副作用にご用心
地下鉄の廃ホーム。
蛍光灯の残骸が明滅する薄暗い空間に、三体の異形が立ち塞がっていた。
一体は、全身が刃物のように尖った『スピード型』。
一体は、岩のような筋肉と装甲に覆われた『パワー型』。
そして最後の一体は、背中から四本の触手腕を生やした、一際巨大な『リーダー型』だ。
三体の怪物が同時に咆哮し、殺意の波動を撒き散らす。
普通の人間なら気絶するほどのプレッシャーだが、俺の仲間たちは涼しい顔だ。
「へぇ……薬でラリって怪物化か。趣味の悪いねぇ」
ソウジが指先を動かすと、目に見えないワイヤーが周囲の柱に張り巡らされる。
アイリスは、巨大な盾を地面に叩きつけ、不敵に笑った。
「薬物になど頼るからだ、軟弱者め! 我が筋肉を見習え!」
「……お前ら、軽口はそこまでにしろ。手早く済ませるぞ」
俺は静かに歩み出る。
今回の作戦はシンプルだ。
各自、一体ずつ受け持ち、同時に仕留める。
これ以上、この汚い薬を地上に漏らさないために。
「行くぞ!」
号令と共に、戦端が開かれた。
◇
【右翼:ソウジ vs スピード型】
キィィィン! 金属音が響く。
全身刃物の怪物が、目にも止まらぬ速さでソウジに斬りかかる。壁や天井を跳ね回るその動きは、まさに狂気だ。
「速ぇな、オイ! カフェイン飲み過ぎじゃねぇのか!?」
ソウジは紙一重で回避しながら、ワイヤーで空中ブランコのように移動する。
怪物は、獲物を捕らえられない苛立ちからか、さらに加速して突っ込んできた。
「へっ……単調なんだよ、テメェの動きは!」
ソウジが指を弾いた。
瞬間、空間に張り巡らされていたワイヤーが収束する。
怪物が突っ込んだ先は、すでに見えない「蜘蛛の巣」の中だった。
「チェックメイトだ。……反省しな」
ソウジが右手を握り込む。
ワイヤーが締まり、怪物の全身を拘束する。
あとは、仕上げだ。
◇
【左翼:アイリス vs パワー型】
ズドォォォォォン!! 廃駅の柱がへし折れるほどの衝撃。
パワー型の一撃を、アイリスは大盾一枚で受け止めていた。
「ぬんっ! ……ふむ、悪くない重さだ!」
アイリスの足元のコンクリートがひび割れる。
だが、彼女の表情には余裕があった。
怪物は信じられないといった顔で、二度、三度と拳を振り下ろすが、アイリスの盾は揺るがない。
「だが、芸がないな! 力任せに振るうだけの拳など、蚊ほども効かぬわ!」
アイリスが盾を斜めに傾け、衝撃を受け流す。
体勢を崩した怪物の懐へ、彼女は踏み込んだ。
「我が剣の錆となるがいい!」
彼女が腰の剣を引き抜く。
それはただの剣ではない。ダンジョンの超硬質素材で作られた、戦車すら叩き斬るバスタードソードだ。
◇
【中央:黒木 vs リーダー型】
そして、俺の目の前には、最も厄介な個体がいた。
リーダー型。背中の四本の触手腕に加え、本体の両腕。計六本の腕が、それぞれ違う武器(瓦礫や鉄骨)を持って襲いかかってくる。
全方位からの同時攻撃。
回避は不可能だ。
『敵性体、攻撃予測ライン表示。回避不可能です、ダーリン』
「避ける必要はない」
俺は足を止めたまま、右腕を前に突き出した。
漆黒の流体が瞬時に膨れ上がり、六つの銃口を形成する。
これまでの「一点突破」や「範囲攻撃」とは違う。
対・多重ロックオン兵装。
「《自律機動・追尾弾》」
シュシュシュシュッ!
発射されたのは、六つの黒い弾頭。
それらは空中で軌道を変え、生き物のように蛇行しながら、迫りくる六本の腕全てに向かって飛んだ。
ドォォォン!!
着弾。
六本の腕が同時に粉砕される。
怪物が驚愕に目を見開き、再生しようと魔力を練り上げるが――遅い。
「マリア、シンクロ開始」
『了解。カウントダウン、3……2……』
俺の視界の端で、ソウジとアイリスがトドメの体勢に入ったのが見えた。
俺も、右腕を最終形態へと変形させる。
巨大な杭だ。
『1……ゼロ』
瞬間。三つの殺意が重なった。
「あばよ、ジャンキー!」 ソウジがワイヤーを引き抜き、スピード型の首を刎ね飛ばす。
「セイッ!」 アイリスの大剣が、パワー型の胴体を真っ二つに両断する。
「……消えろ」 そして俺は、再生しかけたリーダー型の胸板に、ゼロ距離からパイルバンカーを叩き込んだ。
ズガァァァァァァン!!
三体同時撃破。
断末魔の悲鳴が重なり、廃駅に静寂が戻った。
舞い上がる粉塵の中、俺たちは武器を収め、背を向ける。
◇
翌日。 ワイドショーでは、『新宿の廃駅でガス爆発事故』というニュースが流れていた。
もちろん、カレンが情報を操作した結果だ。
現場に残された違法ドラッグの工場も、戦闘の余波という名目の証拠隠滅で跡形もなく吹き飛んだ。
オフィスにて。 二階堂は、顔面蒼白で電話対応に追われていた。
「えっ、工場が全焼!? そ、そんな……私の投資金はどうなるんですか! 保険!? 違法な工場に保険なんて降りるわけないでしょう!」
受話器を投げ捨て、頭を抱える二階堂。
今回ばかりは損失が大きすぎたようだ。私財を投げ打った投資が、一夜にして灰になったのだから。
「あーあ、可哀想に」
俺は他人事のように呟き、コーヒーを啜った。
デスクの引き出しには、昨日「運び屋」として渡されたアンプルのサンプルが入っている。
もちろん、中身はただのブドウジュースにすり替えておいた。
俺は二階堂の背中に向かって、心の中で小さく言った。
『健康第一ですよ、課長代理』
副作用に苦しむのは、薬を飲んだ奴か、欲に目がくらんだ奴か。
まあ、俺には関係のない話だ。 今日も定時で帰って、嫁の作ったハンバーグを食べるとしよう。




