絶望的な戦力差
最上階、役員室跡地。 そこは、神と人の理不尽な暴力が支配する空間となっていた。
「ぬぉぉぉぉッ!!」
アイリスの絶叫が響く。 彼女は全身から金色の闘気を噴出させ、アポカリプスが放つ極太の熱線を、大盾一枚で受け止めていた。
ジジジジジジッ……!! 盾の表面が赤熱し、溶解していく。
伝説の金属オリハルコン合金ですら、奴のエネルギーの前では蝋細工のようだ。
「くっ、重い……! これほどの威力とは……!」
「アイリス! 無理するな! 一度避けろ!」
「退けぬ! 後ろには主たちがいるのだ! 騎士が背を見せてたまるかぁッ!」
アイリスのブーツが床を削り、ジリジリと後退する。 彼女の献身によって作られたわずかな隙。 それを無駄にはできない。
「ソウジ! 右だ! 関節の隙間を狙え!」
「分かってるよ! オラァッ!」
ソウジが手首を振るう。 極細の単分子ワイヤーが生き物のように走り、巨人の右腕――二階堂を捕らえている腕の付け根に巻き付いた。
「切れろォォォッ!」
ソウジが全身全霊でワイヤーを引く。 普段なら鉄骨すらバターのように切断する斬撃。 だが。
キンッ! 硬質な音が響き、ワイヤーが弾かれた。
「なっ……!? ワイヤーが通じねぇ!?」
「表面のバリアだけじゃない! 装甲材の密度がおかしいんだ!」
俺は舌打ちをした。 奴はビル中の金属を取り込み、超高密度に圧縮している。 生半可な物理攻撃では、かすり傷ひとつ付けられない。
『――《学習完了。対象:ワイヤーによる切断攻撃。対策:装甲表面の微細振動により無効化》』
アポカリプスのカメラアイが、冷酷にソウジを見下ろした。 背中のミサイルポッドが、ソウジに向かって開く。
「しまっ――」
ドォォォォン!! 直撃こそしなかったものの、爆風がソウジを襲う。 彼は木の葉のように吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
「ガハッ……! くそ……!」
「ソウジ!」
俺は駆け寄ろうとするが、無数の触手がそれを阻む。 カレンの悲痛な声がインカムから響く。
『先輩! ハッキングも弾かれます! あいつのセキュリティ、ファイヤーウォールが何千層もあるみたいで……私のPCじゃ処理落ちして……きゃああッ!』
バチュンッ! 通信の向こうで、サーバーが爆発する音がした。 カレンへの逆探知攻撃だ。
「カレン!? おい、無事か!」
『……予備回線、です……。端末が焼けました……もう、援護できません……』
カレンの声が震えている。 万事休すだ。 ソウジはダウン。カレンは沈黙。 そして――。
「ぐ、あぁぁぁぁッ!!」
パリンッ!! 決定的な音が響いた。 アイリスの大盾が、熱線に耐えきれずに砕け散ったのだ。 彼女はその衝撃で吹き飛ばされ、俺の足元に転がった。 鎧はボロボロで、意識も朦朧としている。
「すま、あ……主……守り、きれなかっ……」
「もういい。喋るな」
俺はアイリスを抱き起こし、瓦礫の陰に寝かせた。 チームは壊滅状態。 残っているのは俺一人。 そして、アポカリプスの手の中には、泡を吹いて気絶している二階堂。
『――《障害排除完了。これより、エリア全域の浄化(焼却)プロセスに移行する》』
巨人の胸部装甲が展開し、今までとは桁違いのエネルギーが充填され始める。 新宿一帯を地図から消し去るつもりのようだ。 もはや、通常の兵装では止められない。
「……マリア」
俺は静かに呼びかけた。 俺の心臓の鼓動が、早鐘を打っている。 恐怖ではない。 覚悟の鼓動だ。
『はい、マスター』 「現状の戦力で、勝率は?」 『ゼロ%です。二階堂氏から供給される無限の魔力がある限り、シールドは破れません』
マリアの冷徹な分析。 だが、彼女はこう続けた。
『――ただし。「カテゴリー・S」の限定解除を行えば、勝率は九九・九%に反転します』
カテゴリー・S。 それは、俺がこのスーツを手に入れた時に誓った「禁断の力」。 あまりの威力ゆえに、街への被害が甚大になるため、自ら封印していた兵装。
「……だよな」
俺は腕時計を見た。 一九時一五分。 優美が夕飯を作り終え、俺の帰りを待っている時間だ。 家のローン。愛する妻。生意気な部下たち。 それら全てを守るためなら、ビルの一つや二つ、安いもんだ。
「二階堂。……あとで始末書、手伝ってやるからな」
俺はネクタイを外し、風に飛ばした。 右腕を天にかざす。
「マリア。最終承認コード入力」 『認証。……御意、マイ・マスター』
俺の全身の流体金属が、黒く、激しく沸騰し始めた。 サラリーマンの時間は終わりだ。 ここからは、「始末屋」の本気が始まる。




