路地裏の芸術家と、過去からの客
新宿駅東口。
巨大な3D猫が映し出されるビルの谷間で、ソウジは今日も小さな露店を広げていた。
「いらっしゃい、見てってよ! ダンジョン産の鉱石を使った、世界に一つだけのハンドメイドだよ!」
ソウジの声は明るいが、道行く人々は素通りしていく。
彼の作るアクセサリーは、技術こそ超一流だが、デザインが少々前衛的すぎるのだ(髑髏とか、蛇とか)。
そんな彼の店に、一人のサラリーマンが足を止めた。
ヨレたスーツの男――黒木だ。
「……よう、繁盛してるか?」
「旦那かよ。冷やかしなら帰ってくれよ、俺は今、創作意欲が湧いてるんだ」
ソウジは嫌そうな顔をしたが、その手は器用にペンチを動かしている。
黒木はため息をつきながら、胸ポケットからスマホを取り出し、画像を見せた。
「仕事の依頼だ。これと同じデザインのペンダントを作れ」
「あん? ……なんだよこれ、すげぇファンシーだな。ハート型にピンクの石?」
「嫁の要望だ。『今度の日曜のデートに着けていきたい』だとさ」
黒木は疲れた顔で言った。
家庭内平和維持のためには、妻の些細な要望も無視できない。このペンダントは有名ブランドの新作だが、すでに完売しており、転売価格も高騰している。
ならば、腕のいい職人に「再現」させた方が早いし安い。
「納期は明日だ。報酬は弾む。……できるな?」
「へいへい。旦那の頼みなら断れねぇな。材料費込みで五万だ」
「商売上手め。頼んだぞ」
黒木は手付金を置くと、雑踏の中へと消えていった。
ソウジは口笛を吹きながら、手付金をポケットにしまう。
「さてと。あの旦那が嫁さんに媚び売るための道具だ、気合い入れて作るか」
彼が工具箱から、ピンク色の魔石『ローズ・クォーツ』を取り出した、その時だ。
店先に、長い影が落ちた。
「――よう。いい腕してるじゃねぇか、ソウジ」
粘着質な声。 ソウジの手がピクリと止まる。
顔を上げると、そこには柄の悪いジャージ姿の男たちが五人、ニヤニヤしながら立っていた。
その中心にいる男の首筋には、蛇の目のタトゥーが刻まれている。
「……アガタさん」
「久しぶりだなァ。ウチの組織を抜けてから、こんなままごとみたいな店やってたのか?」
半グレ集団『蛇の目』。
ダンジョン協会から流出した違法アイテムの売買や、探索者への恐喝を生業とする凶悪グループだ。 かつて荒れていた頃のソウジが、一時期身を置いていた古巣でもある。
「……何の用っすか。俺はもう足洗ったんすよ」
「つれないこと言うなよ。実はお前に『仕事』の依頼があってな」
リーダーのアガタと呼ばれた男が、ソウジの耳元で囁く。
「昨日、ウチの若いのが『いいモン』拾ってな。協会の輸送車から落ちた、特級魔石が入った金庫だ。……だが、最新の魔導ロックがかかってて開かねぇんだよ」
「…………」
「お前の『指』なら開けられるだろ? 単分子ワイヤーを使って、内部のシリンダーを直接イジればな」
それは、犯罪の片棒を担げという脅迫だった。 ソウジは静かに首を振った。
「断る。俺はもう、ただのアクセサリー屋だ。泥棒稼業に戻る気はねぇよ」
「あァ?」
ドカッ! アガタの蹴りが、ソウジの露店を直撃した。
並べられていた商品が飛び散り、いくつかが通行人の足元で砕ける。
「おいコラ、誰に向かって口きいてんだ? ここで暴れてもいいんだぞ? 周りの一般人がどうなっても知らねぇけどな」
「……ッ!」
ソウジは周囲を見渡した。
新宿駅前だ。ここで騒ぎになれば、一般人に被害が出る。
何より、騒ぎが大きくなれば、裏稼業のチームである黒木たちにも迷惑がかかるかもしれない。 あの旦那は、平穏を何よりも愛しているのだ。
(……俺一人で、片付けるしかねぇか)
ソウジは拳を握りしめ、アガタを睨みつけた。
「……分かったよ。場所変えようぜ」
「ハハッ! 話が早くて助かるぜ。来いよ、車用意してあるから」
ソウジは連行される直前、ポケットの中のスマホを操作し、電源を切った。
GPSも、通信も、全て遮断する。
これは俺の過去の問題だ。今の仲間を巻き込むわけにはいかない。
砕け散ったローズ・クォーツの欠片だけを残して、ソウジの姿は路地裏へと消えた。
◇
数時間後。 会社の喫煙所で一服していた黒木の元に、カレンからの緊急通信が入った。
『先輩! ソウジくんの反応が消えました!』
「どういうことだ」
『端末の電源が切られてます。最後のGPS反応は新宿駅前。……街頭カメラのログをハッキングしました。これ見てください』
黒木の脳内に、映像が転送される。
そこには、半グレ集団に囲まれ、黒いワンボックスカーに乗せられるソウジの姿が映っていた。
そして、無残に破壊された露店の跡地も。
「……あいつ、自分から通信を切りやがったな」
『どうします? 相手は『蛇の目』。警察も手を出しかねてる武闘派ですよ』
黒木は煙草の煙を長く吐き出した。
ソウジの意図は分かる。
「これは俺個人の問題だから、手出し無用だ」というメッセージだ。 実に健気で、馬鹿な心がけだ。
「……カレン。車のNシステムを追え。行き先を特定しろ」
『え、行くんですか? でも、ソウジくんは迷惑かけたくないって……』
黒木は足元の吸い殻を踏み消した。
その目から、サラリーマンの疲れた色が消え、冷徹な光が宿る。
「勘違いするな。俺はあいつに『仕事』を発注してるんだ」
『え?』
「前金まで払ったんだぞ。納期を守ってもらわなきゃ、俺が嫁に殺される」
黒木はネクタイを緩め、オフィスに戻ることなく、非常階段へと向かった。
「契約不履行は許さん。……職人を連れ戻すぞ」




