残業命令は突然に
水曜日の正午。 俺が勤める商社の本社ビル一階、吹き抜けのアトリウムは、異様な熱気に包まれていた。
紅白の垂れ幕。煌びやかな花輪。そして詰めかけた大勢の報道陣とカメラの砲列。 まるでIT企業の新作発表会のような派手さだ。 そのステージの中央で、純白のタキシード(どう見てもサイズが合っていない)に身を包んだ二階堂が、マイクを握り締めて絶叫していた。
「レディース・エンド・ジェントルメン! ようこそ、歴史的瞬間の目撃者たちよ! 今日この日をもって、人類はエネルギー問題という鎖から解放されます!」
バシャバシャバシャッ! 無数のフラッシュが焚かれる。 二階堂は陶酔しきった表情で両手を広げた。
「我が社がダンジョン深層より回収した『モノリス』。これこそが、無限の魔力を電力に変換する夢のリアクターです! さあ、ご覧ください!」
彼が指を鳴らすと、背後の巨大スクリーンに、地下保管庫の映像が映し出された。 厳重な強化ガラスの向こうに鎮座する、漆黒の立方体。 その表面は、搬入時よりも激しく明滅し、不気味な紫色のオーラを放っている。
「……おいおい。あれ、明らかに臨界点を超えてるぞ」
会場の隅、警備員たちの後ろで、俺――黒木鉄也は呟いた。 俺の視界には、AIのマリアが表示する警告ウィンドウが赤く点滅している。
『警告。対象「モノリス」、起動シーケンス進行中。周辺のマナ濃度が異常上昇。三十分以内にエネルギー暴走が発生する確率、九八%』 「九八%か。ほぼ確定だな」
俺はインカムを指で押さえ、小さく溜め息をついた。 二階堂のバカは、自分が「世紀の発明者」として歴史に名を残すと信じ込んでいる。 その名が「新宿をクレーターに変えた男」として刻まれるとも知らずに。
「……課長代理」
俺は意を決して、ステージ袖へ向かった。 出番待ちをしてメイクを直していた二階堂に声をかける。
「おや、黒木くん? なんだい、その辛気臭い顔は」 「実験を中止してください。数値が異常です。あれは発電機なんかじゃない。ただの時限爆弾だ」
俺の忠告に、二階堂は鏡を見たまま、鼻で笑った。
「ハハッ! 君らしいねぇ、万年係長。新しい時代が来るのがそんなに怖いのかい? それとも、私の成功が妬ましいのかな?」 「そういう問題じゃありません。今すぐ冷却して封印しないと……」 「黙りたまえ!」
二階堂が振り返り、俺の胸を扇子で叩いた。
「君のような魔力ゼロの『旧人類』には理解できないだろうがね、これは崇高な科学の実験なんだよ! 水を差すなら帰ってくれたまえ。……ああ、そうだ」
二階堂は意地悪な笑みを浮かべ、会場の出口――ゴミ集積所の裏口を指差した。
「君にはお似合いの場所がある。地下の搬入口で、不審者が入らないように立っててくれ。私の晴れ舞台に、君のような冴えない顔が映り込んだら、会社のイメージダウンだからね」 「……警備をやれと?」 「そうだ。これは業務命令だよ。しっかりと『残業』してくれたまえ」
二階堂はフンと鼻を鳴らし、スポットライトの浴びるステージへと戻っていった。 俺はその後ろ姿を、冷ややかな目で見送った。
「……了解です。しっかりと『後始末』をさせていただきますよ」
俺は踵を返し、地下へと続く非常階段へ向かった。 むしろ好都合だ。 地下搬入口は、モノリスが安置されている保管庫に一番近い。
◇
地下二階、薄暗い廊下。 地上の喧騒が遠くに聞こえる中、俺はネクタイを緩め、ポケットからスマホを取り出した。
「カレン。配置はどうなってる?」 『バッチリっすよ先輩!』
カレンの明るい声が返ってくる。
『私とソウジくんは、清掃業者に変装してビル内に潜入済みです。アイリスさんは……えっと、地下駐車場の出口で「不審な車が来ないか見張る」って言って、お弁当食べてます』 「……まあ、あいつは外の守りでいいか。物理的にデカいのが来たら頼むと言っておけ」 『了解。……で、先輩。いつ「始まります」か?』
カレンの声色が真剣なものに変わる。 俺は腕時計を見た。 二階堂が起動スイッチを押す予定時刻まで、あと五分。
「定刻通りだ。二階堂がスイッチを押した瞬間、モノリスは制御を離れて暴走する。……同時に、奴らが来るぞ」 『奴ら?』 「モノリスが呼ぶ『増援』だ。マリアの予測だと、地下の下水網を使って侵入してくる」
その時。 ズズズズズ……ッ。 微かな地響きと共に、廊下の照明がチカチカと明滅した。 空気中の静電気が肌を刺す。 髪の毛が逆立つような感覚。
『警告。強力なEMP(電磁パルス)波、発生。ビルのセキュリティシステム、ダウンします』
バチュンッ! マリアの報告と同時に、廊下の照明が全て落ちた。 非常灯の赤い光だけが、不気味に点滅する。
上階からは、悲鳴と怒号が聞こえ始めた。 マイクのハウリング音。 ガラスが割れる音。 そして――
「GYAGAGAGA……ッ!」
床下から響く、聞き覚えのある機械的な咆哮。 マンホールの蓋が弾け飛び、金属の爪がコンクリートを削る音が近づいてくる。
「……始まったな」
俺はスマホをしまい、暗闇の中で右腕を構えた。 漆黒の流体金属が、俺の意思に応えて脈動し、硬質な装甲へと変わっていく。
「さて、と。業務命令だ」
俺は誰にともなく呟いた。
「予定外の残業だが……きっちり請求させてもらうぞ、二階堂」
俺は非常灯に照らされた闇の奥、蠢く無数の赤いカメラアイ(目)に向かって、静かに歩き出した。
(第19話 完)




