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会社では無能な係長ですが、ダンジョンでは最新鋭SF兵装で「仕事」してます ~あ、残業代(ドロップ)は嫁の機嫌取りに使います~  作者: 秦江湖


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スタンピード(百鬼夜行)

一七時四五分。  新宿の街は、黄昏と共に闇に沈んでいた。


 原因不明の大規模停電。  信号機が消えた交差点では、車同士の衝突事故が多発し、クラクションと怒号が飛び交っている。  だが、真の恐怖はそこではなかった。


「な、なんだあれ!?」 「地下から湧いてくるぞ! 逃げろ!」


 マンホールが弾け飛び、地下鉄の入り口から溢れ出してきたのは、無数の異形たちだった。  金属の脚を持つ蜘蛛型ドローン『スカベンジャー』。  人型だが、頭部がカメラレンズになった兵士型ロボット『ソルジャー』。  それらが波のように押し寄せ、逃げ遅れた人々や車を襲い始めていた。


 スタンピード。  ダンジョンからモンスターが溢れ出す、最悪の災害。  通常なら、即座に「ダンジョン協会」の正規探索者シーカーや、警察の機動隊が鎮圧に当たるはずだ。  この日も、近隣にいたAランクパーティや警備隊がすぐに駆けつけた。


 しかし――。


「くそっ、喰らえ! 上級火炎魔法インフェルノ・ブラスト!」


 駅前広場にて。  駆けつけたAランク魔導師が、杖を掲げて巨大な火球を放った。  着弾。爆炎が機械の群れを飲み込む。  勝利を確信した魔導師が口元を緩めた瞬間、炎を切り裂いて『ソルジャー』が飛び出してきた。  無傷だ。  装甲の表面に青白いハニカム構造のバリアが展開され、魔法の熱量を完全に遮断している。


「なっ……魔法無効アンチ・マジックだと!?」 「物理攻撃もだめだ! 剣が通らねぇ! ミスリルよりも硬いぞ!」


 前衛の剣士たちも悲鳴を上げる。  彼らの剣技も、魔法も、この世界の「常識」だ。  だが、目の前の敵は「未来の科学」で作られている。魔力という不確定要素を排除するために設計された、殺戮マシーンだ。


「ガガガガガッ!」 「うわぁぁぁぁっ!」


 一方的な蹂躙が始まった。  ソルジャーのアサルトライフルが火を噴き、スカベンジャーの鎌が探索者の鎧を紙のように引き裂く。  人類最強の戦力が、為す術なく敗走していく。  新宿は今、誰も守れない死の街になろうとしていた。


        ◇


 その地獄絵図の片隅を、一人の男が這いつくばって逃げていた。  純白のタキシードを煤と泥で汚した、二階堂だ。


「はぁ、はぁ……! なんでだ……どうしてこうなった……!」


 彼は裏路地のゴミ捨て場に身を潜め、ガタガタと震えていた。  手には圏外になったスマホ。  SNSを開けば、自分の名前がトレンド入りしているはずだった。称賛と羨望の的として。  だが、現実はこれだ。  自分の起こした不始末から、誰よりも先に逃げ出した卑怯者。


「ち、違う……僕は悪くない……あの黒い箱が不良品だったんだ……メーカーの責任だ……」


 ブツブツと責任転嫁の言葉を呟く。  その頭上を、赤いセンサーライトが横切った。  スカベンジャーだ。  二階堂は息を止め、生ゴミの袋の下に縮こまった。  プライドも名誉もない。ただ「生きたい」という浅ましい本能だけが、彼を突き動かしていた。


        ◇


 一方、混乱の中心地である本社ビル付近。  黒木は、路地裏に停めてあった社用車の陰に身を隠し、カレンたちと合流していた。


「先輩! 無事ですか!?」 「ああ。……ひどい有様だな」


 黒木はビルを見上げた。  一階のアトリウムは完全に制圧され、機械モンスターたちの「巣」と化している。  地下にあるモノリスが司令塔となり、そこから無限に兵隊が湧き出しているようだ。


「ソウジ、アイリス。消耗は?」 「俺はまだいける。ワイヤーの調子もいい。やっぱ同類のパーツだからか、切り裂く感触が軽いわ」 「我も問題ない! 奴らの装甲は硬いが、関節を狙えば砕ける。……だが、数が多すぎるぞ」


 二人の頼もしい報告に頷きつつ、黒木は思考を巡らせる。  現状、正規の探索者は役に立たない。  魔法が通じない以上、この敵を倒せるのは「同じ理屈ロジック」で戦える俺たちだけだ。


「カレン。敵の目的はなんだ?」 「解析完了しました! 奴らは『エネルギー源』を求めてます!」


 カレンがタブレットを示す。  地図上の赤い点が、特定の場所に集まろうとしていた。  変電所。ガスタンク。そして――。


「……待て。このルートは」


 黒木の目が鋭くなった。  モンスターの大群の一部が、新宿の住宅街――俺の自宅がある方向へ向かっている。


「住宅街の地下に、大規模な送電ケーブルが埋まってるんです! 奴ら、それを掘り起こして『餌』にする気です!」 「なんだと?」


 黒木は自宅の方角を見た。  停電中の自宅には、優美と義母がいるはずだ。  もし地下ケーブルを引きずり出すために、地上のマンションごと破壊されたら――。


 ブブブッ。  黒木の胸ポケットで、スマホが震えた。  奇跡的に繋がった回線。  着信画面には『優美』の文字。


「……ッ!」


 黒木は急いで通話ボタンを押した。


『もしもし、鉄也!? やっと繋がった! ねえ、どうなってるの!?』 「優美! 無事か!?」 『無事じゃないわよ! 急に停電するし、外からは変な機械の音がするし……お義母さんと一緒にクローゼットに隠れてるの。……ねえ、怖いよぉ……』


 妻の震える声。  背後で、ガシャン! という破壊音が聞こえた。  近い。


「……すぐに行く。絶対に外に出るな」 『え? 来るって、電車止まってるのよ? 無理しないで……』 「大丈夫だ。俺は……『抜け道』を知ってるからな」


 黒木は通話を切り、スマホを握り潰さんばかりに力を込めた。  その瞳から、サラリーマンの温厚な色が消え失せる。


「カレン。本社ビルの攻略プランを変更する」 「えっ?」 「俺はいったん自宅へ戻る。家族を避難させてから、トンボ返りでモノリスを叩く」


 それは無謀な二連戦だ。  だが、ソウジとアイリスはニヤリと笑った。


「了解だ、旦那ボス。嫁さんが最優先だろ」 「うむ。奥方を守れずして、何の騎士か!」


 黒木はネクタイを乱暴に引き抜き、地面に捨てた。  右腕だけでなく、両足にも黒い流体が絡みつき、強化外骨格パワードスーツを形成していく。


「行くぞ。……俺の家のローンを終わらせる前に、マンションを傷つける奴は――スクラップだ」


 黒木が地面を蹴った。  コンクリートが爆ぜ、黒い弾丸となって夜の街を疾走する。  会社員としての業務時間は終わった。  ここからは、世帯主としての「防衛戦」だ。

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