予兆:機械仕掛けの足音
数日後。深夜二時。 新宿の甲州街道を、巨大なトレーラーが封鎖して走行していた。 荷台には、厳重にシートで覆われた立方体。 二階堂が持ち出した『モノリス』の搬送だ。
沿道の信号機が、トレーラーが通過する瞬間にバチバチと火花を散らし、赤から青へ、そして消灯へとランダムに切り替わる。 街頭ビジョンの映像が一瞬乱れ、ノイズ混じりの砂嵐になる。
俺は、離れたビルの屋上からその様子を見下ろしていた。
「……始まったな」 『はい。微弱ですが、広帯域へのジャミング波(EMP)を確認。モノリスは「スリープモード」ですが、漏れ出る波動だけで電子機器に影響を与えています』
マリアの報告に、俺は眉をひそめた。 まだ起動すらしていない状態でこれだ。 もし二階堂がアレに電源を入れたら――新宿中の電子制御が乗っ取られるぞ。
「カレン、状況は?」 『最悪っすよ先輩!』
インカムから、カレンの悲鳴に近い声が響く。
『私のPCモニターが勝手に点滅するし、サーバーの冷却ファンが逆回転し始めるし……これ、ただの電波障害じゃないです! もっと悪質な、「プログラムの書き換え」ウイルスみたいなのが空気中にばら撒かれてます!』 「ウイルス?」 『はい! 街中のIoT家電とか、自動運転車とか……ネットワークに繋がってる機械全てに、「バックドア(裏口)」を作ろうとしてます!』
なるほど。 マナを吸って動くだけじゃない。 アレの目的は、この都市のインフラを掌握し、自分たちの有利な戦場に作り変えることか。 まさに侵略兵器だ。
「……止められるか?」 『無理です! 暗号化レベルが桁違いすぎます! 今の私じゃ、解析に百年かかりますよ!』
天才ハッカーがお手上げとはな。 俺は眼下のトレーラーが、自社ビルの地下駐車場へと吸い込まれていくのを見送った。
ズゥゥゥゥン……。
地鳴りのような音が響く。 地震ではない。俺の右腕と、ソウジのワイヤー、そしてあのモノリスが共鳴している音だ。 俺の右腕の表面に、警告色の赤い光が走る。
「……痛むか、マリア」 『いえ。ですが、不快です。……同族嫌悪、という感情に近いかと』
AIであるマリアが「感情」という言葉を使ったことに、俺は少し驚いた。 彼女もまた、あの破壊兵器の目覚めを危惧しているのだ。
「二階堂のやつ、起動実験はいつやるつもりだ?」 『社内メールをハッキングしました。明後日の正午、マスコミを集めての「お披露目会」でスイッチを入れるそうです』
明後日。 それが、この街のタイムリミットか。
「……やるしかないな」
俺はビルの屋上から身を乗り出した。 夜風が冷たい。 だが、俺の胸の中では、静かな怒りの炎が燃え始めていた。 俺の平穏な日常を。 嫁との夕飯の時間を。 そして、この街の平和を。 あんな黒い箱と、浅はかなエリートに奪わせてたまるか。
「ソウジ、アイリス、カレン。……明後日は全員、フル装備で待機だ」
俺は短く命令を下し、闇の中へと姿を消した。 機械仕掛けの足音が、すぐそこまで迫っていた。




