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会社では無能な係長ですが、ダンジョンでは最新鋭SF兵装で「仕事」してます ~あ、残業代(ドロップ)は嫁の機嫌取りに使います~  作者: 秦江湖


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課長代理の新たな「錬金術」

オフィス街に、生ぬるい風が吹く月曜日の朝。


 俺――黒木鉄也は、自分のデスクで胃薬を飲んでいた。



「あーあ、どうしてこう、週明けの空気は重いんですかねぇ」


 向かいの席から、粘着質な声が飛んでくる。  課長代理の二階堂だ。


 先日の『暁の翼』との契約解除で大損害を出したはずだが、今日の彼は妙に機嫌が良い。新品のイタリア製スーツに身を包み、髪もテカテカにセットされている。



「黒木さん。君は『健康』に興味はありますか?」


「はぁ……まあ、歳も歳なんで、血糖値とかは気にしますが」


「古いなぁ。これからの時代は『進化』ですよ」


 二階堂はニタリと笑い、タブレットの画面を見せてきた。


 そこには、怪しげな紫色の液が入ったアンプルの画像と、『AMBROSIAアンブロシア』というロゴが表示されている。


「これはね、とある海外のベンチャーが開発した『ダンジョン産・栄養ドリンク』です。飲むだけで一時的にマナ回路を活性化させ、誰でも魔法が使えるようになる……夢の薬ですよ」


「……そんな都合のいい薬が?」


「あるんですよ。僕は今回、この日本総代理店の権利を安く買い叩くことに成功しましてね。これが認可されれば、先日の赤字なんて一瞬で吹き飛びますよ」


 二階堂は勝ち誇ったように笑う。


 だが、俺の目は笑っていなかった。 『アンブロシア』。 その名は、裏社会のブラックリストで見たことがある。


 魔物の体液を精製した違法薬物。確かに魔力は上がるが、副作用で精神が崩壊し、最悪の場合、肉体がモンスター化する劇薬だ。



「……課長代理。それ、厚労省の認可は?」


「今、申請中ですよ。ま、役人の手続きなんて待ってられませんから、先に『サンプル』を配って既成事実を作りますけどね」


 二階堂が足元の段ボール箱を蹴った。


 中には、紫のアンプルがぎっしりと詰まっている。


「黒木さん。君、今日の午後は外回りですよね? ついでにこのサンプル、新宿の『お得意様』たちに配ってきてください」


「……私が、ですか?」


「君みたいな無能でも、運び屋くらいはできるでしょう? リストはこれです。頼みましたよ」



 渡されたリストには、歌舞伎町の裏路地にある怪しげなジムや、半グレが出入りするクラブの名前が並んでいた。


 二階堂は、自分が何を運ばせているのか理解していない。あるいは、知っていて俺をトカゲの尻尾にするつもりか。  どちらにせよ、ラインを超えた。


「……分かりました。行ってきます」



 俺は段ボール箱を抱え、オフィスを出た。


 エレベーターホールで一人になった瞬間、俺のスマホが震えた。カレンからだ。


『先輩! その箱、ヤバいっすよ! 中身、高純度の魔物エキスです!』


「ああ、知ってる。二階堂のウスラバカは、これを『健康食品』として売りさばく気だ」


 俺は箱の中身を一瞥し、冷たく吐き捨てた。


「こんなもんが市中に出回ってみろ。パニック映画の始まりだ。ウチの嫁が買い物に行くスーパーで、ゾンビ・パニックなんぞ起こされてたまるか」


『どうします? 警察にタレ込みます?』


「いや、警察が動く頃には証拠隠滅されて終わりだ。……元を絶つぞ」


 俺はカレンに指示を飛ばした。



「製造元を特定しろ。今夜、残業だ」



        ◇



 その夜。


 新宿ダンジョン、廃棄区画『地下鉄跡地』。


 かつて地下鉄として使われていたトンネルが、ダンジョンの侵食により放棄された無法地帯だ。


 その奥深く、カビ臭いホーム跡に、男たちの怒号が響いていた。



「おい二階堂! 話が違うじゃねぇか!」


「こっちは金払ってんだぞ! なんで薬が届かねぇんだ!」


 集まっているのは、二階堂が取引しようとしていた裏社会のバイヤーたちだ。


 彼らの中心にあるモニターに、二階堂の顔が映っている。彼は安全な自宅からリモートで交渉していたのだ。



『お、おかしいですねぇ……。私の部下が、サンプルを持ってそちらに向かったはずなんですが』


「部下だァ? 誰も来てねぇよ! 騙したのかテメェ!」


『ひぃッ! め、滅相もない! きっとその無能な部下が道に迷って……』



 二階堂が言い訳を重ねる中、バイヤーの一人が痺れを切らし、手持ちの在庫を取り出した。


「もういい! 手持ちの分だけでも使うぞ! これさえありゃあ、俺たちも探索者様になれるんだろォ!?」


 男がアンプルを一気飲みした。  直後。  ゴボッ、グシャッ……!  男の筋肉が異常に膨れ上がり、衣服が弾け飛んだ。


「ギ、ガァァァァァッ!!」

 皮膚が紫色に変色し、背中から新たな腕が生えてくる。  人間ではない。オークとゾンビを混ぜたような、異形の怪物への変貌。


 それを見ていた他の男たちも、恐怖と興奮で理性を失い、次々と薬を煽った。


「うおおおお! 力が! 力がァ!」 「殺せ! 奪え!」


 廃駅は一瞬にして、理性を失ったモンスターたちの巣窟と化した。


 モニターの向こうで、二階堂が悲鳴を上げている。


『な、なんだそれは!? 聞いてないぞ! 契約違反だ! 通信を切れ!』


 プツン、と映像が消える。


 だが、現場の怪異は消えない。


 暴走した三体の巨大な変異体が、地上へ続く階段へと向かおうとしていた。


「GRUAAAAA!!」


「行くぞ」


 その行く手を、三つの影が塞いだ。


「――通行止めだ。チケットは持ってるか?」


 


 俺はネクタイを締め直し、マリアに告げた。


「マリア。ターゲットの識別完了」


『確認しました、ダーリン。対象は「AMBROSIA」過剰摂取による変異体バーサーカー。生体反応、すでに人間ではありません』


「そうか。なら……遠慮なく『処分』できるな」


 俺の右腕が、夜の闇よりも深く黒い流体へと変わる。


 仕事の時間だ。


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