女騎士、初めてのショッピング
新宿ダンジョン近くの裏路地にある、怪しげな喫茶店。 その一席で、俺たちのチームは「報酬の分配会」を行っていた。
「いやー、先輩! マジで半端ないっすよ!」
情報屋で金庫番の女子高生、カレンが、電卓を叩きながら興奮気味に叫ぶ。 「こないだのワイバーンの素材、闇ルートで流したら過去最高額が出ました! Sランク素材なんて、市場に出回らないですからね。はいこれ、今回の先輩の取り分!」
カレンが提示したスマホ画面には、俺のサラリーマンとしての年収を軽く超える数字が表示されていた。 これでしばらく、嫁の機嫌取りには困らないだろう。
「……で、残りがソウジとアイリスの分だ。ちゃんと分けてやれよ」 「分かってますって。はい、ソウジくん」 「おっ、サンキュ。これで新しい機材が買えるぜ」
ソウジが慣れた手つきで電子マネーを受け取る。 問題は、もう一人だ。 女騎士のアイリスは、目の前に置かれた札束(カレンが現金化してきた分)を、キョトンとした顔で見つめていた。
「主よ。この紙切れが、報酬なのか?」 「そうだ。この世界じゃ、それがなきゃ飯も食えないし、服も買えない」
俺はアイリスの姿をじろりと見た。 彼女が着ているのは、相変わらずヨレヨレのTシャツと、穴の空いたジーンズだ。異世界から転移してきた当初、カレンが古着屋で適当に見繕ったものを、ずっと着続けている。 美女が台無しだ。
「アイリス。今回は特別ボーナスだ。その金で、まともな服を買ってこい」 「服、か? ……むぅ、確かにこの服は防御力が皆無だ。もっと頑丈な装備が必要だとは思っていた」 「防御力はいらないから、普通の服を買え。……カレン、付き添ってやれ。こいつ一人じゃ職質される」 「りょーかいっす! じゃあアイリスさん、渋谷行きましょ、渋谷!」
カレンは面白がって、アイリスの手を引いて店を出て行った。 俺はコーヒーを啜りながら、嫌な予感を覚えていた。 ……あいつに「普通」が通じるだろうか。
◇
数時間後。 俺は、定時(という名の早退)で会社を抜け出し、渋谷109の前まで来ていた。 カレンから『SOS』のメッセージが届いたからだ。
人混みをかき分けて進むと、とあるショップの前が騒然としていた。 その中心に、頭を抱えて蹲るアイリスと、腹を抱えて笑っているカレンがいた。
「ぬあぁぁぁ! 分からん! この世界の布は薄すぎるぞ!」
アイリスの悲痛な叫びが響く。 彼女の手には、フリフリのレースがついたゴシック・ロリータ服と、なぜか「喧嘩上等」と刺繍された特攻服が握られている。
「カレン、これはどうだ!? この黒い服、魔王軍の幹部が着ていた礼服に似ているぞ!」 「あはは! 似合いますよそれ! 中二病全開で!」 「む? こっちの長い服(特攻服)は、背中に呪文が刻まれているな……防御魔法か?」 「それ、ヤンキーっていう種族の正装っすねー」
周囲の客や店員が、遠巻きにヒソヒソと噂している。 「何あれ、コスプレ?」「外人さん? 超綺麗だけど、頭おかしいのかな」 俺は深くため息をつき、人垣を割って入った。
「……お前らなぁ。目立つなと言っただろ」
俺の声に、アイリスがパッと顔を上げた。 捨てられた子犬が、飼い主を見つけたような表情だ。
「主よ! 来てくれたか!」 「カレンが面白がって変なもの勧めるからだろ。……貸してみろ」
俺はアイリスの手からトンチンカンな服を取り上げ、ラックに戻した。 そして、店内を見渡す。 アイリスは背が高く、手足も長い。顔立ちは派手なほどの美人だ。 なら、余計な装飾はいらない。
俺はシンプルな、オフホワイトのニットワンピースと、インナーのレギンス、それに歩きやすそうな茶色のショートブーツを選んだ。
「ほら、これ着てみろ。素材も柔らかいし、動きやすいはずだ」 「む……。主が、選んでくれたのか?」 「文句あるか?」 「いや! ない! 主の審美眼を信じる!」
アイリスは服を抱きしめ、試着室へと飛び込んでいった。
数分後。 カーテンがゆっくりと開いた瞬間、店内の空気が変わった。 ざわめきが止まったのだ。
そこには、一人の洗練された女性が立っていた。 体に程よくフィットしたニットが、彼女の恵まれた肢体――豊かな胸と、引き締まった腰のラインを上品に強調している。 金髪が店内の照明を受けて輝き、まるでファッション誌から抜け出てきたトップモデルのようだ。 さっきまでの「残念な変人」の面影はどこにもない。
「ど、どうだ……? その、変ではないか?」
アイリスがおずおずと問いかけてくる。 頬がほんのりと赤いのは、慣れない服のせいか、それとも。 カレンが口笛を吹いた。
「うっわ、エッッッッッグ! 素材が良すぎでしょ! 黙ってりゃ傾国の美女っすね」 「黙れカレン! 私は主の感想を聞いているのだ!」
アイリスが期待と不安の入り混じった瞳で、俺を見つめてくる。 俺は気まずさを誤魔化すように、頭をかいた。
「……ああ、悪くない。それなら、俺の隣を歩いても違和感ないな」
それは、上司としての合格点のつもりだった。 だが、アイリスにとっては違ったらしい。 彼女は目を見開き、そして茹で上がったタコのように顔を真っ赤にした。
「あ、主の……隣……」 「ん? どうした、熱でもあるのか?」 「な、なんでもない! なんでもないぞ! うむ、この服にする! 一生着る!」
アイリスは慌てて会計へ走っていった。 その背中は、ダンジョンでモンスターに立ち向かう時よりも、どこか乙女チックに見えた。
買い物を終え、三人で渋谷の街を歩く。 新しい服を着たアイリスは、ショーウィンドウに映る自分の姿をチラチラと見ては、嬉しそうに微笑んでいる。 その姿を見て、俺も少しだけ口元を緩めた。
「さて、と。アイリス、残った金はどうする?」 「む? そうだな……主よ、カレンが言っていた『たぴおか』なるものを所望したい!」 「結局、食い気かよ」
俺たちは呆れながらも、タピオカ屋の列に並んだ。 その様子を遠くから見つめる、不審な視線があることにも気づかずに。
「……なんで、あの窓際係長が、あんなモデルみたいな美人と……?」
偶然通りかかった二階堂が、悔しそうにハンカチを噛んでいることなど、俺たちは知る由もなかった。 ただのショッピング。 だが、チームの絆が少しだけ深まった、休日の午後だった。




