システム・エラー
カレンの風邪が治り、チームが通常稼働に戻って数日後。 俺たちは新宿ダンジョンの中層、地下一五階層の「水路エリア」に来ていた。
「先輩、右側の通路から反応ありです。でも……なんか変なんですよね」
インカム越しのカレンの声に、ノイズが混じる。 彼女だけではない。脳内にいるAI、マリアの様子もおかしい。
『……警告。該当座標に、登録外の生体パターンを確認。データベースに照合できません』 「新種か?」 『否定します。これは……生物としての構造が破綻しています』
マリアが言葉を濁すのは珍しい。 俺は、先行しているアイリスとソウジに合図を送った。
「警戒しろ。いつもの雑魚とは違うぞ」
水路の奥から、水しぶきを上げて「それ」が現れた。 形は、巨大なワニ(アリゲーター)に似ている。 だが、その皮膚は鱗ではなく、錆びついた金属板で継ぎ接ぎされていた。 目玉の代わりにあるのは、赤く発光するカメラレンズ。 背中からは、排気ガスのような蒸気を噴き出している。
「な、なんだコリャ!? ロボットか!?」
ソウジが驚きの声を上げる。 ダンジョンにはゴーレム(魔法生物)は存在するが、あんな内燃機関や電子部品を持ったモンスターなど、聞いたことがない。 明らかに、この現代の技術でも、ファンタジーの魔法でもない。 もっと異質な、未来の廃棄物のような不気味さだ。
「GYAGAGAGA……ッ!」
機械ワニが、ノイズ混じりの咆哮を上げ、突進してきた。 速い。 アイリスが盾を構える。
「ぬんッ!」
激突。 いつもなら弾き返すアイリスが、数メートルも後退させられた。 「ぐっ……重い! なんだこいつ、中身が詰まりすぎているぞ!」 「アイリス!」
ソウジがワイヤーを放ち、ワニの足を拘束しようとする。 だが、ワイヤーが皮膚に触れた瞬間、バチバチッ! と火花が散った。
「熱ッ!? 高圧電流流してやがる! ワイヤーが焼き切れるぞ!」 「物理も拘束も効きにくい、か」
俺は前に出た。 右腕を戦闘形態へ移行させる。 いつもの流体金属ではない。マリアが「対・非生物用」として推奨したモードだ。
『プラズマ・カッター、起動。エネルギー充填率安定』
俺の右腕が青白く発光し、超高温の熱刃を形成する。 鋼鉄だろうが電子回路だろうが、溶断すれば同じことだ。
「……鉄クズなら、リサイクルに出してやる」
俺は地面を蹴った。 機械ワニが大きく口を開け、口内からレーザーのような光弾を放つ。 魔法ではない。光学兵器だ。 俺は最小限の動きでそれを回避し、懐に飛び込む。
「斬滅」
一閃。 青い閃光が、ワニの金属装甲をバターのように切り裂いた。 切断面から火花とオイルを撒き散らし、機械ワニは真っ二つになって崩れ落ちる。 機能停止した残骸から、プスン、プスンと煙が上がっている。 俺は切断された頭部を覗き込んだ。 そこには、魔石ではなく、焼け焦げた「集積回路」のようなものが埋まっていた。 その表面には、微かに文字列が刻まれている。 『M.D.E. System - Ver 4.02』
現代の製品ではない。 俺の腕と同じ、ロストテクノロジーの匂いがする。
「……マリア。これは何だ?」 『…………』 「マリア?」
数秒の沈黙の後、マリアは事務的な声で答えた。
『解析不能。ダンジョンが生み出した、偶発的な変異体と推測されます』 「……嘘だな」
俺には分かる。マリアは何かを隠している。 このチップは、俺の装備と「同系統」の技術で作られている。 つまり、この敵はダンジョン産ではなく、マリアと同じ場所――「未来」から来た可能性が高い。
「ま、いいさ。俺の仕事は害虫駆除だ。由来がどこだろうと、嫁の生活圏を脅かすなら潰すだけだ」
俺はチップを踏み砕いた。 ソウジとアイリスが駆け寄ってくる。
「旦那、今の見たか? ビーム撃ってきたぞ!?」 「ああ。……嫌な予感がするな」
ただの変異じゃない。 ダンジョン自体が、何者かによって「改造」され始めている。 俺は壊れた機械ワニを見下ろしながら、漠然とした不安を覚えていた。 これは、まだ始まりに過ぎない。 二階堂の小細工など可愛く見えるほどの、巨大な悪意が動き出している。




