプスのバリアが霧散する。 巨人の動きがガクンと鈍り、膝をついた。 だが、そのカメラアイは、まだ赤い光を失っていない。
『――《……否定する。我が使命は、魔力の根絶。……自爆シーケンス、起動》』
「なに?」 『――《半径五キロメートル以内の全物質を対消滅させる。……共に無へ還ろう、イレギュラー》』
奴の胸部コアが、ドス黒く輝き始めた。 暴走。 体内に蓄積した全エネルギーを暴発させ、新宿ごと心中するつもりだ。 カレンの悲鳴が、ノイズ混じりに聞こえた。
『先輩! エネルギー反応が急上昇してます! 爆発まであと十秒! 逃げて……いや、逃げ切れません!』
十秒。 俺一人なら、超音速で離脱できるかもしれない。 だが、瓦礫の下にはソウジとアイリスがいる。 このビルの下には、逃げ遅れた人々がいる。 そして何より――俺の家のローンが残っている。
「逃げる? そんな選択肢はない」
俺は気絶した二階堂を、足元の比較的安全な瓦礫の陰に放り投げた(少々手荒いが、死にはしないだろう)。 そして、爆発しようとする巨人の胸部へ、真正面から向き直った。
「マリア。全エネルギーを右腕に集中。……余剰次元への廃棄ゲートを開く」 『了解。――「特異点」生成準備。……マスター、右腕の回路が焼き切れますよ?』 「構わん。修理費は経費で落とす」
俺は右腕を天に突き上げた。 全ての流体金属が右手に集まり、巨大な「顎」のような形状を成す。
5、4、3……。 アポカリプスの輝きが臨界点に達する。
「終わりだ、旧文明の亡霊。……その熱意は、地獄で使え!」
俺は振りかぶった右腕を、爆発寸前のコアに叩きつけた。
「事象の地平線ッ!!」
ゴォォォォォォォン……!!
音がない。 爆発音ではない。 俺の拳が生み出したのは、極小の「ブラックホール」だ。 アポカリプスが放とうとした自爆エネルギー、その巨体、そして周囲の瓦礫までもが、俺の拳の一点へと渦を巻いて吸い込まれていく。
『――《バ、馬鹿な……。これは……科学の……究極……》』 『――《理解、不能……ガガ、ガ……》』
巨人が断末魔を残し、螺旋を描いて圧縮されていく。 五十メートルの巨躯が、バスケットボール大へ、そしてビー玉大へ。 最後には、俺の掌の中でパチンと弾け、消滅した。
残ったのは、夜空にぽっかりと空いた穴のような静寂と、綺麗な星空だけ。
◇
風が吹いた。 硝煙と熱気が去り、冷たい夜風が頬を撫でる。
「……終わった、か」
俺は空中に浮いたまま、大きく息を吐いた。 プシュウゥゥ……。 全身から蒸気が噴き出す。 リミッター解除の反動で、体が鉛のように重い。 スーツが急速に冷却され、通常の黒いビジネススーツ姿へと戻っていく。
俺はゆっくりと、崩壊した役員室の床へと着地した。
「だ、旦那……?」
瓦礫を押しのけて、ソウジが顔を出した。 その隣で、アイリスもふらつきながら立ち上がる。
「主よ……今の光は……?」 「ただの『処分』だ。ゴミはゴミ箱へ、ってな」
俺は強がって肩をすくめた。 本当は立っているのもやっとだ。 マリアが脳内で告げる。
『お疲れ様です、マスター。敵性体、完全消滅を確認。……右腕の損傷率、四五%。全治三日の筋肉痛を予測します』 「三日か。……有給、取れるかな」
俺は苦笑いしながら、瓦礫の陰で高いびきをかいて寝ている二階堂を見下ろした。 この男のせいで、とんでもない残業になった。 だがまあ、生きて連れ戻すというミッション(業務命令)は達成した。
ピロリン♪ その時、胸ポケットのスマホが鳴った。 奇跡的に無事だったスマホを取り出すと、優美からのLINEだ。
『停電直ったよ! テレビ見たけど、新宿すごいことになってるね。鉄也、大丈夫? アイスは無事だったから、早く帰ってきてね』
その文面を見た瞬間、俺の体から力が抜けた。 張り詰めていた糸が切れる音。
「……ああ、帰るよ」
俺は夜空に向かって呟いた。 世界の危機は去った。 巨神は消えた。 あとは、家に帰ってアイスを食べるだけだ。
俺は仲間たちの方を向いた。 ソウジとアイリスが、呆れたような、でもどこか誇らしげな顔で笑っている。
「さあ、撤収だ。……今日はもう、閉店ガラガラだ」
こうして、新宿を壊滅させかけた「史上最悪の一夜」は、一人の係長の残業によって幕を閉じたのだった。




