表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
会社では無能な係長ですが、ダンジョンでは最新鋭SF兵装で「仕事」してます ~あ、残業代(ドロップ)は嫁の機嫌取りに使います~  作者: 秦江湖


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/36

箱根の山は天下の剣

神奈川県、箱根ダンジョン・リゾートエリア。  かつての名湯は、今やダンジョンの熱源を利用した一大レジャー施設となっていた。  俺たちが泊まる旅館『天狗の宿』も、露天風呂からダンジョンの入り口(安全地帯)が見える絶景が売りだ。

「うわぁ~! すごい硫黄の匂い! お肌に良さそう!」 「鉄也、早く荷物置いて! 温泉街でお団子食べましょ!」

 浴衣に着替えた優美と悦子さんは、到着するなりテンションがMAXだ。  俺は荷物持ちとして二人の後ろをついて歩きながら、周囲を警戒していた。    観光客に混じって、見覚えのある顔がいる。  カレンとアイリスだ。  カレンは派手な浴衣を着崩し、アイリスは……なぜか旅館のドテラを裏返しに着て、巨大なイカ焼きを頬張っている。

(……バレてないな。よし)

 俺はサングラス越しにアイコンタクトを送り、家族サービスに徹することにした。

        ◇

 その夜。  優美と悦子さんがエステに行っている間、俺は一人で宿の庭園にある露天風呂に浸かっていた。

「……極楽だ」

 熱い湯が、日頃のデスクワークとSF兵装の反動で痛んだ体に染み渡る。  貸切状態の露天風呂。  月を見上げながら、このまま溶けてしまいたいと思った、その時だ。

『敵性反応。直上から急速接近』

 マリアの警告と同時に、湯船の水面が揺れた。  ザパァッ!  塀の向こうから飛び込んできたのは、一匹の猿だった。  だが、ただの猿ではない。体長二メートル、真っ白な毛皮に赤い顔。箱根名物、変異モンスター『スノー・モンキー(温泉猿)』だ。

「キキャァァァッ!」

 猿は俺を見るなり、鋭い爪を振り上げた。  丸腰の入浴客なら、悲鳴を上げる暇もなく八つ裂きだ。  だが、あいにく俺は「仕事中」ではないが、「準備」はしている。

「……のぼせちまうぞ、サル」

 俺がタオルごしに右腕を変形させようとした瞬間。  横の男湯との仕切り(竹垣)が、ドガァン! と破壊された。

あるじの安息を妨げる不届き者は、このアイリスが成敗してくれるわ!」

 飛び出してきたのは、バスタオル一枚を体に巻いたアイリスだった。  手には武器がない。  代わりに、庭石(漬物石サイズ)を片手で掴んでいる。

「ぬんっ!」

 豪速球。  投げられた岩は砲弾のように空を切り、空中の猿の顔面に直撃した。  ゴガッ! と鈍い音がして、猿が湯船の向こうへ吹っ飛んでいく。

「……おい、アイリス。何してんだ」 「む? 主か。いや、女湯の露天風呂から、主の匂い……ではなく、殺気を感じたのでな。壁を越えてきた」

 アイリスは湯気の中で、恥ずかしげもなく仁王立ちしている。  バスタオル一枚の危うい姿だが、その凛とした表情は戦乙女そのものだ。

「キィッ! キキャッ!」

 吹っ飛ばされた猿が仲間を呼んだのか、塀の上に十数匹の温泉猿が現れた。  どれも興奮状態で、殺気立っている。  マリアが補足情報を入れる。

『解析。地熱の上昇により、モンスターたちが縄張りを追われてパニック状態です。このままでは旅館街に雪崩れ込みます』 「チッ……。優美たちがエステ終わるまであと三〇分か」

 俺は立ち上がり、腰にタオルを巻き直した。  右腕が湯の中で黒く変色する。

「アイリス。湯冷めする前に片付けるぞ」 「応! ……主と共闘など、あの雪の日以来だな」

 アイリスがふと、懐かしそうに目を細めた。

        ◇

 戦闘は一方的だった。  俺の《ニードルガン・静音モード》と、アイリスの格闘術(桶や椅子を使った乱闘)の前に、猿たちは為す術なく沈んでいく。

 最後の一匹をアイリスが締め落とした時、彼女はぽつりと呟いた。

「……主よ。覚えているか?」 「あん?」 「わたしがこの世界に来て、右も左も分からず、路地裏で凍えていた時のことだ」

 半年前の冬。  異世界から転移してきた彼女は、言葉も通じず、現代社会のルールも知らず、ボロボロの姿でゴミ捨て場に座り込んでいた。  誰もが不審者として避ける中、声をかけたのが俺だった。

『……腹、減ってるのか?』

 俺が差し出したのは、残業帰りに買った牛丼(並)の弁当。  彼女はそれを、涙を流しながら貪り食った。

「あの牛丼の味。そして、主がくれた『生きるための仕事』。……我は一生忘れぬ」

 アイリスは濡れた髪をかき上げ、真剣な眼差しで俺を見た。

「この命ある限り、我は主の盾となろう。……たとえ主が、奥方という別の主君に仕えていようともな」 「……大げさなんだよ、お前は」

 俺は照れ隠しに視線を逸らした。  ただの気まぐれだ。腹を空かせた野良犬を見捨てられなかっただけだ。  だが、その野良犬は今、最強の騎士となって俺の背中を守っている。

「キャーッ! ちょっと、お風呂で何が起きたの!?」

 脱衣所の方から、従業員の悲鳴が聞こえた。  騒ぎを聞きつけたようだ。  俺とアイリスは顔を見合わせた。

「……逃げるぞ、アイリス」 「うむ! マッサージチェアがまだ途中だ!」

 俺たちは猿の死体をダンジョンの裂け目に蹴り落とし、何食わぬ顔でそれぞれの脱衣所へと戻った。

        ◇

 翌朝。  旅館の朝食会場で、優美がニュースを見ながら首を傾げていた。

「ねぇ鉄也。昨日の夜、近くで『猿の集団喧嘩』があったんですって。怖いわねぇ」 「ああ、怖いな。……でも、ここの温泉卵は美味いぞ」 「本当? あら、お肌ツルツルじゃない、あなた」

 俺は筋肉痛の取れた体を伸ばし、味噌汁を啜った。  遠くの席で、カレンとソウジ、アイリスが山盛りのバイキング料理を食べているのが見える。  アイリスが俺に気づき、小さく親指を立てた。

 箱根の山は天下の険。  だが、俺たちのチームワークの前では、ただの銭湯と変わらない。  束の間の休息は、こうして守られたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ