「真の黒幕」
ズガガガガガッ!!
最上階の役員室は、破壊の嵐に包まれていた。 無数の黒い触手が、床を突き破り、天井を食い破り、四方八方から襲いかかってくる。
「ひぃぃぃ! 僕のルノワールが! 三億円の絵画がぁッ!」
二階堂が瓦礫の陰で、絵画の残骸を抱いて泣き叫ぶ。 俺はそれを横目で見ながら、右腕の《重力甲冑》で触手の連撃を弾き続けていた。
「絵の心配より命の心配をしろ! ……チッ、キリがないな!」
一本切り落としても、すぐに二本が生えてくる。 しかも、ただの機械ではない。 この触手、俺の動きを学習してやがる。最初は直線的な攻撃だったのが、今ではフェイントや時間差攻撃を仕掛けてくるようになった。
『警告。敵性体、急速に進化中。ビル全体の構造材を取り込み、質量を増大させています』 「つまり、このビルそのものが奴のボディになりつつあるってことか?」 『肯定します。……来ます、マスター!』
マリアの警告と同時に、部屋の中央が大きく隆起した。 床のカーペットが引き裂かれ、コンクリートが粉砕される。 噴き出す黒い霧。 その中から、巨大な「神」が姿を現した。
それは、モノリスを核として、ビルの鉄骨や配管、コンクリート、そして無数の電子機器を融合させた、醜悪かつ荘厳な巨人だった。 天井を突き破るほどの巨躯。 顔にあたる部分には、目も口もなく、ただ赤く明滅する一つのカメラアイだけが存在する。
「な、なんだこれは……!?」
二階堂が腰を抜かして見上げる。 巨人のカメラアイが、ギョロリと二階堂を捉えた。
『――《識別完了。個体名:ニカイドウ・スグル。権限ランク:一時的ユーザー》』
腹に響くような重低音が、部屋の空気を震わせる。
『――《ユーザーの魔力及び生体情報を確認。……お前は「管理者」ではない。「燃料」だ》』
「は、はい……? 燃料……?」
二階堂がポカンとした顔をする。 巨人の腕――太いケーブルの束でできた腕が、無造作に伸びた。 速い。 俺が割って入る隙もなく、二階堂の体を鷲掴みにする。
「ギャアアアアッ! は、離せ! 僕は偉いんだぞ! この会社の課長代理だぞ!」 『――《魔力抽出開始》』
巨人の指先から針が伸び、二階堂の高級スーツを貫通して突き刺さる。 バチバチバチッ! 青白い電流のような光が、二階堂の体から巨人へと吸い上げられていく。
「あ、あがががが……ッ!?」 「二階堂ッ!」
俺は右腕をパイルバンカーに変形させ、地面を蹴った。 いくら嫌な上司でも、目の前で部下が(正確には上司だが)吸い尽くされるのを見過ごすわけにはいかない。
「そのバカを離せ! そいつは魔力も少ないし、味も悪いはずだぞ!」
俺は巨人の腕めがけて、必殺の杭を撃ち込んだ。 ズドォォォォン!! 強烈な衝撃波。鉄骨さえ粉砕する一撃。 だが。
「……なっ!?」
弾かれた。 巨人の装甲の表面に、ハニカム状の光の壁――『対物理バリア』が展開され、俺の攻撃を完全に無効化したのだ。
『――《脅威判定。未登録の旧式兵装を確認。……排除する》』
巨人が、二階堂を掴んだままの左手とは逆の、右腕を振り上げた。 その掌に、赤黒いエネルギーが収束していく。 重力波ではない。 純粋な破壊エネルギーの塊だ。
「マリア! シールド最大出力!」 『間に合いません! 回避を!』
俺は咄嗟に横へ跳んだ。 直後、閃光が迸る。
カッッッ!!!!
音すら置き去りにする熱線が、俺がいた場所を通過し、役員室の壁、その向こうの廊下、さらに向こうの空までを一直線に消し飛ばした。 ビルの一角が、ごっそりと抉り取られる。 外の夜風が吹き込み、書類や紙幣が舞い散る。
「……冗談だろ」
俺は冷や汗を拭った。 直撃していれば、俺のスーツごと蒸発していた威力だ。 しかも、あれだけのエネルギーを放っておきながら、奴は平然としている。 二階堂から吸い上げた魔力を、エネルギー源に変換しているのだ。
『――《我は「アポカリプス・システム」。かつてこの星を蝕んだ「魔力汚染」を浄化するために作られた、環境保全プログラム》』
巨人が、事務的な口調で語り出す。
『――《魔力とは、物理法則を乱すバグである。魔法文明は、いずれ星を食いつぶす。故に、魔力を持つ知的生命体を根絶し、世界を正常な状態へ初期化する》』
「……なるほどな。古代の超文明が滅んだ理由が分かったよ」
俺は苦笑いしながら立ち上がった。 こいつは、魔法文明に対する「カウンター兵器」だ。 かつて栄えた科学文明が、発生した魔力を脅威と見なし、それを駆逐するために作った殺戮機械。 それが現代のダンジョン深層で眠っていたのを、二階堂が叩き起こしてしまったわけか。
「だが、残念だったな。俺は魔法使いじゃない。ただのしがないサラリーマンだ」 『――《イレギュラー。解析不能。……だが、障害であることに変わりはない》』
アポカリプスが、再び熱線の照準を俺に向ける。 さらに、背中の突起から無数のミサイルポッドが展開された。 弾幕と極太ビームの同時攻撃。 逃げ場はない。
「くそっ……!」
俺が覚悟を決めた、その時だった。
「主ぃぃぃぃッ!!」
ドガアアアアアンッ!! 下の階層の床が突き破られ、金色の彗星が飛び出してきた。 アイリスだ。 彼女は俺の前に着地すると、ボロボロになった大盾を地面に突き立てた。
「間に合ったか! ここは我に任せろ!」 「アイリス!? 馬鹿、そいつの攻撃は……!」 「聖騎士の誇りにかけて、通しはせぬ! 絶対防御!!」
アイリスが叫ぶと同時に、熱線とミサイルの雨が降り注いだ。 ズドドドドドドドッ!! 爆炎が視界を埋め尽くす。
「旦那! こっちだ!」
煙の中から、ワイヤーが伸びてきて俺の腰に巻き付いた。 引っ張られるままに飛ぶと、破壊された壁の縁に、ソウジとカレンが立っていた。
「ソウジ! カレン! お前ら、下の敵はどうした!?」 「全部片付けてきたぜ! ……って言いたいところだが、無視して登ってきた! アイツが呼んだんだろ!」
ソウジが指差す先、アポカリプスが鎮座する部屋へ、下層からスカベンジャーたちが壁を這い登って集結しつつあった。 敵は、この最上階を最終防衛ラインにするつもりだ。
「先輩! 解析出ました! あいつのバリア、二階堂から吸ってる魔力で維持されてます!」
カレンがタブレットを見ながら叫ぶ。
謝って、別作品の話を公開してしまいました。こちらが正式な物語の続きになります。




